第4話 夕食

 自らの外見年齢を聞かされて呆然とした稜真だったが、衝撃の連続で多少麻痺して来たのか、立ち直るのも早かった。

 現状把握の為、アリアに案内して貰った池。そこで顔を映して見る。


 池に映る自分の顔は確かに若返っている。黒髪・黒目の平凡顔と童顔は変わっていない。12歳のアリアに同い年と言われるとは、肉体年齢は何歳にされたのだろうか。間違いなく10代だとは思うのだが。ともあれ、ファンタジーにありがちな、奇抜な色になっていなかった事にひとまずほっとした。見た感じ、そのまま若返ったように思える。

 稜真はバシャバシャと顔を洗って、ため息をついた。アリアが渡してくれた布で顔を拭く。


「稜真君、そろそろ移動しよう」

 日が陰り始めている。稜真は真っ暗な中、森を歩く自信はない。

「あー、『君』呼びは慣れないから、呼び捨てでいいよ」


(10代になった実感がまだわいていないのに、小さな子に『君』付けで呼ばれるのは、ね。まだ呼び捨ての方がましだ)


「いいの? それじゃ、稜真って呼ばせて貰うね。私の事もアリアって呼んで」

「了解」

「今夜は森番の小屋に泊まるから、夕食は…」と言いながら、アリアは腰から抜いたナイフを無造作に投げた。

「ウサギでいいよね~」


 一撃で仕留めた小さな角のあるウサギの内臓を抜き、血抜きする。少し青ざめた稜真の表情を見て、アリアは苦笑いした。

「引いた? 命を頂くんだから美味しく食べてあげたいし、処理は大事だよ」

「そう…だな。慣れないと…な。俺は…この世界で生きて行くんだから」

「ん~? ゆっくりでいいと思うよ。私はここでずっと生きて来たんだもん。稜真は来たばかり。焦らない焦らない」


 稜真はアリアについて歩く。アリアは稜真がついて来ているか、時折振り返る。後ろにいる姿が見えると微かに笑んで、また歩き始める。特に話しかけて来ないアリアは、何やら考えながら歩いているように見えた。


 そうしてしばらく歩いていると、古ぼけた小屋が見えて来た。


 小屋の中は思ったよりも広く、煮炊きが出来る台所があり、4人掛けのテーブルに椅子があった。奥の扉は寝室らしい。

「それじゃ、ご飯作るね」

 アリアはてきぱきとウサギをさばき、手際よく串に刺すと焼き始める。煮炊きをする炉は2つあり、薪を入れて火をつけるタイプの古めかしい物だ。この世界の炉は、全てこのタイプなのだろうか。稜真は使いこなす自信がない。


 稜真の不安を感じ取ったのか、アリアが教えてくれた。

 魔石を使う炉が存在し、あちらのコンロとほぼ同じ使い方が出来るらしい。ただし高価な事もあり、このような誰もが使える小屋では使われないのだそうだ。──ちなみに、魔石とは魔獣や魔物の体内にある石で、魔力が籠もっており、電池のように使われる事が多いとアリアは教えてくれた。




