第41話 沼に咲く花

 カルロス達を見送った後、稜真とアリアは冒険者ギルドへやって来た。どこの冒険者ギルドも、基本的な作りは同じだ。2人は真っ直ぐ依頼板に向かい、貼り出されている依頼を見る。


 アリアは魔物が増えすぎてはいないか、変わった事が起こっていないかを確認したが、特に変化はないようでひと安心した。そして稜真は、気になる依頼を見つけていた。


『沼に咲くロラクの花が咲いた時、花びらに朝露が溜まっている。その朝露を集めてほしい。報酬は小瓶10本で銀貨1枚。』


「採取依頼だね~。稜真が好きそうな感じ」

「分かる? どんな花かなと思って、ね」

「受付で詳しく聞いてみようよ」

 アリアは依頼書を剥がして、受付へと向かった。


「こんにちは。お姉さん、久しぶり~」

「あらアリア。本当に久しぶりね」

 アリアを嬉しそうに迎えてくれたのは、20代後半くらいの美しい女性。緑色の波打つ髪が背中まで伸びていて、目の色も緑だ。受付のカウンターに胸が乗る程に豊かだった。

 アリアはこのギルドとのつきあいも長く、特に彼女とは個人的にも仲が良い。ギルド職員である彼女は、もちろんアリアの家の事も知っている。


「しばらくこっちにいるから、よろしくね~」

「嬉しいわ。あら、アリアに連れがいるのは、珍しいわね?」

「稜真と言います。よろしくお願いします」

「ちょっとアリア」

 手招きされたのでアリアが頭を近づけると、彼女は小声で聞いた。

「彼氏?」

「残念だけど違うの。でもね、私の従者になってくれたんだよ~。うふふ、学園に一緒に行ってくれるんだ」

「へぇ、残念だけど、か。良かったじゃない。アリアの夢に付き合ってくれる人なんて貴重だもの。今度詳しく話を聞かせて」

「是非~。稜真の事、たっくさん聞いて欲しいの!」

「美味しいお茶とお菓子を出すお店が出来たのよ。一緒に行きましょ!」

「行く行く!!」

 

 2人でこそこそと盛り上がっているのを、稜真はじっと待っていたのだが、一向に終わる気配がない。諦めて声をかける。

「……アリア。依頼の話はどうなったの?」

「あはは~。忘れてた。稜真、こちらはジュリアお姉さん」

「リョウマ君ね。これからよろしく。ところで依頼の話って何かしら?」

「これの話を詳しく聞きたいの」

 アリアは依頼書をジュリアに渡した。


「これ…ね。難しい依頼なのよ。依頼内容は書いてある通り、『沼に生えている花の朝露を集めて来る』だけよ。この花は真夜中に咲いて、朝日が昇ってしばらくすると閉じてしまうの。だから朝露は花が閉じる前に集める必要があるわ。ただねぇ、小瓶に10本集める為には、沼の周りに咲く花では足りない。どうしても沼に入る必要があるわ」


「「沼に…入る…」」


 2人は顔を見合わせた。ドロドロした底なし沼のイメージが沸いた。依頼が出る沼だから底なしではないだろうが、沼に入るとなると泥だらけになる未来が見える。


「そう、あなた達が今考えている事が正しいわ。前回この依頼を受けた人は3人だったのよ。それでも、全身泥だらけになって、8本しか集められなかったの。でもね、これはましな話よ。これまで依頼を受けた人の中には、足を取られて身動きが出来なくなり、救助隊が出る騒ぎになった人もいたの。おまけに、この人達は3本しか集められなかった。しかも預かった小瓶を半分無くしてしまって、お金を払う羽目になる所だったの。なんとか許して貰えたけど、当然依頼料はなし。正直言って、お勧めは出来ない依頼よ」


 お勧めは出来ないが、何年かに1度流行る病に効く薬の調合に、どうしても必要な材料らしい。薬師が毎年少しずつ調合して、流行り病に備えているそうだ。──カルロスの妻子は流行り病で亡くなった。その事が稜真の頭をよぎった。


「お姉さん、この依頼受けるわ」

「アリア…いいのか?」

「だって稜真。受けたいって顔してるよ。それに薬の調合に必要なら、人の為にもなるもの。受けないなんて選択肢はないでしょ?」

「ありがとな」

 稜真は思わずアリアの頭を撫でた。


「あらあら、2人とも仲良しね。受けてくれるのは、ギルドとしては大歓迎よ。ただし! さっき話した事を考えて、しっかり対策して行ってね」


 ジュリアに、依頼者が用意した小瓶を10本渡された。香水瓶位の大きさだろうか。

「この小瓶、20本預かってもいいですか?」

 稜真が言うと、ジュリアは呆れた表情で稜真を見上げた。

「さっきの話を聞いた上で、倍の数が欲しい? へぇ…あなた、ずいぶんと自信家なのね」

「ちょっと思いついた事がありまして、上手く行けばそのくらい必要になるかと」


 ジュリアはニヤッと笑うと、小瓶を20本取り出した。

「分かった。20本渡しておくわ。自信家のリョウマ君」

「自信家ではないです…」

「それじゃ行ってくるね~、お姉さん」

「行ってらっしゃい、成果を期待して待っているわ」


 ついでに、森に生えている薬草の採取依頼を確認しておく。常時依頼が出ているのは、バインズと同じだった。ジュリアに確認すると、こちらでも事前に受けなくても、納品してくれれば依頼完了になると教えてくれた。



