第47話 休日の過ごし方・アリア

 朝、アリアはうきうきと宿を出た。天気も良い休日なのに、何故か嫌な感じがする。稜真に女性関係で何か起こっているような、そんな嫌な予感。

 帰ったら問い詰める!と、アリアは心に誓った。




 待ち合わせ場所の中央広場には、まだ誰も来ていなかった。少し待っていると、2人が小走りでやって来た。

「ごめんね、遅くなって!」

 ジュリアが息を切らせて言った。

「そんなに待ってないし、大丈夫だよ~」

「聞いてよ、アリア! ニッキーったら、せっかくのお休みなのに、いつもの冒険者の格好で来るのよ!? 急いで着替えに行って来たの。どう?」

 そう言うと、照れくさそうにジュリアの後ろに隠れて立っていたニッキーを前に押し出す。


「お姉さん、ばっちり! ニッキーさん、すっごく綺麗だよ」

 いつもの冒険者姿ではなく、明るい色の上着とスカートを履いているニッキーは、お世辞抜きに美しかった。ショートカットの髪は、赤い石の付いた飾りピンを使ってセットしてある。きりりっとした、スレンダーな美人の誕生だ。


「ふふん。そうでしょ? 我ながら上出来だわ。アリアも今日はすごく可愛いわよ!」

「ありがとう!」

 アリアはくるり、と回ってみせた。




 ジュリアお薦めのお店は、ここ中央広場にあるので、早速店内に入る。

 明るい店内にはテーブルが何組もあり、まるで喫茶店のようで、アリアは懐かしく感じた。

 デルガドにもあるのだろうか。家にいる時のアリアは、大抵マナーレッスン漬けの日々になるので、店舗には詳しくないのだ。


「王都には、こういう喫茶店がたくさんあるんですって。ここ、ケーキが美味しいのよ」

 ジュリアはギルドの同僚と何度か来ている。

 お勧めは紅茶とケーキのセットだと言うので、皆がセットを頼む。アリアはショートケーキ、ジュリアはフルーツタルト、ニッキーはアップルパイだ。



 ケーキは美味しかった。柔らかなスポンジケーキに生クリーム。甘酸っぱいイチゴ。アリアは、ケーキ自体は屋敷で何度か食べているが、予算の関係でお祝い事の時くらいしか出て来ない。こうして友人と話しながら食べるのは、また格別に美味しい。


 ──だが、ケーキの味と会話を楽しんでいても、気になって仕方ない事もある。目の前のジュリアだ。

 胸がいつものように机に乗っているのを見ると、昨日の事が頭をよぎって、うらやましくてならない。


「……ねぇお姉さん、胸って…どうやったら大きくなるのかなぁ?」

「あ、それ! あたしも知りたい!」

 ニッキーも前のめりになる。

「何よ2人して。どうって言われても…気が付いたら、こんなだったのよ」

「参考にならない意見だね。持ってる人間はこれだから…」

「本当にそうだよね~」

「重たくて肩が凝るし、男共は嫌らしい目で見て来るし、私としては平均が良かったわ」


「「持ってる人間はこれだから」」

 アリアとニッキーの言葉がピタリと合った。

「2回も言わなくても……」


「お姉さんのお母さんは、大きかった?」

 アリアは気を取り直して尋ねた。

「うちの母親は普通。私の方が大きいわ」

「例えお母様が小さくても、希望は捨てちゃ駄目って事よね!」

「アリアはそれでいいかもしれないけど、あたしは成長終わってるさ」

 ニッキーは、自分の胸に手を当て遠い目をした。


「まあまあ。彼氏が出来たら成長するって。それよりアリア。リョウマって、どんな子? 見た感じは普通の子よね」

「えへへ。稜真はとっても優しいんだよ。私と一緒にいてくれるし、人に頼って、もっと周りに甘えて良いんだって、言ってくれたの~」

「そっか、アリアにそんな風に言ってくれる子なのか…」

 ジュリアは優しい目でアリアを見た。


「それでね、お料理が上手なの」

「へぇ、料理が出来る男ってのはポイント高いね。うちの馬鹿は料理なんて出来ないさ」

 ニッキーが感心したように言った。


「ここに来るまでの野営でもね。色んなお料理作ってくれて、護衛のノーマンさんと私が取り合いしたの。なんにでもまっすぐ取り組むし、頑張り屋さんで真面目だし、皆に好かれるし。それからね、声がいいんだよ。普通に話してる声にはやっと慣れたけど、優しく話してくれる時の甘い声とかすっごく素敵でね。ささやかれると腰に来ちゃうの~」

