第33話 行商の旅 2
翌朝の稜真は少し体が痛いものの、風呂に浸かったお陰か、ひどい筋肉痛にはならずにすんだ。
自分は良いのだが、「うう…」と隣のベッドからうめき声が聞こえて来る。
「ノーマンさん、薬塗りましょうか?」
「……頼む…」
うめきながら体を起こして、ノーマンは上着を脱いだ。大きく黒ずんだあざが見える。
(やっぱり…。昨日よりも腫れが酷くなっているなぁ…)
稜真はノーマンの負担にならないように、そっと薬を塗った。
「腫れが酷いですよ。医者に診せなくてもいいんですか?」
「村に医者はいないだろうし、いても薬を貰うだけだ。それじゃ今と変わらんからよ。──夜も薬、塗ってくれな?」
「分かりました。任せて下さい」
朝食を終え、カルロスは店を出す準備に入る。ノルを馬車に繋ぎ、村の広場に移動。馬車を残して、ノルはもう1度宿の厩に戻す。
ノーマンが荷馬車の片側に、木で出来た脚のような物を2つ設置。カルロスが内側から上部にある留め具を外すと、馬車の壁が倒れて脚に乗り、商品を乗せる台になった。もう片側の壁にはフックが取り付けてあり、カルロスはそこに、斧やクワ、鋤、鍋などの大き目の商品を客から見やすいように引っ掛ける。
カルロスは、アイテムボックスから平たく小さな籠を取り出し、台上に並べて行く。籠には細々とした品物、櫛・鏡・ハサミ・包丁・調味料・乾物等、多種多様な商品が入っている。品々が並べられた。
あっという間に小さな商店の出来上がりだ。
稜真とアリアも手伝いたかったが、勝手が分からないので、今回は見学だ。そらは稜真の足元で、虫を追いかけている。
「移動式のお店なんだね。すごいなぁ」
「私も初めて見た~」
店が出来ると、徐々に人が集まって来た。
まず最初は女性だ。鍋や調味料・日用品等を買うと、男性と交代する。男性陣は斧やクワ、釘等の必需品を手に入れると、仕事に向かった。
カルロスは小物を全て片付けると、今度は色とりどりの布を並べて行く。そして再び女性達がやって来る。下着用・普段着用・よそ行き用等、用途別、家族分の布を選ぶのだ。おしゃべりをしながら、楽しげに品定めをしている。
布が決まるとカルロスが必要な長さを聞き、切っては販売する。他の家の布と被らないようにと、女性達の布選びは実ににぎやかだ。布に合わせたボタンやリボンも、カルロスは用意していた。
既製品の洋服を売る店は村に、と言うかメルヴィル領にはないので、基本洋服は各家庭で手作りされる。家庭の主婦に裁縫技能は必須技能である。──さすがにデルガドの町には仕立て屋があり、伯爵家では仕立てを頼んでいる。
買い物する女性達を眺めていたアリアが、同じく興味深げに馬車を見ている稜真に聞いた。
「ねぇ。稜真は裁縫できるの?」
「裁縫? ボタンつけ程度かな。アリアは?」
「ボタンつけも微妙……」
「まぁ貴族には必要ないよね」
「それが、刺繍技能は必須だったりするの……」
アリアの母も、鮮やかな手つきで家紋の縫い取りをするし、貴族女性には必要な技術らしい。
「それは…頑張れとしか言えないね」
「あぅ~」
ちなみにノーマンは手伝いを終えると、どこかへ行ってしまった。
ひと通り村人が買い物を終えると、次にカルロスが並べ始めたのは半端な品々だ。
布やリボンの切れ端。先程販売した布地で、長さが半端になった布も並べる。他には鉄くず・ガラス玉、魔獣の物らしき羽根や毛の固まり、少量ずつ包まれたお菓子等。
そこへ買い物に来たのは子供達だ。
少ないお小遣いを握りしめて、目を輝かせて選んでいる。中には、罠を仕掛けて捕ったのだろうか。ウズラのような鳥を持ってくる子や、卵を持って来る子もいた。それと交換に、小さなナイフや大きめの布を手に入れて嬉しそうだ。
「子供達の明るい顔を見るのって嬉しいな。カルロスさんのお陰だわ。あのね、馬車で話を聞いたらね。毎年うちの領地に来てくれているんだって。村の人達に必要な品物を聞いては、次の年に持って来てるって。本当にありがたいな」
村の人々の笑顔はカルロスのお陰だと、アリアは笑う。
「アリア。旅をして思ったけどさ。疲れがとれるお風呂はありがたかったよ。そのお風呂に補助金を出して、こんなに小さな村にも作るようにしたのは誰のお陰? 子供達の笑顔を最初に引き出したのは、一体誰だろうね?」
「……手配したのはお父様よ。私はアイデアを出しただけだもん」
アリアは言って、そっぽを向いた。
「はいはい、そうだね」
稜真が優しくアリアを見ると、照れくさそうにそっぽを向いた。
「ところでさ、カルロスさんからリボンを買ったんだ」
稜真は黄色い幅広のリボンを2本取り出した。
「え、もしかして私に? 嬉しい!」
アリアを座らせるとポニーテールを1度ほどき、
そこへノーマンが戻って来た。ふらふらとそこいらをうろついていたのだが、背中の痛みが辛くなったのだ。
「リョウマ、お前器用だなぁ」
