第20話 依頼終了

 今回の依頼をアリアに問いただすと、魔狼20頭の討伐依頼だと言う。

「20頭…ねぇ…」

「が、頑張って探そうね!」

「そうだねぇ、頑張らないとねぇ」

 稜真は目を細めてアリアを見るが、アリアはそっぽを向き、目を合わせようとしない。こうしていても仕方がないので、気を取り直して捜索を始める。


 今日中に、せめて何頭かでも見つけたかったのだが、先程の群れを一掃した音で、この辺りの魔狼は皆逃げてしまったようだ。やむを得ず、日を改める事にした。




 ──翌日。


 昨日あれだけ探しても見つからなかったのだ。今日は、そらの索敵スキルを頼ってみようと思う。


「そら、昨日見た魔狼を探してくれるかな? 出来る?」

「クゥ!」

 そらは真上に飛び立つと、しばらく旋回していた。そしてアリアの頭に降りる。

「そら!? なんで私の頭に乗るのよ!」

「クルル!」

 アリアの上で自慢げに胸を張ったそらは、翼で一方向を指した。


「向こう? アリア、そらが教えてくれた方向に行くぞ」

「このまま行くの!?」

「はいはい、右に真っ直ぐな」

「そら、降りてよ~。あいたた!」

 さっさと行けとばかりに、頭をつつかれた。

「うう~、そらには私、敵認定されてたんだっけ。ひどいよぉ」


 ぼやくアリアの上に乗るそらの案内で、魔狼の群れを見つけた。5頭いる。昨日の群れは異常だったのだろう。


「私が4頭倒すから、稜真は1頭に専念してね」

 そらはアリアの頭から飛び立つと、邪魔にならないように木の上に移動した。

 稜真に剣で戦う覚悟は出来たとはいえ、巨大な魔狼を一撃で倒す自信はなかった。確実に倒せるよう、検証で使った呪文を使う事に決めた。この呪文なら、剣がそれ程痛まないのは検証済みだ。すでに魔狼はこちらに気づき、体を低くして攻撃態勢を取っている。


「分かった」と、稜真が返事をすると同時に、アリアは抜き放っていた大剣であっという間もなく2頭を切り捨てる。そして群れのボスであろう個体に向かいながら、更に1頭を倒した。


 残されているのは、群れの中でも小さな個体だ。それでも、敵意をむき出しにして稜真に牙を向ける魔狼に、稜真は身がすくんだ。そんな自分を叱咤し、魔狼に剣を向けスキルを使う。


風刃ふうじん!!』

 剣が風をまとう。

「グルルゥ…」

 魔狼は稜真に向かって唸りながら、身を低くしてこちらを窺っている。

「悪いけど、俺がこの世界で生きる為だ。お前をかてにさせて貰う!」


 飛びかかって来た魔狼をよけ、横腹に斬りつける。斬った傷を更に風の刃が切り裂いた。

「ギャン!?」

 一撃を与えると風は消えるので、もう1度風を纏わせた。魔狼の体からは、ぼたぼたと血が落ちる。

「ヴヴヴゥ…」

 魔狼は警戒して、稜真から距離をとった。その場から近づいて来ない。


「そちらが来ないなら、こっちから行く」

 剣を振り、風の刃を魔狼に向けて飛ばす。魔狼が避けた隙をついて距離を詰めると、胸を狙って剣を深く突き刺した。




 横たわる魔狼を見下ろし、稜真は深く息を吐くと剣の血を拭う。


「お疲れ様、稜真。…大丈夫?」

「ああ、なんとかね」

「返り血、結構浴びてるね。向こうに湖があるから、洗いに行こう」

「アリアは汚れていないね。俺も、もっと精進しないとなぁ」

「初めてなんだよ。初めてで、魔狼を倒す冒険者なんていないの。稜真は自信持っていいんだから、焦らないで行こうよ」

「了解。ありがとな」

 魔狼をアイテムボックスに入れると、湖に向けて歩き出した。


 その日は5頭で終わらせ、また翌日。

 そらのお陰で見つける事が出来た群れは、6頭である。


 ──結局、全部で21頭の討伐を終えるのに4日かかったのだった。


 戦う際、稜真が慣れるまで、担当は1頭だった。最後には、稜真も半数を受け持つ事が出来るようになっていた。

 そして、稜真のレベルは8に上がった。

 魔狼はすべて牙を取り、体はアイテムボックスに入れてある。毛皮が売れるそうだ。


(つくづく、最初の群れに申し訳ない事をしたな。俺のレベル上げの役にしか、たたなくて…)


 稜真は心の中で、そっと手を合わせた。






「はい。依頼達成です。お疲れ様でした。アリアちゃんにしては時間がかかってたわね?」

「え~っと、稜真に冒険者の事とか、森の事とか説明するのに時間をかけたから、依頼にかかるのが遅かったの」

「森の歩き方は、初心者には大切だものね」

「それでね、パメラさん。見つけた魔狼、20頭の大群だったのよ」

「1つの群れが20頭だったの!?」


 大きな群れがいた事は、ギルドに報告しておいた方がいいとアリアが言った。だから、辻褄を合わせる為、討伐に取りかかるのを遅らせた事にしたのだ。


 この依頼、推奨ランクはDランクだった。幾つかの群れを討伐し、合計で20頭になる計算で出された依頼だ。1つの群れで20頭の場合、アリアも言っていたがBランクのパーティー、もしくは幾つかのパーティーが合同で受ける依頼となる。

