第18話 旅商人

 森から徒歩1時間の小さな町バインズ。ここは、この世界にやって来た稜真が初めて訪れ、アリアが捕獲された町である。


 前回と同じ門番の男が2人を迎えてくれた。

「おう、嬢ちゃん。今回は、ずいぶん長い事来なかったじゃねぇか」

「色々用事がたまっててね~」

「大変だねぇ。おう、兄ちゃんも一緒かい! よし、通っていいぞ」


 町に入った2人は、まず宿屋へと向かう。

「そう言えば旦那様に聞いたけど、この町では、アリアが伯爵令嬢だって知られているんだってね」

「うん。この町で知ってる人は多いの。私、この町にギルドが出来た頃から、ここに魔物を持ち込んでてね。すぐにバレちゃった。屋敷があるデルガドの町では皆に知られてるし、お嬢様扱いされるから動きにくいの。でもこの町では、領主の娘って知っててもあんな感じに扱ってくれるの」


「──ああ。アリアがオズワルドさんに捕まった時、町の皆が生暖かい目で見てたっけね」

「遠出してる時以外は、大抵この町にいたからね。いっつも捕獲されてる姿を見られてたから。へへへ~」

「今回は、2週間くらいで帰るつもりでいてね?」

「分かってるよ~。あ、あそこが宿屋だよ。この町にはまだ1軒しかないの」



 建物には、ベッドの絵が描かれた看板が下がっている。

 入口から中へ入ると、正面には受付カウンターがあり、左手には食堂がある。アリアはカウンターに立つ人に声をかけた。


「こんにちは! 泊りに来たよ」

「あら、お嬢さん。また逃げ出して来たのかい?」

 迎えてくれたのは、宿の女将だろう。紺色の髪で、小太りな中年の女性だった。


「ふふ~ん、今回はちゃんと公認だもんね~」

「そりゃ珍しい。お嬢さんに連れがいるとは、珍しい事もあるもんだね」

「へへ~、私の従者になった稜真なの」

「稜真です。よろしくお願いします」

 目を丸くする女将に、稜真は一礼した。


「お嬢さんに従者!? はぁ~、奇特な人を見つけたもんだね」

「どういう意味…女将さん……」

「あははは! 悪いね、お嬢さん。あんた、リョウマと言ったかい? 出来る事なら、長く一緒にいてやっておくれな」

「俺はそのつもりでいます」

「そうかい、そうかい。それで、今回は何泊するんだい?」


「う~んと、延長すると思うけど7泊でお願い」

 口をへの字にしていたアリアだが、気を取り直して言った。

「はいよ、7泊ね。部屋はどうする?」

「もちろん、2人一緒の──」


 稜真は慌てて割り込んだ。

「1人部屋2つでお願いします。あと、この子もいいですか?」

 そう言って肩のそらを指差す。

「あんた魔獣使いなのかい? その子くらい小さいなら構わないけど、部屋は汚さないように気をつけておくれ。あと、食堂には入れないようにね」

「分かりました」


「どうして? 2人部屋の方が節約出来るのに」

「旦那様と約束したんだよ。宿の部屋は必ず別にって」

「仕方ないなぁ、お父様ったら」

「ここに名前書いておくれ。──はいよ、これが鍵だ。2階の奥、2つ並んだ部屋にしたよ。お風呂は男女交代で時間が決まってるから、詳しい事はお嬢さんに聞いておくれ」

「ありがとうございます」



 小さな町の宿に風呂が完備されているなど、王都でもない事なのだが、これは屋敷と同じくアリアのこだわりらしい。風呂のある宿には領主から補助金が出るので、この領地の宿は風呂は完備だ。他領から宿を訪れる旅人は皆驚く。

