第19話 討伐依頼

 お風呂上がりのアリアが、稜真の部屋にやって来た。

「稜真、お待たせ~」

「入って。で、そこに座って」

 稜真は部屋にあった丸椅子に、アリアを座らせる。そらはベッドの縁に止まって、うとうとしている。


「あ、その前に。これは稜真が持ってて」

 アリアは部屋にあった小机の上に、先程買った魔法薬、回復薬、目つぶしを置いた。

「危ないと思ったら使っちゃって」

「危ないと思ったらと言われてもなぁ。まず、その判断が出来るか、自信がないよ」


 稜真は目つぶしだけを手に取った。

「これだけにしておく」

 魔法薬も回復薬も正直使いどころが分からないし、自分よりもアリアの方が怪我をしそうで不安だった。

「そう?」

 アリアは魔法薬と回復薬をアイテムボックスにしまった。


「使いたい時は言うさ。はい、それじゃ座って」


 稜真はアリアの髪を、タオルで包むようにまとめあげた。そして、エルシーから預かってきた保湿クリームを取り出す。まだ幼いアリアに本格的な手入れは必要ないので、就寝前に保湿だけをしっかり塗るよう、エルシーに言われている。

 容器から少量を手にすくい取る。少し硬めのクリームは、手の温度でじんわりと溶けた。それを両手に伸ばして、アリアの顔に塗っていく。下から上にゆっくりと、なじませるように。


「じ、自分で出来るよ~!」

「きちんと手入れしないと、俺がエルシーさんに怒られる。今まで言われても、やって来なかったんだろう?」

「…そうだけど。うう~、稜真にして貰うの恥ずかしいんだよぉ」

「はいはい、大人しくして」

 ブーブー言いながらも、アリアは嬉しそうに頬を染めている。


「さっきピーターさん、稜真の彼女って言ってたね~」

「俺、ロリコンじゃないんだけどな」

 稜真が言うと、アリアはぷくっとふくれた。


「12歳と15歳で、どうしてロリコンになるの!?」

「35歳と12歳なら、ロリコンじゃないかなぁ。下手をすると娘くらいの歳の差だろ?」

「娘!? 何よ! 稜真の見た目、私と変わらないくせにさ」

「どうせ童顔ですよ」

 稜真は肩をすくめた。


「まだ15歳の自覚はないからなぁ…。精神的に若返っている気はするけど、正直よく分からないんだよね。ほらアリア…だからふくれないの。塗りにくいよ。──そうだな。アリアをからかっている時は、俺若くなったな、って思うわ」


(あ、さっきよりもふくれた…面白いな)

 稜真はアリアの頬をつついた。


「ま、アリアさんは妹みたいな感じでしょうかね?」

「妹かぁ。──今はそれでもいいか」

「ん?」

「なんでもな~い」


 クリームが肌に吸い込まれると、髪の手入れに移る。

 髪は丁寧にブラシでとかしてから、生活魔法で起こした温かい風を当てて乾かす。半乾きくらいで香油を数滴手に取って伸ばすと、毛先からそっとなじませた。

 そして今度は完全に乾かす。花の香りの香油が優しく香る。


「──えへへ。思い出した」

「何を?」

「稜真様のドラマCDでね。主人公に、お化粧してあげるのがあったなって。イヤホンで聞く時に目をつむって、自分がやって貰う気持ちになってたのをね、思い出した」

 アリアが懐かしそうに言う。

「ふうん。次からは、話しかけながらやってあげようか?」


 稜真はにやりと笑うと、耳元で甘く囁く。

「この辺りで話しながら…、ね?」

「は、恥ずかしくて死んじゃうから、やめて~」


「はいはい。ひじとか膝は、自分で塗ってくれる?」

 アリアの指先にも、優しく香油を揉みこみながら稜真は言う。

 こくこくと、アリアは無言でうなずいた。


「忘れたら、明日は肘も膝も俺が塗るからね?」

 こくこくこくこく。アリアは真っ赤な顔で頷いていた。




 ──冒険者ギルドは、各地に存在する。


 その中で、このバインズの町にある冒険者ギルドは、4年前に出来たばかりの新しいギルドだ。アリアが冒険者登録をしたギルドでもある。

 魔物の被害が大きいメルヴィル領だが、支部の設置は進んでいなかった。理由は、誘致する資金がなかったからである。冒険者ギルドは、国や領主とは繋がらない独立した機関であるとうたっているが、ギルドを誘致する時は基本、その地の領主が建設資金を寄付する事になっているのだ。


