第12話 アリアを探せ
頑張る、とあれだけ言っていたアリアなのに、最近は逃げ出しているらしい。一応、基本的な事はこなしてから逃げていて、屋敷の敷地からは出ていない。
これまでのアリアの逃亡からすると生温いのだと、ラリーがため息交じりに教えてくれた。いつもなら近くてバインズの町、遠いとどこまで行っているのか、見当もつかないそうだ。
例え屋敷内といえど、逃亡は逃亡。アリアが逃げ出すたびに、使用人一同で探す羽目になっていた。
アリアは、まるでかくれんぼを楽しんでいる風にも思えた。特に稜真が見つけると、それはそれは嬉しそうに笑うのだ。
この日も手分けして探している。その途中、稜真はエルシーに会った。
「あら、リョウマ君」
「エルシーさんも捜索ですか?」
「今日は私の前から逃げられてしまったのよ。逃げ出す時のお嬢様の悪戯っぽい顔ったらなかったわ」
エルシーは、くすくすと笑っている。
「お嬢様があんなに子供らしい表情をするなんて。これもリョウマ君のお陰かしらね。今までのお嬢様は、どこか
「俺、特に何もしていませんよ?」
「ふふ、そんな事はないでしょう? あなたと話すお嬢様は、とても自然に笑っておられるわ」
「そうですか? 俺にはどこまで甘えていいのか、距離を測っている小動物に見えます」
皆が探してくれるかな? 怒られるのかな?
そんな風に、ドキドキしながらかくれんぼをしているように感じられるのだ。
「言われてみると、そうかも知れないわ。今はお兄様がお留守ですし、リョウマ君の事を兄のように思っているのかしら。同じように甘えていいのか、迷っておいでなのかも」
「どうでしょう? さて、どこに隠れたのか探しに行きますか。俺は、今日は屋敷内だと思いますね」
「あら。私はお庭だと思うわ」
探す側も楽しそうである。
それからもアリアは抜け出しては、見つけられている。お屋敷総出のかくれんぼは日課になっていた。
この日も、アリアはいつものように抜け出すと、まだ見つかった事のない隠れ場所に潜り込み、もの思いにふけっていた。
──如月稜真。ずっとずっと憧れていた大好きな人。雲の上の人だと思っていた人。
実際に会った如月稜真は、雰囲気が柔らかい人だった。いわゆるイケメンではないのに、声だけではなくてその人柄に魅きつけられた。父やオズワルドが稜真を受け入れたのも、その人柄のお陰だろう。
マッサージをやらせているのが、その証拠だ。
オズワルドもスタンリーも、すぐに稜真を信頼して伯爵と2人きりにしていた。
若返ってもその声は変わらず、かえって艶が増したようにも感じた。
出会った頃は異世界に来た緊張からか、気を張っているのが伝わっていた。最近は慣れて来たのだろう。いい感じに気が抜けて自然体に見える。
15才の稜真は、ふっと笑う顔が可愛らしい。その笑顔を向けられると、心臓がどきどきする。
私のせいで世界を渡らされたのに、責めないでいてくれる優しい人。
「アリア、見つけたよ」
大好きな人の、大好きな優しい声が聞こえた。
アリアが隠れていたのは、敷地内の低木の奥だった。
敷地に何本か植えられている低木は、丸い樹形を作る。今は黄色い花が満開で、遠目にはまるで黄色いボールのようにも見えるのだ。この木は、中に子供が隠れられるくらいの、まるでテントのようなスペースを作る。
中に潜り込めば、満開の花が隠してくれて外からは見えなくなる。──見えなくなっている筈なのだ。
そらを連れた稜真が、木の幹を背にして座るアリアの隣に潜り込んで来た。2人ならば並んで座っても余裕があった。
「どうして? こんなにすぐ見つかるなんて…。最近稜真に見つかるの、早くなってない?」
アリアの隣で体育座りをした稜真は、膝にそらを乗せて撫でてやる。そらは喉を鳴らして甘えている。
「秘密、って言いたい所だけどね。そらが案内してくれるようになったんだよ。日を追うにつれて、見つける時間が早くなる。お利口だね、そら」
「クルゥ」
そらは、誇らしげに胸を張った。
「そらが?」
「そう。俺も不思議に思って、そらのステータスを見たらね。索敵スキルを覚えていて驚いた」
「……索敵、って敵!? 私、敵扱いなの!?」
「俺の為に頑張って覚えたんだよね、そら」
「クルルゥ」
「ありがとな」
稜真はそっと、喉の辺りをくすぐってやる。
「それで? 頑張るって言っていたのに、逃げるなんてどうしたの?」
