第22話 帰宅後のあれやこれや
あれから何度か討伐依頼と採取依頼を受け、稜真のギルドランクはEに、レベルも11まで上がった。
この日。宿で朝食を食べながら、稜真はアリアに言った。
「そろそろ1度、屋敷に帰ろうか」
「もう2週間たったの? なんかすごく早く感じる~」
「そうか? 俺はまだ2週間しかたっていないのが、信じられないけどな」
稜真にとっては、濃すぎる日々だった。
「約束だもんね。明日の昼頃の乗合馬車でいいかな? 2時間半くらいで着くと思うよ」
「ああ、それでいいよ」
この日も依頼を受け、報告の際にパメラとガルトに挨拶をすませた。翌朝は宿でのんびり過ごし、少し早い昼食を食べてから馬車に向かった。
乗合馬車は8人は乗れる。乗りこむ際に目的地を言って料金を払うのだ。
そらは馬車の上に止まらせて貰った。狭い馬車の中では、そらも窮屈だろうと思っての事だ。何人かの先客の中に、見知った顔を見つけた。
「ピーターじゃないか。どこまで行くんだ?」
「おう、リョウマ。領主様のおいでるデルガドなら、きっと俺の品物の価値を分かって貰えると思ってな。んで、お前等は?」
不機嫌そうなピーターが答えた。
「俺たちもデルガドまで行く。そう言えば、あれからどうなった?」
「縛られた後の事か? 聞いてくれよ!! どんだけ説明しようとしても、ギルド長が話を聞いてくれなくてな。
どうもピーターは、真っ直ぐ前しか見えないというか、直情径行にあるようだ。
「ピーター、荷物少ないな?」
肩から鞄を1つ下げているだけだ。冒険者以外に売る商品は、どこにあるのだろう。
「商人にアイテムボックスのスキルは、必須だからな! ま、俺のはあんまり大きくないが、それでも荷車1台分は入るんだ。旅商人には、ちょうどいいさ」
ピーターはこう言ったが、スキルを持たない商人もいる。大きな商会の跡取り等は、スキル持ちを雇えばいいし、運ぶ手段にもお金をかけられるからだ。
「なぁ、この間見せてもらったピンクのリボンはあるか?」
「あるぜ。お? そこの彼女にプレゼントする気になったか?」
「いくら稜真からのプレゼントでも、あれはヤダ」
「彼女じゃないって。ちょっと試してみたい事があってさ。いくら?」
「う~ん、お前らはお得意様だしな…。よし! 黄銀貨6枚の所を、半額にしてやる」
「ありがとう」
稜真は、従者としてのお給料から代金を払った。
「ねぇ、稜真。それどうするの?」
「この間、薬草採取した時に見つけた植物で、染めてみようかと思ってさ。図鑑に書いてあったから、試してみたくてな」
「そんな事も書いてあるんだ。どうりで色々採取してると思った。稜真ったら、あの図鑑どれだけ読み込んだの?」
「あはは、ざっと読んだだけだよ。後から見返したい所とか、チェックしたい所がたくさんあってさ。しおりが山ほど挟んであるよ」
「ホントに好きなんだね~」
デルガドに着くまで、ピーターが色々な話をしてくれた。
行った事のない他の領地の話は、アリアも興味津々だ。幼い頃から祖父に連れられて旅をしていたピーターの話は、稜真にとっては勉強になったし、楽しかった。
乗合馬車は、途中いくつかの村を通ってお客を降ろし、終点のデルガドには3時間弱で到着した。残っていた客は町の入り口で降り、それぞれ順番に門をくぐって行く。
馬車を降りた稜真の肩へ、そらが飛んで来た。
「クルルー」
「お待たせそら」
「お? その鳥、リョウマの従魔なのか?」
「そうだよ。そらって名前」
そらはピーターにお辞儀した。
「おお! 賢い従魔だな。俺はピーターだ。よろしくな!」
「クゥ!」
そのまま3人で門へ向かった。
アリアを見知っている門番は、多少は丁寧な態度だったが、特に何も言うでなく通してくれた。
ピーターは宿へ向かう。
「ん? お前ら、宿は取らないのか?」
「私の家はこの町にあるからね。それじゃね、ピーターさん」
「おう、また会おうな」
「ああ、またな」
「稜真って、ピーターさんと話す時は楽しそう…。友達と話してるみたい」
「そうだね。話していて楽しいんだ。面白い奴だしさ」
何故か口をとがらせるアリアを不思議に思いながら、稜真は真っ直ぐに屋敷へ向かった。
「ただいま!」
オズワルドが驚いた顔で迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、お嬢様。こんなに早く帰られる日が来るとは、驚きました」
「失礼ね!」
「あらアリアなの? お帰りなさい。こんなに早く帰って来てくれるなんて、リョウマのお陰ね」
「お母様まで!? 私だって成長しているのです!」
オズワルドと母に同じ事を言われ、アリアはふくれている。
その稜真は帰宅の挨拶をした後、エルシーと話していた。
「エルシーさん、いかがでしょう?」
「そうね。──お嬢様、少々失礼いたします」
エルシーはアリアの正面に立った。まずは髪をチェックする。次に手を取って肌触りの確認。順に上に上がって顔をじっと見て、頬を両手で挟んだ。ふにふにと弾力を確かめる。
「合格です、リョウマ君。これからも、よろしくお願いします」
「にゃんにゃの~。はにゃしてよ~。──もう! ねぇ、稜真。何に合格したの?」
「アリアお嬢様のお手入れ検定でございますが?」
「あ、あははは。合格おめでとう」
──2人はしばらく、それぞれの日課をこなす事にする。
稜真は帰宅早々に、スタンリーとの訓練に連れて行かれた。
「んー、リョウマ、お前一皮剥けたな。
稜真は自分でも動きが違う事が感じられた。
レベルが上がった為か、それとも魔物と命のやり取りをした為なのか。スタンリーの攻撃を受けるのが、以前より楽だ。剣を持って体を動かす楽しさを感じるようにもなっていた。
「もっともっと、精進しますよ! 師匠!!」
ある日、稜真は厨房にいた。
「あらリョウマ君、何をしているんですか? 葉っぱを見つめたりして」
厨房の台に植物を乗せて、考え込んでいた稜真に、通りがかったエルシーが声をかけた。
「染物に使える植物を採ってきたのですが、染め方が分からなくて…。染めたい物と一緒に、煮込めばいいのでしょうか?」
エルシーは、置かれていた葉を手に取り、軽く指で揉んだ。
「これはジフェラの葉ね。この葉を使うと綺麗な藍色に染まるのよ。でも、ただ煮込むだけじゃ染まらないわよ?
「媒染?」
「少し時間を貰ってもいいなら、私が染めてあげましょうか?」
「エルシーさんは、染物に詳しそうですね」
「実は趣味なの。毛糸や布を好きな色に染めて、小物を作るのがね」
「お願いしてもいいですか? これなんですけど」
稜真は、ショッキングピンクに青い水玉のリボンを取り出した。
「……ものすごい色ね…」
「素早さが上がる効果があるリボンです。この色をなんとかして、そらにあげたいなと思ったんです」
「何回か染めれば行けるかしら、先に脱色する? それともジフェラに他の染料を混ぜる? ──面白そうだわ。是非やらせてちょうだい。その代わりお願いがあるの。余ったジフェラを貰ってもいいかしら? あと冒険者活動をする時に、染物に使える植物が見つかったら、採って来てくれる? 気が付いた時でいいから」
「分かりました。心掛けておきます」
1番気になっていたリボンの処理は、エルシーがやってくれる。稜真は2番目にやりたかった事に手をつける事に決めた。
「料理長。試したい事があるので、厨房と材料を借りていいですか」
「なんだリョウマ。また何か変わった料理を作るのか? 私にも見せてくれるなら、いいぞ」
「変わっているかは分かりませんが、揚げ物です」
「揚げ物なら油がいるな」
揚げ物は一般的ではないそうだ。料理油が少々高い為、広まっていないと料理長は言う。
「ま、高いと言っても、そこまでじゃないんだがな」
揚げ物のレシピ自体も庶民に伝わっていない。特にこのメルヴィル領では、ようやく食卓に余裕が生まれた所なので、揚げ物まで手が回らないのだ。
