第13話 お祖母様が到着
アリアの祖母である侯爵夫人、イザベラ・フォーテスキューは、普段は王都で暮らしている。
娘が嫁いだ貧乏伯爵領の事を良く思っておらず、これまでこの地に来た事がないので、アリアが会うのは初めてだ。来訪の理由も、アリアの顔を見たいからだそうだ。
滞在は1週間の予定である。
王都の学園に通うアリアの兄ユーリアンも、一緒に帰って来る。毎年学園の長期休暇にしか帰らないが、交通費が節約出来るから便乗させて貰う、と手紙が届いた。伯爵家の皆様は節約が身についている。
ユーリアンの目的は、稜真の顔を見る事らしい。
礼儀作法に厳しいらしいお祖母様に会うのは怖い。けれども兄に会えるのは嬉しい。アリアは複雑な顔で出迎えの準備をしている。
「稜真。変な所はない?」
アリアはくるりと回ってみせる。
「ないよ。髪は艶々で綺麗に結ってあるし、新しいドレスも似合っている。頭の先からつま先まで、俺から見たら完璧だよ。だから落ち着こうね」
アリアは先程からずっと、そわそわと落ち着かない様子で居間をうろうろしているのだ。
「アリア」
「お母様、どうなさったの?」
「…
クラウディアは社交シーズンでも王都に赴かず、領地で領民の為に自分が出来る仕事をこなしている。自分が王都に行った際にかかる費用を考えれば、おいそれと行けなかった。元々出不精な所もあり、これ幸いと思ってもいた。結果、結婚してから1度も実家に顔を出していないと言う。
伯爵夫人クラウディアは、淡い金髪を結い上げた、優しげな雰囲気の美しい人である。人見知りらしく、稜真もあまり会った事がなかった。自分の母親にまで人見知りしているのだろうか。
「お母様、大丈夫よ。私も頑張って猫かぶるからね。お母様に恥をかかせないようにするから安心して!」
「ありがとう。私がしっかりしなくてはいけないのに…、頑張るわ」
(美人母娘がおろおろしているのって、ちょっと面白い)
アリアの隣に控えながら、稜真はそんな人の悪い事を考えていた。
そこへ、エルシーが呼びに来た。
「侯爵夫人がお着きになりました」
「さ、さぁアリア、お出迎えに行きましょう」
2人は、しっかりと手をつないで玄関に向かった。
伯爵家の馬車に比べると、明らかに豪華な馬車から降り立ったのは2人。
アリアの兄、ユーリアンは17歳。どちらかと言えば父親似のアリアに対し、母親似の外見をしている。母と同じ色の金髪の優しげな雰囲気を持つ美少年だ。
隣に立つのがイザベラ侯爵夫人。白髪で背筋のピンと伸びた、美しい老婦人だった。確かに厳しい印象を与える人である。
「ようこそ、いらっしゃいましたお母様。ユーリアンもお帰りなさい」
先頭で出迎えるのはクラウディア。隣にはアリアがいる。
後ろで控えているのは、オズワルド、エルシー、稜真の3人だ。伯爵は執務室にいる。進められているドワーフの町建設の手配と、援助してくれた侯爵夫人への説明の為、書類を準備しているのだ。
「久しぶりですね、クラウディア。そして、あなたがアリアヴィーテですか?」
固い声で話しかけられ、アリアはピシッと固まるが、勉強の成果を発揮して優雅にお辞儀してみせる。
「はい、お祖母様。アリアヴィーテです。よろしくお願いします」
「よろしく、アリアヴィーテ。早速ですが明日、伯爵領の案内をお願いします」
「私が、ですか?」
「あなたが、この領地の発展に貢献したと聞いていますよ。是非、あなたに案内して貰いたいのです」
そう言われてアリアは考え込んだ。
(お祖母様はどこまで知ってらっしゃるのかしら…。私がやった事は、書類上は隠されてる筈だけど。領民はみんな知ってるからなぁ。うん、考えても仕方ない。私の好きな場所へ案内しようっと。2人だと緊張するから、お母様もお誘いして、もちろん稜真は来てくれるもんね。ちょっと怖いけど、なんとかなるか…)
「分かりました、お祖母様。明日ですね」
「
アリアは隣でガチガチに緊張している母を見上げた。
「お母様、一緒に参りましょう?」
「──
そう答えた娘に、イザベラは呆れたようにため息をついた。
