第34話 行商の旅 3
夜の警戒は、そらが引き受けてくれた。
今までもそらは周囲の警戒にとても役立ってくれ、敵が近づくと大きな声を出して教えてくれている。夜は鳥目で見えないのではないかと心配したのだが、いつの間にか夜目のスキルを覚えており、レベルも上がっていた。
(レベル8…か。俺、追いつかれそう…。瑠璃といた時に何をしていたのやら。──スキルは助かるけどさ)
「夜に警戒せずに眠れるなんて、ありがたいぜ」
「本当ですなぁ。これは、そらにも護衛代を払わねばなりませんな。とりあえず、前払いにこれを差し上げましょうね」
「ありがとうございます」
稜真に渡されたのは、色々な木の実やドライフルーツが入った袋だった。そらの皿を綺麗にして、貰った木の実とドライフルーツを入れる。
「夜食だよ。そら、警戒よろしくね」
「クゥ!!」
カルロスは馬車で眠り、他の面子はテントで眠る。もちろん男女別々にテントを張った。
その夜はそらに起こされる事なく、ぐっすりと眠った。
「おはよう。そら、お疲れさま」
そらはテントから出た稜真の肩に乗る。
「クルルゥー」と鳴いて、頭を稜真の頬にすりつける。
「出発まで休んでいてね。ありがとう」
「ルルゥ」
そらは馬車の上に飛んで行くと眠り始めた。まだ誰も起きて来ていない。
(さて、朝ご飯。パンケーキでも焼くかな)
こちらで作るのは初めてだ。
小麦粉と砂糖、卵、ふくらし粉を混ぜ合わせて、種を作る。ふくらし粉が何で出来ているのか分かっていないが、料理長がケーキを焼く時に使っているという粉だ。ベーキングパウダーみたいなものだろうと思っている。
熱したフライパンに、少量の種を落とす。
(ふつふつと穴が開く感じからして上手く行ったように思えるけど、味はどうだろうね。食べてみないと分からないな)
焼きあがったパンケーキを味見する。少々甘さが控え目になったが、朝食にはちょうど良さそうだ。
稜真は残りの種を次々に焼いて、大皿に積み上げていった。全部焼き終えると、塩漬け肉を薄く切ってカリカリに焼く。
(野菜がないなぁ…、トマトでも添えるか。食材があちらとほぼ一緒なのは、本当に助かる)
「おはよう…」
アリアが目をこすりながら起きて来た。
「おはよう、アリア。顔洗っておいで」
「うん」
「おはようございます。いい匂いがしていますなぁ」
「おはようございます、カルロスさん。もう出来ますよ」
ノーマンは朝に弱いようだ。宿では稜真が起こしていたのだが、まだ起きて来ない。それぞれのカップに紅茶を入れて、準備が整っているのだが──。
「ノーマンさんを起こして来ます」
稜真はそう言うと、テントへ向かった。
「ノーマンさん」
テントの入口から声をかけても、全く反応がない。仕方なくテントに入り、ノーマンの肩に手をかけて揺り起こす。
「ノーマンさん、起きて──。うわっ!?」
テントから稜真の悲鳴が上がったので、アリアは慌ててのぞきに行く。
「どうしたの!? って、あら~」
「放して下さい! ノーマンさん!!」
「あ~、いい匂いがするなぁ」
稜真は寝ぼけたノーマンに抱き着かれていた。
(最近の俺、こんな事が多すぎないかな!? ノーマンさん起きないし、放してくれないし! おまけに、アリアは嬉しそうに見ているし!!!)
