第39話 お弁当

 稜真が眠るベッドのヘッドボードに止まって眠っていたそらが目を覚ました。そらが稜真の枕横に降りると、ぱたたっ、と軽い羽音がする。稜真は身じろぎするが目覚めない。

 そらは、つんつん、つんつんと稜真の髪を引っ張った。


「……ん…んん? ああ、おはよう。そら」

「クルルゥ!」

 稜真は頬にすり寄るそらを撫で、外に出してやった。辺りをひと回り散歩して、トイレをすませて戻って来るのだ。町や村にいる時の日課であった。まだ人々が起き出さない、目立たない時間に出してやっている。


 外は今日もいい天気だ。旅に出てからずっと、天気の良い日が続いている。


「おはようございます」

 カルロスが目を覚ました。

「おはようございます、カルロスさん。起こしてしまいましたか?」

「いえいえ、私はいつも、このくらいの時間に起きているのですよ。年寄りの朝は早いものですからなぁ。そうそうリョウマ君。朝食前に、アリアさんを呼んで来て頂いてもよろしいですかな?」

「はい、分かりました」


 そらが戻って来たので、お皿に朝食を乗せてやる。今日はパンとドライフルーツだ。

 アリアを起こすにはまだ早い。そらの食事風景を見ながら、カルロスと会話を楽しんだ。



 アリアが起きる時間を見計らって部屋に行き、髪を結んでやってから、カルロスの待つ部屋へ戻った。

「おはようございます。カルロスさん」

「おはようございます、アリアさん。お呼び立てしてしまい、申し訳ありませんな。お2人に護衛代をお支払いしようと思ったのですよ。どうぞお受け取りください」

 約束の護衛代、銀貨5枚をアリアが受け取った。


「はい、確かに」

「また機会があれば護衛をお願いします。実に楽しい旅でしたからなぁ」

「私も楽しかったです。その時はよろしくお願いします」

 稜真とアリアは揃って頭を下げた。そらも稜真の肩の上で、羽をぱたつかせながら器用に頭を下げた。


 カルロスは護衛代の他に、様々な食材を分けてくれた。下手をすると、護衛代金以上になっているのではないだろうか。

 カルロスからしてみれば、護衛として役に立ってくれた上に食事まで作ってくれた稜真に、なんとか報いたかったのだ。


「この間もたくさん頂いたのに、こんなに頂いては申し訳ないです」

「先日お渡しした食材で、美味しい料理を作ってくれたではありませんか。私も頂いたのですから、あれはお礼には含まれません。これには、そらの分の護衛代金も入っていますよ。何しろそらは、大変役に立ってくれましたからなぁ。どうか遠慮なく受け取って下さい」

「クルルゥ」

 自分の事を言われたと分かったそらは嬉しそうだ。

「──ありがたく頂きます」

 頭を下げ、アイテムボックスに食材を片付ける稜真を、カルロスはにこやかに見ていた。

「さて、朝食に向かいましょう。ノーマンさんが首を長くして待っているでしょうなぁ」




 朝食後、稜真はネヴィルに手合わせを頼んだ。ネヴィルのランクはノーマンと同じCランク。武器は少し細身の剣を使っている。素振りを見せてくれたが、優雅な動きだった。

 稜真とネヴィルは、アリアが取り出した木剣を構えて向き合う。


「それでは、打ち込んで来て下さい」

「お願いします!」


 ノーマンが力の剣ならば、ネヴィルは技の剣だった。先程見せて貰った優雅な動きで、稜真が打ち込んだ剣は軽々と弾かれる。足を使って、手数を増やしても通用しない。──動きを読まれているのだ。


 死角から剣激が来る。避けても、かわしても、ピタリと張りつかれて打ち込まれる。一瞬も気が抜けないのはアリアと一緒なのだが、タイプが違った。

 非常にやりにくい相手だ。いろんな相手と手合わせをした方がいいと、ノーマンが言った訳が理解できる。


 それでも反応出来ているのは、アリアのお陰だろう。



 ネヴィルが終了を告げた時、稜真の息は上がっていた。

「はぁ、はぁ…。ありがとうございました」

「リョウマ君はEランクでしたね…。末恐ろしいですよ。もっと時間があれば、色々と教えてあげられたでしょうに」

「今度会えた時に、是非手合わせして下さい。もっと鍛えておきますから」

「その時を楽しみにしています」

 ネヴィルとは、少しの時間しか過ごせなかったのが残念だ。




 アストンの中央広場でカルロスが店を開いている間、稜真は宿の厨房を貸りていた。少しでもカルロスにお返しがしたかったが、稜真が思いつくのは料理しかなかったのだ。

 アリアにこの世界に汁物を入れる容器はあるのか尋ねると、見た事があると言うので、ありったけ買いに行って貰っている。一緒に具を挟むパンも頼んだ。


 アリアが戻るまでに料理を作ってしまおうと、稜真は手早く調理を進める。

 牛乳と小麦粉でホワイトクリームを作る。その間に鍋で、鶏肉とジャガイモ、人参、玉ねぎを炒めてから煮込んでいる。料理長に貰ったスープストックが大活躍だ。

 野菜が柔らかくなったらホワイトクリームを入れ、味を調えてシチューの完成。

 パンに挟む具は、牛肉でも炒めようかと考えていた。


「リョウマ、こんな所にいたのか。探したぞ」

 ノーマンがひょっこりと厨房に顔を出した。

「まさかここにいるとは思わなかったが、匂いにつられてのぞいて良かったぜ」

「何か用でしたか? 俺、もう少し手が放せませんけど?」

「ああ、そのままでいいから聞いてくれ。お前に言っときたい事があったんだ。アリアは?」

「買い物に行っています」


 真面目な話のようだが、手が放せないので作業をしながら聞く。牛肉を薄く切り、甘辛く炒める。


「ちょうど良かったぜ。話はアリアの事だからよ」

 ノーマンは壁に持たれて腕を組んだ。

「──最初はなぁ、お前の方が危ういと思って心配してたんだよ。常識を知らなすぎだぜ、お前。アリアの名前は俺らでも聞いたからよ。多少規格外でも当たり前だと思っていたんだ。常識のないお前を、従者として鍛えてやってるんだろうってな」