 ちなみにアリアは、これまでランクを気にせず依頼を受けて来た。Aランクの依頼でも、1人で平然と片付ける。パメラもそれに慣れきっていたが、今回は初心者連れだったのだ。稜真を見る顔が青ざめている。


「さすがの私もびっくりしちゃった」

「アリアちゃんなら、1人でも20頭くらい蹴散らすでしょうけど、リョウマ君…よく無事で…」

「はは…。鍛錬はしていたので、なんとか足を引っ張らずにすみました」


「最近魔狼が増えて来たから、数を減らす為の依頼だったんだけど、アリアちゃんに引き受けて貰って、運が良かったわ。リョウマ君も大変だったわね。お疲れ様でした」




「おっちゃ~ん、魔狼持って来たよ」

 アリアは1頭だけ取り出して見せる。

「魔狼は毛皮だけでいいんだがよ。アイテムボックス持ちは、これだから困る。ま、嬢ちゃんは仕方ないがな」

「いつも通り、半分はギルドに寄付するからね」

 解体しない代わりの寄付。アリアはそういう名目で、領地に還元して来たのだ。──面倒だという理由も大きかったが。


「おう、いつもありがとよ! そこの新人は、ひと月で顔が変わったんじゃねぇか? 冒険者らしくなった。──この間は挨拶もしなくて悪かったな。俺はここのギルド長のガルトだ。って言っても、雑用係みたいなもんだがな」


「稜真です。よろしくお願いします」

「おっちゃん! 稜真は私の従者になったの」

「どっちの?」

「どっちも!」

「気の毒にな……」

 ガルトは稜真の肩に手を乗せ、首を振る。

「あはは…」

 稜真は力なく笑った。


「気の毒って、どういう意味!?」

「お前に振り回される姿が目に見えるからなぁ」

 反論しようとしたアリアを、稜真がじっと見つめるとそそくさと目を反らした。すでにやらかした自覚はあるようだ。


「で? 魔狼は何頭だ?」

「…21」

「いつもの所に出してくれや」

「は~い」


 ガルトのいるこの部屋は、魔物の解体の請け負いや素材の買取査定をする部屋である。

 ギルド長の部屋は上にあるのだが、大抵ガルトはこの部屋にいる。職員の手が足りないせいもあるが、書類仕事よりも体を動かしている方が性に合っているのだ。




 報酬を受け取ってギルドを出ると、もう夕方だった。

「稜真の剣、1本駄目になったよね。スキルに負けない剣があればいいんだけどなぁ。ドワーフの町が出来れば、いい武器も流通するだろうけど、そうなるまで先は遠いし、予備の剣をもっと買っといた方がいいよね」


「剣の購入費も馬鹿にならないよ。スキルをなるべく使わないようにすれば、いいんじゃないかな」

「却下です! 必要経費だもん! それに使ってみないと、使い勝手の良さとか分からないでしょ?」

「それはそうなんだけどさ。──ま、頑張って使えそうな技がなかったか、思い出してみるか」

「私もセリフの多い技、ピックアップしとくね~」

「それは勘弁して……」






 薄闇が迫る町に明るい光がともり始めた。


 ──動く人の形の灯りが。


「なぁ、アリア……。あちこちで、光る人が見えるよね」

「うん」

「あれを買った人…こんなにいるんだ」

「あ、蛾にたかられてる」

「薬を飲むと全身が光るんだなぁ。髪まで光ってるよ」

「ねぇねぇ。髪が光ってない人もいるよね。あれってもしかして…」

「気付かないふりをするべきじゃないかな」

 服や持ち物は光っていないから、そういう事なのだろう。




 剣を2本買って宿へ帰ると、食堂でピーターをみつけた。

「ピーター。あの薬、売れたんだな…」

「おおリョウマ! そうなんだよ! 冒険者に売ろうとしても、誰も買ってくれなかったからな。今日は、『夜歩く時に、明るくて便利ですよ』って、町で路上販売してみたんだよ。そしたら、結構買ってくれる人がいてね。いや~、ありがたい。販売促進の為に試した事もあるしさ。ははは! 完売の日も近いぜ!!」


「夜に便利って売ったのか…」

 半日光るという薬だ。きっと、朝まで光っているだろう。

「あれを買う人がいるとはね~」

「アリアも俺が言わなかったら、買いそうだったよね?」

「えへへ」




 その夜。寝るのに邪魔だと、家族に追い出される人が続出したらしい。




 翌日のギルドでは、珍しく受付に座っているガルトの姿があった。何やら黒いオーラが見えるようで、誰も近づこうとしない。パメラのいる受付だけに人が並ぶ。


「ねぇ、パメラさん。おっちゃんどうしたの? やけに機嫌悪いよね?」

「昨日、騙されて変な薬を飲まされてね。ギルド長が言うには、目をつむっても体の中から発光しているのか、まぶしくて眠れなかったそうよ。──飲ませた馬鹿は、裏で縛られてるわ」


 アリアと稜真が裏をのぞくと、木に縛り付けられている男がいた。言わずと知れたピーターである。


「ピーター。お前、何してるのさ」

 呆れた声で言う稜真。

「ギルド長が効果を宣伝してくれれば、冒険者にも売れるだろ? なぁ、嬢ちゃん。完璧な作戦だったのに、俺はどうして縛られてるんだ?」

「どうしてだろうね~」

 そらがピーターの頭に乗り、つんつんとつつく。


「アリアの他に、頭の痛い知り合いが出来るとは思わなかったよ」

「一緒にしないで!?」

「はいはい」




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