「──なぁ、アリア。確か、美味しく食べてあげないと、とか言ってなかった?」

「言ったけど…?」

「焦げてないか、ウサギ?」

「す、少し焦げたくらい何よ。食べれるもの」

 稜真は串を取ると、拳大の肉の焼け具合を確認する。

「……中、赤いぞ? 手際は良かったのに、どうしてこうなるんだ?」

「新鮮だから大丈夫! 今まで私、お腹壊した事ないもんね」

「今までって、この状態で何回も食べているのか…。あのな? 魚や野菜を新鮮というなら納得するが、野生動物の肉はどうかと思うぞ?」

 稜真が呆れたように言うと、アリアはえへ、と笑った。


「私が焼くと、なんでも黒くなるのが不思議~」

「なんでもって…。なぁ、フライパンある? あと他に何か食材を持ってないか?」

「キノコならあるけど」

「……それって、食用?」

「失礼ね。料理はちょっと苦手だけど、食材の知識はしっかり叩き込んだもの。お墨付きも貰ったし大丈夫だよ。あと持ってるのは、根菜類かな? 人参、ジャガイモ、玉ねぎ」

 アリアは言いながら、次々に食材を取り出した。


「どこから出した…。鍋もある? じゃ、それもくれ」

「ふふ~ん。ファンタジーの定番、アイテムボックス~。ちゃららちゃちゃら~! はいどうぞ!」

 出会った時、牛が消えたように見えたのは、アイテムボックスに収納したからだそうだ。さすがは異世界である。




 稜真は、まず鶏ガラの代わりになればいいなと考え、残っていたウサギの骨を煮込む。火加減の調整はアリアにお願いした。


 次に肉の焦げた部分を削ぎ、ひと口サイズに切り分けた。フライパンを熱し、残っていた肉の脂身を入れる。脂身から出た油がフライパンに馴染んでから肉を入れ、しっかりと火を通した。アリアが持っていた調味料は塩だけだったので、焼く前に肉にもみ込んでおいた。

 その間に煮えていた鍋から骨を取り出し、刻んだ野菜を投入する。こちらも味付けは塩のみだ。

 肉に火が通ると、フライパンに手で裂いたキノコを投入する。塩味だけでも生よりはましだろう。焦げ臭さは残るが、目をつむる。


「稜真って料理が出来るんだ。知らなかった」

「1人暮らしが長いものでね」

 稜真は肩をすくめた。




 ウサギの骨を煮込んだ野菜スープは、味が出て美味しかった。

 稜真はその温かさにほっと息をついた。公園からの時間経過が今ひとつ分からないが、ルクレーシアは時の流れは同じになったと言っていた。飲み会を終えて公園に行ったのは深夜、こちらに来てから日が暮れて今は夜だ。つまり、1日近く何も食べていなかった事になるだろう。

 ウサギとキノコの炒め物も、臭いに目をつぶれば美味しく、アリアがアイテムボックスから取り出したパンで腹はふくれた。


「ごちそうさまです。美味しかった!」

「はい、お粗末さまでした。──アリア。早速だけど、色々と聞きたいんだ。いい?」

「うん。稜真の話を聞いたし、今度は私の番だよね。私の前世の名前は、山本ありさ。24歳の時に事故で死んだの……」




 ──アリアは、これまでの事を話し始めた。




 アリアが前世を思い出したのは、3歳の時。高熱を出して、うなされていた時に見た夢がきっかけで、前世が蘇った。

 思い出したと言っても、どうなるものでもなかった。前世の記憶には、チートが出来るだけの知識などなかった。


 アリアはただ、24歳まで生きた記憶を持っているだけだった。

 こちらの家族も可愛がってくれたし、ここで生きて行くんだと受け入れ、日々を送った。


 そんなある日。勉強の時間に、先生がこの国の名前を教えてくれた。

 それは、どこか聞き覚えのある名前だった。続いて教わった王都の名前、王の名前、自分と同じ頃に生まれた王子の名を聞いたら、ここが乙女ゲーム『白き聖女と五玉のロマンス』の世界だと分かった。


