第29話 収穫祭 前編
イベントの内容も決まった。
会場となる屋敷の庭は目途がついて来たようだが、厨房は戦争状態である。
町の人を雇ったといっても、まだ人手は足りなかった。料理長の指揮の元、大量の野菜はどんどん下ごしらえされているが、ここ1週間の前半は皮むきで終わったようなものだ。
料理長は一気に下ごしらえを終わらせた方が、後の料理が楽になると考えた。もちろん皮をむいた状態で保存出来る、稜真とアリアのアイテムボックスがあってこそである。
稜真達がイベントの準備をしているのは、厨房横の庭だ。ここなら、厨房から声をかけやすい。
ある程度下ごしらえが終わった野菜が溜まると声がかけられ、手の空いている方が窓の下に置かれた踏み台に乗り、野菜を受け取るのだ。
そして1週間の残り後半は、総出で調理だ。追加でもう何人か町の人が雇われた。
稜真とアリアはイベントの準備に追われており、厨房の手伝いは出来ない。毎朝、この日使う食材を厨房で取り出してから、イベントの準備に庭に出る。
後は下ごしらえの時と一緒だ。
料理が出来上がると呼ばれて、どちらかが受け取る。熱い料理を窓から手渡しするのは危なそうなので、中へ移動してアイテムボックスにしまった。
調理済みの料理は、温かい内にアイテムボックスへ入れる事で、出来立ての状態が保たれる。
厨房から声がかかるまでは、ただひたすらに黙々と作業を続けた。
ピーターは稜真から1日1時間の腹筋と発声練習を言い渡されている。今は練習の為に席を外していて、稜真とアリアの2人きりだ。
「なんだか文化祭を思い出すの」
アリアは果物を1つ1つ紐で結んでいた。
「この、やってもやっても終わらない感じがね~」
「文化祭か。俺も準備が間に合わなくて、こっそり泊まり込みした覚えがあるな。皆で作り上げる所は似ているかもね」
稜真はじゃんけん大会で使う、果物を入れる箱を板で作っていた。外組みは大工の息子だったスタンリーが手早く作ってくれていたので、あとは仕上げるだけだ。
子供が手を入れても怪我をしないように、ヤスリをかける。トゲが出ていないか手で確認しながら、丁寧に仕上げる。
「ねぇ稜真。最近そらを見ないけど、どうしてるの?」
「収穫祭が終わるまで構ってあげられないから、昼間は瑠璃の所に行って貰っているよ。瑠璃とは相性がいいみたいだね」
「うぅ~、そらと瑠璃に連携とられたら、私に勝ち目がないじゃないのよぉ…」
「どうして、仲良く出来ないのかな…」
稜真が呆れたように言う。
(皆、稜真が好きすぎるからだけど、教えてあげないもんね!)
「リョウマか、お嬢様! 来て貰えますか!」
厨房から料理長の呼び声がする。
「俺が行くよ。──今行きます!」
ハムスターのように頬をふくらませたお嬢様の頭をくしゃりと撫でてから、小走りに厨房へ急いだのだった。
そんな慌ただしい日々を送り、いよいよ収穫祭の日を迎えた。
領民達は楽しそうな顔で、次々にやって来る。家族そろって来る者がほとんどである。
会場に用意されたテーブルには、様々な料理が所狭しと並べられた。それぞれのテーブルには担当者がつき、欲しい料理を言うと器によそうと説明する。
早速選ぼうとした子供が母親に止められている。
「領主様のご挨拶が終わるまで、お行儀よく待ちなさい!」
待ち遠しくて仕方ないのだろう。あちこちで同じような光景が見られていた。
料理は野菜がたっぷりの料理だが、肉も大量に使われている。提供はアリアで、アイテムボックスに貯め込んであった肉だ。
立食形式だが、所々にベンチが置かれ、休めるようになっている。
会場である庭の屋敷側にステージが作られていた。
伯爵がステージ上に上がると、領民は静かに注目した。
「皆、よく集まってくれた。今日は収穫祭、無礼講でよい。楽しんで行ってくれ」
伯爵の短い挨拶が終わると、早速お皿を掴んで料理を乗せて貰う子供達。大人達は料理のテーブルに向かう人や立ち話を始める人と様々だが、共通して顔は明るい。
伯爵と入れ替わりに、事前にエントリーしていた5人の男が上がった。
「さぁ、皆様ステージにご注目下さい。彼ら5人はデルガド初の大食い大会にエントリーした、勇気ある人達です。どうぞ拍手でお迎え下さい!!」
司会進行はピーター。特訓の甲斐あってか、ピーターの声は会場の隅にいる人にも、しっかりと届いた。
「5つのテーブルに用意されている怪しい果物。なんと、全て味が違うという不思議な果物です!」
植物用栄養剤を使い育てた人はもちろん知っているが、ここにいるのは農家の人ばかりではない。おかしな
「見るからに怪しいこの果物! 食べても問題がないと領主様の保証付きです!」
続いたピーターの話で、不安の声も多少は静まる。
「ただし! 味の保証は出来んとも言われました~」
ピーターが頭を掻いてみせると、笑いが起こる。