「稜真が探してくれるのが嬉しくて。あ、後はね。逃げるんでしょう? って、皆に期待されてる気がしたんだもん。期待には応えなくっちゃね!」
「確かに、アリアが逃げるのを待ち構えている気がする。でもね。逃げるアリアが楽しそうなのがいけないと思うな。追いかける方も楽しんでいたけど」
「それと~、稜真ったら前よりも忙しそうだし、たまには私にも時間取って欲しいな、なんて」
アリアは、上目遣いで稜真を見た。
「お嬢様。誰のお陰で俺の仕事が増えたのか、お忘れですか?」
「あ、はは~。私のせいでしたっけ」
稜真はぽんっと、アリアの頭を軽くたたく。
「この間ね。旦那様に聞いたよ。アリアがこれまでやって来た事」
「……」
「アリアがやってきた事で、領地が変わったんだね」
「自己満足なの。全部自分の為だったのよ?」
稜真と同じく体育座りをしたアリアが、膝を抱え込んでうつむく。
「アリアの自己満足のおかげで、助かる人が大勢いたんだ。いい事じゃないかな」
「──私ね。今まで勢いで突っ走って来たの。そのせいで女神様を焦らせて、稜真を巻き込んで……。そりゃあ助かった人がいたのも確かだけど、反省しちゃった。これからは歪みが出ないように、考えて動かないとね」
「そうしてくれると、俺も助かるかな。でもね? 反省のし過ぎに気を付けて。アリアは考えすぎる所があるからね」
今まで悩んでいた事を見透かされた気がした。
「うん、気をつける。これから入学金を2人分貯めるために、頑張らなくっちゃね!」
顔を上げて、ふんっ、と握り拳を作るアリアに目をやり、稜真は考え深げに目を細めた。
「…ねぇ、アリア。どうしても学園に行くの? 俺がいるのに? そんなに攻略キャラに会いたいのかな?」
憂いを漂わせた声で、稜真は言う。
「え…。稜真様、どうしちゃったの?」
「俺がいるだけじゃ、駄目なの?」
稜真は声を震わせて、切なげに言葉を続けた。間近で色気のある声で言われ、アリアはあわあわと真っ赤になる。
「え…あ…あぅ。稜真様にそんな風に言われたら、私どうすれば…。稜真様がいるのは嬉しいけど、稜真様だけで幸せだけど、でも学園に行くのはずっと、ずっと私の目標で……」
「──もしかして私、またからかわれた?」
「あはは! そう。一応、確認しておきたかったからね。何よりも、アリアのころころと変わる表情を見るのが、面白くて」
くすくすと笑っている稜真を、アリアはふくれっ面で見上げる。
楽しげな稜真にいつまでもそんな顔をしていられず、じっと見つめてしまった。笑い声も、笑っている顔も好きだなぁ、などと思いながら。
その視線に気づき、稜真はアリアに向き直った。
「反省したのはいい事だよ。でもね、アリアはもう少し、人を頼ることも覚えて。旦那様も、奥様も、他の皆も、今までずっと心配していたらしいよ。旦那様、この間アリアが甘えた時、すごく嬉しそうだったでしょ?」
「……うん」
言われてみれば、大好きな家族にも甘えて来なかった。
「あのね、私ね…。自分の夢で他の人に迷惑かけるのは、駄目だと思ってたの。乙女ゲームの舞台へ行きたい夢なんて、ただのわがままなんだもの」
「いいんだよ。アリアは12歳の子供でしょ? わがまま言って、皆に甘えてもいいんだよ」
「…稜真にも、…甘えていいの?」
アリアは恐る恐る言った。
「いいよ」
「ホントに?」
「ああ。アリアだから、いいんだよ」
稜真はそらを膝から降ろしてアリアに体を向けた。そらが少し不満そうに鳴いたが、撫でてやると大人しくなった。
「これが本当にわがままで、自分の事しか考えない子だったなら、女神さんがなんと言おうと一緒にいたいとは思わなかった。自分のわがままで人を幸せにする、そんなアリアだからいいんだよ。俺は、この世界でアリアに会えて良かったと思っている。だから、一緒に学園に行こう」
稜真はアリアが飲み込めるように、その目を見ながらゆっくりと話した。
この世界に来て間もない時にも、学園につき合うと言ってくれていた。面白そうだからつき合う、そんな感じで言われた。アリアは嬉しく思ったが、稜真は女神様に言われたから付き合ってくれるのだ、その思いが消えずにいた。
けれど、今の稜真はアリアを見てくれた。自分を知った上で言ってくれているのだ。
「いい、の? 本当にいいの?」