 特に旅商人から好評を得ており、メルヴィル伯爵領へ寄る人が増えた。特に若い商人がチャンスを求めてやって来る。


 アリアがお風呂の位置を教えてくれた。1階の奥で、どうやらしばらくは男性の時間らしい。

「稜真は、ご飯の前にお風呂入って来て。私はご飯の後に行くからね」

「了解。上がったら、呼びに行くよ」

 稜真はアリアと共に2階へ上がり、部屋の位置を確認。そらに待っていてくれるように頼むと、お風呂へ向かった。




 風呂は予想以上に大きかった。1度に5人は入れるだろう。

 先客は1人。この町に初めてやって来たという、金髪を短く刈りあげた若い商人だった。


「へぇ、2人連れで泊まってんのか。なぁお前、新人の冒険者だろ? ならさ、面白い商品があるんだが見てみないか? 王都で発売されたばかりの品物もあるんだぜ。──おっと、自己紹介が遅れちまったな、俺はピーター、よろしくな」

「稜真です。興味はあるけど、無駄使いは出来ないし…」

「見るだけなら、タダだって。話のタネにもなるだろ? 俺は、独り立ちしたばかりの商人なんでな。商いの練習させて貰えると、助かる」

「そういう事なら、見せて貰おうかな」

「おう! 新人におすすめのお得な商品見せてやる!」




 風呂から上がると、稜真はアリアの部屋を訪ねた。ピーターの部屋は稜真の向かいの部屋だったので、そのままついて来た。

「アリア、お風呂上がったよ」

「は~い、今行くね」

 ピーターが稜真の肩越しにアリアをのぞき込んだ。

「おお、可愛い娘じゃん。リョウマの彼女か?」

「……彼女じゃないです」


「え~、彼女だなんて~。って、どちら様?」

「お風呂で会った旅商人のピーターさん。面白い商品持っているっていうから、見せて貰う事にしたんだけど、良かった?」

「うん! 面白いもの大歓迎!」


 結局ピーターは部屋へ戻らず、そのまま3人で夕食を共にする事になった。稜真は部屋で待っているそらにご飯を用意してやり、もう少し待つように言い聞かせた。




 食堂では、おすすめの定食があるというので、全員がそれを頼む。

 肉のソテーにパンとサラダ、スープが付いていた。屋敷でもそうだったが、こちらの食事はあちらと変わらない。稜真はいつも美味しく食べている。


 周りの客は、皆酒を飲んでいた。稜真はピーターに酒は飲まないのか聞いた。

「商談の前は飲まないぜ。後でたっぷり飲むからな」

 そう言ってピーターは胸を張った。




 食後、テーブルを片づけて貰うと、ピーターは手揉みして商品を取り出した。

「まずはこれだ!」

 テーブルにコトン、と置いたのはガラスの小瓶。透明な液体が入っている。


「これはな、王都で発売されたばかりの高性能の回復薬でな。どんな傷でも、あっという間に治るって代物だ。効果の程は保証するぜ。──ただ、1つだけ問題があってな」

「問題?」

 アリアが聞いた。

「銀貨5枚」

「たかっ!」


 銀貨5枚は5万円だ。稜真には相場が分からないので、アリアが説明してくれた。

 回復薬は打撲・切り傷に効く。低・中・高とランクがあり、高ランクになると骨折にも効果があるそうだ。傷に直接振りかけて使うので、傷の大きさや深さによっては何本も使うらしい。

 金額は輸送料で増減はあるが、低ランクは黄銀貨1枚。中ランクは黄銀貨5枚。高ランクでも銀貨1枚だそうだ。ちなみに、黄銀貨1枚は千円である。ピーターの回復薬は輸送料抜きでこの価格なのだ。


「だよな。高すぎて、今まで売れたことがないんだよ。ま、お前らには話のタネに見せてやっただけだ。本命はこれだ」


 先程とは形の違う小瓶。中に入っているのは、オレンジ色の液体だ。

「なんと、これを飲むと体が光るっていう、不思議な魔法薬だ。どうだ? ダンジョンでこれを飲めば、カンテラ要らずだぜ。1度飲めば、半日は光りっぱなしだ」


 ダンジョンあるんだ、と違う所に興味が行った稜真だった。魔法薬に興味を持ったのはアリアだ。

「へ~、それは便利かも」

 カンテラは油を入れて灯す照明具。割れないか気を使うし、かさ張るのだ。もっとも、アイテムボックス持ちには関係ないが。

「アリア、それ魔物に見つかりやすくなるよね。しかも光りっぱなしって、どうなんだ?」

「言われてみれば…」

 アリアはじとっと、ピーターを睨む。

「これも売れないんだよなぁ。たくさん仕入れるんじゃなかったぜ」

「たくさん仕入れたのか…」


 力が強くなる魔法薬。ただし、効果は30秒。

 魔力が強くなる魔法薬。同じく、効果は30秒。

「効果時間、短すぎじゃないの?」

 アリアが突っ込む。


 素早さが上がる効果がある、ショッキングピンクに青い水玉のリボン。

「リボンはいらないよ。アリアは欲しい?」

「いくらなんでも、あの色は無理…」


 体力が上がる効果がある、紫と黄色のストライブのロングマフラー。

「どうしてマフラーにしたの? しかもロングサイズ。戦闘の時、邪魔だし」

「ロングにしないと、効果がつけられなかったんだと」

「リボン作ったのと同じ人?」

「ああ」

「その人、色のセンスをなんとかした方がいいよ」

 稜真は、ただただ呆れていた。


「これはどうだ? 魔物用の目つぶし。なんと! 嗅覚を麻痺させる効果ありだ」

 小さな布袋を取り出した。

「やっと、使えそうな物が出て来たかな?」


 どれもこれも、ピーターの知り合いの錬金術師が作ったものらしい。何故こうまで微妙な品物ばかりなのだろう?


「普通の商品も持って来てるぜ? 冒険者向けかなと、選りすぐって出したのがこれだ」

「選りすぐってこれかぁ」

「アリア、どうする?」

「う~ん。回復薬買うから、おまけして」

「おお! 嬢ちゃん太っ腹!」

「あれを買うのか!?」

 稜真は驚いた。


「回復薬ね。この領地じゃ、まだ売ってないのよ。普通に入って来ても王都の倍の値段になると思うし、保険で持っといてもいいかなって。でも高すぎ、銀貨2枚にして」

「半額以下はあんまりだろうよ、嬢ちゃん。普通のもんより、効果高いんだぜ?」

「ずっと売れてないんでしょ? 銀貨3枚」

「売れてなくっても、原価ってもんがあるだろうが。銀貨4枚と黄銀貨8枚」

「このまま売れない方が、困ると思うな。銀貨3枚と黄銀貨5枚」

「これ以上は無理。銀貨4枚と黄銀貨3枚」

「おまけつけて。銀貨3枚と黄銀貨8枚」

「…あー、俺の負けだ。銀貨4枚におまけ付き」


「商談成立~」

 アリアがパチパチと手を叩いた。

「んじゃ、体が光る薬をおまけに──」

「それとリボンはいらない」

「マフラーもいりませんから」


 結局、効果30秒の魔法薬セットと、魔物用の目つぶしを付けて貰った。


「売れた売れた。そんじゃ、俺は酒飲むわ」

「はいはい、お酒の飲めないお子様はお風呂に行きま~す」

「おやすみなさい、ピーターさん」


 挨拶して立ち上がった稜真に、ピーターは言った。

「リョウマ。ピーターでいいぜ。敬語もなしだ。そんなに年も変わらないだろ?」

「了解。ピーターって、いくつなんだ?」

「20。リョウマは?」

「えっと、15」

「もうちょい上だと思ったぜ。ま、いいや。呼び捨てで頼むな~」

「年より上に見えるなんて、初めて言われたよ。それじゃあな」



 階段を上がりながら、アリアは言った。

「意外とピーターさんって、見る目あるのかな?」

「どうなんだろうね。アリア、お風呂から上がったら俺の部屋に寄って」

「は~い。それにしても、面白い物ばっかりだったね~」

「面白かったけどさ。あれで商人として大丈夫なのかね…。心配になるよ」

「確かに」


 普通の品物も扱っていると言っていたが、選りすぐりと言って見せられた商品があれである。若き商人の将来を不安に感じてしまったのも、無理はないだろう。



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