「……」


「だがなぁ。見てるとお前らの立場は対等だ。そして、危うさで言うならアリアはその上をいく。ありゃあ、そのうち何やらかすか分からんぞ? お前はなんというか…、あ~。世間知らずで、多少抜けているだけか。だが、アリアは…。特にお前が関係すると危ない気がする。気を付けておけ」


 肉を炒め終わったので、稜真は火を止めるとノーマンに向き合った。

「抜けているとはひどいですね。でも言いたい事は分かります。しっかりと見ておきますよ。俺は、アリアの従者ですからね」


「従者ねぇ。世話焼きの従者様だよな」

「普通の従者は何をするんです?」

「そうだなぁ。凄腕の冒険者や貴族出身の冒険者にゃ、たまに付いてるんだが…。主に武器の手入れと、後はスケジュールと金の管理ってとこかね。髪を結んだり、料理はしねぇなぁ」

「料理はアリアに任せると、悲惨な事になるので…」


「お前も苦労するな…。まっ! 何かあったら力になるからよ! 覚えといてくれや。そん時は、お前の料理期待してるぜ」

「了解です」

「俺達はあちこち動いている冒険者だ。タイミングが合うか分からんが、普段は王都にいるからな。お前かアリアがギルドに聞いてくれれば、居場所を教えるように言っとく」

「はい。色々とありがとうございます」




「ただいま、稜真! これでどうかな?」

 アリアが買って来てくれたのは、蓋を閉められる木で作られた容器だった。形でいうと、マグポットのような感じだろうか。ちょうど1人前の分量が入りそうだ。蓋が閉まる部分にゴムのような素材が使われており、試しに水を入れて逆さにしてみたがこぼれなかった。

 さすがに保温は出来ないが、カルロスのアイテムボックスに入れて貰えば、温かいまま食べて貰えるだろう。


「充分使えるね。ありがとう…って何個買って来たんだよ」

「ありったけって言ったじゃない~」

「言ったけど、こんなにあるとは思わなかった」

 アリアが取り出した容器は30個はある。

「まぁ、色々使えそうだからいいか」


 買って来てくれたパンも受け取り、アリアに容器を洗ってくれと頼んだ。


「それで? ノーマンさんは器持って、何をしているんですか?」

「いや何、味見要員がいるんじゃねぇかな~? なんてよ」

「……少しだけですよ」

 器にシチューをよそってやった。


 パンに切れ目を入れバターを塗り、葉物野菜を敷き、さっき焼いた牛肉を乗せる。この先の自分達のお弁当用にと、多めに作った。

 1つ1つ紙で包むと、用意しておいたバスケットに6個入れた。植物で編まれ、蓋が出来るバスケットは、アリアが持っていたものだ。ピクニック用のバスケットらしく、3人分を入れるにはちょうど良かった。

 アリアにお弁当をお礼に渡したいと相談すると、いい物があると言って出してくれたのだ。


 洗い終わった容器を拭き、シチューを注いで蓋をした。バスケットには3個入れて完成だ。

 3人分のお弁当を詰め終わり、余分に作った分も全てアイテムボックスにしまったのだが──。


「ノーマンさん。パンを返して下さい」

 いつの間にか1つ奪われていたのだ。油断も隙もない。ノーマンは返そうとせず、紙を開いてかぶりついた。

「これも味見がいるだろ? うん、美味いぞ!」


「この馬鹿!」

「痛って!?」

 厨房にやって来たネヴィルがノーマンなの頭を叩いたのだ。

「どこにいるのかと思ったら、また食事をたかって! すまないリョウマ君」

「持って行かれたのに気づかなかったので、仕方ないです…。ネヴィルさん、お弁当を用意しました。カルロスさんに渡しますが、ノーマンさんが1人で食べてしまわないように、見張って貰えますか?」


「お弁当ですか。それは嬉しいですね。何しろリョウマ君の料理は、こいつが絶賛していましたから楽しみです。しっかりと見張っておきますから安心して下さい。──それにしても、旅の間にこいつがやらかした事が目に浮かぶようです。リョウマ君には迷惑かけたみたいですね。申し訳ない」

「ノーマンさんには、色々と為になる事を教えて頂きましたし。俺の料理を喜んで貰えたのは、とても嬉しかったですから…」

 はは…、と思わず乾いた笑いを浮かべた。


 稜真はそれですんだが、おさまらないのはアリアだ。ネヴィルの袖を引いて、上目遣いに見つめて言った。

「ネヴィルさん。ノーマンさんったら、私の分のおかずを取り上げたんだよ。叱ってやって」

「子供から取り上げた? お前…」

「これが子供ってタマか!? ──痛ってぇ!?」

 ネヴィルの鉄拳がノーマンに入れられた。


「い、いや、違うんだぞ!? 取り上げた訳じゃなくて、譲らなかったんだって…」

「同じ事でしょう。アリアさん、後できっちりと締めておきますから、許して下さい。ノーマン覚悟しておけよ」


「げっ!? リョウマ、こいつ容赦しないんだよ…。助けてくれ…」

「無理です。頑張って下さいね」


 稜真がにっこりと微笑んでみせると、ノーマンはがっくりとうなだれたのだった。



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