第43話 馬鹿との再会

 例え意見が合っても和やかなのはひと時だけ。いつもの睨み合いが始まる。

 この雰囲気が改善される日は来るのだろうか。ため息をつきつつ、稜真はそらと触れ合っていた。そらはご機嫌で、「クルルゥ」と喉を鳴らしている。


「瑠璃、これ食べなさいよね!」

「ふふん、いいですわよ。食べてあげますわ」

 瑠璃はアリアに突き出された例のイチゴを受け取ると、水分を抜いてから口に入れた。

「酸っぱくはないですわね。木の精霊が言っていた通りですわ」

「……木の精霊が?」

「酸っぱい果物は、水分を抜くと甘くなるそうですわ」

「悔しい!! お母様がやってた事じゃない。どうして気づかなかったの~!」

 アリアが地団駄踏んでいる。嫌な予感がした瑠璃は、対策を練っておいたのだ。


「瑠璃は、果物の水分を抜くことも出来るのか」

「はい、あるじ。水を操るのと同じですわ」

 稜真は悔しそうにしているアリアの頭に、ぽんと手を置いた。

「アリア、まだイチゴはある?」

「これだけ」


 取り出したのは、30個程のイチゴ。どういうつもりで、こんなに持っていたのか…。予想以上にたくさんあったイチゴを2個取り、瑠璃に頼んで水分を抜いた。

「…うん。確かに酸っぱくはないけれど、美味しいかと言うと微妙かなぁ。アリアも食べてみて?」

 アリアは差し出されたイチゴを受け取り、恐る恐る口に入れる。強烈な酸味はなくなっていたが、確かに微妙な味だ。


「本当だ、微妙…」

「残っているイチゴ、どうしようか。全部ドライフルーツにする? それとも、俺がジャムにでもする?」

「稜真がいいな!」

 そう言ったアリアは、キラキラした目をして稜真を見上げている。


「………ジャムが、だよね。それじゃあ、また宿の厨房貸して貰おうかな。俺が全部預かるね」

「わ~い! 楽しみ~」

「…主。私には、主の料理を食べさせてはくれませんの?」

「そうか、瑠璃は食べた事がなかったね。皆で朝食にしようか。簡単なものでいいかな」




 稜真はジャガイモを千切りにし、丸く形を作るようにフライパンで焼く。そして軽く塩胡椒して両面を焼くと、ガレットの出来上がり。料理長特製のソーセージを焼いて、パンとトマトを添えた。料理長様々である。


「瑠璃、肉は食べられる?」

「食べた事がないので、よく分かりませんわ」

「食べてみて駄目だったら言って」


 そらには調味料を控え目に作り、パンと切ったトマトをそえる。

「このジャガイモ料理美味しい!」

「そう? 母がよく作ってくれた料理でね。簡単だから、1人暮らしするなら覚えとけって言われたんだよ。野菜を食べろって、よく言われていたなぁ」

「……お母さん…が…」

 言いよどむアリアに、稜真は軽くデコピンをした。

「母レシピの料理、他にもあるからさ。また食べてくれる?」

 アリアは、こっくりと頷いた。


「瑠璃はどう? 食べ…られたみたいだね」

 いつの間にか皿が空になっていた。

「美味しかったですわ、主」

「それは良かったよ」


 瑠璃は、稜真が片づけをして火の始末をする様子を、ふわふわと浮かびながら興味深そうに眺めていた。

「さて、俺達は町に戻るよ。瑠璃も戻ってくれ」

「はい。また、いつでも呼んで下さいませ」

「助かったよ。ありがとう」


 帰っていく瑠璃の姿をじ~っと見ていたアリアが、上目遣いに稜真を見上げる。

「ねぇ。思ったんだけど…稜真の周りって女の子ばかりだよね。ハーレム?」

「周りってアリアとそらと瑠璃の事? 魔獣と精霊だぞ? 確かに皆、女の子だけどさ」

 ありえないとばかりに、稜真は肩をすくめる。


(よし! 瑠璃の事、全然意識してない! ──私も意識されてないけどさ…)




