第14話 お祖母様と遠乗り

 翌日。朝食をすませてから、侯爵夫人イザベラ、アリア、スタンリーの3人は馬で出発した


「さてアリアヴィーテ、どこに案内してくれるのかしら?」

「私の1番好きな場所です。お祖母様が気に入って下さるかは分かりませんけれど」

「それは楽しみですね」


 アリアを先頭に、3人はゆっくりと馬を進ませる。天気も良く、絶好の遠乗り日和である。


 アリアを先頭に、屋敷のある町を抜けて農村へと向かった。

 昼前に馬を止めたのは、収穫期を迎えた小麦畑を見下ろす丘の上だ。

 人々が楽しげに収穫作業をしているのが見える。3人は馬を降り、近くの木に繋いだ。スタンリーが馬の世話をしている間に、アリアはイザベラを誘い、見晴らしの良い場所に移動する。


「ここが、アリアヴィーテの好きな場所なのですか?」

 イザベラは不思議そうに小麦畑を見下ろした。


「はい。まだ、この領地には、お祖母様をご案内出来るほどの名物はありません。お買い物が出来るお店も少ないです」

 アリアはお祖母様に分かって貰いたいと、懸命に言葉を続けた。


「私が幼かった頃、ここは見渡す限り荒れ地でした。それが今では、このように一面の小麦畑になりました。これは、領民皆が努力した結果です。領地の全てではありませんが、このような畑が、領民が生きていける土地が増えているのです。──豊かになって来た事を感じさせてくれる、この丘の眺めが私は大好きです」

 アリアはイザベラの目を見て真剣に言う。自分の気持ちが伝わるように、と。 


「そうですか。私はてっきり、冒険者ギルドに案内してくれると思っていましたよ。ここが、あなたの好きな場所なのね」

 イザベラは静かに小麦畑を見降ろしていた。


「あの…、お祖母様。もしかして全部知ってらっしゃいますか?」

 自分が冒険者活動をしている事だけは、確実に知られているようだ。


「全部ではありませんよ。娘が嫁いだ貧乏伯爵領の事を気にするのは、当然でしょう。公的に知られているあなたの行った事は、孤児院や教育環境の整備かしらね。冒険者で有名なアリアがあなたである事は、王都では知られていません。──ただ私は知っていただけです。冒険者のアリアの髪とアリアヴィーテの髪が同じ色である事を。あの子が手紙に書いていましたからね。娘は父親と同じ髪色をしているのだと、ね?」

 そう言って、クスッと悪戯っぽく笑った顔は母と同じだった。


 イザベラは続ける。

「領地への援助も考えていたのだけれど、あの娘は頑固で私を頼る事はしてくれなかった。飢餓が襲ったと聞いた時は、なぜ私を頼ってくれないのか、と王都で歯噛みしたものです」

 そこまで言うと、アリアを振り返った。

「あなたも、あの子に似て人を頼らないのかしら?」


「あまり自覚してなかったのですが、以前はそうだったみたいです。今は違いますよ? ある人が教えてくれました。周りの人が、私を心配してくれている事を。そして、もっと人に甘えなさいと言ってくれたのです」