 はふぅ、と息をついて頬を染めるアリアに、2人は呆れ顔だ。


「腰に来るって、あんたその年で…」

「まぁ、アリアに年齢の事言うのは今更よ。12歳って、なんかの間違いじゃないかって、いつも思うわ」

 ジュリアは肩をすくめた。

「だって本当に素敵なんだもの。あと強いんだよ」

「強いって、アリアよりも?」

 ギルドでのアリアの評価は、もはや伝説的な物になっている。そのアリアの言葉にジュリアは驚いた。


 ニッキーとマドックはメルヴィル領出身の冒険者だが、アリアの一般的な噂しか知らない。それでも冒険者の憧れの存在なのだ。ニッキーは実際にアリアが木剣で剣を止めた時、噂が事実だと確信した。──元々マドックも憧れていたが、今ではすっかり『アリア様の崇拝者』になっている。


「ん~、剣だけなら勝てるけど、場合によっては負けると思うな」

 遠距離でスキルを放たれたら、1発で負けるのは確実である。

「そこまで優秀なのかぁ…」

「そんなに強いんだ」


「そうだニッキー、マドックとはどうなってるの?」

 ジュリアが聞いた。

「どうなるもこうなるもないよ。あいつが起こした面倒事片付けてさぁ、世話係になってるの、見りゃ分かるだろ? あいつは弟みたいなもんさ。ジュリアこそ、いい人いないのかい?」

「いい人ねぇ…」

 ジュリアには、付き合っている男がいるのだと教えてくれた。冒険者をしているその男は、具体的な話になると口を濁すらしい。


「好きだとか、愛してるとか、言ってくれた事がないのよね…。そろそろ将来の事考えたいのに、私が聞くとはぐらかされて。『今度帰ったら』ってね。何度同じ言葉を聞かされているやら。いい加減にして欲しいわよ」

 ニッキーにも好きな人がいるのだが、どうも異性として見て貰えていないらしい。

「大人になると色々あるのさ」

 ジュリアもニッキーもため息をついた。


「私達の事は置いといて、アリアは綺麗になったわよね。ついこの間まで、髪はボサボサだし、傷だらけだし、とてもお嬢様には見えなかったのに」

「へ? アリアはいいとこのお嬢様なのかい?」

 ニッキーに聞き返され、ジュリアはどう答えようか迷って、アリアに視線を向けた。


「あのね、ニッキーさん。私の名前、アリアヴィーテ・メルヴィルって言うんだ。お馬鹿さんには内緒ね~」

「アリアヴィーテ? メルヴィル…って…。ええっ!?」

 ニッキーが口をパクパクさせて、絶句している。


 アリアが話したのだからいいだろう。ジュリアが笑いながら言う。

「ね? これが伯爵令嬢よ。驚くわよね」

「これって、お姉さんひど!」

「じゃあリョウマは?」

「どっちも従者として、一緒にいてくれてるんだ。学園にも付いて来てくれるの」


「あー、あたしはさぁ、お貴族様と付き合った事ないんだよ。お嬢様とか、アリア様って、呼んだ方がいいのかい?」

「今まで通り、アリアでいいよ。知ってる人は、知らない振りしてくれてるの。ニッキーさんには、アリアって呼んで欲しいな」

「そうかい? あたしの事もニッキーでいいよ」

 ニッキーはしばらく固さが抜けなかったが、ジュリアが態度を変えていないので、次第に慣れていった。



「で、アリア。さっきの答え、教えてよ」

「綺麗になった? うふふ~。そうかなぁ」

「好きな人が出来たからかい?」

「そう、って言いたいけど。その好きな人に、毎日お手入れして貰ってたりして、てへへ」

「…それは、女としてどうなのよ?」


「だって稜真ったらお手入れを仕込まれてて、お風呂上がりには髪とお肌の手入れを欠かさずにしてくれるんだもの。あ、でもね、お肌の手入れは自分でするようになったんだよ。たまにチェックされて、やり直しされたりするけど…。それでね、今日の髪も稜真が結んでくれたの」