 沼から戻る時は採取もせず、まっすぐ町へと戻った。

 そのまま2人は、ギルドに報告にやって来た。昼前のギルドは人影もまばらだ。ほとんどの者は、朝早くから依頼に出かけたのだろう。

「アリア様にリョウマさんじゃありませんか!」

 声をかけて来たのは、見覚えのある冒険者だった。行商の旅の途中、ドルゴ村でからんできた男だ。


「えーっと………」

 稜真は考え込んだ。顔は分かるが、名前が全く出て来ない。手合わせの時に名乗られた気がするが、その後は皆が馬鹿としか呼ばず、記憶に残っていなかった。


「あら、お馬鹿さんじゃない。この間の魔物退治、どうだったの?」

「もちろん! しっかりと討伐して来ましたよ!」

「…よく言うわ。また1人で突っ走ったくせにさ。お2人さん、こんにちは」

「ニッキーさん、こんにちは」

 ニッキーと、稜真に名前を憶えてもらっていないマドックは、ちょうど依頼を受けた所だそうだ。



 まずは依頼の報告を済ませてしまおうと、アリアは受付のジュリアに声をかけた。

「お姉さん、ただいま!」

「お帰りなさい。それで自信家さん、首尾はどうだったの?」


 稜真はカウンターに20本の小瓶を置いた。

「へぇ…20本確かに。口だけじゃないなんて、やるわね」

「ジ、ジュリアさん、その小瓶はもしかして…?」

 マドックは震える手で小瓶を指差す。

「そうよ、君が自信たっぷりに受けて大失敗した、例の採取依頼の品よ」

 ジュリアは1本持ち上げて、マドックに向けてこれ見よがしにゆらりと揺らした。


 がく然としているマドックと、ジュリアの反応でアリアは気付いた。

「お姉さん。もしかして救助隊が出たのって」

「そ、この子の救助よ。ニッキーがついてたのにさぁ」

「言わないでよジュリア。あの時は手分けして沼の周りで集めていたのよ。助けてくれ~って、情けない叫び声がして行ってみたら、岸から3メートルは離れた辺りで、首まで埋まっているんだもの。あたしだけじゃ、どうしようもなかったのよ。急いでギルドまで走って、救助を頼んでさぁ。ほんっと! 大変だったんだから」


 全員の呆れた目線がマドックに集まる。首をすくめるマドックに、アリアが追い打ちをかける。

「うわぁ、お馬鹿だね~」

「…うう、馬鹿って言わないで下さいよ。俺、これでも反省してんですから」

「反省が生かされないから、馬鹿って言われてんのよ。さあ、とっとと依頼片付けに行くわよ! それじゃね~」

 ひらひらと手を振りながら、ニッキーはマドックを掴んでギルドを出て行った。


(やっぱりあいつ、尻に敷かれているじゃないか…)




 つい呆れて見送ってしまった稜真だが、用件を済ましていない事に気付く。

「ジュリアさん、依頼者の方に連絡を取れますか?」

「ええ。取れるわよ」

「朝露をまだ持っているんです。小瓶が足りなくて、ありあわせの入れ物に入れて来ました。それでも大丈夫なのか、まだ数が必要なのかを知りたくて」

「まだあるの!? どうやって…って、聞くのは野暮だわね。そうね、確認するから、夕方にでも顔を出してくれるかしら?」

「分かりました。お願いします」

「2回分の依頼完了で、銀貨2枚です。お疲れ様でした」

「ありがとうございます」

「それじゃ、お姉さん。また後でね!」



 2人は宿へと向かった。急な変更をした事を謝り、今夜からの部屋を頼む。

「冒険者が急に変更する事なんて、よくある事さ。気にしなくていいよ!」

 宿の女将は、笑顔で答えてくれた。金髪に白髪が混じり始めた、40代位の女性だ。この宿はアストンでアリアが滞在する時の常宿だ。


「はいよ、これが部屋の鍵だ。依頼帰りで疲れているだろう? ゆっくり休みな」

「女将さん、ありがとう!」

「ありがとうございます」


 昼食は宿で食べ、夕方までお互いの部屋で休んだ。そしてそらを連れ、2人はギルドへ向かった。


 この時間、依頼完了の報告をする冒険者で、受付は混み合っていた。

 ジュリアが担当の列に並び、順番を待つ。



「──お待たせしてごめんなさいね。依頼者が直接会いたいと言っているわ。イルゲの薬屋へ行って頂戴。アリアは、お店を知っているわよね?」

「うん。何度も行った事あるし、大丈夫」

「それと、明日私休みなのよ。良かったら、話していたお店に行かない? ニッキーも呼んで、女の子だけでさ」

「行きたいけど…」

 アリアは稜真を見上げた。


「行って来たら? ちょうど、1日お休みにしたらどうかと思っていたからね」

「決まりね。明日の朝10時に、中央広場で待ち合わせましょう」

「うん。それじゃお姉さん、明日ね~」

「ジュリアさん、お手数おかけしました。ありがとうございました」



 ギルドを出て、薬屋へ向かう。途中でアリアが容器を購入した店の前を通ったので、料理のストック用に追加で購入する。何種類か料理を作りためておきたいと思ったからだ。


「明日が楽しみ! これって、女子会だよね~。ニッキーさんも来るなら、お馬鹿さんはどうするのかな?」

「あいつか…。さてね」

 稜真はマドックにいい印象がないので、正直興味がない。


「稜真は明日どうするの?」

「宿の厨房を借りられたら、ジャム作りかな。出来たら他にも何か作って、ストックしておきたいと思っているよ。容器も買った事だしね」

 この容器なら、汁気の多いおかずを入れるのも便利だと思う。肉じゃがやトマト煮込みなどだろうか。作りたいし、自分が食べたい。


「それってお休みになるの?」

「ん? 料理するのは楽しいし、今のところ他に趣味もないしなぁ。時間が余ったら、図鑑でも読んでいるよ」

「そう? あ、そこが薬屋だよ」


(そう言えば俺、あいつの名前知らないな……。ま、いいか。かかわる気もないし)



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