 メルヴィル領が発展するにつれ、徐々に支部が増え、今では大きな町ならば必ずギルドがある。


 冒険者のランクは、最高はSランクで、以下A、B、C、D、Eと続き、一番下がFランク。初心者はFランクからのスタートである。

 自分のランクより上の依頼でも受けられるが、余りに無茶だと判断されると、受け付けて貰えない。


 依頼を受けると貢献ポイントが貯まって、ランクが上がる。Dランクまでは自動的に上がるが、Cランク以上の昇格には試験があるそうだ。


 アリアのギルドランクはC、稜真はFからのスタートだ。




 朝から元気なアリアの髪を、稜真がポニーテールに結び、2人はギルドにやって来た。

 稜真のランクアップの為に、依頼を受けるのが目的だ。

 以前、町に来た時に注意した事を覚えているのか、そらは稜真の肩に止まっている。


 ギルドの壁には依頼板が設置されており、そこには数々の依頼が貼られている。冒険者は受ける依頼書を剥がし、受付に持って行って受注するのだ。


 アリアはさっさと壁の張り紙を1枚取り、受付へ行った。

「おはようパメラさん、これお願いします」

「アリアちゃん、おはよう。あら、この依頼。あなたが受けるには、ずいぶんランクの低いものを選んだのね」

「ふふ、今日から2人で依頼受けるからね~」

「あらあら、ずいぶん楽しそうね。一緒に受けるのは、後ろの子?」

「うん! 私の従者なの!」

「稜真と言います。よろしくお願いします」

「──アリアちゃんの…従者?」

 パメラがぽかんとした顔で、稜真を見つめた。


「…奇特な人がいたものね」

「どうして皆して、同じ事言うの~!?」

「うふふ。ごめんなさい。これまで何人かアリアちゃんの従者は見たけれど、嬉しそうに紹介してくれたのは初めてだもの。皆すぐにいなくなったから、顔も覚えていないわ」

「あの人達と稜真は違うもんね!」

「そう。アリアちゃんが嬉しそうで、私も嬉しいわ。──それじゃリョウマ君、ギルドカード見せて…あら? Fランクなのね」

「俺はまだ、初心者なので…」

「そうね、本来なら許可出来ないけど、アリアちゃんと一緒なら大丈夫。でも無理しちゃ駄目ですよ?」


 さすがにレベル1では許可して貰えないだろうと、レベルは隠してある。

 あれだけ剣の訓練をしたが、レベルは上がらなかったのだ。どうやら、魔物などを倒す事で上がっていくらしい。

「はい。気を付けます」


 町を出る前に、武器屋で鉄の剣を2本購入した。昨日駄目にした剣の代わりと、予備である。




 近くの森に入り、更に1時間程奥に進む。

 アリアは魔物の討伐依頼を受けたらしいが、稜真に詳しい話はせず、先に立ってどんどん歩いて行くのだ。仕方なく稜真は、そらを肩に乗せ、後ろについて歩く。


 そして今、2人と1羽は岩陰から魔獣の群れをのぞき見ている。魔獣からは風下にあたるので気づかれていない。

「あれが今回受けた討伐対象なんだけど、ちょっと数が多すぎるなぁ。あんな大きな群れ、私も初めて見た。あれじゃBランクのパーティーでも荷が重いかもね~」

 アリアはのんきに言った。

 地球の狼の2倍はある、巨大な魔狼が群れているのだ。20頭以上はいそうだ。


「……2人であれだけの数を相手にするのか?」

「へへ~。稜真のスキル、あれで試してみようよ」

「普通は初めての依頼って、薬草の採取とか、ゴブリンの討伐とかじゃないかな? 確認しなかった俺も悪いけど、初依頼があれはないと思う」

 稜真はまだ、剣を使って命を奪った経験すらないのだ。

「稜真のスキル使えば、行けるって!」


「いくらなんでも、あんな大群は無理じゃないかなぁ」

「広範囲型のスキルの検証は大事だと思うよ。ほら! ブレイブファンタジーの主人公、アレンの必殺技! あれなら一掃出来るんじゃない?」