ここで切り分けた果物が1切れずつ乗っている2枚の皿を、皆が見えるように持ち上げた。皮が剥いてあるので、どちらも同じに見える。
「これが、領主様がお食べになった2つの果物です。さぁ、試してみたい方はいませんか? ──はい、そこのあなた!」
「え? 僕ですか?」
ピーターは押しの弱そうな若者を指名して、ステージに引っ張りあげる。
「お名前を、大きな声でどうぞ!」
「アランです」
「アランさん。こちらの果物からどうぞ、召し上がって下さい」
果物にはフォークが刺してある。アランは、覚悟を決めて口に入れた。
「……………」
「お味の感想は?」
「……」
ぼそっと呟いた声は、ピーターにしか聞こえていない。
「はい? 大きな声でお願いします!」
「牛肉のステーキ味です! どうして? これ果物ですよね? ……味は不味くないのに、頭が違和感で埋め尽くされている感じです」
領民達のざわめきが聞こえる。
エントリーした5人の男達も不安そうな顔だ。
「中々上手い表現をなさいますね~。はい、それではこちらの果物もどうぞ!」
先程と全く同じに見える果物が乗った皿。アランは恐る恐る口に入れて固まった。
「さぁ、ご感想をどうぞ!!」
「何これ! 美味しい! こんなに美味しい果物、初めて食べたよ! もっと食べたいくらいだ!」
「はい、ご協力ありがとうございました! アランさん、後ほど、お気軽に参加できるイベントも行われますので、是非参加して下さい。皆さん! アランさんを盛大な拍手でお送り下さい!」
アランは拍手に送られ、どこか名残惜しそうに舞台を降りていった。辺りの人に詰め寄られ、2回目の果物の美味しさを語っている。
「はい、皆様お分かり頂けたでしょうか? こちらの果物、食べてみないとその味が分かりません! 大食い大会のルールは食べた量ではなく、食べた数で競われます。小さいが不味いかも知れない。大きいけれど美味しいかも知れない。──もちろん、大きくて不味い可能性もあります。参加者の運命や
5人の選手1人1人に、数のカウントをする係と専属係の2人が付いた。
まず選手達は持たされた籠に、食べる果物を詰め込む。皮を剥く果物は専属係が手早く剝く。その間に選手は、そのまま食べられる果物を食べる。
次々に勢いよく食べて行く選手達──と言いたい所だが、ひと口食べては硬直する選手の方が多かった。
「なんだこれ!? 酸っぱすぎるだろう! 水くれ! 水っ!!」
「あ~、野菜炒めの味がする~。俺が食べたのはオレンジだった気がするんだ…」
大きな瓜を選んだ選手は、余りの美味しさに固まっている。
──ステージ上は混沌としていた。
「優勝賞金は金貨1枚です。さぁ、皆さん! ペースを上げて行きましょう!」
何も考えずに端から食べていた選手は、30個を越えた辺りで動かなくなった。
小さな果物を選んで食べていた選手は、20個でギブアップ。小さな果物は、甘い、苦い、酸っぱい等、とにかく味の主張が激しかったらしい。
大きな果物を選んで食べていた選手は、16個でギブアップ。比較的食べやすい味でも、大きいと数が食べられなかったようだ。
残る2人の勝負になり、結果は──。
「おめでとうございます! 優勝者は何と、51個を食べたカールさんです。こちらが優勝賞金、金貨1枚です。そして惜しくも準優勝のデニスさんは48個でした。デニスさんには銀貨5枚が送られます。皆さん! 5人の選手達の健闘を称え、拍手でお見送り下さい!」
会場からは、盛大な拍手が送られた。選手たちは皆、照れくさそうにステージを降りて行った。
「さて、いかがでしたか? 先程の果物を味わってみたくなった方は、おいでませんか? あちらでくじ引きが始まります。参加費は赤銅貨5枚です。美味しい果物が当たるかもしれません。変わった味の果物なら、話の種になるでしょう。どうぞ自らの運をお試し下さい! 後ほど最後のイベント。ジャンケン大会も始まります。皆さん、最後までお楽しみ下さい!」
ピーターは、一礼するとステージを降りた。
控え室でピーターは、ぐったりと椅子に座り込んだ。
「はぁ、緊張した…」
「お疲れ様、ピーター」
「なぁリョウマ。俺どうだった? あれで大丈夫だったか?」
「上手いもんだったよ。とても初めてとは思えなかった。頑張ったな」
ピーターの背中を、バンッと叩いてやった。
「そうか、大丈夫だったか。安心したよ」
「ひと息ついたら、ジャンケン大会だろ。今の内に、少し食べておけよ」
稜真は皿に持った料理を渡し、お茶を入れてやった。
「ありがとな」
「俺はくじ引きの様子を見てくる。予想外に人が集まっているみたいだ」
「そっちも大変だな。頑張って来いよ!」
「ああ、行って来る」
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