第2章 護衛依頼と新たな町

第31話 護衛依頼

 収穫祭も無事に終わり、野菜も果物も全部なくなってくれた。これでアリアと稜真は、ようやくアストンに向かう事が出来る。伯爵にも了承は貰っており、後は移動方法を考えるだけだ。


 そしてピーターはと言うと、これから王都に向かうのだ。

 伯爵からの依頼だった。伯爵は収穫祭を毎年行う予定をしており、あの果物を使ったイベントを目玉にしたいと考えているらしい。


 毎年、植物用栄養剤を納品し、他の者に売らないよう専売契約をしたいと聞き、ピーターは困った。知り合いがなんと言うか分からないからだ。

 出来たばかりの植物用栄養剤をありったけ仕入れて来たが、改良して売りたいと言っていた気がする。


 だが、伯爵が欲しいのは、あのおかしな植物用栄養剤であり、以後改良して普通の植物用栄養剤になったものは、好きに売っていいと言われた。それならば大丈夫だろう。ともあれ王都に住む知り合いの錬金術師に確認する為、王都に向かう事になったのである。

 もし契約に了承して貰えたら、アリアの祖母である侯爵夫人イザベラに契約の代行をお願いするらしく、ピーターは震えあがっていた。


「お貴族様との取引なんて、俺には荷が重いよ…」

「そんな事言わないで頑張って来いよ、ピーター」

「お祖母様は優しい方だもの。ピーターさんがやらかさなければ大丈夫よ~」

「お、お~。気合い入れるわ。リョウマはアストンへ行くんだよな。知り合いが護衛を探してるんだけどさ。良かったらアストンまでの護衛、頼まれてくれないか? 嬢ちゃんは凄腕の冒険者らしいし、リョウマの腕は知らないけど、知り合いが会ってみたいって言うんだ」


「俺には判断出来ないなぁ。アリア、どうする?」

「アストンまでの移動案に『護衛依頼を受ける』のも考えてたし、いいかもね。ピーターさんの紹介ってとこが気になるけどさ~」

「嬢ちゃんってば、ひどい…」

「ははっ。とにかくその人に会ってみようよ」




 知り合いが滞在している宿に行くまでの間、ピーターはその人について語り続けた。なんでも祖父の長年の友人で、ピーターが祖父と同じくらい尊敬している商人なのだそうだ。


 ──その男の第一印象は、小柄な好々爺だった。


「カルロスですわ。あなた達が坊ちゃんの紹介の冒険者? ほほぅ。……坊ちゃん、荷積みの手伝いを頼んでいいですか。私は、お2人とお話させて貰いますからな」

 ピーターはいぶかしげな顔をしながらも、荷馬車の所へ向かった。


 カルロスは表情を一変させると、ニヤニヤと笑った。

「さて、あんた等まだ子供じゃないですか。そこの嬢ちゃんが凄腕という噂は聞いていますが、本人ですかな? 坊ちゃん、騙されてやしませんかね」

「気に入らないなら、帰るわ。こっちから頼んだ訳じゃない」

 ムッとしたアリアが言う。


「ほぅほぅ、なんとも短気なお嬢さんですなぁ。坊ちゃんは上手く伯爵様に取り入る事が出来たようで、何よりですよ。そちらにいるリョウマさんのお陰と聞きましたな。今度は専売契約とか、是非私もあやかりたいものですなぁ」


 カルロスは目を細めて、ニィッと口の端を上げる。

「──あの抜けている坊ちゃんよりも、私の方がお役にたてると思いますよ? 坊ちゃんは要領だけはいい子でしたから、今回はたまたま上手くやれたのでしょうが、この先も利用なさるのならば、もっと経験のある者の方がいいのではありませんかな?」


 稜真は表情を変えずに聞いているが、アリアは頭に血が上りカルロスに詰め寄った。

「さっきから、なんなのよ!? ピーターさんは失敗を償おうと一生懸命だったから、お父様も認めたのよ。稜真だってそんなピーターさんだから、手助けしたのよ! 見ず知らずのあなたに、そんな事を言われる筋合いは──モガモガ!!」

