第46話 休日の過ごし方・稜真 後編

 11時になると、食堂には次々に客がやって来た。


「いらっしゃいませ!」


 カウンターにずらりと並べた木のトレーには、生野菜を盛り付けた皿とパンがセットしてある。

 稜真は客の人数をマシューに伝えると、スープをよそってトレーに並べる。生野菜の横にマシューがおかずを乗せれば完成だ。

 客に料理を運んで厨房に戻ると、トレーが抜けた場所に新たなトレーを並べ、生野菜を盛り付けてパンのセットをした。


 食堂はすぐに満席になった。


 マシューとの流れ作業で出来上がる定食を、次々に客に運ぶ。料理が行き渡った頃には、最初の客は食べ終わる。


「勘定置いとくぞ。ごちそうさん」

「ありがとうございました!」

 机を片付けて料理を運んで、合間に食器を洗った。


 稜真はバイト時代を思い出し、忙しいながらも懐かしさを感じていた。くるくると、休む間もなく働き続け、ようやく客足が途絶えて来た。


「リョウマ、今の内に昼飯食べとけ」

 マシューが賄いを出してくれた。皿に盛られたおかずは他の客よりも豪華だ。ありがたく、そして美味しく頂いた。




 客がまばらになった頃、マシューとデリラの娘エレンが到着した。デリラと同じ金髪で、20代後半くらいの女性だ。


「遅くなってごめんね、父さん。母さんの具合はどう?」

「風邪らしい。さっき見て来た時は、よく寝てたよ」

 エレンも様子を見に行き、すぐに戻って来た。

「まだ寝ていたわ。急なのに、よく手伝いが見つかったわね」

「こいつはリョウマって言って、宿の客だ。デリラが倒れた時から、ずっと助けて貰っている。助けて貰わなかったら、食堂が回らない所だった」

「お客様でしたか!? 申し訳ございません!」

 エレンは慌てて頭を下げた。


「俺が手伝いを申し出たんです。今日は暇なので、気にしないで下さい」

 稜真は食器を洗いながら答えた。

 洗い終えると、次は皿を拭いて積み上げる。種類ごとに積まれた皿はマシューが片づけている。

 エレンは稜真の手際の良さに驚いた。これならば任せても大丈夫だと安心する。


「手が足りませんので、お言葉に甘えさせて頂きます」

 宿の支度があるのだ。エレンは大急ぎで部屋を回り、宿の受付に回った。子供は夫の実家に預け、今晩は泊まって手伝う予定だ。




 ひと通り片付けが終わり、手が空いている今の内に、稜真は厨房を貸して貰う事にした。

 まずは例のイチゴでジャムを作り、煮沸しておいた瓶に入れる。想像通り甘さ控えめで、酸味のある味に仕上がる。

 次は豚汁でも作るか、と昆布で出汁をとる。多めに作って容器に入れておくのだ。


(ご飯も炊いておこうかな…。豚汁とおにぎりがあれば、軽食にちょうどいいし)


 そう考えた稜真は、アイテムボックスから米を取り出した。そこへ昼食を食べ終えたマシューが、稜真の手元をのぞき込む。何を作っているのか聞かれたので、料理の説明をした。