「クラウディア、相変わらずなのですね。あなたは外に出る事はあるのですか?」
「わ、
「それなりに、ですか。よろしい。滞在中、ゆっくりとあなたのお仕事を聞かせて貰いましょう」
クラウディアは一瞬ビクッと身をすくめませたが、気を取り直して微笑んだ。
「ご存分に」
「──確かに、成長してはいるようです」
母娘の間に火花が散っている。
「お母様のあのようなお姿を見るのは初めてです」
「そうだね。僕も初めてだよ」
「お兄様! お帰りなさいませ!!」
アリアはいつの間にか隣にいたユーリアンに抱きついた。ユーリアンは軽く目を見張ると柔らかく微笑み、少し屈んでその体を抱きしめた。
「ただいま。──それで、彼がアリアの従者なのかい?」
ユーリアンはアリアの少し後ろに控えていた稜真に目をやった。ユーリアンが稜真を見る視線。この観察するような視線には覚えがある。初めてオズワルドが稜真を見た時の視線だ。──いや、その視線よりも若干冷たく感じる。
「リョウマ・キサラギと申します。この度、アリアお嬢様の従者になりました。よろしくお願いします」
稜真はユーリアンに向かって一礼した。
「そうだ、稜真。私、お母様に見捨てられたの。明日は一緒に行ってくれるわよね?」
「申し訳ございません、お嬢様。私は馬に乗った経験がないのです」
稜真は人目があるので、丁寧に答える。
「え!? オズワルド、どうして教えてくれなかったの?」
「──馬ですか、うっかりしていましたね。早速、メニューに加えましょう。ですが、今回の遠乗りの供は無理です。スタンリーを付けましょう」
(……乗馬も? また、やる事が増えた。いや、師匠がいないという事は、武術訓練が休みになるのか?)
その分ゆっくり出来るか、そう思った稜真にユーリアンが言った。
「スタンリーがいないなら、明日は僕の相手をリョウマに頼もうかな。学園に戻るまでに、腕が錆び付いては困るからね」
にっこりと笑うその笑顔に、稜真は寒いものを感じた。
「お兄様は、学年一の遣い手ではありませんか。稜真はまだ初心者ですよ?」
「手加減はするさ」
「──稜真をいじめたら、お兄様の事、嫌いになりますからね…?」
「武術訓練に付き合って貰うだけだよ。大事な妹を任せるなら、人柄を確認しておきたいからね。剣を交えれば、人柄も分かる。父上からの手紙には、アリアが従者になる少年を連れて来たとしか書かれていなかったけど、アリアからの手紙はリョウマの事しか書いてなかったからね……」
アリアから普段送られて来る手紙には、領地の事や屋敷での出来事など、様々な事が書かれていたのに、今回は見事に1人に絡んだ内容しか書かれていなかったのだ。
(ユーリアン様、目が怖いんだけど…。もしかしてシスコン? アリア、手紙に何を書いた……)
稜真を見る目は冷たいが、アリアを見る目は優しい。
「それにしてもアリア。少し雰囲気が変わったね。うん、綺麗になったよ」
「嬉しい! そんな事言って下さるのは、お兄様と稜真だけです!」
「………へぇ、リョウマも言ったんだ。もしかしてアリアが変わったのは、リョウマの影響なのかい?」
稜真はきつく睨まれた。
「ユーリアン様。私はお嬢様とお会いして、まだひと月余りです。それ程影響が出る筈が…」
弁解しかけたが、アリアに遮られた。
「お兄様、さすがですわ。よく分かりましたね!」
(アリア!? 何言い出すかなぁ!!)
無表情を装いつつも、内心大慌ての稜真である。ユーリアンの視線がどんどんきつくなっているのだ。
「あのね、お兄様。稜真は、私はもっと皆に甘えていいって、言ってくれたのです!」
「それは──。ありがたい事だね」
稜真に向ける視線が、少しだけ和らいだ。
来訪の挨拶に執務室へ向かう侯爵夫人。ユーリアンとアリアも一緒だ。
その後ろ姿を見送りつつ、稜真は顔が引きつっていた。
「リョウマ、明日は僕と手合わせしてくれよ。楽しみにしている」
ユーリアンはそう言って去って行ったのだ。
(……明日が怖いんだけど……)
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