 途中で稜真はアリアの口を手で塞ぐ。


「はい、アリア黙ろうね。お父様って言ったら駄目じゃないか。まぁこの人、全部分かっているみたいだけどね」

 ピーターは話さないだろうが、言動から推測されたのかも知れない。


 アリアの口を塞いだまま、稜真はカルロスと向かい合う。

「さて、あなたが俺達を試したいと考えている事は分かりますが、どうすればお眼鏡にかなうのでしょうね。その為とはいえ、これ以上ピーターの悪口を聞かされるのであれば、俺はこの仕事を断りたいと思います」

 カルロスが自分を試そうとしている事は、すぐに分かった。明らかに表情と口調を作っていると感じた。


 その為様子を見ていたのだが、問いかける声が低くなったのは、例え分かっていてもピーターが馬鹿にされて、むかついてしまったからだ。

「おやおや、こんなに早く見通されるとは思いませんでしたわ。えらく洞察力のある方ですなぁ」

 頭をかいたカルロスは、あっさりと最初の雰囲気に戻った。


「モガモガ~?」

「ああ、ごめんね、アリア」

 稜真はアリアの口から手を離した。

「んん? 私達、試されてたの?」

「そうだよ。試されている事に気づいたのに、腹を立ててしまったのは俺が未熟だからだね」

 稜真は肩をすくめた。


「いやいや、私の方こそ未熟者ですな。そんなにすぐにバレていたとは、思いませなんだ。演技には職業柄、自信があったのですがねぇ。坊ちゃんはお調子者で人当たりも良いのですが、どうにも表面上の付き合いが多く、心配しておったのですよ。その坊ちゃんが余りにもリョウマ、リョウマと言うもので、どんな人物か気になりましてなぁ。失礼だと思いましたが、試させて頂きました。申し訳ありません。──ふふっ、坊ちゃんが懐く訳が、なんとなく分かりましたわ」


「俺も、ピーターがすごいと言っていたカルロスさんが、どんな人かと思っていましたから」

「おやおや。坊ちゃんがそんな事を言っていたのですか」

「おじいさんの友達で、おじいさんの次に尊敬していると言っていましたよ。そんな人がいきなり態度変えたら、何かあると思いますよ」


「ほっほっ。それだけでバレたとは思いませんがねぇ。リョウマさんが坊ちゃんより年下とは、とてもとても思えませんなぁ。坊ちゃんがあいつに似ていると言うのも頷けますわ」

「あいつって誰~?」

「お嬢様にも失礼を致しましたな。あいつとは私の友人で、商人を引退したピーターのじいさんの事ですわ」

「またピーターはそんな事を……。カルロスさんまでやめて下さいよ」

「ふふっ、坊ちゃんにとっては、最大級のほめ言葉なのですよ」

 照れて頬を染めた稜真を、カルロスは優しく見つめた。



 ピーターの実家である商店は王都にあり、今は父親が跡を継いで商いをしている。カルロスの友人は引退したが、自分は引退するよりも旅がしたいと、店を信頼できるものに任せ、各地を回っているのだと言う。


「年寄りの道楽ですわ。さて、改めてお2人にアストンまでの護衛をお願いしたいと思います。依頼料は金貨1枚です。受けて頂けますかな?」

 稜真にはまだ、通常の依頼料金が分からないのだが、ずいぶん高く感じられる。

「依頼金が高い気がするのですが?」

「2人分ですからな。ランクはまだ低いですが、短い期間にEランクになったリョウマさん。そしてCランクだが、実力はAランクだと言われているアリア様。相応な金額だと思っておりますよ。まぁ失礼をした分、色を付けさせて貰っておりますがな」


 それに──、と続けるカルロスの表情が曇る。

「ギルドからの情報ですが、バインズの近くで不穏な出来事が起きているらしいのですよ。アストンへ向かうのならば関係ないかも知れませんが、念には念を入れておきたいと思いましてな。それと実は先日、雇っていた護衛の1人が怪我をしまして、とても困っているのですよ」

 ギルドからの情報を仕入れる際、2人のランクを確認したのだろう。ギルドが個人的な情報──スキルや称号等を漏らす事はないが、依頼主になりうる人間にはランクや人柄は話す。


