第40話 別れ
稜真とアリアは厨房を綺麗に片づけ、宿の女将にお礼を言ってから中央広場に向かった。引き続きこの宿に泊まる予定なので、隣り合った1人部屋を2つお願いしておいた。
中央広場ではカルロスが馬車を店に変え、訪れた客が品定めの真っ最中だった。ちなみに調理の間、部屋で留守番していたそらは、稜真の肩でご機嫌だ。
アストンは、今まで通って来た村よりも格段に売っている品物も店も多いのだが、やはり王都からやって来たカルロスが扱う商品は物が違う。待ちかねていた客が集まっているようだ。
今は布地を出しており、女性客が楽し気におしゃべりをしながら布を選んでいる。
ノーマンとネヴィルは、その様子を見守っている。
「ねぇねぇ。ネヴィルさんは、どうして怪我したの? ノーマンさんならともかく。だって、ネヴィルさんの方が強いよね?」
「アリアひでぇ。まぁ、こいつが俺より強いのは事実だけどよ…」
ぼやくノーマンをよそに、ネヴィルは呆れた顔でアリアを見下ろした。
「アリアさんもノーマンより強いですよね。これがあっさりやられたと聞きましたよ。──私よりも強いでしょう?」
「うふふ、どうかな~?」
にこにこと笑う顔を見て、ネヴィルは肩をすくめた。
「時間があれば、手合わせをお願いしたかったです。私の怪我の原因、でしたね。──そう。あれはデルガドへ向かう途中、崖の上を通った時の事です。魔獣に襲われましてね。なんとか倒しましたが、その後うっかり足を踏み外しまして……」
「落ちたの!?」
「はい。幸い途中に生えていた木に捕まって、難を逃れました」
その日は強い雨が降っており、視界が悪かった。雨宿りする場所もなく、早くデルガドに着かねばならないと、焦りが出たのかも知れないとネヴィルは言う。
「そう! こいつ、自分の失敗で落ち込んじまって、大変だったんだよな。おまけに1週間は安静にしろって医者に言われてんのに、すぐに旅に出るって言って聞きゃあしない。カルロスさんが、一時的な護衛の当てがあるって言ってくれて、ようやく大人しくなったんだぜ!」
「……もとはと言えば…私が落ちたのは、お前がぶつかって来たのが原因だったな」
「あ~、そうとも言う。視界が悪かったからな。いやぁ、あん時は焦ったぜ」
白い目がノーマンに集中する。
「たははは」
──冗談めかして言ったノーマンだが、ネヴィルが落ちた時は慌てふためいた。護衛対象のカルロスの存在で気持ちを落ち着けて、救出作業に入ったのだ。
落ちたネヴィルにロープを投げ、しっかり体に結びつけた事を確認し、ノエに引っ張り上げさせた。骨が折れていなかったのは幸いだった。応急手当てをして、なんとかデルガドにたどり着いたのだ。
「カルロスさんが馬車に乗れと言っても、護衛だからって馬で行くんだぜ。多少は譲歩すりゃいいのによ」
「そこまで依頼主に迷惑をかけられるか」
「っとに融通が利かねえ奴だよな。着いた途端に、熱出してぶっ倒れたくせによ」
「あれは! ……まぁ、あの時は世話をかけた」
「俺のせいだったからよ…」
ノーマンとネヴィルは、気まずそうに顔をそらした。
長いつきあいなのだろう。そんな事があってもノーマンとネヴィルの関係は悪くなっていないようだ。
「ほっほっほっ。あの時のノーマンさんは、真っ青でしたなぁ。気を失ったネヴィルさんを部屋に運び、着替えや医者の手配も全てやられていました。熱が下がるまで、付きっきりで看病もされてましたわ」
店じまいを始めていたカルロスにも、話は聞こえていたようだ。笑いながら教えてくれた。
「カルロスさん、言わないで下さいよ」
照れくさそうなノーマンは新鮮だ。稜真とアリアの面白そうな視線に居たたまれなくなったノーマンは、「あ! 俺、馬を連れて来ます!」と、そそくさと宿へ向かった。とばっちりが来そうな予感がしたネヴィルも後を追う。
カルロスは片付けに戻った。手伝う前に、稜真には確認せねばならない事がある。
「……アリア、さっきからどうしてにやけているのかな?」
「気を失ったネヴィルさんを、どうやって運んだんだと思う? やっぱりお姫様抱っこかな~。身長は同じくらいだけど、ノーマンさんの方ががっしりしてるし、出来ない事ないよね! 着替えさせてあげたとか、付きっきりで看病とか。……うふふふふ」
稜真は深々とため息をついた。
「よそ様で妄想するな!」
「稜真でしても怒るじゃないの!」
「妄想自体をしなければいいだろう!?」
