第15話 稜真 対 ユーリアン

 アリア達が遠乗りに出かけて行った後。


 屋敷に残った稜真は、いい笑顔のユーリアンに連れられて練習場にいた。

「さて、やろう」

「やろうと言われましても…」

 ユーリアンは、実戦形式で手合わせをすると言うのだ。


「ユーリアン様。お嬢様がおっしゃったように、私はまだ剣を握ってひと月にしかなりません。とてもお相手にはならないと思います」


 見た目は母に似て、優し気な印象をあたえる少年だが、中身は違うようだ。喜々として木剣の素振りをしている様子からは、稜真を痛めつける気が満々に見える。


「スタンリーから、アリア並みの才能だと聞いているよ。ならば、ひと月でも充分に僕の相手が出来るだろう。大事な妹の心を奪った、君の腕前を見せて欲しい」

「心を奪ったと言われましても困ります」

「剣を交えれば人となりがわかる。是非とも、お相手願いたいな」

 どうやら手合わせせずにはいられないようだ。話を聞いてくれない様子から、見かけによらず脳筋なのだろうかと稜真は不安になった。

「…お手柔らかに…お願いします」




 稜真が木剣を構えてすぐ、ユーリアンは上方から剣を振り下ろした。


(いきなり!?)


 かろうじて受け止めることが出来たが、その重さに受け止めた手が震える。なんとか振り払い距離を取ろうとするが、ユーリアンはそれを許さない。距離を詰められ、打ち込まれ続ける。


カン! カカン!


 足を使って避け、木剣で振り払い、出来る限りの動きで対応しようとするが、その全てを読まれ、体に打ち込まれる。息が切れ、足が取られ、「あっ」と思った時には胴に一撃を食らい、気が遠くなっていた。


 気を失ったのは一瞬だ。

 稜真はすぐに意識を取り戻し、その場に座り込んだ。いつやって来たのか、そらが心配そうに寄り添っていた。膝に抱き上げ、喉をくすぐってやる。


「はぁ…。さすがですね。手も足も出ませんでした」

「よく言うよ。あれだけ避け続けて、受け流しもしておいて」

 呆れたように言われてしまった。

「合格点は頂けますか?」

「60点。スタンリーに教わっているにしては、くそ真面目な剣だ」

「ですから、私はまだ基礎練習しかしていないのです」

 ため息混じりにこぼしたが、ユーリアンの稜真を見る目は多少変わったようだ。


「ユーリアン様。私は、アリアお嬢様に追いつけると思いますか?」

 思い出すのは初めて会った時のアリアの姿。一撃で魔獣を仕留めた、あの姿だ。

 アリアについて行き、止める力が自分にあるだろうかとずっと考えていた。


「追いつけなかった僕に聞くとは、いい度胸だね?」

「申し訳ございません」

「追いつくかどうか、ね。リョウマ。君はアリアに匹敵する才能があるとスタンリーが言っている。追いつく可能性は、充分あるんじゃないかな」


「僕は…ね」

 ユーリアンは稜真の隣に座ると、過去の話をしてくれた。




 ──5つも下の小さな妹に剣で負けた時、その才能に嫉妬した。


 ユーリアンもその歳からしたら、腕が立つ部類だった。昔は冒険者として名を馳せていたスタンリーが誉めてくれ、自分に自信を持っていたのだ。


 だが、アリアが鍛練に乱入するようになり、その自信は打ち砕かれた。

 ユーリアンが、教わった事を何度も反復してようやく覚える技でも、アリアは水が地に吸い込むように易々と自分の物にしてしまう。それも1度見ただけで覚えるのだ。


 うらやましかった。ねたましくも思った。


「でもね、すぐに思い直したよ。アリアは才能があるのに、それ以上になろうと必死に努力していた。その姿を見たら、自分が出来る事を、自分の精一杯の力でやる事の方が大切だろうとね。そう思ったんだ」


