第30話 収穫祭 後編
準備に1番時間がかかったくじ引き所は、会場内に3カ所設置された。
何故時間がかかったかと言うと、果物の結び方だった。大きな果物は十字に紐を掛ける事で対応出来たが、小さな果物には出来ない。仕方がないので、小さな紙の袋に入れてから、紐で結んだ。
1つ1つ手作業な上に、膨大な数の果物があった。やってもやっても終わらず、料理が終わった厨房班にも手伝って貰い、ようやく準備が整った。
束ねてある紐を1本選んで引っぱると、置いてある果物が持ち上がり、どれが当たったかがすぐに分かる。ピーターに聞いたら、この手のくじ引きは見た事がないそうで、その物珍しさから人が集まっている。
1回赤銅貨5枚。子供が赤銅貨を握りしめて列に並んでいる。
くじ引きは稜真とアリア、そして手伝いの人が交代で係を担当していた。アリアの担当場所には、特に並んでいる人が多い。
「お疲れ様アリア、盛況みたいだね」
「皆、すごく楽しんでくれてるの。嬉しい」
アリアは、にこにこと楽しそうだ。
事前の予想通り、列には子供の姿が多い。何故か美味しくない物を引いた子の方が、楽しそうに見える。ある意味、美味しいのだろう。仲間から、うらやましそうに見られている。
オレンジを引き当てた子は、1房ずつ友達と分けて食べて、また列に並んだ。何味だったのだろうか? 実に楽しそうだ。
エルシーが交代に来てくれたので、アリアは屋敷で休憩する事にした。
稜真は今来た所なので手伝いを申し出たのだが、「お嬢様のお世話を頼みます」と言われ、2人で屋敷へ戻る事になった。
「あ! アリア様だ」
5歳くらいの女の子が、とてとてと走って来た。
「アリア様、これ美味しいのよ。1つあげるね」
そう言って、水玉のブドウを1つくれた。
「リリーちゃん、ありがとう」
アリアは早速口に入れる。
「ね、美味しいでしょ~」
「うん。美味しいね」
「申し訳ございません、アリア様。この子ったら、なんて失礼を…」
「いいのよ。美味しい物を私に分けてくれる、その気持ちが嬉しいわ」
「アリア様! またね~!」
リリーは元気良く手を振って走って行った。後を追う母親が大変そうである。
「アリア、微妙に顔色が悪くない?」
「鶏肉のクリーム煮込み味……。果汁がたっぷりでね…。でも、ふふっ。あの子にとっては、美味しかったのね」
嬉しそうに微笑むアリアを見て、稜真も笑った。
「美味しい紅茶、入れてあげるよ」
「ありがとう!」
アリアは屋敷の控室で、稜真が入れてくれた紅茶と軽食でひと休みした。
そして2人でくじ引きの所へ戻る途中、またリリーが走ってきた。母親の姿はない。どこかで巻かれてしまったのだろう。
「アリア様! 今度も美味しいの当てたんだよ。リリーすごいでしょ。分けてあげる!」
「リリーちゃん、ありがとう」
答えたアリアの表情が微妙に強ばっている。
稜真は片膝をついてリリーと目線を合わせ、にっこりと微笑んだ。
「こんにちはリリーちゃん。お嬢様の事、好き?」
「うん! 大好き!」
「そっか。初めまして。俺はアリアお嬢様にお仕えしている、稜真と言います。よろしくね」
「リョウマお兄ちゃん? うん、よろしくね!──うんと、今度のはお兄ちゃんにあげる!」
「俺が貰ってもいいの?」
「うん。お近づきの印なの! はい、あ~ん」
赤と緑のチェックのリンゴだった。小さくかじった跡がある。その隣をそっとかじった。
「うん、美味しいね。リリーちゃん、分けてくれてありがとう」
「えへへ」リリーは、はにかんだように笑った。
「ねえねえ、アリア様。お兄ちゃん、恰好いいね…。声聞いてると、頭がふわんってなるの。──またね、リョウマお兄ちゃん」
リリーは頬を染め、ぶんぶんと手を振ると、また駆け出して行った。
「リリーちゃん、可愛いね」
「稜真に『あ~ん』するなんて、なんてうらやましい…。何味だったの?」
「照り焼きハンバーグの味がしたなぁ。リンゴのシャクッとした歯触りに、照り焼きの味が何とも言えなかったよ。リリーちゃん、肉味が好きなのかな」
「照り焼きハンバーグかぁ。こっちに来てから食べた事ないけど、うらやましくはないや。それにしても5才児を悩殺するなんて……。稜真ったら、たらしに磨きが掛かってない?」
「たらしって人聞きの悪い。普通に話していただけでしょ?」
「その
少々ご機嫌斜めのアリアである。その顔に悪戯心をくすぐられた稜真はにやりと笑うと、アリアの耳元で色気を込めて囁く。
「…悩殺なんて、さ。今の所、アリアにしかしてないよ?」
「~~~!? も、もうその手は食わないもんね! 何回もその手にやられると、お、思わないで欲しいのよ!」
1歩下がったアリアを見下ろすと、頬が赤くなっている。稜真は更に艶っぽく言ってやる。
「本当に? もう俺の声に効き目、無くなっちゃった?」
「ひゃああ!? う、嘘です。もう無理です。勘弁して下さい~」
「あはははは!」
(あぅ~、笑い声が追い打ちかけてくるよぉ。稜真、準備でストレス溜まってた? 私で発散するのは、止めて欲しいけど。耳が幸せすぎる~!)
