第11話 マッサージ
伯爵のマッサージは、日を追うにつれて本格的になった。今では横になって貰い、肩から背中、腰までを本格的に揉みほぐしているのだ。
ここまで本格的になってしまったのは、稜真が「母には横になって貰い、背中から首まで揉んでいました」と話したからだ。
マッサージの心地よさを知った伯爵が、その誘惑に
不敬にあたりますから、そう言って止めさせようとしたが、構わないと押し切られてしまった。
「オズワルドさん! 旦那様を止めて下さい!」
「マッサージのお陰で、旦那様の顔色がよろしいのです。体調も良くなり、奥様が喜んでおられました」
「つまり?」
「是非、本格的にやって差し上げて下さい」
「……分かりました。それでは、床に敷く厚手の敷物を用意して下さい…」
横になって貰って揉むと言っても、伯爵用のベッドは大きく立派でふかふかだ。かと言って、使用人用のベッドを使うのも申し訳ない。
(敷物を引くとはいえ、床に寝て貰うんだから、申し訳ないも何もあったもんじゃなかったよ)
──そんな訳で、本格的なマッサージを行う羽目になった。
すったもんだあったものの、マッサージの時間は伯爵にとって癒し時間になっていた。実は稜真にとってもだ。
この時間はオズワルドも席を外し、稜真は伯爵と2人っきり。マッサージの際に、色々な話をするのが2人にとって日課になっていた。若い頃、冒険者ギルドに登録していた経験を持つ伯爵の体験談は面白かった。
厳しい印象の伯爵だったが、領民を第一に考える姿勢は好感が持て、稜真は疑似親孝行をさせて貰っている気分になっていた。
この日も執務室の床に分厚い敷物を敷き、マッサージを行っていた。うつ伏せになった伯爵の隣で中腰になり、肩から背中のマッサージをしている。
「私が本当に小さかった頃は、母の背中に乗ってほぐしておりました」
「母君の背中を踏んでいたという事か?」
「はい。私の故郷では、よく行われていたと思います。小さな足が、ちょうど良くツボに入るのでしょうね。多分こんな感じではないでしょうか?」
握ったこぶしで小さな足が踏む感じを再現し、伯爵の背中のツボをぐっと押してみる。
「ああ、なんとなく分かったよ」
「足を踏み外してしまって、脇腹の肉を踏んでしまった事がありました。母は悲鳴を上げて、目に涙を浮かべていましたっけ」
「ははは、それは母君も災難だったな」
「ふふ、懐かしいです。私はその日、おやつ抜きにされました」
そんな話をしながら、特にこりのひどい首から背中をほぐして行く。いつしか伯爵は眠ってしまっていた。
稜真は背中から腰の辺りのマッサージを続ける。疲れが少しでも和らぐようにと。
コンコン、と誰かがノックする音が聞こえた。
「お父様? 入りますね」
返事をする前に入って来たアリアと、振り返った稜真の目が合った。
アリアは、にまぁっと笑った。
「うふ…うふふふふ…」
稜真は眉をひそめた。このお嬢様は、何を考えているのだろうか。頬を染めて、にやけているのだ。
そんなにやけた表情のまま、アリアは物音を立てずにいそいそと稜真の隣にやって来て、身をかがめて稜真にささやいた。
「久しぶりに萌えが堪能出来ちゃった~。ありがとう」
「萌えだと? 俺と自分の父親で何を妄想した!?」
「何ってそりゃあ…ねぇ…。うふふふふっ」
眠っている伯爵の隣で、こそこそと言い合いを続ける2人である。
「あ! 邪魔してごめんね! 出直して来るから、ごゆっくりどうぞ~」
「……ごゆっくり…だと…?」
稜真の怒りのオーラが伝わったのか、アリアはそそくさと戸口へ向かう。稜真は伯爵が熟睡している事を確認して立ち上がると、アリアを捕まえて壁際に追い詰めた。
「ふ…ふふ。アリアお嬢様? ごゆっくりって、どういう意味かな? 何を妄想したのか、白状しようか」
「あはは…。わ、わ~い、2度の人生で初の壁ドンだぁ…」
「早く、白状、しろ」
稜真は能天気なアリアを睨みつけた。
「あわわわ…稜真が怖い…。えっと、あのね。最近稜真に会ってなかったから、どうしてるのかなって思ったの。オズワルドが、稜真は今の時間お父様のマッサージをしてるって教えてくれたから、いい加減に稜真を解放してって、お父様に文句を言いに来たのね。そしたら稜真がお父様に覆い被さってたから~。うふふふふふ」
その楽しそうな顔を見れば、何を妄想したのか一目瞭然である。
「…ね、稜真様って攻め?」
「…………」
稜真はこめかみが引きつるのを感じた。どうやらアリアは腐属性持ちらしい。
「…ふふ。…アリアのご期待に応えようかな。言葉攻めでも味わってみるか?」
稜真の声はドスの効いた低音になっている。この体勢で言葉攻めなどされようものなら、アリアは自分が再起不能になりかねないと思った。
「た、対象が私だと、萌えられないから遠慮します!」
(ちょっと惜しいけど!)