 宿に戻って明日から宿泊すると変更を伝え、そのまま宿の食堂で昼食をとる。その間、そらには宿の屋根の上で待っていて貰う。

 沼は、アストンから北に40分程歩いた森の奥にあるらしい。明るい内に着きたいので、食べ終わったらすぐに出発するつもりだ。


「ね、考えている事って何?」

「瑠璃に頼もうかなって。水流を操って湖にしたんだから、朝露を集めるくらい簡単じゃないかと思うんだよね」

「…確かに。………瑠璃…呼ぶのかぁ…。薬の為だもんね……。うん…我慢する」

「そんなに嫌?」

「嫌!」


(即答しなくても。はぁ、先が思いやられる……)


「そうだ、アリアに言っとかないといけなかったんだ」

「何~?」

「昨日、カルロスさんに杖を貰ったよ。魔法を使う時には必要だからって」

「良かった。この町で買わなくちゃって、思ってたんだ」

「知っていたの?」

「うん。ノーマンさんにね、忠告されたの」

「その時点で教えてくれれば良かったのに」

「杖を買ってから言うつもりだったから。ごめんなさい」

「村では売ってなかったか。いいよ。さぁ、出発しよう」




 町を出て、木陰でそらにお昼を食べさせてから出発だ。

 途中で見つけた薬草を採取しながら、森の中を進む。時々アリアが千里眼スキルで、沼の位置を確認している。


「やっぱり、スキルも使って慣らしておかないと、いざという時に使えないと困るもんね!」

「そうだな。俺、方向音痴の気があるから、迷わないですむのはありがたいよ。」

「へ? 稜真、方向音痴だったの?」

「昔から初めての所にはたどり着けるけど、2回目以降は迷うんだよな。どうしてだろう?」


(うふふ。稜真様の弱点、聞いちゃった。可愛いんだ~)


「可愛いは止めてくれ…」

「ありゃ? 口に出してた?」

「思いっきりね」






 沼に着いたのは夕方だった。

 たき火をおこし、野営の準備をする。今夜は仮眠しか取れないだろうし、テントを張るのは止めておいた。たき火の横で毛布にくるまって休む予定だ。


 早めに夕食にしようと、アイテムボックスから、朝作ったシチューとパンを取り出す。

 そらの皿には、シチューから具を取り出して乗せる。パンも食べやすいように、千切って乗せた。

「朝からシチュー食べたかったの。頂きます!」

「頂きます」

「クルゥルル」と、まるでそらも頂きますと言っているようだ。


「この容器、ちょうど良かったね」

「うん。そのままスプーンで食べられるもんね! 美味しい! これがあれば、いつでも稜真のご飯が食べられるね~。火がおこせない時でも、あったかいご飯が食べられるなんて、素敵!」

「そうか、そういう時にも便利だね」

 作る暇のない時もあるだろう。稜真は時間が合れば、作り置きしようと決めた。スープ系はまとめて作った方が楽だし、美味しい。


 稜真とアリア、そしてそらだけの夕食は、少し物寂しく感じた。短い間だったが、人数の多い食事が続いていたからだろう。特に食事時のノーマンの存在感が大きかった。


「…今頃、カルロスさん達も夕食食べているかなぁ」

「きっとノーマンさんが、美味い美味い!って言ってるよ~」

「そうだといいな」




 ──その頃のノーマンは剣を持ち、素振りの真っ最中であった。


「199…、200! はぁ…疲れた。ネヴィル、素振り200回終わったぞ。飯!」

「次は腹筋を200回。頑張って下さい」

「先に飯、食べさせてくれよ!」


 ノーマンを横目に、カルロスとネヴィルは食事をしている。

 今夜の夕食は、稜真に持たされた鳥肉の包み焼きと炊き込みご飯のおにぎりである。温かい内にアイテムボックスにしまった料理からは、空きっ腹に堪える良い匂いがただよって、ノーマンの鼻孔をくすぐるのだ。


(あー、腹減った!!)


 昼食はノーマンだけ保存食だった。もっとも、カルロスとネヴィルもこの日の昼食は稜真に貰ったお弁当ではなく、宿で包んで貰った肉料理とパンですませている。


「私が怪我で休んでいた時、お前はこんなに美味しい食事を食べていたんだよな?」

 ネヴィルはこれ見よがしにおにぎりを頬張った。

「うん、美味しい」


「くっ!! おにぎりにしてあるのも美味そうだ……。いやなー、ネヴィル。野営始めたのは結構後になってからだったし、それまでは宿で食事してたんだぜ?」

「問答無用。200回、早くやれ」

「くそっ! 1…、2…、3…」

 カルロスは、何も言わずに微笑んでいる。


(昼に食べた酸っぱい苺、まだ口に残ってる気がするぜ。あ~、早くリョウマの美味い料理食べて、口直ししてぇ)


 これが終われば稜真の料理が食べられると思っているノーマンだが、包み焼きとおにぎりは2人分しかないのを忘れている。



 ──ノルマを終えたノーマンに、ネヴィルは良い笑顔で保存食を渡したのだった。



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