 作品名と名前だけではピンと来ないものが多いが、ゲームからアニメ映画にもなった作品で、比較的付き合いが長かったキャラクターなので、すぐに思い出せた。


「ああ…あれか」

 百を超える魔族を瞬時に倒す、勇者の技だった。

「あんな必殺技は、さすがに使えないと思うな。女神さんは歪みをなくす為に俺を送ったんだぞ。それなのにオーバースペックの技を使えるようにしていたら、意味がない気がするよ」

 そう稜真は言ったが、本心はやりたくないのだ。オーバーアクションの技を現実でやるのは恥ずかしい。

「出来たらめっけもんだって! やってみようよ。ね!!」


(こうなったら試した上で発動しないのを証明するしかないのか? アリアのあの目。やらなきゃ治まらないな。くっ…)


「あー、もう! 駄目だった時のフォローお願い!」

 稜真は肩のそらを掴んでアリアの頭に乗せると、岩陰から出た。背後で不満の声が2種上がる。


 そんな事には構っていられない稜真は、やけくそで主人公の技を思い浮かべた。両手でしっかりと構えた剣を天に突き上げる。


『我が内より生まれし焔よ』


 稜真の体から蒼い焔が吹きあがると、剣を焔がまとう。魔狼がこちらに気付いて、向かって来る。


『眼前の敵を殲滅せんめつせよ!』


 セリフを言いながら踊るように剣を振ると、蒼い軌跡が宙に浮かぶ。


蒼炎咬牙斬そうえんこうがざん!!』


 剣を横薙ぎに振り払うと、蒼い軌跡が光線となって魔狼に降り注ぎ、次いで剣から放たれた蒼炎の渦が、魔狼の群れを飲み込んで行く。アニメ映画のシーンそのままの光景に、稜真の開いた口がふさがらない。


「……まじか…」

「お~」

 アリアはパチパチと、のんきに手を叩いている。そらも真似をして、羽を打ち合わせていた。






 2人は魔狼がいた場所に立っていた。

 岩や木々が消し飛んだ一面の焼け野原には、魔狼の姿は影も形もない。そらは地面に降りて、土をつついている。


「跡形もないだなんて、威力が高すぎるよ。──剣もまた折れた」

 自然破壊をしてしまい、心が痛い稜真である。

「あっちゃぁ~」

 アリアが何やら間の抜けた声を上げた。


「どうかした?」

「あ…はは。あの…ね。魔狼の討伐証明には牙が必要なの。もしかしたら、広範囲殲滅系は使っちゃいけなかったかな…、って。えへへ」

「……」

「り、稜真さん、顔が怖いよ…? あ、レベル上げも必要だったから、結果オーライって、ね?」

「………」


「痛い痛いっ! 無言で頭をぐりぐりするのはやめて~~!!」

 アリアの悲鳴が上がる。稜真は深々とため息をついた。拳骨を解いて、アリアの頭に手を乗せる。


「俺の初めての魔獣退治だもんな。正直、遠距離からのスキルで助かった思いもある。──命を奪う覚悟も出来たよ。あれだけの命を一瞬で奪う力が自分にある事に、しっかりと向き合って行かないとな」

 そうして押し黙る稜真を、アリアは心配そうに見上げた。


「アリア。俺は、剣で戦う覚悟は出来ているよ」

 屋敷を出る前に、しっかり覚悟を決めて来たのだ。

「なんの事か分かんないな~」

 アリアは稜真から視線を外す。初めて魔獣と戦う稜真が心配で、スキルで一気に片づければ肉を断つ感触も、命を奪う辛さも感じなくて済むと考えた。どうやら稜真にはバレてしまったらしい。


「過保護だよね。でも、背中を押してくれる方法は、違うものが良かったな」

「結果オーライって事で! 格好いい稜真が堪能出来たもんね!!」

「堪能してるんじゃないっ!」

 稜真は改めて、アリアのこめかみを拳骨でえぐった。


 焼け野原にアリアの悲鳴が響き渡ったのだった。




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