「へぇ、それで出汁をとるのか。こんなもん何に使うのか分からんつって、仕入れを断ったんだよな。リョウマは色々知ってるな」

「故郷の料理なんですよ」


 米についても聞かれた。マシューは料理人だけあって、食材の使い方に興味があり、あれこれ聞いて来る。稜真は答えられる限り答えた。

 結局、炊き方から一緒にやってみる事にした。先程の昆布と同じく、業者に仕入れてみないか聞かれたのだが、やはり使い方が分からずに断ったのだそうだ。

 稜真が説明する米の炊き方を、マシューはメモを取りながら真剣に聞いている。


 米が炊けると、マシューは早速味見をした。稜真は味見用に、小さな塩おにぎりを作ったのだ。

「ほう。なんというか、もっちりとして腹に溜まる感じだな」


 新しい食材で研究したがるマシューだが、まず炊けたご飯を使いデリラの食事を作る事にした。

 野菜たっぷりの卵雑炊だ。

「ご飯を洗うとさらりとしますし、そのまま使うとねっとりと仕上がります。好みですね。──今回はさっと洗いましょう」


 稜真の説明を聞きながら、マシューが手際よく薄味に作った。


 出来た雑炊を、マシューはデリラに運んで行った。

 ちょうど目が覚めていたデリラは、体が温まって美味しい、と言いながら綺麗に食べたそうだ。熱もだいぶん下がっており、明日には治りそうだと嬉しそうに教えてくれた。




 さて、食堂の夜営業である。

 一応酒も置いてあるが、夕食を食べに来る客がメインだ。夜は休業にしないかとエレンが言ったが、こちらのもあり営業する事になった。


「いらっしゃいませ!」

 ドアが開く音に振り返った稜真と、入って来たアリアの目が合った。アリアは口をポカンと開けている。

「──何してるの、稜真?」

「ははっ。女将さんの体調が悪くて、手伝っているんだよ」


 続いて入って来たジュリアもニッキーも、休日らしくおめかしをしていた。

「楽しめた?」

「うん! いっぱい話せたし、買い物にも行って、すっごく楽しかった~」

 楽しそうなアリアの顔に、稜真も微笑んだ。


 エプロンをして給仕をしている稜真に、ジュリアとニッキーも驚いている。

「何食べる? がっつり食べたいなら、丼物があるぞ」

「丼っ!?」

「つい、マシューさんと一緒になって、ご飯物のメニューを追求したらやりすぎたんだ。食べてくれるとありがたいな。──はい、メニュー」


 デリラの体調も落ち着き安心したのだろう。マシューの研究熱に火がついた。

 2人で案を出し合って調理をした。稜真も料理の再現をするのが楽しくなって、あれもこれもとやっていたら、作りすぎてしまったのだ。食材が足りなくなり、マシューは仕入れ業者の所へ走った程だ。


 そして、夜営業しないと、とても消費しきれない量が出来上がったのである。


 全部アイテムボックスに入れておくという手もあったが、マシューがメニューに取り入れたいと言ったのだ。それなら営業しようと持ちかけたのは稜真である。稜真が提供した食材は、後日仕入れて返してくれる事になっている。


 メニューを見たアリアは、思わず歓声を上げた。

「うわ! 親子丼、牛丼、かつ丼、天丼、焼おにぎり、焼き鳥、唐揚げ、つくね、生姜焼き、豚汁まである」

 ご飯物以外の料理は、ご飯に合う料理を追求してしまった結果である。


「アリア、これ美味しいのかい?」

 ニッキーは知らない料理名に首を傾げている。

「美味しいよ。あ~ん! 全部食べたいけど、入らないしどうすればいいの!?」

「皆で違う物頼んで、分ければ良いじゃない」

 ジュリアが提案するのだが、「それでも3種類しか食べれない…」とアリアはメニューを見ながら唸っている。

「そこまで真剣に悩むほどの料理なんだ」


 3人は迷った末に、親子丼、牛丼、かつ丼を頼んだ。

 炊いたご飯に乗せるだけなので、料理はすぐに出来る。稜真は注文の料理を運ぶ。さすがに箸はないので、スプーンとフォーク、カツ丼にはナイフも付けた。分けると言っていたので小皿も持って行く。


 アリアは色々と食べたがるけれど、そんなに量は食べない。ノーマンと取り合いをしていたが、ノーマンの食べる量が多く、もう少しだけ食べたかったアリアと取り合いになっていたのだ。実に大人げのない男であった。

 アリアが少しずつ食べて満足すると、残りはジュリアとニッキーで食べた。稜真は女性には多すぎるのではないかと心配したが、どうやら気に入ったらしく完食してくれた。

 ジュリアとニッキーは、追加で酒とつまみを注文した。アリアは果物のジュースだ。楽しそうに話す3人に、稜真は何度かおかわりの酒とジュースを運んだ。


「そうだ。リョウマ君にお願いがあったのよ」

 何度めかの注文を運んだ時、ジュリアに捕まった。

「なんでしょう?」

「アリアにね、リョウマ君の事をたくさん教えて貰ったのよ。ね~、ニッキー」

「そうそう。色々聞いたよ」

 稜真は、ニマニマしている2人に不穏な物を感じた。アリアを見ると、すっと目をそらされる。


「何を聞いたんです?」

「リョウマがリョウマがってね、熱~く語られたのよ。中でも1番熱心に教えてくれたのが、声が良いのって」

「はぁ…。それで?」

「ささやかれると腰に来るって言うのよね。どんなものか試しに聞いてみたいな、って。どう?」


「……アリア?」

 稜真の低音に、アリアはビクッとする。

「だ、だって、稜真の魅力を分かって貰うなら、そこは外せないな、って思って。お姉さん達にも、分かって貰いたかったんだもん!」

「俺の声が効き目あるのって、アリアだけじゃないか?」

「そんな事ないよ! 絶対、お姉さんもメロメロになるって。──あれ? なられたら不味い? ライバルが増える? 私、もしかして墓穴掘ったんじゃ……」

 後半の小さな呟きは誰の耳にも入らない。


「ねぇ! リョウマ君ってば! 聞きたいのよぉ」

 うるんだ眼のジュリアに、腕を抱え込まれた。どうやら酔っているようだ。

 胸が腕に当たり思わず赤くなると、正面のアリアに冷たい目で見られた。稜真はそっと腕を抜いた。


「聞きたいと言われても、何を言われたいですか?」

「そうね! 愛の言葉が聞きたいわ」

「愛の言葉は、好きな人から言われないと意味がないでしょう?」

 途端にジュリアの表情が暗くなった。


「……好きな人は、言ってくれないもの。あいつ、いつまで待っても帰って来ない。きっと帰って来ても言ってくれないに決まってる。……リョウマ君ったら、ひどい!」

 ジュリアは大人の女性だと思っていたのだが、酔っているせいかやけに子供っぽくなっていて、今にも泣き出しそうだ。隣のニッキーが慰めているが、どうやら不味い事を言ってしまったようだ。