ようやく目が覚めたノーマンは、平身低頭で稜真に謝った。
「悪かった! 可愛い女の子が朝飯作ってくれる夢、見てたんだよ。そんでいい匂いがしたもんだから、つい」
「…ノーマンさんは…朝食抜きでもいいですか?」
稜真はノーマンを睨んだ。
「すみませんでした! それだけは許して下さい!」
しまいには土下座し始めたので、仕方なく許してやる。
「次にやったら、ノーマンさんだけ保存食ですからね……?」
「気をつけます!」
料理は火の側に置いてあったから温かかったが、紅茶が冷めてしまっていた。稜真は生活魔法で温める。
「いっただっきま~す。──うん、パンケーキ美味しい!」
「ジャムかはちみつでもあれば良かったけど…」
「いやいや、充分ですよ。この甘さと塩漬け肉の塩気が、なんとも言えませんなぁ」
「美味い! 美味い!」
山積みになっていたパンケーキは、ほとんどがノーマンの腹に消えて行った。
「アリア、片付け頼んでいい? 火がある内に昼食作って、アイテムボックスに入れておきたいから」
「分かったよ~」
「クゥ!」
目を覚ましたそらが、稜真の肩へ飛んで来た。
「そら、おはよう。パンケーキ食べる?」
「クゥ!」
そら用に避けてあったパンケーキを小さくちぎり、カルロスに貰った木の実と一緒にそらの皿に入れた。
稜真はフライパンでいくつも目玉焼きを作り、料理長に渡されていたベーコンも焼く。火の始末をしてから、丸いパンを取り出して切れ目を入れてバターを塗り、ちぎった葉野菜と目玉焼きとベーコンを挟む。
出来たパンを1つ1つ紙で包んで、アイテムボックスに入れた。
(お昼は軽くでいいよね。あ、次の村でパンを仕入れないと、もう残りが少ないな。さすがに俺、パンは焼けないし。お米があるなら明日はおにぎりでもいいか)
出発前に、昨日包み焼きに使った葉を採りに行った。多めに採ってアイテムボックスに入れておく。魚の干物も忘れずにしまった。
今日は、稜真が馬車を御している。「上達が早いですなぁ」と、カルロスが褒めてくれた。
そらはまだ眠いのか、稜真の膝で眠っていた。時折目を覚ますと空から索敵してくれる。
この日も何事もなく進む事が出来た。
昼食は好評だったが、ノーマンが物足りなさそうにしていた。明日の昼食はもう少し多めに作ろうと決めた。
夜はカルロスが提供してくれた米を鍋で炊いた。
鍋での炊飯は、料理人だった祖父に教わった。炊飯器で炊くより早くて美味しいぞ、とよく言っていたのを懐かしく思い出す。稜真の料理の知識が一般男性より多いのは、この祖父のお陰だろう。
「へえ、お米って、鍋で炊けるんだ~」
どうしてアリアが驚いているのだろうか。尋ねると、アリアは炊飯器で炊く事すらしていなかったらしい。
「てへへ」と笑うアリアに呆れながら、稜真は昨日作った一夜干しを焼いて野菜炒めを作った。
カルロスの田舎では、米に味を付けて食べるそうだ。ピラフかリゾットのような料理だろうか? カルロスは、炊いた米を料理屋で食べた経験はあると話してくれた。このようにおかずと一緒に食べるのも好きだと喜んでくれた。
一夜干しの塩加減も程良く、久しぶりの米飯にアリアは感動していた。稜真にとっても、やはり米の飯は嬉しい。無言でがっついているノーマンは、言わずもがなであろう。
そらも、ご飯が気に入ったようだった。お尻を振り振り食べている姿が可愛い。
すっかり食事当番が板について来た稜真は、明日のメニューに頭を悩ませながら、片付けをしていた。
カルロスが扱っている調味料と食品を見せて貰ったら、醤油も味噌もみりんもあり、昆布などの乾物まであったのには驚いた。売って貰おうとしたら、料理のお礼だと、米を含め、ある程度の量を分けてくれた。
これから回る町の料理屋に卸すことが決まっているので、余り渡せないと申し訳なさそうにしていたが、存在自体がありがたい。
アリアがこっそりと伯爵家に納品をお願いしていた。きっと料理長が喜ぶだろう。
──その時。
「クルル!! キョキョッ!!!」
そらが警戒の鳴き声を上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます