第35話 行商の旅 4

 街道と反対側の北の森から何かが来るようだ。そらは馬車の上から、そちら方向に威嚇している。


「カルロスさんは馬車を背にしてこちらへ。アリア、リョウマ。俺らは周りを囲んで迎撃するぞ。──ちっ、暗すぎるな…」

 ノーマンが指示を出す。


「ピュイ!」

 カルロスが指笛を吹くと、馬達が集まって来る。

 馬達は鞍や手綱を外されて、自由に休んでいた。余程カルロスに懐いているのか、遠くに行こうとせず馬車の側にいた。全く怯えた様子は見られない。カルロスは、外に向けてお尻を向けるように馬を並べた。


 日はとっぷりと暮れており、光源は料理に使っていた焚火と、馬車に下げてあるランプしかないのだ。これでは迎え撃つのもひと苦労である。


 稜真はこっそりとアリアに尋ねた。

「アリア、ライトの魔法使っても問題ないかな?」

「ライトの魔法はあった筈だし、大丈夫だと思うけど…。多少問題あっても、この2人なら黙っていてくれると思う。非常事態だもの」

「分かった。ノーマンさん! 今、明るくします!」

 稜真は野営地を明かりが囲むようにイメージし、『ライト』と唱えた。掲げた手から光が四方に飛び、野営地を照らし出す。


「これは…!?」

 驚きの声を上げたのは、カルロスだ。ノーマンは呆れた視線をチラリと稜真に向けたが何も言わず、野営地に飛び出して来た魔獣に視線をやる。


 稜真が魔法を使うのと、魔獣が野営地に飛び出すのがほぼ同時だったのだ。魔獣は急に明るくなり、戸惑っている。光に照らし出されたのは魔狼が5頭だ。

「ガアゥッ!!」

 体のひと回り大きな1頭が吠えると、魔狼達は一斉に攻撃体勢をとる。


「あいつがリーダーだね~。私があいつを倒すから、残りはお願い」

 緩いアリアの言葉にノーマンは慌てる。

「待てよアリア! 俺1人で4頭はきついぞ!」

「ん? 何言ってるのよ。1人じゃないでしょ~?」

「リョウマはまだEランクだろうが! 実戦経験なんて──」


 ノーマンが言いかけた所で、死角から襲ってきた魔狼に剣を突き入れて、蹴り飛ばす稜真が見えた。

 魔狼は全部で6頭だったようだ。突然襲われた稜真に慌てた様子は見えない。

「魔狼なら実戦経験があるので、頭数に入れて貰っても大丈夫ですよ」

「……あるんかい…。それじゃ左は任せた。俺は右から来るのを片付ける」


 アリアはあっさりリーダーを片付け、ついでとばかりにその隣の1頭も倒す。その後、稜真が1頭倒し、ノーマンも2頭倒した。



「お前らさぁ、2人ともランク間違ってるわ……。早く上げとけ」

「早くと言われても…。冒険者始めて、まだひと月くらいですよ、俺」

「嘘だろ…」

「師匠達がスパルタでしてね」

 稜真は、じとっとアリアを見たが、そっと目をそらされる。

「ほっほっほ。私からしたら、頼もしい限りですわ。素早く倒して貰えたので、馬達も怪我なくすみましたしなぁ。ありがとうございます」


「皆、怪我しなかったの? 良かった。落ち着いてて、えらかったね~」

 アリアは順番に、頭を撫でてあげた。馬達は自慢げに胸を張る。


「この子らも、魔狼なら蹴り飛ばすのですよ。今回は、この子らの力を借りずにすみましたなぁ。皆さんのお陰で助かりましたわ」

「こん中で1番焦ってたのは俺でしたね。リョウマがあそこまで使えるとは思わなかったしなぁ。手合わせしてたのに、見る目がないわ、俺」

 ノーマンはぼやいた。


 手合わせの腕と実戦経験は違うから、まさか稜真が群れの戦闘にあそこまで慣れているとは思いもしなかったのだ。


 ノーマンは自分の頬を両手でパンッと叩き、気合を入れた。

「よし! それじゃ、魔狼を片付けるぞ。明かりのある内にな。…そう言えばこの明かり、いつまで持つ?」

 そう言われても、そこまでの検証はしていなかったので分からない。

「…さあ?」

「自分で出しといて、分からないのかよ」