 見て見て、可愛いでしょ!と、リボンを結んだ髪を見せる。

「そこまで!? はぁ…。その艶々の髪とお肌の手入れ方法、教えて欲しいくらいよ」

「アリアは若いから、艶々なんじゃないのかい?」

「私は前のアリアを見ているから。あれがここまでになるんだもの」

「あれって……。そんなにひどかった?」

 ジュリアはこっくりと頷いた。

「なんと言うか、野性的だったわ」


「やり方教えて貰ったら、あたしでも綺麗になれるかな?」

「ニッキーはそれ以前の問題。お休みなら、おしゃれの1つくらいして来なきゃ」

「ふらふらしてる冒険者稼業におしゃれなんてさ。私もアイテムボックス持ってれば、少しはねぇ…」

「また洋服貸してあげるから、たまにはおめかしして飲みに行こうよ。──今晩皆で行く? 良い飲み屋知ってるのよ」


「お姉さんお姉さん、酒場は不味いよ~」

「あ、アリアは未成年だった。分かっているのに、話していると忘れるのよね…」

「それじゃ、アリアが泊まってる宿の食堂に行こうよ。あそこ、お酒もあるしさ」

「そうしようか」



 店を出てからは、屋台で買い食いしたり、雑貨屋や商店をのぞいて回った。特に何を買うでもなかったが、女同士で店を冷かして回るのは楽しかった。

 そうこうしている内に夕方になったので、宿へ向かう。


 おしゃべりをしながら歩いていると、男性の視線を感じる。

 色っぽい美人、スレンダーな美人、まだ幼さが残るが、将来はどれだけ美しくなるだろうと思わせる少女。3人で歩いていれば、人目を引くのは当たり前である。

 ニッキーは視線を浴びることに慣れていないので、うろたえて赤い顔になっているが、そこがまたギャップを感じさせて注目を集める。ニッキーの意中の男にこの姿を見せたかったが、この町にはいないらしい。


 宿に着いて食堂に入ると「いらっしゃいませ!」と、爽やかな声が出迎えてくれたのである。






 ──稜真がジュリアにささやいて厨房に戻った後。


「はぁ…。なんというか、そつのない子だねぇ」

「酔いが一気に醒めたわよ。アリアの言った『腰に来る』も理解出来たわ」

「……お姉さん、稜真取っちゃ嫌だよ?」

「取らないわよ。好きな人がいるって言ったでしょ?」

「言ったけど、稜真の声に悩殺されたかも知れないって思って。お姉さん綺麗だし、胸が大きいし…」

 ジュリアにとっては、稜真は年下すぎて対象外だ。


「失礼します。食器下げますね」

「あら、エレン久しぶり。そっか、女将さんの具合が悪いんだっけ。大丈夫?」

「久しぶりね、ジュリア。熱も下がって来たし大丈夫よ。リョウマさんのお陰。たくさん手伝って貰って、すごく助かったの」

「そうだ! エレンの旦那は、胸の大きい女が苦手だったよね?」

「何を突然…。程よい大きさがいいんだ、とか言われているわ」


「ほらねアリア。人それぞれ、あんまり気にしないのよ。私、こんな胸をしているでしょ? 男の視線がどこに向くか、なんとなく分かるのよ。ギルドの受付をしていると、男共の視線がいつも胸に集まるしね。リョウマ君は最初に会った時からずっと、私の顔しか見てなかったわ」

「そうなの? ……でもさっき、お姉さんの胸が当たって赤くなってた」

「当たったのに赤くならないのは男じゃないさ」

 ニッキーが言うが、アリアは落ち込んだままである。余程胸にコンプレックスを抱いているのだろう。



 ちょうどそこへ稜真がやって来た。

「エレンさん。マシューさんが呼んでいますよ。どうかしましたか?」

「うちの旦那の好みの話かと思ったら、リョウマさんの話みたいよ。視線がどうとか、胸がどうとか…」

 稜真の顔が引きつった。


(やばい、またその手の話か!)


 捕まらないように逃げようとした稜真だったが、ジュリアと目が合った。にっこりと笑う表情に嫌な予感が走る。

「リョウマ君、私の事どう思う? 私とニッキー、どっちが好み?」

 先程してやられた仕返し、とばかりに詰め寄られる。

「どっちと言われても……」


 3人、エレンを含めて4人の視線が集まる。店内の他の客の注目も集まっている気がする。その証拠に、何人かの男の声が聞こえて来た。

「男ならジュリアさんだろう。なぁ?」

「そうだな」

「あれニッキーだったのか。見違えたぜ。あいつ美人だったんだな。俺はニッキーがタイプだぞ」

 無責任な声が届くが、稜真はそれどころではない。


(……俺にどうしろと)


 1人、何も言わずに座っているアリアと目が合うが、目をそらしてうつむかれる。


(発端はアリアか。昨日の話を、まだ気にしているって訳…ね)


 稜真はアリアの後ろに回って肩に手を置いた。

「俺の1番はアリアです。他の女性には今の所、目は行きません」

 次にアリアに優しく言う。

「分かった? いつまでも変な心配をしない」

「……うん」

 くしゃっと頭を撫でると、稜真は厨房へ戻って行った。


「あら。私達振られちゃったわ」

「『1番好き』とか、『好みはアリアです』とか言わない所がさぁ。『今の所』って言ってるのも微妙だよ。でも…」

「そうね。でも、アリアが幸せならそれでいいか」


 アリアは稜真に1番と言われて頬を赤く染めている。嬉しそうに笑っているアリアを見て、2人も笑った。


「酔いが冷めちゃったね。ニッキー、酒場で飲み直そうか」

「はいはい、つき合うよ。アリアはここまでだね。今日は楽しかったよ」

「うん。私も楽しかった」


「ジュリアさん、飲み直すなら俺達とどうですか?」

「今日は女同士で飲み明かすの。男はお断り。エレン、お勘定お願い」




 この後、瑠璃とひと悶着もんちゃくあったものの、アリアの休日は有意義なものであった、と言えるのではないだろうか。


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