 自分なりに努力してきたお陰で、今では学年一の強さを誇るまでになり、王太子の側近候補に選ばれたそうだ。

「このまま行けば私も領地の手助けが出来る。これでアリアに頼って貰える。そう思っていたのにね。アリアが心から頼りにする男が、突然現れたんだよ……」


 ユーリアンの目がじっと稜真を見つめる。


「さて、休憩は終了だ。もう少し付き合って貰おうかな? アリアに追いつけるかどうか、僕が確認してあげるよ」

「よ…ろしく…お願いします」


 ──その日の鍛錬は、スタンリーを相手にするよりもハードだったのである。






「お母様とお祖母様、仲良くなれそうなの!」

 遠乗りから帰ったアリアは、嬉しそうに稜真に言った。

 今頃は、女性3人でお茶会をしている筈だ。張り切っているアリアの思い通りになるといいな、と稜真は思う。


 そちらはいい方向に向かいそうだが、自分を助けてくれる人はいないのだろうか。昨日の打ち身と筋肉痛を抱えながら、稜真は木剣を構えていた。


 スタンリーとユーリアンの2人がかりで対戦させられているのだ。


「アリアに付き合うなら、2人掛かりの攻撃など、軽くさばけるようにならないとね」

「ごもっともですね」

 ユーリアンとスタンリーは、揃って人の悪い笑みを浮かべている。


「ちょっと師匠!? 止めてくれてもいいでしょう!」

「いやぁ、言われてみれば、お前には実戦形式の方が良さそうだ」

「くくっ。やっぱりスタンリーもそう思うよね」

 この2人、会話をしながら打ちかかって来るのである。返事をしなければ更にキツイ打ち込みが来る。稜真は必死で木剣を受け、返事をする。


「楽しそうですね、ユーリアン様! 含み笑いで言われましても! くっ! 言われている事は理解出来ますが! 初心者には! ちょっとハードではないですか!?」


(やっぱりこの人シスコンだよ! 覚悟はしていたけどね!!)


「俺とユーリアン様の攻撃を受けながら、反論する余裕のある奴が何言ってやがる」

 スタンリーはニヤリと笑って、稜真の背後に回り剣を振るう。危うい所でなんとか避けた。


「夕食の席でも、アリアは稜真の話ばかりなんだよね……。なぁスタンリー、もう少しペースを上げても、良さそうだぞ?」

「勘弁して下さいっ!!」

 稜真は悲鳴を上げた。




 訓練後、へたり込んでいる稜真に、涼しい顔でユーリアンが言った。

「そういえば、リョウマは料理が上手とアリアが言っていたね。昼食を作って貰おうかな」

「ユーリアン様、また無茶な事を。私がアリアお嬢様に食べて頂いた事があるのは、1度だけです。それもお嬢様の料理に手を加えただけで…」

「……アリアの手料理…だと? 家族も食べた事がないのにか?」

 ユーリアンの視線が冷たい。


(もしかして墓穴掘った?)

 稜真の背を冷や汗が流れ落ちる。


「そ、それに私が作れるのは、庶民の家庭料理です。貴族の方の口に合うとは思えません」

「アリアが自慢したがる腕を味わってみたいと、父上もお祖母様もおっしゃっていた」

「……お口に合わなくても、知りませんからね。準備があるので、せめて明日にして頂けますか」

「明日だな。期待している」




 明日の昼食を約束させられた稜真は、準備に厨房へ向かう途中でアリアに会った。お茶会は上手く行ったのか、ご機嫌だ。


「アリア。ちょうどいい所に。ちょっと手伝って貰える? ユーリアン様に無茶振りされて、明日の昼食を作る羽目になったんだよ…」

「お兄様ったら。でも、私にお手伝い出来るかな?」

「料理の手伝いじゃなくってさ。俺、こっちの食材がよく分からないから、何があるか教えて欲しい」

「あ~、そっか。うん、分かった」


(簡単に大量に作れる料理って、なんだろうね?)