 ここは、自分が大好きだったゲームの世界だったのだ。


「これはもう、学園入学目指して頑張るしかないでしょう! 登場人物にならなかったのも幸いだったし、自由に傍観ぼうかん出来るよねって思ったの!」


 アリアの目は輝き、拳を握りしめて力説した。


 学園は王都にある。兄の入学は決まっていたが、子供2人を学園にやる余裕はない家だった。入学費用は自力で貯めなくてはならない。

 何よりも大事なのは、どんなイベントも見逃さない為の力を手に入れる事だと考えた。


 それからのアリアは、必死になって体を鍛えた。

 冒険者ギルドに登録できる年齢になると、すぐに登録。依頼を受け、お金を貯めて、無我夢中で頑張って来たのだと言う。


「全ては、ハリル・ラドワーン様のイベントを、この目と耳に焼き付ける。何よりも生で稜真様の声を聞く! その為なら何だって出来るもん!!」



(あ…はは…。俺の声を聞く為…ね。あー、なんとなく思い出した。2年位前に出演したゲームで間違いないな。ハリル・ラドワーン、近隣国の第3王子。穏やかな感じのキャラだった、筈。ゲームの内容、内容…駄目だ。色んなストーリーが混ざって、はっきり思い出せないな。──はぁ。やっぱり自分が演じたキャラがいるんだな、この世界に。ははっ……)


 ここまで怒涛のように話していたアリアが、黙り込んでうつむいている。


「どうした?」

「そう思って、頑張って来たんだけど…。私、やりすぎたの? 女神様に歪みって言われる程? 何よりも、稜真様を巻き込むなんて……。私、私……」

 アリアは転生して初めて、稜真の声を聞いた。記憶が蘇ってからずっと、聞きたくて聞きたくて、たまらなかった声だ。嬉しさの余りしばらく浮かれていたが、今は憧れの人を巻き込んだ罪悪感にさいなまれていた。


 向かい合って話していた稜真は、アリアの隣の椅子に移動した。同い年だと思われていようと、稜真からすれは12歳の女の子だ。落ち込んでいれば慰めたくなる。稜真はぽん、とアリアの頭に手を乗せた。

 アリアは稜真の温かさと優しさを感じて、心が痛くなった。


「稜真様…。私のせいで巻き込まれたのに、どうして…どうして怒らないの?」

 不安そうにこちらを見上げるアリアの目は、潤んでいる。今にも涙がこぼれ落ちそうだ。


「稜真でいいって言っただろ? ──さぁて、なんでだろうな。ま、あっちにも俺がいるから、仕事に穴を開ける心配もない。親にも心配かけなくてすんでいる」

 そこで稜真はアリアの頭を撫でた。

「ごめんな。事故死したアリアにこんな事を言って…」

「ううん。事故だもの、仕方なかった。悲しくない訳じゃない。気にならない訳じゃないけど、今の家族も大好きなの」

 そう言ってアリアは微笑む。

「そっか」


 もつれているアリアの髪には、葉っぱが絡まっている。稜真はアリアの髪をほどくと、手櫛てぐしでそっといた。

「後は、そうだな…。若返って第2の人生送れるんだから、考えようによっては儲けもんだろ? まだ状況を完全に理解してないし、実感がないのもあるだろうけど…。それに、アリアには牛から助けてもらった恩もあるしね」

 稜真は、アリアの頭をワシャワシャとでた。

「ま、実感がわいた時には、改めて怒りを受け止めてくれ」

 目を合わせて、にっと笑ってやった。


「分かった。いつでも言って! 私、ちゃんと受け止めるからね!」

 アリアは真剣な表情で答えた。


(冗談のつもりだったんだが、真剣に受け止められたぞ。転生者と言っても、俺から見たらまだまだ子供なんだよ。どうしたものかねぇ。──そうだ)


 ある事に気づいた稜真は、ニヤリと笑った。


「って言うかさ、アリアは今12歳だよね?」

「うん」

「亡くなったのは24歳?」

「そうよ?」

「俺、ここに来る前は35歳だったんだけどさ。足したら俺より年上じゃないの? 36、だよね?」

「なっ!? た、足さないで欲しいの! 私、12歳! 年下!! 稜真は転生じゃないんだから、稜真の方が年上!!」

「でも、精神年齢で言うとなぁ…」

「い~や~! やめて~!」

「あはははっ」


 赤い顔で怒るアリアをからかうのが楽しかった。どうやら稜真の精神も、肉体年齢に応じて若返っているようだ。



 静かな森の夜は、にぎやかに更けて行った。



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