「さて皆様。再びステージにご注目下さい。次に行われるのは『じゃんけん大会』です。どなたでも参加頂けますよ! まだ果物を食べていない方、これが最後のチャンスかも知れません! お気軽にご参加下さい!」
食事をしたり、知り合いと話し込んでいた人々の視線がステージに集まる。
「じゃんけんに負ければ、食べる事が出来ますよ! いいですか、負けた人です。まずは隣の人とじゃんけんをして下さい。負けた方は、ステージ前まで集まって下さいね!」
ピーターは少し時間をおいて、ステージ上から会場を眺める。ほとんどの人々が参加の意思を見せ、隣り合う人と向かい合った。
「それでは行きます! じゃんけん、ぽん! あいこの方は、負けるまでじゃんけんですよ。さあ、負けた方、こちらに集まって下さい!」
ステージに5つの大きな箱が用意されている。中が見えないようになっている箱の上部に穴が開いており、手を入れる事が出来るのだ。負けた人は順番に穴に手を入れて、中の果物を1つ掴み取った。
「負けた方、皆さん果物を持ちましたか? 1、2、3で食べてくださいね。不味かった方は、残さずに食べるのがルールですよ。そして、美味しかった方は抜けて下さいね! それでは、1、2、3、はいどうぞ!」
ひと口食べて美味しかった人は、家族と食べるのか大事そうに持って後ろへ下がる。ぺろっと食べてしまう人もいる。もう1つ食べたくて、美味しくても残った人もいるだろうが、そこまで確認する気はない。何しろ果物はたくさんあるし、楽しんで貰うのが1番の目的なのだから。
──もっとも、残った人の大多数は、不味くて顔が引きつっていたが…。
「さて、決定いたしました。負け続け、食べ続け、栄えある最下位に選ばれたのは、この方! なんと大食い大会の際に試食してくれた、アランさん!!」
食べ過ぎて、お腹がふくれているアランがステージに上がった。
「さてアランさん。賞金か商品か、選んで貰う事が出来ます。賞金の銀貨5枚、もしくはこの不思議な果物盛り合わせか。さあ、どちらを選びますか?」
アランは迷わずに答えた。
「盛り合わせを頂きます」
「なんと!? アランさんは、賞金ではなく果物を選びました! どうしてそこまで果物を?」
「最初に食べた、あの味が忘れられなくて。盛り合わせに入っているかも知れないと思って頑張りました。どうしてももう1度食べたいのです」
「そこまでおっしゃるとは、余程美味しかったのですね。ちなみに盛り合わせには、伯爵にお出しした果物も入っております。どれか、は言えませんが」
「ありがとうございます!」
それを聞いたアランの表情が輝いた。
賞品の盛り合わせには、比較的美味しい果物を集めてあった。まさかこちらが選ばれるとは思っていなかったのだが、賞品は美味しくなくっちゃ!というアリアの意見であった。アランにとっては幸いであったろう。
「さて皆さん、楽しんで頂けましたでしょうか? 最後に伯爵様からのご挨拶を頂きます」
「ふむ、私からの挨拶は良い。皆の表情を見れば、楽しんでくれたのが分かる。ピーター、お前が締めなさい」
「え、俺…いえ、私ですか!?」
「伝えたい事があるのだろう?」
「あ……。は、はい! ありがとうございます!!──皆さん! この場を借りて、謝罪させて下さい! この度は私が売った薬のせいで皆さんにご迷惑をかけて、本当に申し訳ありませんでした!!」
ピーターは深く深く頭を下げた。
騒めいていた会場から、ピーターに向かって声が投げられた。
「楽しかったぞ!」
「美味しかったわ」
「不味くって、面白かったなぁ」
「兄ちゃんの司会、面白かったよ」
「ま、せっかく作った作物を駄目にされて腹が立ったが、損はしてないからな」
「反対に美味しくなったのもあって、びっくりだ」
投げられた言葉は暖かかった。
「またやって欲しいね」
「恒例になったら、面白いよな」
「あの果物、また食べたい」
批判的な意見は、一切聞こえて来なかった。ピーターは感激の余り、ボロボロと泣いている。
「さて、締めを譲ったが、やはり私が締めよう。この者は反省してイベントのアイデアを出し、寝る間も惜しんで準備を手伝い、司会も務めてくれた。これで今回の罪は
会場の人々が頷いている。
「今回は私の娘を始め、沢山の者達が協力してくれた。拍手でねぎらってやってくれ」
その言葉で一斉に暖かな拍手が送られた。
「そして今日の料理に使われていた野菜、ゲームで残った果物が出口に置いてある。良かったら、持ち帰って食べてくれ。今日は集まってくれてありがとう。皆、気をつけて帰りなさい」
「領主様、ありがとうございました」
口々に礼を言い、楽しそうに帰って行く。出口の野菜や果物も、皆が記念に持ち帰って行った。
──未だに泣いているピーターの背を、稜真はぽんと叩いた。
「良かったな、ピーター」
「リョウマ…、俺、まだまだ償いが足りない気がする。ここの人達の優しさに甘えてちゃいけないよな。俺…人に喜んで貰える商人になれるように、もっともっと頑張るよ」
「ああ、応援しているよ」
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