(愛の言葉ねぇ。言わなきゃ駄目…みたいだなぁ。仕方ないか)


 ため息を吐いた稜真は、ジュリアには大人の男性がいいだろうと決める。そしてジュリアの耳元で、憂いを込めてささやいた。


「そんなに嘆かせてしまうとは、私はひどい事を言ってしまったのですね。どうか許して下さい。今だけは、あなたの愛する人の代わりになりましょう。──愛しています」


 ジュリアと、ついでに隣のニッキーの反応がない。


「こんな感じで良かったですか?」

「稜真ったら、やりすぎだと思うな。そんな言葉、私にも言ってくれた事ないじゃないのさ~」

 正面のアリアがふくれている。

「言わずにいられないようにあおったのは、アリアだろう? それに、アリアには旅に出る時に言わなかったか? ほら、アリアがピーターに剣を向けた時に」


「あれは、セリフでしょ? 私に言ってくれた言葉じゃないもん!」

「ジュリアさんに言った言葉も、セリフとして言ったよ。というか、ささやいたのによく聞こえたね」

 酒が入った客が増え、店内は騒がしいのだ。

「遠耳スキル使ったからね!」

「スキルを…ね」


「おい、リョウマ。早く手伝ってくれ!」

 厨房から、マシューの呼ぶ声がする。

 客が増える時間帯なのだ。エレンも手伝っているが、手が回らなくなって来ているようだ。

「今行きます! ──それじゃ、仕事に戻るよ。お姉様方、どうぞごゆっくり」

 稜真は急ぎ足で厨房に戻って行った。




「だから言ったでしょ、お姉様方?」

 耳許でささやかれたジュリア、そして声の余波を食らったニッキーは、真っ赤になって固まっている。赤い顔は酔いのせいではない。


「「はぁ…」」と、ニッキーとジュリアが揃って息を吐いた。


「「納得したわ」」






 客に丼物は好評だった。これならメニューに入れてもいい、とマシューは上機嫌である。ご飯物が宿で食べられるなら、稜真としてもありがたいと嬉しく思う。


 女性陣はしばらくして解散した。アリアは部屋に戻ったが、稜真は営業が終わるまで手伝ったのである。


「リョウマ、今日は助かった。ありがとな。デリラの事も、店の事も、俺1人ではどうしようもなかったよ」

「お役に立てて何よりです。俺も有意義に過ごせて楽しかったです。特にマシューさんと一緒に料理出来た事が」

「そう言ってくれると嬉しいぜ。俺も息子と働いているみたいで楽しかった」

 照れくさそうにマシューが言う。

「片づけは俺とエレンでやる。お疲れさん」

「リョウマさん、ありがとうございました」

「お疲れ様でした」


 少し遅くなったが風呂に入る。

 部屋に戻り、アリアの顔を見に行こうか迷っていると、アリアの方からやって来た。聞きたい事があると言うのだ。

 とりあえず座らせて髪の手入れを始める。最近、肌の手入れは自分でするようになったので、稜真は髪の手入れしかしていない。時々手を抜いていないか、チェックはしている。


「あのね稜真。朝、何か起こらなかった? ──女性関係で」

「俺は朝から宿の手伝いしていたんだよ。女性関係なんてある訳が………あ」

「あ、って! やっぱり何かあったんでしょ!! 嫌な感じがしたのよ!」


(女の勘って、怖いな…)


 どう誤魔化そうか考えていると、アリアが部屋を見まわす。

「……そらはどこにいるの?」

「そら、ね。そらは、瑠璃に預けてあるんだよね」

「へぇ…瑠璃に…」

「そろそろ瑠璃を呼びたいな。アリアはもう寝ないと」

「…いつ預けたの?」

「……朝…だよ」

「私がいない時に…瑠璃と何かあったよね?」

「いや、その、魔力をあげただけ…だよ…」

 アリアはじっとりと稜真を見あげている。


「ふうん、魔力を…ね。ここにいるから瑠璃呼んで?」

 にっこり微笑んでいる目が笑っていない。呼ばなければ治まらないだろうが呼びたくないのだ。

 宿の手伝いに関しては、やりがいがあって楽しかったのだが、今から瑠璃を呼んで起こるであろう騒動を考えると、どっと疲れを覚えた。


(普通に依頼を受けていた方が、楽だった気がするよ)




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