 稜真は考えながら厨房へ向かった。



 稜真はアリアに食材や調味料を説明して貰い、お好み焼きを作る事にした。

 小麦粉、キャベツ、卵、長芋はないが粘りの出る芋があった。問題はソースだが、この国は地球でいう所の西洋料理が発達しているようで、ソースもマヨネーズも存在していた。無いのは鰹節と出汁だけだ。




 ──そして翌日。

「料理長、スープ用のブイヨン分けて貰っていいですか?」

「何が出来るのか、楽しみだな。いいぞ」

 料理長は稜真に昼食を任せるのを嫌がらず、反対に協力を申し出てくれた。


 キャベツの千切りは料理長がやってくれた。

 ボールに小麦粉とブイヨン、卵、芋のすりおろしを加えて混ぜる。稜真は小指の先に種を付けて味見をした。


(……こんなものかな)


 そこへキャベツの千切りを加える。

「うふふ~。お好み焼き~」

 前世ぶりのアリアは、楽しみで仕方がないようだ。

「──に、なるといいよなぁ…。正直自信ない」


 種の感じと味は近い物になったと思う。目指しているのは、洋風お好み焼きである。


「料理長。肉を薄く切ったものも、分けて下さい」

「ほら」

 フライパンに油を塗り、肉を軽く焼いた上に、混ぜ合わせた種を流す。フチが乾いてきた所で裏返し、更に焼く。


 焼きあがった生地にソースを塗り、マヨネーズをスプーンですくって、格子状に細い線を描くようにかけた。

「出来た…けど…、自信ない…」


 ナイフとフォークで切り分けて小皿に乗せると、待ち構えていたアリアが早速食べる。

「うん、美味しい!」


「良かった。後は皆さんの口に合うかどうかが…」

「大丈夫だろう。食べた事がない料理だが、美味いと思うぞ」

 料理長が言ってくれた。

「後はサラダとスープを作ればいいな。そっちは作るから、リョウマはどんどん焼いてくれ」

「分かりました。アリアお嬢様は、皆様と一緒にお待ち下さい」


 伯爵家の皆さんと侯爵夫人の分を焼き終えたら、使用人の皆の分も焼いた。

 幸い好評だったようだが、受け入れられたのは安く作れる所だったのではないか、と稜真は思った。アリアは懐かしがって、お代わりをしていたが。






 1週間はあっという間に過ぎ、2人が王都に戻る日がやって来た。


 滞在中、イザベラはクラウディアと一緒に焼き菓子の改良をしたようだ。

 木の実を入れることを思いついたのはイザベラ。それにより香ばしさが出て、味が向上した。

 2人の間の緊張感はいつの間にかなくなっていた。もう、普通に仲の良い母娘に見える。


「アリアヴィーテ、今度は王都に遊びに来てちょうだい。もちろん、リョウマと一緒にね」

「はい、お祖母様!」

「リョウマ、その時は僕が腕試しをしてやる」

「その時までにユーリアン様と対等に戦えるように、努力いたします」


 ユーリアンは、にっと笑った。

「ああ、僕は冬に帰省するんだった。期待しているよ」

「冬…? それまでには無理です…」

 稜真の声に力がない。何しろ、今現在は秋口なのである。

「ははっ、帰って来る楽しみが増えたよ」

 またぼろ負けする未来が見えるが、少しでも腕を磨こうと決意した稜真である。




 アリアは、馬車が見えなくなるまで見送った。

「寂しい?」

「うん…、ちょっぴりね」

 アリアは頬を両手でパンッと叩いて気合いを入れた。


「さぁ、お祖母様も帰られたし、明日から依頼受けに行こう!」

「切り替え早すぎない!?」

「稜真のスキル、楽しみだね!」


(何をやらされるのかな。ものすごく嫌な予感がする…)






 ──クラウディアとイザベラが作った焼き菓子は、領地の名産になった。


 味を重視し改良された焼き菓子は、木の実と果物が入った、とても美味しい菓子になったのだ。日持ちは少し短くなったものの、それでも普通の菓子よりは長持ちする。土産として購入していく人が増えたのである。

 あまり美味しくない改良前の物も、変わらず作られていた。こちらは冒険者や旅人の需要があるのだ。


 後に行われるようになった1年に1度の収穫祭には、改良前の焼き菓子が無料で配られる。領民は焼き菓子を食べ、収穫に感謝するのだった。



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