「無理!」
内容はともかく、端から見ると楽しそうに言い合う稜真とアリアなのである。カルロスは片付けをしながら、暖かく2人を眺めていた。
カルロスの片付けが終わった頃、ノーマンとネヴィルが馬達を連れて来た。いよいよお別れである。
稜真が初めて長距離の乗馬を経験したのも、馬車を御したのもこの馬達だった。どちらも上達出来たのは、未熟な自分に馬達が付き合ってくれたお陰だと、稜真は1頭1頭名前を呼び、お礼を言う。
3頭とも寂しそうだ。特にノルは、稜真に頭を擦りつけて名残を惜しんでいた。そらも別れを告げるように、順に馬の頭に止まり「クゥ」と鳴く。
「スッゴく懐いたよね~。皆、寂しそうだもん。──動物にも稜真のたらしって効くのね」
「『にも』って言い方が、気に入らないんだけど?」
「あ、カルロスさんだよ! ほら、挨拶、挨拶! ね?」
「ったく! ──カルロスさん、お疲れ様でした。これ、お弁当です。パンとシチューが入っています。食事の足しにして下さい」
稜真は用意しておいたバスケットをアイテムボックスから取り出し、カルロスに渡した。
「おやおや、これはありがたいですなぁ。今日のお昼は昨日頂いた料理を食べるつもりでしたが、こちらは夕食にしましょうか。楽しみが出来ましたわ」
アストンを出たら、一気に隣の領地に向かうそうだ。3日は野営が続くらしい。
カルロスのアイテムボックスは、ピーターよりも格段に大きな物だ。だが多くの村や町を回るので、基本的に料理は入れず、商品をいっぱいに入れて旅に出ている。客が欲しい商品がない時の残念な顔を見ないで済むように、色々な種類を用意しているのだそうだ。
そんなカルロスは野営の際、栄養バランスは良いが、味気ない保存食を食べている。保存食はかさばらないので、旅人や冒険者は常備しているのだ。
稜真のように調理道具や食材を持ち歩いて、野営の際に料理をする方が珍しい。もっとも、専用の料理人やアイテムボックス持ちを連れて旅をする、大商人や貴族もいるのだが。
「言っておくがノーマン。お前、昼は保存食だからな」
ネヴィルの言葉に、慌てるノーマン。
「げ! なんで!?」
「昨日の昼。リョウマ君が多めに作ってくれた料理を大量に食べたそうだな?」
「そんな事あったかぁ? 覚えてな……」
全員の白い目が集中し、そらは「ガッ」っと頭をつつく。
「痛ってぇ! すいません、覚えてます!! え~っとリョウマさん、俺のお昼は…」
稜真ならば、作ってくれているのではないか、そう一縷の望みをかけて聞いたのだろう。
「ありません。夜まで我慢して下さい」
「そんなズバッと…。お前、最近俺に冷たくないか? ネヴィルが2人いるみたいだぜ…」
元々多めに作っていたのに、全部食べたのはノーマンだ。
落ち込んだノーマンに、アリアが何やら差し出した。満面の笑顔である。
「ノーマンさん、これあげる。色はおかしいけど、美味しいんだよ~」
「紫のチェックのイチゴ? なんだこりゃ?」
「収穫祭で大人気だった果物なの。知り合いに食べて貰おうと思って、大事にとっておいたんだけど、分けてあげる。保存食の口直しに、お昼に食べて。きっとびっくりするよ!」
「そういやぁ収穫祭で、変わった果物が出たって聞いたな。これがそうか。ありがとな、昼に食べるのを楽しみにしとくぜ」
ノーマンは貰ったイチゴを潰さないように、そっと懐にしまった。
ネヴィルはしばらくデルガドで休んでいたから、果物の事を知っているようだ。悪い笑みを浮かべている。
「ふっ。昼食が楽しみですね」
稜真とアリアは、町の外まで見送る。
「皆さん。お気を付けて」
「行ってらっしゃい!」
「リョウマ君とアリアさんも、お元気で!」
「お前等、早くランク上げろよ!」
「また会いましょう」
2人で馬車の影が見えなくなるまで、見送った。
(いい人達に出会えたな。俺は恵まれている。これも女神さんの加護なのかも知れないね)
「──ところでアリア。あの酸っぱいイチゴ、持っていたんだね」
「ふふふん。瑠璃に仕返しに食べさせようと思って、取っといたの~。瑠璃の分は残してあるよ。うふふっ。ノーマンさん、どんな顔で食べるのかな。今度会えたら、ネヴィルさんに教えて貰おうっと」
(ネヴィルさんに言いつけただけじゃ、気がすまなかったのか。食べ物の恨みは、怖いね…)
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