「そう。それなら良かったわ。その人の事も聞かせて欲しいわ」

「はい、お祖母様」

 アリアは嬉しそうに答えた。




 丘の上の木陰に敷物を敷き、昼食を入れて来たバスケットを開く。

「スタンリー、一緒に食べましょう」

 アリアが声をかけた。厳格なお祖母様だと思っていたが、実際に話してみると厳しいが優しい人であると分かった。使用人を誘っても、叱られないと判断したのだ。


「いや、俺は護衛ですからね。後で食べますよ。お2人でお先にどうぞ」

「こんなに見晴らしがよいのだから、何か来ればすぐに分かりますよ。あなたにも話を聞かせてほしいわ」

「侯爵夫人がそう言われるのでしたら、お言葉に甘えさせて頂きます」

 スタンリーは素直に敷物に座る。


「お祖母様、先にこちらを召し上がってみて下さい」

 アリアが差し出したのは、小さな長方形の焼き菓子のような物だった。

「堅いのでお気をつけて」

 イザベラは手に取ってみたが、確かに堅そうで歯をたてることに躊躇ちゅうちょする。

「本当に堅そうですね…。この年になると、堅い物は苦手なのですよ」

「どうしても歯が立たない時は、こうします」

 アリアは焼き菓子を綺麗な布で挟むと、小さな槌で叩いた。

「あらまぁ…」

 そうして小さく砕けた焼き菓子の欠片を、イザベラは口に入れた。


「これならば何とか食べられますけど、あまり美味しい物ではないわね」

「これは、お母様が考えて作られました」

「──あの子が?」


「はい。うちの領地でたくさん取れる、小さなリンゴの実があります。この果実はあまり甘くないのです。その実を干した物と色々な雑穀を混ぜて、堅く焼いてあります。堅く焼いたお陰で、日持ちがするのです。そして美味しくはないですが、とても栄養があるのです。飢餓の折り、これを領民に配りました。小麦に比べて安い雑穀。余り美味しくないので、食べられなかった小さなリンゴ。干せば少し甘味が出ると文献で見つけたのもお母様です」


 ここでひと息つくと、少し困った顔をする。

「私が冒険者ギルドに通っていたら、お母様も領民の為になる事をしたい、と思われたのだそうです。私は自己満足で行っていたのに、お母様は心から領民の為にと思われたのです。栄養が取れ、日持ちする食べ物があれば、飢餓を乗り越えることが出来るのでは、と。餓死する領民が減ったのは、この焼き菓子のお陰です。先程お祖母様は、お母様が頼ってくれなかったとおっしゃいましたけど、雑穀の手配はお祖母様がされたとうかがいましたよ?」


「雑穀の手配など微々たる物。頼られた内には入りません…」

「お祖母様から頂いた雑穀を見て、送って頂いた気持ちを無駄にしないで領民を救えるように考えなくては、とお母様は研究されていました」

「そんな事を…。私は、もっともっと頼って欲しいと思っていたけれど。そう。あの子、頑張っていたのですね」

 イザベラは改めて焼き菓子の欠片を口に入れ、ゆっくりと味わった。


「ふふ、この焼き菓子も、よく噛むと美味しいわ」

「今は味を向上させようとなさっています。このままでも日持ちするので冒険者が買うのですけど、美味しい方が売れるかも知れないと思ったのですって。それに、領民は自分達を救ってくれた、この焼き菓子が好きなので、美味しく食べて貰えるようにしたいとおっしゃっていました」

「……そう。意地を張らずに、もっと早くこの地を訪れるべきでしたね…。アリアヴィーテの小さな頃が見てみたかったわ」

 イザベラは後悔するように目を閉じた。


 ──今よりも小さな頃。やらかしまくっていた姿を見られていたら、こんな穏やかに話は出来なかった気がするアリアであった。



 焼き菓子の後は、昼食を食べながらアリアは稜真の事を話し、イザベラは王都の話をしてくれた。スタンリーから見た稜真の話も交える。

 イザベラは話し上手で、アリアはとても楽しかった。あんなに怖がっていたのが嘘のように、2人は打ち解けていた。


「うふふっ、お祖母様大好きです」

「ありがとう。娘は言ってくれなかったから嬉しいわ。帰ったら、あなたの大好きなリョウマを紹介してね」

「はい!」




 遠乗りから戻ると、両親と兄が出迎えてくれた。アリアは出迎えた使用人の中に疲れた表情の稜真を見つけ、イザベラの前に引っ張って行く。


「あなたがリョウマですか。アリアヴィーテから聞きましたよ。優しくて、お料理が上手で、気配りが出来る頑張りやさんだそうですね。何よりも話をしてくれる声が大好きだと、アリアヴィーテが教えてくれました。好かれていますね」

 イザベラはそう言って笑ったが、稜真は顔をひくっと、ひきつらせた。背後の伯爵とユーリアンの視線が突き刺さって来たのだ。


「ありがとうございます。アリアお嬢様? イザベラ様に一体何をお話されたのですか」

「稜真の好きな所を、たくさんお話ししたの。お祖母様に自慢したくて。……駄目だったの?」

「…駄目じゃないですよ」


 今日はユーリアンとの鍛錬につき合わされ、体中が痛い稜真である。それに加え、マッサージを増やされそうな気配がする。


(明日からの自分の身が心配なだけだから…)


 ──稜真はこっそりとため息をついた。



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