第44話 薬師
そこは通りから入った所にある、小ぢんまりとした薬屋だった。薬屋の中に生き物を入れるのはまずいだろうと、そらには屋根の上で待っていて貰う。
中に入ると薄暗く、ひんやりとした空気に迎えられた。狭いカウンターの後ろの棚には、何種類もの薬瓶が整然と並べられている。
足元には植物で編まれた籠が置かれていた。中に入っている植物は、薬の材料だろうか。依頼で採取した事のある薬草が入った籠もあった。
「いらっしゃいませ!」
そんな暗い雰囲気の店で、明るい声で元気に迎えてくれた少女は、アリアと同じくらいの年齢だ。緑色の瞳で、高い位置で2つに結んだオレンジ色の髪が、ぴょんぴょんと揺れる。
「こんにちは、ジル。依頼の事で話を聞きに来たの」
「アリアさん、お久しぶりです! おばあちゃんは奥にいるので入って下さい。え~っと?」
ジルは稜真を見て首を傾げた。
「俺は稜真です。アリアの従者なんだ。よろしくね」
「ジルです。薬師見習いで店番もしてます。よろしくお願いします。どうぞ、こっちの方から入って下さい」
カウンターの横から奥の部屋に入ると、4人掛けのテーブルが置いてあった。この部屋にも棚があり、薬瓶や材料が置かれている。まだ奥に部屋があり、そちらからゴリゴリと音が聞こえる。
「調合中かな? ばあちゃん、来たよ~」
アリアが声をかけると音が止まった。
「今行くから、そこに座ってな」
言われた通りに座って待つ。しばらくしてお茶を持ってやって来たのは、真っ白な髪に紫の瞳の小柄な老婆だった。
「あの依頼をアリアが受けるとは思わなかったよ。あんたに繊細な採取が出来たとはねぇ」
「ばあちゃん!?」
「おや、反論が出来るのかい? あんたが採取依頼を受けた話を、あたしゃこれまで聞いた事がないがねぇ」
「…うぐっ」
稜真と行動するまで採取依頼を受けなかったアリアは、反論が出来ない。
「実際に採取したのはアリアじゃないんだろう?」
値踏みするような視線を向けられ、自己紹介もまだだった稜真はあわてて立ち上がる。
「従者の稜真と言います」
「あたしはイルゲだよ。ふん。あんたなら、あの依頼を完了したのも納得出来るね。アリアとは違って、繊細な作業も得意そうだ」
「どうせ私は、繊細な作業なんて出来ませんよ~っだ」
イルゲとアリアの様子から、親しい間柄であるのが見て取れる。
「アリアの従者、か。ようやくお眼鏡にかなった人間が現れたという訳かい」
「えへへ~」
照れくさそうに笑うアリアを見る目は優しい。
その目が稜真に向くと、何もかも見透かされているような気分にさせられた。淡い紫の瞳でじっと見つめられると、どうにも落ち着かない。稜真は怖い人だなと思う。
「それじゃあ、朝露を見せておくれ」
「これです」
稜真はアイテムボックスから、朝露を入れた鍋を取り出した。イルゲは目を見張った。
「……ふん。これだけあれば、次の流行り病の時、助かる人間が増えるやね。あんた、いつでもこの量を採取出来るのかい?」
「朝露が溜まっていれば、可能です」
「随分と簡単に言うね。それならもう1度、集めて来てくれないかい? この鍋の分と次の採取分で、金貨1枚払うよ。分量から計算したら、ずいぶんと安くなってしまうのが申し訳ないがね。今貰った分で必要分の半分の薬が作れる。もう1度採ってきてくれるなら、予備の分まで確保出来そうだ。どうだい? 受けてくれないかい?」
「アリア、いいかな」
「うん。もう1回行って来ようよ」
「ありがとう。はい、受けさせて頂きます」
「助かるよ。ただ入れ物が鍋なのは、頂けないねぇ。他になかったのかい?」
「こんなにたくさん取れたのは、正直予想外でしたから…。他に入れる物がありませんでした」
「まあいい。鍋はすぐに必要かい?」