「多分、消さない限りはずっと持つと思います」

「お前の魔力、どんだけあんだよ……」

「はは…。えっと、カルロスさんは休んでいて下さい。そら、警戒よろしくね」

「クルゥッ!」




 3人で手分けして、野営地に散らばる魔狼を片隅に集めた。

 急に暗くなるのも見にくいだろうと、馬車の上に明かりを1つ、光を弱めて移動させる。残りは自分達の周りに集めた。

「さて、手分けして解体するぞ」と、ノーマンに言われたが、稜真とアリアは顔を見合わせて沈黙するしかない。

「どうした?」

「解体、やった事ないのよね~。いつもアイテムボックスに突っ込んで、ギルドで頼んでたから」

「すみません。俺も勉強不足で…」

「ははっ。お前らが、なんでも出来る訳じゃないってのに、逆に安心したわ、俺」


 その後、ノーマンに教わりながら、6頭の魔狼を解体したのだった。




 昨夜はいつもより遅く寝たのだが、朝食の用意が気になった稜真は、いつもの時間に目が覚めた。

 予定通りに進めば、今日中に次の村に到着するらしい。料理当番も今日の昼までだろう。そう思うと少し残念な気分になる。


 昨夜のご飯が残らなかったので、朝から米を炊く。前日の事を踏まえて、お昼用を含めて多めに炊いた。

 朝食はご飯にお味噌汁。おかずは、肉・野菜・キノコを細かく刻み、溶いた卵に出汁を入れ、具だくさんの厚焼き卵にしてみた。


(ノーマンさんが起きて来る前に、昼食用のご飯をおにぎりにしておこう。具が思いつかないから、肉巻きおにぎりと焼きおにぎりでいいかな。焼おにぎりは味噌味と醤油味…。うん。やっぱり慣れた調味料があると、楽だなぁ。さて、焼けた物からアイテムボックスに入れてっと)



 稜真は料理をしながら、これまでの事を思い返した。

 アリアとスキルの検証をしてから色々あった。最初に討伐依頼を受けた時は、魔狼の数が揃わなくて苦労したのだった。


(……あれ?)

 稜真はある事に気づいた。


「今朝は懐かしい匂いがする~。おはよう、稜真。うわぁ、ご飯にお味噌汁だぁ」

 ちょうど疑問の主がやって来たので、聞いてみる事にした。


「おはよう。アリアに聞きたい事があるんだけど」

「何~?」

「前にさ。魔狼の討伐数が揃わなくて、苦労した事があったよね? アリアの遠耳と千里眼のスキルがあれば、もっと早く探せたんじゃないかな、って。」

 アリアのぽかんとした表情が、全てを物語っている。


「うん。聞く必要がない気がして来たよ、俺…」

「そ、そういう使い方も出来るね~。ほら、学園に入学したら使うつもりだったじゃない? スキルとって安心したら、意識しなくなって…えへへ」

 調理がすみ、稜真の手が空いた事が分かったそらが、稜真の肩に飛んで来た。


「俺もあの時、思い出さなかったから同罪だね。どちらにしても、そらがいてくれて本当に良かった」

「クゥ!」

 そらは、そうでしょ!と言うかのように胸を張っている。稜真は、その胸や首元を指でくすぐってやった。

「うう、そらの好感度ばっかり上がって行く…」



 カルロスとノーマンも起きて来た。

「おはようございます」

「おはよう、今朝もいい匂いだなぁ。リョウマの飯も昼までか……」

「俺も色々作れて、楽しかったですよ。さぁ、朝食にしましょう」


 その日の朝食も好評で、昼食用のご飯をよけておかなければ食い尽くされる所だった。




 今日も馬車を御していた稜真が、カルロスに聞いた。

「そう言えば、分けて貰った食材ですけど、どんな料理屋が使っているのですか?」


「東に海の島々をまとめている国がありましてな。そこの料理に使われる食材なのですよ。その国の出身者が食材を広めようと、あちこちで料理屋を開いているのですわ。残念ながら、まだメルヴィル領にはありませんなぁ。私が次に回る領地に、新たに店を開いた者がおりまして、その店に卸すのですよ。どの店もそこそこ繁盛しているようですなぁ」


