第21話 採取依頼

 今稜真が対峙たいじしているのは、オークの群れである。数は7体。

 オークは豚のような顔で牙が生えている魔物だ。豚というよりは猪面だろう。身長は2メーターを軽く超える。がっしりとした体つきで、大きな棍棒を持っている。


 この体格のオークに連携を取られれば、どう太刀打ちすればいいか分からないが、バラバラに向かって来るので、なんとかさばけている。鈍重なオークは、稜真の動きが捕らえられないのだ。今も棍棒を振り下ろした先にいない稜真を、キョロキョロと探している。

 さばけてはいるが、人型の魔物に向かって来られる事に恐怖を感じた。──とは言え、戦うしかない状況なのだ。


「アリア! なんだって群れの討伐依頼ばっかり、受けて来るんだよ!!」


 そう。これまでに何度か依頼を受けたが、アリアは群れの討伐依頼ばかり受けて来るのだ。

 あれから魔狼の依頼を何度か受け、その後は角の生えたネズミ、魔鼠の討伐依頼を受けた。畑を荒らす害獣だ。中型犬ほどの大きさで、ひと群れは8~15匹。狂暴なネズミで、魔狼よりも小さいのに厄介だった。

 そして今度はオークである。パメラとガルトの気の毒そうな顔が目に浮かぶ。


 そらがハラハラしながら、木の上で見ているのを感じる。絶対に降りて来るなと言い聞かせているが、自分の事を心配しているのだろう。

 そらの為にも、早く終わらせなくてはならない。


『風刃!!』


 剣がうっすらと風を纏う。今は追加ダメージよりも剣の切れ味を優先させる。少しでも剣の消耗を抑えるためだ。これまでに何度も使っている内に、1度で風が消える事はなくなっていた。

 確実に仕留める為に、もう1つスキルを使う。稜真は九字を切り、呪文を唱えた。


『風よ、風精よ、我の元に集え。からみつけ風の蛇! 我が敵を捕らえよ。戒めの鎖!!』


 新たに試していた、呪縛の呪文だ。『縛』や『風刃』と同じキャラクターが使う呪文である。

 何体もの風の蛇がオークの足に絡みつき、動きを止めた。アリアが群れの討伐前に、思い出させてくれた呪文だ。

 オークの足は止まっているが、上半身は自由だ。棍棒を避けながら確実に止めを刺す。


 全てのオークは止められないが、数が減ればそれだけ対処は楽になる。


 ──それにしても。


「はぁっ!!」

 稜真はかけ声をあげ、気合いを入れて戦っているのだが、アリアの視線が気になってならない。熱のこもった視線が、じっと稜真を追っているのだ。


(気が散る!! っていうか、手伝うつもりはないのかっ!!)


「はふぅ…。かけ声もかっこいい……」

 アリアはイベント鑑賞状態であった。


 稜真が舌打ちしつつも眼前の1体を倒し、ふとアリアに目をやると、その背後に迫ったオークが棍棒を振り上げていた。

「アリア、後ろっ!!」

 自分の今の位置からでは、到底間に合わない。焦る稜真だったが──。


「……あ」

 稜真は思わず気の抜けた声を上げてしまった。アリアは後ろを見もしないで大剣を振ると、一撃で倒したのだ。稜真が言わずとも、接近に気づいていたのか、無意識に殺気に反応したのか。


(もう、あいつはほっといて、自分の戦いに専念しよう)

 心配するだけ無駄な事を理解した稜真だった。


 群れの討伐が多いのは、稜真を魔物に慣らす為なのだろうが、初心者にスパルタすぎるのではあるまいか。本当に危ない時は助けてくれるが。

 お陰でどんな魔物に対する時も、ためらいを感じなくなった。とっさの判断力も磨かれたと感じられる。それでも、あんまりだろうと思わずにはいられなかった。




 連日の討伐に疲れた稜真の説得により、今日は薬草の採取依頼を受ける。どんな風に生えているのか、どんな植物なのか、稜真はずっと気になっていたのだ。やはり冒険の基本は薬草採取からだろう。


「アリア。薬草ってどこに生えているんだ?」

「実はね…稜真。私、採取依頼やった事ないから、分かんないの」

「それは予想外だったな…」

「ギルドで教わってから、行けばいいよ」




「おはようパメラさん、薬草の事教えて!」

「薬草…って、ええ!? アリアちゃん、薬草知らなかったの!?」

「うん」

「あらあら。言われてみればアリアちゃん、討伐依頼しか受けてなかったわね」

 呆れ顔のパメラは、カウンター下から分厚く大きな本を取り出して見せてくれた。


「驚いて挨拶を忘れてたわ。おはようございます。アリアちゃん、リョウマ君」

「おはようございます」

 稜真とパメラは、苦笑しながら挨拶を交わした。


 パメラは本を開き、指差しながら説明してくれた。

「これが薬草よ。こっちが毒消し草、そして麻痺消し草。この3つはいつでも依頼が出ているから、覚えておいてね。報酬は安いけど、いつも品不足だから持って来て貰えると助かるわ」