すぐに使う予定もない。そう言うと、移し替えてから返してくれる事になった。
明日は1日休みにするので、明後日、出発前に店に寄る事になった。それまでにイルゲは鍋を空け、採取用の入れ物も用意してくれるそうだ。
話も決まり、3人は少し冷めたお茶を飲んだ。
お茶は緑色でとろみがあり、少々苦みのある薬草茶だった。──なんと言うか、体に良さそうな味である。
「話は変わるけどさ、リョウマ。あんた、ジルの婿にならないかい?」
「ゲホッ!? ゴホゴホッ!」
ちょうどお茶を口に入れた稜真は、気管に入って咳き込んだ。
「ばあちゃん! 何言うのよ!!」
「だってさぁ。この子がいれば、採取に困らないじゃないか。他にも色々と使えそうな子だしねぇ。これはお買い得かなと思ってさ。リョウマ、表でジルに会っただろう? どう思った?」
アリアはバン!と机を叩いて立ち上がった。
「駄目! 稜真は──」
「リョウマはあたしのだから、誰にもあげないの! って、言いたいんだろ」
ふふふ、とイルゲの笑う姿は、先程の神秘的な雰囲気はかけらも見あたらない。
「違っ! そんな事言おうとしてないもの。──ばあちゃんは、意地悪だわ!」
「あんたの大事なリョウマはとらないよ。本人が望むなら別だけどね。将来の選択肢の1つとして、頭に入れといて貰おうかねぇ?」
そう言って稜真を見る目は、全てが冗談とは思えないものを感じさせた。ようやく咳が治まった稜真だが、まだ喉が苦しい。少しかすれた声で問いかける。
「…選択肢の1つ、ですか?」
「あんたが何を背負っているのかは知らないさ。だけどね、色んな道があると頭に入れておくのは、悪い事じゃないだろうよ。何より、あたしの孫は可愛いだろう? そう思わないかい?」
「可愛いですけど…」と言うと、ふくれっ面のアリアに睨まれる。どうしろと言うのか。
「あの子の母親は、胸がでかいからね。将来的には、あの子もきっとでかくなるよ。どうだい? 今の内に唾つけとく気にならないかい?」
イルゲは、ニヤリと笑う。
真面目に話しているかと思えば、話と表情が変わる。
更にふくれるのかと思いきや、アリアは頭を抱えてうつむいている。ブツブツと呟いている声が聞こえた。
「──胸? やっぱり男の人は胸が大きい方がいいの? お母様…大きくなかったわよね。…という事は、私も大きくならないって事? ……稜真もやっばり…大きい方がいいのかな?」
伯爵夫人の名誉のために付け加えておくと、夫人は普通サイズである。
隣からじいっと見上げられても、稜真には答えようがない。アリアの視線には気づかないふりをした。何を言っても不味い事になるのが目に見えている。
平静を装いながら、違う話題を振らねば、と必死に頭を悩ませる。
「で? あんたの好みは? 大きいのがいいのかい? それとも、まさか貧乳好きなのかい?」
話題を切り替える前に、イルゲが畳みかけるように聞いて来る。
「こ…好みと言われても…」
稜真はひきつった。
こちらを
「女性の魅力は胸だけではないでしょう。好きになったなら、どちらでも構わないと思います」
「なんだいつまらない。優等生な答えだねぇ。好みを聞いているんだから、スパッ!と、どっちがいいのか答えればいいものを!」
「……勘弁して下さい」
(そうよね! 好きになって貰えるように、頑張ればいいのよ。例え胸が大きくならなくたって…)
「さて、アリア。ここに胸が大きくなる薬があると言ったら、どうする?」
「買う!!」
(あ…はは…。まだ、この話題続くのか。俺、帰っていいかな。もうなんと言うか、居たたまれない)
──ちなみに、胸が大きくなる薬はイルゲの冗談だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます