第23話 スキルの検証 第2弾

 ちゃんと定期的に帰って来る事が分かり、伯爵も安心したようだ。これまでの何ヶ月もの音信不通を思えば格段の差である。稜真は改めて感謝された。


 稜真は帰ってから毎日、伯爵のマッサージを行っていた。オズワルドの腕も上がっているのだが、伯爵が『冒険者のアリア』の話を聞きたがったのだ。──アリアの話というよりは、稜真が受けさせられた依頼の話が多くなってしまうのは、当然の事だろう。


 群れの討伐ばかり受けていた話をすれば、目を細めて睨まれた。

「無理はするなと言っておいた筈だが?」

「……問答無用でしたから…」

「………それは…すまない…」

 謝られてしまった稜真である。




 稜真とアリアは屋敷で1週間過ごし、冒険者活動に戻った。


 ギルドで植物の採取依頼だけを受け、森にやって来た。しばらくは町に戻らず、スキルの検証をする予定なのだ。

 稜真が初めてアリアと会った時に泊まった、森番の小屋に滞在する。この小屋に寝室は1つしかない。アリアにそちらを使って貰い、稜真は前回と同じく台所の床で眠る予定だ。テーブルをアイテムボックスにしまえば、布団が敷ける。

 バインズで布団一式を購入し、アイテムボックスに入れて来た。毛布だけでも充分だが、そこはアリアが譲ってくれなかった。






「剣を使わないスキルなら、痛まないよね。という訳で、検証第2弾行ってみよう!」

 ウキウキなアリアに脱力感を覚える稜真である。


 現在2人がいるのは、稜真が魔狼を一掃してしまった場所。きれいに更地になっているので、多少荒っぽい事をしても大丈夫だろう。他に人が来ないか、そらが見回ってくれている。


 ──剣を使わないスキル。


 アリアが挙げたのは魔法だった。特に効果の高そうな物を選んだのだと、にんまり笑う。稜真は正直嫌な予感がするのだが、二次元だったスキルが、どこまで発動するか確認する必要もある、とアリアに説得された。


 シミュレーションゲーム『ソウルブルー』のラスボス、ディミトリアスが使う魔法、ダーク・グラビティ。アリアが作品名とキャラクター、技の説明をしてくれると、稜真の頭に呪文が浮かんで来たが──。


(……えらく長い呪文だよな。これ全部呪文か? 途中までセリフみたいな気がするけど…。特に動きがない事だけが救いかな。……はぁ、やるしかないのか)


 稜真は覚悟を決めて呪文を唱えた。

『踊れ、踊るがいい。矮小わいしょうなる輩たちよ。闇よ。夜の闇をべりし、我の前に来たれ。漆黒の闇よ。全てを包み込む闇よ。我が前に存在するは、覇道の障害。消滅せよ、ダーク・グラビティ!』


 唱えながら手を上にかざす。かざした手の上空に現れた闇の球が、キィィーンッ!と音を上げて、大気が渦を巻く。発動の呪文と共に手を振り下ろすと、球は拡大しながら発動し、地面に激突した。




「「……………」」

 2人は唖然として、しばらく言葉も出なかった。


「…アリア……どうする?」

「どうしよう…か…。さすがはラスボス様の使う呪文、ゲーム画面では分からなかった威力よね…。そっか。現実では、こうなるのかぁ…」

 余りの惨状に、稜真の呪文に聞き入っていたアリアも我に返っていた。


 まさか球形に発動した魔法の内部が、全て消滅するとは思わなかった。

 魔法が地面にぶつかった部分は、土ごと消滅した。直径50メートルはあるのではなかろうか。穴の縁に立ってのぞくと、きれいな半球になっている。

 明らかに自然に出来た物ではないこの穴を、一体どうしたものだろう。


「なぁ、アリアって魔法は使えないの? 土の属性の魔法とかで、地面が埋められないものかな?」

「私は剣技特化で鍛えて来たから、魔法剣くらいしか使えないのよね~」

 それではどうしようもない。

「そうだ! 穴に水入れたら、少しは誤魔化せるよね」

「水? どうやって?」

「陰陽戦記の瑞樹が使う、水竜を呼ぶ呪文はどうだろ?」


 ──結局、稜真のスキルに頼るしかないのだ。アリアが作品の説明をすれば、稜真は呪文の内容を思い出した。


「津波を起こして敵を倒す呪文じゃないか。嫌な予感しかしないから、却下」

 見える範囲の全てを飲み込んでしまいそうだ。被害を増やしてどうするのか。


「水……、う~ん、水~。あ、あれはどうかな? 魔神転生の主人公の同級生、三上悠斗。あのゲーム、天使や悪魔に神様とか精霊とか、色々召喚して戦うでしょ。水の精霊のウンディーネ、呼び出せないかな?」

 稜真が声を当てたのは1作だけだが、長く続くシリーズ作品で自身もゲームをやった経験があったので、すぐに思い出せた。


「どうだろう? 試してみるしかないか…」

 穴を放置するわけには行かないのだ。思いついた中では、無難な方法に思えた。


『召喚!』

 右手を前に出すと、白く輝く光の魔法陣が宙に現れた。

『来たれ我が元に! 水の精霊ウンディーネ!!』

 魔法陣が宙に溶けると、青く波打つ髪の透明な精霊が現れた。


「………。魔…が、足り…せ…。主、…力……けて…さい」


「何か言ってるね?」

「魔力を分けて欲しい、と言っているみたいだな。どうやって分ければいいんだ?」

 にこりと微笑んだウンディーネが、ふわふわと稜真に近づくと、いきなり口づけた。

「んんっ!?」

「あ~~~~っ!!!」


 少しずつ、少しずつ、存在感が増していく。ウンディーネが稜真から離れた時には、宙に浮いていなければ普通の人と変わらないまでになっていた。

 肉感的で妖艶な美女。その髪はくるぶしに届きそうな程に長く、その瞳は湖面を思わすような緑だ。


「うふふ、こちらの世界で存在するだけの魔力がなくて困りましたわ。あるじ、ご馳走様」

 ウンディーネは唇に指を当てて、魅惑的に微笑んだ。

「そういう事なら、仕方ない…の…かなぁ……。アリア、そんな顔しないの」

「あんなに長くキスしてなくても、いいと思うの!!」

 アリアは目を細めて、ウンディーネを睨みつけている。


 ウンディーネはそんな視線を物ともせず、宙に浮いたまま稜真にふわりと抱きついた。


「それで主、ご用はなんでしょう?」

「この穴に水を入れられるかな?」

「──この穴ですか? 魔力は充分なので大丈夫ですわ。でもその前に、私の名前をつけて下さいませ」

「…名前? 俺、ネーミングセンスに自信ないんだが…」

「主がつけてくれる名がいいのですわ」


 ──女性の名前。稜真は頭にいくつか思い浮かべるが、これという名が出て来ない。ウンディーネの波打つ髪は、濃い紫が混じる美しい青。その色はラピスラズリのようだ。


「……瑠璃るり、はどうかな?」

「私の名は瑠璃。ふふ、ありがとうございます」

 瑠璃は艶やかに、満足げに微笑んだ。


「稜真~。名前の由来は?」

「髪が瑠璃色だから……。ううっ、だから名前って、思いつかないんだよ…」

「それでは、早速参りますね」


 瑠璃はふわりと穴の中央に移動する。そして、空中でゆっくりと踊り始めた。


 穴の中央の地面から、こぽこぽと水がわき始めた。見る間に水は穴に溜まって行く。──踊りが終わると、瑠璃は満々とたたえられた水の上に立っていて、静かに波紋が広がっていた。


「水が入ると、少しはましに見えるね。ありがとう、助かったよ」

 稜真はほっと息をついた。アリアはムスッとした顔で瑠璃に言う。

「もう用事終わったから、帰っていいよ」

「あら、帰れませんわよ?」

 瑠璃はくすっと笑った。

「「え?」」

「私、こちらの世界に存在が固定されたのです。いつでも主のそばにいますわ」


「……魔力を分けたから?」

「いいえ。名づけて頂いたからです。うふふ」

 稜真は呆然となった。


(稜真の唇も奪ったくせに、確信犯だ、こいつ!)


 アリアはギリギリと歯噛みして、瑠璃を睨みつけた。


「……呼び出した責任もあるし、仕方ないけどさ。いつも側にいるのは困るよ」

 従者見習いの稜真は、まだ居候のようなものなのだ。女性を、しかも精霊を連れて帰れない。


「呼んで頂けば、すぐに参ります。それまでは、私もこちらの世界に慣れるように、勉強していますわ」

「分かった」

「それと主。この池ですが、少し手を入れてもよろしいですか? ここを私の家にしたいのですが、このような荒れ地では寂しくて」

「ああ、いいんじゃないかな。池も目立たなくなるだろうし」




 翌日に顔を出す事を瑠璃に約束し、そらを呼んで森の小屋に向かう。

「稜真のたらし……」

「召喚のアイデアを出したのは、アリアだよね」

「どうして私…違う方法を思いつかなかったんだろう…」

 アリアはガックリとうつむいて頭を抱えた。

「召喚は…封印しようか」

「うん、それがいいと思う……」




 翌朝、2人は池に向かう。

 そらは時々姿を消しては戻って来る。稜真が指示しなくても、辺りを警戒してくれているようだ。危ないと思ったら、すぐに逃げて来るようにと言い聞かせてある。


「──ここ、だったよな?」

「だった筈だけど…」


 稜真のスキルで更地になった場所が草原になっていた。

 穴のあった場所には池があるが、形がまるで違う。昨日は真円だったのに、自然な形に変わり、しかも大きくなっているのだ。


 大木が1本、池の横に生えていた。他にもあちこちに小さな木が育ち始めているし、草や花も生えている。

 水の中には水草が生え、魚の姿も見えた。


 ──たった1日で何が起こったのだろうか。


 パシャン…。

 水音と共に瑠璃が現れた。


あるじ、いらっしゃいませ。私、頑張りましたでしょ?」

 瑠璃は悪戯っぽく笑う。

「そう…だね。どう頑張ったら、1日でこうなるのかな…。池の形も変わってない?」

「住みやすくなるように、水底の地形を含めて形を変えてみたのですわ。あのままでは、どうにも風情がありませんでしたもの。それと、少し小さく感じたので大きくしました」

「そんな事も出来るんだ」

「水流を操作すれば、地形を変えるなど造作もありませんわ」


「この広さで深さだと、湖だよね…。地形はともかく、魚や植物は?」

「近くに湖がありますでしょ?」

 稜真が先日、体を洗った湖の事だろう。

「生き物がいないと不自然でしょう? 私も寂しいですし。あそこの湖の精霊にお願いしましたら、女神様の加護がある主の為ならと、快く譲ってくれましたわ」


「それって、脅したって言わないかな…。ん? 俺に女神さんの加護があるって、知っているのか?」

「世界を渡る時にお会いしました。主の力になるように頼まれましたの。まずは主に名前をつけて貰うようにと、教えて下さいましたわ」

 瑠璃は時が止まった世界で、ルクレーシアに稜真の話を聞いてから、やって来たらしい。


「……女神さんの入れ知恵だったのか」

「植物は、森に棲む木の精霊を見つけて、同じくお話をしましたら引っ越して来てくれましたの。その木の精霊の力で植物を育てて貰って、今のようになりました」

 この大木がどうやって移動していたのかが気になる。──根っこを地面から抜いて、歩いたのだろうか?


「主にお願いがございますの。木を傷つける事は、極力やめて頂けるとありがたいのですわ」

「……気を付けます」


 稜真は大木に近づき「森を傷つけて申し訳ありませんでした」と、頭を下げた。すると、木から女性の声が聞こえてくる。

「わざとではないと聞いております。幸い、消えた木に眷属は居りませんでした。以後気を付けて頂けるのなら、結構ですよ。女神様の加護がある方に頭を下げられては、身がすくんでしまいます。どうぞ、頭を上げて下さい」


「瑠璃が無理を言ったのではありませんか?」

「いいえ。異世界の精霊には初めて会いましたから、色々なお話が聞ける事を楽しみにして引っ越してまいりました」

 くすくすと、楽しげな笑い声が聞こえる。

「そう言ってくれると助かります」




 草原に大木、澄んだ水を湛えた湖。

 前日の荒野が嘘のようだ。稜真は精霊の宿る大木にもたれて座り、空を仰いだ。


(いい天気だなぁ)


 稜真の膝にはそらがいる。

 まだ産毛が生えているそらは、柔らかくて、もこもこであった。翼の下に手を入れると、じんわりとした温かさが伝わってくる。稜真に触れられたそらは、心地よさに喉を鳴らした。


 ──背後から聞こえて来るアリアと瑠璃の会話が殺伐としていて、稜真は現実逃避中なのである。


「瑠璃って他に何が出来るのさ!」

「ふん! 小娘に答える気はないわ」

「小娘だと~!!」

 そろそろ不味いな、そう感じた稜真は、そらを肩に乗せ立ち上がる。


「瑠璃、俺も教えて欲しいな。それと、アリアは俺が仕えているお嬢様だから、うやまってくれるかな?」

「敬うのは無理ですが、それなりに対応するようしてみます」

「それなり!? 、とか全くその気がないじゃないさ! うわ~ん! そらに続いて私の敵が増えたよぉ!!」

 アリアとしては、別に敬って欲しい訳ではないが、稜真を取られる危険を感じるのだ。不安で稜真に抱きついた。

 稜真はアリアの頭をよしよしと撫でてやる。瑠璃はアリアをキッと睨んだが、稜真に向き直る時は笑顔に変わる。


「私が出来る事は、水の浄化、毒の浄化は基本として、毒を見分ける事も出来ますわ。他にも出来たのですが、もう少しこの世界になじまねば使えないようです。それと主、次からは水のある所で呼んで下さいませ。昨日のようなカラカラな場所は嫌いです。それでも──」


 瑠璃は稜真の横手から抱きついた。

「主の為ならば、どんな事でも致しますわ。なんでもお申し付け下さいな」


 稜真は睨み合う2人に挟まれて天を仰ぐ。

「……頼むから…仲良くしてくれない?」

「無理!!」

「難しゅうございますわ!」

 ぷいっと同時にそっぽを向く2人。


(……息は合うみたいなのになぁ…)


 はぁ、と稜真は深々とため息をついたのだった。



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