アリアの目から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。稜真はしっかりと頷いて見せた。
「ふぇ…、うわぁん!」
アリアは、大きな声をあげて泣いた。
今までは、どこか大人びた所を見せていたのだが、子供らしい泣き方をしている。今までの事を吐き出すように。ただ、泣きじゃくっていた。
その間、稜真はずっとアリアの頭を
アリアはひとしきり泣きじゃくった。
泣き声も治まり、今はアイテムボックスから取り出したタオルに顔を埋めている。
「落ち着いた?」
「…うん」
アリアは稜真にもたれた。
「あのね、稜真。最近、山本ありさだった自分が遠く感じるの。24歳の大人だったはずなのになぁ」
「いいんじゃないかな。精神年齢が36歳じゃなくっても。せっかく生まれなおしたんだから、前世に囚われなくても、ね」
「だから、足さないでってあれだけ言ったのに!!」
「気づかれたか」
「ひどいよ、稜真ったら! からかってばっかり!」
そんな話をしながら、ひとしきり2人で笑い合った。
「もう笑いすぎてお腹痛くなっちゃった。──えへへっ、稜真様への思いだけは鮮明だから、安心してね!」
顔を上げたアリアの目は真っ赤になっていたが、その表情はすっきりして見えた。
(はは…。そこも薄れてくれて、構わなかったのに…)
稜真は苦笑した。
2人と1羽で木の下から這い出すと、エルシーとスタンリーが待ち構えていた。
「お嬢様、リョウマ君に泣かされたのですか?」
「リョウマ、お前なぁ。お嬢様を泣かせるとは、なんて奴だ。明日の訓練メニューは2倍だな」
「どうして俺が泣かせた事になっているんですか!?」
「うん、稜真に泣かされたの」
「ちょっとお嬢様!?」
「私をからかった仕返しだもんね~だ」
自分の言葉でアリアが泣いたのは確かだが、2倍は勘弁して欲しい。
「2倍では生ぬるい。3倍にしなさい」
伯爵までやって来た。後ろにはオズワルドが控えている。この2人もかくれんぼに参加していたらしい。
「……旦那様、いつの間に。3倍はあんまりではありませんか?」
「私の大切なアリアヴィーテを泣かせたのだから、3倍くらい軽いものではないか。可哀そうに、目が真っ赤になっているぞ?」
稜真は反撃を試みた。
「3倍では、旦那様にマッサージをする余力が残りません。明日はお休みさせて下さい」
「うっ、それは…」
伯爵は口ごもった。毎日のマッサージを楽しみにしているのだ。
「旦那様。私もだいぶん上達して参りました。訓練は2倍にして、マッサージはリョウマと私が交代しながらではいかがでしょう? それで余力がないと言うのなら、体力作りを見なおす必要が出て来ますし、翌日からは訓練を3倍にすればよろしいかと」
「オズワルドさんまで…」
言っている事が1番ひどい気がする。
「リョウマ君。明日はお嬢様のお手入れ方法を覚えて下さいね。特に泣かせた時のお手入れをしっかりと。これから何度こんな事があるか、分かったものじゃありませんもの」
エルシーは目を細めて、稜真を睨んでみせた。
「エルシーさん!? あの、私の味方はいないんでしょうか…?」
「「「私たちは皆、お嬢様の味方ですから」」」と、使用人お三方が声をそろえる。
伯爵は勝ち誇ったように笑う。
「残念だったな、リョウマ」
「…ふ、あはははは! 稜真がかわいそうよ、皆」
「アリアヴィーテが笑ったな。──スタンリー、訓練は少し厳しめくらいにしてやれ。さ、お父様と一緒に屋敷に戻ろう」
「嫌。稜真と一緒に帰るの」と、アリアは稜真の腕を抱える。
(さっそく甘えてくれるのはいいけど、旦那様の目が怖い)
稜真の頬が引きつった。伯爵はギロリと稜真を睨んでいるのだ。これまでの冗談めかした視線とは違い、本気の目だ。
「……スタンリー。訓練メニューはやはり2倍だ」
「うわぁ旦那様、大人げない」
「やかましい!」
翌日、稜真はきっちり2倍のメニューを受けさせられた。しかもマッサージは通常通りで、ああ言っていた筈のオズワルドは手伝ってくれなかった。アリアを泣かせた事に対する、伯爵とオズワルドの復讐だったのだろう。
エルシーは後日に回してくれたが、さすがに稜真も疲れはてた。
(はは、誰か俺にマッサージしてくれないかなぁ……)
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