「もう妄想するなよ?」
「努力します!」
「…ったく。冗談はさておいて。旦那様、書類に忙殺されて疲れていらっしゃるぞ。声を潜めていても、これだけ俺達がやり取りしていたのに起きないなんて。──見ろよ、あの書類の山。元はと言えば、アリアが原因だろう? 俺じゃなくて、アリアが
「う~ん。今度、手作りのお菓子でも差し入れしてあげようかな~」
「お菓子づくりは得意なのか?」
料理はあれだったのに、と稜真は不思議に思った。
「ううん、作った事ないよ。向こうでも、こっちでも」
生焼けのお菓子が出来上がりそうだ。そんな物を差し入れては、疲れた伯爵にトドメを刺しそうだ。
「それは止めてあげて…」
「え~? 私だって、教えて貰えば作れると思うんだけどなぁ」
「せめて、生焼けを卒業してからにして差し上げて…」
ここでようやく伯爵が目を覚ました。
「…アリアヴィーテか。私は、いつ眠ってしまったのだろうな」
「お父様、体調はいかがですか?」
「リョウマのおかげで、最近はとても体が軽い」
伯爵は執務を再開しようと机に戻った。アリアはすかさず、椅子に腰掛けた伯爵の膝に座る。
「お父様。お父様の体調が良くなって嬉しいですけど、私は稜真を取られて寂しいです。私の従者ではなかったのですか?」
口を尖らせたアリアに恨みがましく言われ、伯爵は慌てた。
「いや、リョウマはまだ見習いだからな。様々な経験を積ませねばならないと思ってだな…」
「お父様ばっかり、ずるいです。私は稜真と一緒にいる時間、全然ないのに。それなのに、お父様は毎日稜真にマッサージして貰っているなんて。……ずるい」
2人が話している間に、稜真は敷物を片付けていた。どうも、伯爵の分が悪そうだ。
「ずるいと言われてもだな…」
「私も頑張っています。マナーレッスンだって、逃げ出さずにちゃんと教わっているのですよ」
アリアは頬をふくらませ、上目遣いに伯爵を見る。
「私だって、少しくらい稜真と過ごしたいのです」
「わ、分かった。そうだな、オズワルドにマッサージを覚えて貰えばいいな。そうすれば、リョウマはその時間が空く。アリアヴィーテ、それまで辛抱しておくれ」
「オズワルドが覚えるまでですね? 約束ですよ、お父様」
アリアはにっこりと笑い、伯爵に抱き着いた。
(うわぁ。小悪魔がいるよ。労わるはどうなったのやら。まぁ、甘えられた旦那様も嬉しそうだし、いいのか?)
「リョウマ。明日からは、オズワルドの指導も頼む」
「……指導
「オズワルドが覚えるまでは、私のマッサージも引き続き頼む」
「…かしこまりました」
(オズワルドさんに、マッサージを教える仕事が増えたよ…。俺のやる事、多すぎないか?)
稜真は天を
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