「器用というか…。まぁ、慣れでしょうか」
さすがに編み込み等の手の込んだ髪型には出来ないが、そのうちエルシーに覚えさせられる気がする。ノーマンと話しながら、左右にリボンを結んだ。
「出来たよ。どう?」と、アリアに手鏡を渡す。
「わぁ綺麗な色~。似合う?」
「アリアの赤みがかった金色の髪には、この色が似合うと思ったんだよね。うん。可愛い」
ぼっ!という効果音が聞こえそうな勢いで、アリアは真っ赤になる。
「ありがとう! そら! 見て見て、稜真に貰ったんだよ~だ」
アリアはそらにリボンを見せびらかした。
「クルルゥ…。クゥ!!」
そらは羽根を広げて胸を張り、自分のリボンを見せるようにする。
「もう、うらやましくないもん! 私は2本だもんね~」
「ルルルルルゥ……。」
そらは体をふくらませてアリアを威嚇している。
(仲良く…は言っても無駄か。まぁ、喜んでくれているからいいか)
「そろそろ商売も終わりそうだな。リョウマ、馬を連れに行くぞ」
「はい。痛みはどうです?」
「少しはましかねぇ…。ま、自業自得だからな。頑張るさ」
威嚇し合う1人と1羽を後にして、稜真とノーマンは宿へ向かった。
店じまいをしてから、村長に挨拶に行っていたカルロスが戻って来た。その間にノルを馬車につなぎ、ノアとノエには馬具をつけてある。
「さて、お待たせしましたな。それでは出発しましょう」
子供達が、手を振って見送ってくれたのが印象的だった。
そんな調子で幾つかの村を回った。どの村でも、カルロスは歓迎された。
村に早めに着いた時、稜真はアリアと剣の稽古をする。
ノーマンの怪我も治り、相手をしてくれるようになっていた。初めの頃は全く敵わなかったが、最近では8本に1本は取れるようになって来ている。
ノーマンもアリアに手加減を頼み、手合わせをしている。手合わせを見るのも勉強だと言われ、稜真は見学をする。2人の打ち合いは見ごたえがある。──時折ノーマンの悲鳴が上がるのは、御愛嬌である。
旅の途中、立ち寄る村に冒険者ギルドがあると、アリアは伯爵への手紙を出していた。ギルドに依頼を出す事で、配達して貰えるのだ。
稜真は何度か出す前の手紙を見たが、内容はまるで領地の報告書だった。伯爵が手紙を出すように言ったのは、報告書が欲しいからではないと思う。
稜真も長距離の乗馬に慣れて来たので、最近は馬車の御し方を教わっていた。その傍ら、カルロスは様々な話を聞かせてくれる。──ピーターが8才までおねしょしていた話には、思わず吹き出した。
時々馬車を止めて休憩を取る。
そんな時、カルロスやノーマンに話を聞かせて貰うのが、稜真とアリアは楽しみだった。
植物図鑑や魔獣図鑑を出して、詳しく話を聞く事もあった。楽しそうに話を聞く稜真は、15才の顔をしている。
「次の村の辺りには、この薬草が生えてますな」
「この魔獣は、最近新種が発見されたらしいぞ。この国にはいないがな」
休憩中に見つけた植物の1部は、エルシーへのいいお土産になりそうだった。
「この先はしばらく村がないので、野宿になりますな。皆さん、よろしく頼みますよ」
「おう! 任せてくれ!」
「頑張ります」
「は~い」
街道で商隊や旅人が泊まる場所は、大抵決まっている。
水場の近くに、野営用の場所が作られているのだ。
森の中で木が切り倒され、草が刈られ、煮炊きが出来る場所があり、大きな商隊でも問題なくテントを張れる広さがある。
一行は、夕方よりも少し早く野営場所に着いた。これまで昼食は、宿で作って貰った弁当を食べ、夕食時には宿にいた。今夜はどうするのだろうか。
「カルロスさん、夕食はどうしますか? 簡単な物で良ければ、俺が作りますけど」
「おやおや、それはいいですなぁ。保存食で済ませるつもりでしたが、リョウマ君が作ってくれるのなら、ありがたいですわ。お願い出来ますかな」
「稜真が作るの? 私、お魚食べたいから穫って来るね!」
この野営場所は川に面しているのだ。アリアは早速走って行った
「それじゃ俺はテントを張るか」
「それでは私は馬の世話ですかな」
ノーマンとカルロスが手分けして作業に入る。そらは稜真が言わずとも、辺りを警戒しに飛び立った。
稜真はたき火の準備をしながらメニューを考える。ちなみに火のおこし方など、旅に必要な知識はオズワルドに叩き込まれた。
魚の大きさや数でメインの料理は変わる。アリアが戻るまでにスープを作ろうと決めた。
大きな鍋に、料理長から貰って来たスープストックを入れて火にかけ、切った野菜を入れる。
川辺には風味つけになる野草が生えているらしいので、火を少し弱めてから探しに行くと、アリアが魚を穫る姿が見えた。
アリアは縄を結びつけた槍を、「ふっ!」というかけ声と共に川へ投げる。すると、ねらい違わず魚に刺さっていた。手元に手繰り寄せる魚は、結構大きい。
(あの大きさなら、串焼きにするよりも違う料理がいいかな?)