一応貴族である伯爵家では、料理長が揚げ物のレシピを知っていた為、時折出されていた。稜真も何度か肉や魚のフライを食べている。一般的でないのは、今初めて知った。
話を聞きながら、稜真は卵と、生活魔法で冷やした水を混ぜ合わせる。そこに小麦粉を加えて軽く混ぜた。
作ろうとしているのは薬草の天ぷらだ。薬草が食べられると知ってから、ずっと天ぷらにしてみたいと思っていた。稜真は春先になると、タラの芽やつくし等を天ぷらにして食べていたのだ。
初めて稜真が天ぷらを作ったのは、飲み仲間が家に集まった時。べたっとして油っこく、大失敗だったのを思い出す。それでも揚げたては美味しいと友人達は喜んでくれたが、稜真は悔しくてそれから何度も作った。今ではレシピを見なくても、サクッと美味しく揚げられる。
薬草の他にも、採取してあった食用の植物を一緒に揚げた。
天つゆで食べたかったが、材料が揃わないので塩を振りかける。早速料理長と味見だ。
「うん、想像通りの味になっていますね」
「薬草の揚げ物か。衣が変わっているな。ふむ、サクサクして美味いな。旦那様が喜びそうだ」
「ただの野草の揚げ物ですよ?」
「美味しいぞ。何よりも安上がりだ」
「あー、確かに」
薬草はまとめて採取するなら森などへ行くのが効率的だが、道端に生えている物もある。伯爵家の庭に生えている物もあった。
「お前の作る料理は安上がりな物が多いな」
「家庭料理が多いですからね」
料理長は薬草が食べられる事は知っていたが、あえて食材として見た事がなかったそうだ。
それから料理長と一緒に、天ぷらにどんな食材が合うか、相談しながら料理した。衣に粉チーズを混ぜ、洋風の天ぷらにアレンジするのはさすがだと思う。
2人でソースを何種類も考案し、好きな味で食べられるようにした。
伯爵の夕食には薬草に加え、肉や野菜の天ぷらが出された。美しく盛り付けられた天ぷらには、試行錯誤した中で美味しかった3種のソースが添えられた。
伯爵夫妻に好評で、特にアリアが喜んだと後で聞かせてくれた。
「リョウマ君、お待たせ。リボン出来たわよ」
エルシーが染めてくれたリボンは、綺麗な藍色に変わっていた。一色のリボンに見えるが、よくよく見るとうっすらと水玉が見える。目立たない水玉は、光の加減で浮かび上がる。
中央に白いビーズで花飾りが縫い付けてあり、とても可愛く仕上がっている。
「ええっ!? これがあのリボンなの?」
アリアは驚いた。
「エルシーさんが染めてくれたんだよ。花飾りまで、ありがとうございます」
「脱色してから染めたし、ビーズも付けたし、効果が変わってなければいいけれど…」
「むぅ! 私にじゃないんだ」
アリアがむくれた。
「お嬢様は、それ以上素早くなる必要はないでしょう。そら、おいで」
「クルル!」
ビーズの花が前に来るようにそらの首に巻いて、後ろで蝶々結びにした。空色の体に、濃い藍色のリボンが似合っている。
「飛ぶのに邪魔にならない?」
そらは急加速したり、減速したり、頭上を飛んで試す。最後にシュッ!と、風を切る音と共にアリアの頭上に舞い降りると、風でアリアの髪が乱れた。
「クルルー!」
そらはご満悦だ。
「なんで私の頭に止まるのよ!?」
「ははっ! 素早さも増しているみたいだね」
「効果が消えてなくて良かったわ」
可愛らしいそらの様子に、エルシーはくすっと笑う。
「クゥルル!」
そらはエルシーの肩に移動し、お礼を言うかのように頭を擦りつけてから、稜真の肩に移動した。そして、アリアに見せびらかすように胸をはる。
「似合うよ、そら」
「クゥ!」
そらは稜真の顔に頬ずりした。
(むぅ~っ! やっぱりそらはライバルだわ! 負けないもんね!! ……でも稜真からのプレゼント…いいなぁ…)
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