 その本は植物図鑑だった。まるで写真のように精密な絵が載っていて、特徴も詳しく書かれている。


 本によると、薬草は日当たりのいい場所に生える、葉が菊の葉のような植物。毒消し草はジメジメした場所に生える、丸い葉で白い花をつける植物。麻痺消し草は、水辺に生える植物で葉の葉脈にそって白い筋が入っている。

 順にまるでヨモギ、ドクダミ、ユキノシタみたいだ、と稜真は思った。


「全部根は残して、茎から上を採ってきてね。花があれば花も。根にも薬効があるけど、根から採ると次が生えて来ないのよ。根が必要な時は、そう指定した依頼が出るわ」

「うん、分かったよ~」

「よろしくね、お2人さん」




 道具屋で採取用の鎌とスコップを2本ずつ、植物を入れる袋を何枚か多めに買おうと手に取る。

「あの植物図鑑は売ってないのかな」

「さっきの? 図鑑は高いんだよ~。私も魔物の図鑑が欲しくて、調べた事あるんだけどね。1冊金貨1枚。取り寄せになるから送料もかかるって言われた」

「そんなに高いのか!?」

 1冊10万円とは驚いた。購入は無理だと稜真は諦め、今度ギルドでゆっくり見せて貰おうと思う。


 2人の会話が聞こえたのか、年配の店主が話しかけてきた。

「なんだい、図鑑が欲しいのかい?」

「欲しいなと思いましたけど、諦めました」

「ほうほう。あんたが噂の嬢ちゃんの従者かい。──図鑑なら、うちにあるぜ。先代が仕入れて、ずっと売れ残ってんだよ。もう10年近くになるか。あんたが買ってくれると助かるがね」

 店主は肩をすくめた。


「先代は絶対に冒険者が買ってくれる筈だ!ってな。仕入れたはいいが、でかくて重い図鑑を買って下調べする冒険者なんざ、いやしねぇ。そりゃそうだ。ギルドに行きゃあ、タダで見せて貰えんだからな。俺の代になって、この町で店を開いたが、まぁ売れる気配もないね」


 そう言いながら、奥から植物図鑑と魔獣図鑑を出してくれた。ギルドの本よりも、装丁がしっかりしている。

 稜真は中を見せて貰った。魔獣図鑑には魔獣の絵と特徴が書かれていて、弱点までしっかりと書かれている。残念ながら魔物図鑑はなかったが、植物図鑑には薬効や食べ方まで書いてあった。


 稜真は本に目を奪われている。アリアはその様子を面白そうに眺めていた。


「そうだな…。もしあんたが買ってくれるなら、2冊で金貨1枚にしてやってもいいぜ? もっとも、あんたはまだ新人みたいだし払える額じゃないだろう。出世したら買いに来な」

「金貨1枚!? よっし、買った!」

「え!? ちょっと、アリア…」

「あ、これも買うね!」

 アリアは手に持っていた品物を店主に渡した。

「いいのかい、嬢ちゃん? 不良在庫がはけて、うちは助かるがな」

「私も昔買おうと思ってたんだもの。お買い得だしね! うん、稜真が冒険者になったお祝いって事で!」


 アリアは品物と図鑑の代金を支払った。

「図鑑は稜真のアイテムボックスに入れておいてね~。さぁ、行こっか!」






「なぁアリア。入学資金を貯めないといけないのに、無駄遣いじゃないか? 回復薬も買ったのに」

「無駄じゃないよ。魔獣図鑑は私もずっと欲しかったしね。半額なら買いでしょ! それに」

「それに?」

「稜真が、目を輝かせて見てるんだもの。あんな子供みたいな顔、初めて見た」


 恥ずかしさに稜真が赤くなる。

「……俺、そんな顔していた…か?」

「うん。可愛かったよ! ふふ、今の照れる顔も可愛いんだ。アイテムボックスに入れてね、って言ったのに、植物図鑑だけ両腕で抱えてるんだもの。よっぽど嬉しかったんだね!」


「いや、これはその……」

 慌ててアイテムボックスに収納する。

「昔から図鑑とか好きなんだよ。特に食べ方とかが書いてあると、どんな味か想像するのも楽しくてね。子供の頃は山菜採りに行ったけど、大人になってからは機会がなかったし。こっちで採れる不思議植物が載っているのを見たら、ね」

「そしたら今度野営する時は、食べれる植物探してお料理して貰えるね。楽しみ!!」


「アリアは、俺に甘すぎるよ」

「それってね。お互い様な気がするのよ~」

「甘いのは討伐依頼の時以外だけどな」

「てへへ…って!? 痛たたっ!! そら、止めてよね!!」

「クゥ!」

 そらは稜真の肩からアリアの頭をつついたのだ。無茶をさせるアリアに腹をたてているようだ。全身の羽をふくらませて、アリアを威嚇している。




 採取依頼は何事もなく、終了した。図鑑によると葉は食べられるようなので、一部は納品せず食料として確保した。


 翌朝の稜真は眠そうな顔をして、何度もあくびをしていた。きっと夜更かししたのだろう。目を擦る姿が幼く見え、アリアはくすっと笑った。



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