「東の国ですか」

 島々なら、魚介類も豊富だろう。

 カルロスは他国出身だ。その国では米を育てており、身近な食材だった。そんなカルロスにとっても、東の国の料理は珍しく、独特なのだと聞かせてくれた。


「カルロスさんは、行った事がありますか?」

「はい。本場の料理は美味しかったですよ。そういえば、リョウマ君が朝作ったスープもありましたな。炊いた米もその国で食べたのですわ。──リョウマ君は、東の出身ですか?」


「出身…ですか…。なんと言ったらいいか…。ただ、料理は故郷で食べていた料理です。料理人をしていた祖父と、母に習いました」

 曖昧な返事をする稜真に、カルロスは微笑んで見せた。

「リョウマ君の後見人は、アリアさんの父君でしょう。あの方が後見なさっていれば、聞かれる事もないと思いますよ。ただ、聞かれた時の事は考えておいた方がいいかも知れませんな。──どんなお祖父様だったのですか?」


「そうですね。背が高い人でした。立ち仕事が多い料理人の常で、腰を痛めていましたね。お酒が好きで、職業が料理人なのに、趣味も料理で。俺は色んな事を教わりました」

 カルロスがわざと話題を変えてくれた事をありがたく思う。学園に行くまでに、もっと考えておかないといけないようだ。




 昼食の為に休憩をとった場所は、見晴らしの良い草原だった。馬達は馬具を外されると、気持ち良さそうに草をはみ、転がっている。

 今回は火をおこさなかった。おにぎりは作ってあったし、お茶用のお湯なら、生活魔法で沸かせるからだ。用意してあったおにぎりは、全部なくなった。


 アリアは、肉巻きおにぎりが気に入ったらしい。最後の1つをノーマンに取られて、恨めしそうにしている。

「お前はいつでも食えるだろ。次はいつ食えるか分からん俺に譲るべきだ。うん美味い」

「ノーマンさんは、食べすぎだと思うな…。アリア、また作ってあげるからね。」

「味噌味の焼おにぎりもね」

「了解」




 ドルゴ村に着いたのは、日暮れ近くだった。


 稜真は馬の世話に行き、カルロスは村長に挨拶に行っていた。ノーマンとアリアが2人、宿の食堂で待つ事になった。


「なぁアリアよ。リョウマの奴、規格外過ぎないか? あの年で、あそこまで器用になんでもこなすのもどうかと思うがよ。それよりも、あの魔法だ。生活魔法ならともかく、杖なしで発動するなんて、おかしいぞ」

「あれ? 魔法使うのに杖いるの?」

 アリアは魔法に疎いので、知らなかった。


「魔法の発動には杖が必須だろうが。さっきも言ったが、杖がいらないのは生活魔法だけだぜ。俺もそれ程魔法に詳しくないが、たまに魔法使いと一緒に依頼受けるからな。そいつがライトを使う所も見たが…。持っている杖の先に1つの光だったぞ。光量の調節をしたり、位置を変えたり…。いや出来るのかもしれんが、少なくとも俺は見た事がない」

「そっかぁ。杖も用意しとかないといけないね~」


「そういう問題じゃねぇだろうがよ。それにあいつ、冒険者始めてひと月だと? いくら師匠がいいからと言っても、剣の腕の伸び方が尋常じゃない。冒険者になる前から修行してたのかも知れねぇが…。剣と魔法が使えて、おまけに魔獣を従えている? あり得ねぇ」

 人が良い稜真にノーマンも気を許している。だが、その規格外さが心配になったのだ。


「──あいつを見ていると、どうにも危なっかしい気がしてならねぇんだよ」

「大丈夫よ。稜真に不利益になる事は、私が片付けるから」

 アリアはあっけらかんと言う。


「へぇ…。もし俺がリョウマの規格外さを言いふらしたら、どうするんだ?」

「ふふっ、今言ったじゃない。聞いてなかったの?」

 軽く答えるアリアをノーマンはじっと見つめた。


「……あいつに不利益になる事は、お前が片付ける、か。片付けられたくはないから黙っているさ」

「その方がいいな~。なんだかんだ言って、稜真はノーマンさんの事、したってるみたいだしね。ふふふっ…」


 そう言って笑うアリアの目は、暗い闇をたたえているようで、ノーマンはぞっとした。


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