あちこちに生えている香草を摘む。思いついた料理に使えそうな、香りの良い大きな葉を見つけた。毒がない事を図鑑で確認し何枚か確保した。
「──アリア。ちょっと穫りすぎじゃないかな」
「久しぶりのお魚だから、つい嬉しくなっちゃって~」
アリアが獲った魚は大小合わせて20匹はいた。
まず、稜真は大きな魚をさばいた。
切り身を4切れ取り置き、残った身は包丁で叩いて、つみれにしてスープに入れる。切り身はきのこと一緒に、先程摘んできた大きな葉で包み、フライパンで蒸し焼きにした。きのこはカルロスが提供してくれた。
しばらくすると、スープに入れたつみれが浮かんできたので、野草と調味料を加えて味を調える。
それでも魚はまだまだ残っていた。
「そのままアイテムボックスに入れておくのも面白くないし、何匹か開いて干物にしようか」
明日の夕食用に、中くらいの魚4匹を開いて塩水につけ、干物の準備をする。
「干物はお米で食べたいけどな」
「お米…見た事ない…」
「…そうか」
「米ですか? ありますよ」
2人の呟きが聞こえたのだろう。馬の世話を終えて、火の側に腰を下ろしたカルロスが言った。
「お米あるの!?」
アリアの顔が輝いた。
「はい。たまに聞かれるので、アイテムボックスに常備してあるんですわ。私の田舎では、よく食べられる食材でしてな」
「知らなかったよ~」
すぐにでも食べたいと言いたげな表情のアリアだが、夕食は作り終えたし、今から米を炊くのは時間がかかる。
スープに入れた香草がいい仕事をしており、食欲をそそる香りが辺りに漂っている。ギュルギュルと腹を鳴らしたノーマンが、今か今かと待ちかまえているのだ。
「今日の夕食は作り終わったし、明日分けて貰ってもいいですか?」
「はい。それにしても、いい匂いですなぁ。今から明日の夕食も楽しみですわ」
「ありがとうございます。それでは夕食にしましょう」
稜真はカップにスープをよそい、魚とキノコの包み焼きと、アイテムボックスから出したパンを皿に乗せてカルロスから順に手渡す。
アリアが塩焼きも食べたがったので、小さめの魚を串に刺して火の横で焼いている。
そらは何でも食べるので、スープから野菜とつみれ、稜真の包み焼きから魚とキノコを取り分けて、そら専用の皿に入れてあげた。
「リョウマ、お前手際良すぎだろ? 野営でこんな食事が出来るなんて思わんかったわ…」
「そうですか? 魚を穫って来たのはアリアのお手柄ですよ」
答えながら稜真は、魚に満遍なく火が通るように串を回している。
「材料じゃなくて、お前の手際の良さの事言ってんだが。──って、この包み焼き、うまっ!?」
「ほほぉ、これは美味しいですなぁ」
大きな切り身はぷりぷりとしていて、キノコと一緒に包んだ葉の香りが移り、なんとも言えず美味しい。
「今度は肉でやってみましょうか」
稜真は忘れずに、出発前に葉を取りに行こうと決めた。
「スープの魚団子もうまいな。お前、いつでも嫁に行けるなぁ」
「嫁って……。アリアさん? 目を輝かせないでくれます?」
夕食後。稜真は小枝を細く削り出して木の串を作った。塩水に漬けておいた魚に、開いた形が崩れないように串を刺す。串の両脇を紐で繋ぎ、木の枝に吊るした。風が吹いているし、明日の朝には一夜干しが出来ているだろう。
(明日の朝に回すつもりだったスープ、全部食べられた…。ノーマンさんの食欲を見誤っていたよ。カルロスさんも結構食べるし。次はもっと多めに作ろう)
明日は何を作ろうか、メニューに頭を悩ませる稜真だった。
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