 その不穏な出来事に心当たりがある稜真とアリアは、顔を見合わせた。それを聞いてしまえば、金貨1枚の依頼料に気が引けてしまう。

「せっかくの申し入れですが、今回は銀貨5枚で受けさせては貰えないでしょうか? 俺はまだ半人前で護衛依頼も初めてです。勉強させて頂きながら、アストンまで行けるだけで、ありがたく思います」

「値上げならともかく、値下げのお願いは初めてですなぁ。分かりましたわ。今回は銀貨5枚でお願いするとしましょう。自分を高く売る事も、これからは必要になって来ると思いますよ」

「ありがとうございます。ごめんなアリア。かってに値下げして」

「稜真が決めた事だもの。…気持ちは分かるしね。カルロスさん、よろしくお願いします」


 カルロスによると、王都から雇っていた護衛は2人だった。

 荷馬車1台を馬1頭が引き、護衛2人がそれぞれ馬に乗って旅をして来た。馬は3頭ともカルロスの馬だ。稜真かアリアのどちらかが、カルロスと荷馬車に乗る事になる。


 途中の村で商売をしながら、アストンを目指す。到着する頃には怪我をした護衛も治り、追いついて来るだろうとの事だった。もし追いつけなくても、稜真とアリアはアストンまでの護衛で良いとの契約だ。

 出発は明日の早朝。町の入口で待ち合わせる事となった。




「終わったよ、カルロスさん。リョウマ、カルロスさんにいじめられなかったか? 普段は優しい尊敬する人だけど、実は怖い所もあるんだよね」

 稜真は戻って来たピーターに、背後からべったりと懐かれた。

「でかい図体でくっつくなよ。それに早く離れないと、もっと怖い人がそこにいるぞ?」

 ピリピリしたアリアが、苛立った表情をしているのだ。


「……ねぇ、ピーターさん…。私…、稜真に手を出したら許さないって…言ったわよねぇ?」

「え? 手を出すの意味が分からないし…って、嬢ちゃん!? なんで剣を抜くの!? 怖い! まじで怖いです! リョウマ、助けてくれ!」

 アリアに怯えて、ピーターはそのまま稜真にしがみついた。

「俺にくっつくと逆効果だと思うなぁ」

「うふふふ…。稜真から…離れろ…」

「ひっ!?」

 ピーターは稜真を盾にして必死の形相だ。


「いやぁ、坊ちゃんは楽しそうですなぁ」

「カルロスさん、止める気はないんですか?」

「私が言っても止まらないでしょう? リョウマさん、なんとかしてやって下さいな」

「なんとかって…はぁ…。ピーター、少しだけ1人で頑張ってて」

「うわぁ、見捨てないで!」


 稜真はしゃがむようにして、するりとピーターの腕から抜け出した。

 盾が無くなり直接アリアと対面したピーターは「ひぇぇっ!?」と情けない悲鳴を上げる。

「…うふふ…」

 アリアは黒い笑みを浮かべ、ピーターに大剣を突きつける。その時、後ろに回り込んだ稜真は、アリアを羽交い締めにした。

「ふぇっ!? り、稜真!?」


(『白き聖女と五玉のロマンス』のハリルの声はっと、確かこんな感じだったな)


 アリアが学園入学を目指す最大の目的である自分がやった役、ハリル・ラドワーンの声とセリフを思い起こす。そして声を作り、アリアだけに聞こえるトーンで、思い出したセリフを耳元で囁いた。


「そんな顔をしないで下さい。あなたの事が大切なのです。──愛していますよ」


「ふえ? あ、ハリル様の声だぁ。あ、愛って…。ふにゃ~」

 アリアが腰砕けになった所で、大剣を奪って鞘に入れる。

「はいはい、屋敷に帰ろうね」

 稜真にうながされるが、アリアは立ち上がれないでいる。


「──アリア。歩けないなら、抱き上げて連れて行こうか?」

「ひにゃあっ!? あ、歩く! 大丈夫!!」

 アリアはよろよろと立ち上がり、ふらつきながら外へ向かう。


「それではカルロスさん、失礼します。ピーターはこれから出発だっけ? 気をつけて行って来いよ、またな」

「おう、またな! ありがとよ」




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