第5話 確認してみよう

 翌朝。2人は、ほぼ同時に目を覚ました。


 ちなみに、寝室に1つあったベッドはアリアが使い、稜真は毛布にくるまって台所の部屋の床で寝た。アリアがアイテムボックスから何枚も毛布を出してくれ、その内の何枚かを下に敷いたので、硬い床でも寝心地は悪くなかった。

「稜真様を床で寝かすなんて!」とアリアには文句を言われたが、そこは男のプライドを通させて貰った。


「「おはよう」」

 どちらからともなく、挨拶する。

「えへへ」

 笑うアリアの目は赤い。

「顔を洗っておいで」

「は~い」


 昨夜のスープの残りと、アリアが取り出したパンで朝食をすませた。稜真は寝る時に外していた剣と軽鎧を身に着ける。その時初めて、自分の首にかかっている紐に気づいた。紐の先は服の中に続いている。紐を引っ張ると、その先にはカードがついていた。


「稜真、それギルドカードだね。いつの間に持ってたの?」

「ギルドカード?」

 アリアの説明によると、冒険者ギルドで発行されるカードらしい。カードは見た感じプラスチックのような素材に思えた。稜真は冒険者ギルドと聞いて、思わずワクワクしてしまった。



名前 リョウマ・キサラギ

性別 男

年齢 15歳

種族 人族

レベル1

ギルドランクF

──Unknown



 稜真のカードを見て、アリアは首をかしげた。

「これおかしくない? まず年齢が15歳になってるよ。それと、Unknown って、こんなの見た事ない。ほら見て、これが私のカード。普通はこんな風に表示されるの」



名前 アリア

性別 女

年齢 12歳

種族 人族

レベル29

ギルドランクC

スキル 隠密・遠耳・千里眼・アイテムボックス

称号 創造神の加護・ドラゴンキラー・魔獣の天敵



「全部表示させたら、体力とか魔力の数値も出るけど~、そこは乙女のひ・み・つ」

 アリアは指を口に当てて笑った。どうやらカードの表示項目は、持ち主が自在に変えられるようだ。

「数値よりも、他に隠すものがあるだろう? なんだよこれ、ドラゴンキラーと魔獣の天敵って……」

 12歳でどれだけやらかして来たのだろうか。

「げっ!? 隠すの忘れてた!!」

「隠すつもりはあったのか…」


 アリアのカード。これは12歳にしては異常なレベルなのだが、一般的なレベルが分からない稜真が突っ込む事はない。アリアも全部見せると引かれると思って数値を隠したのだが、もっとやばいものが丸出しであった。


「わ、私の事は忘れてね! え~と、ギルドカードに表示ミスなんて聞いた事ないのに、変だなぁ」

「あー、年齢は間違ってないと思う。俺、童顔でさ。昔から年齢通りに見られた事がなかったから」

「そう言えば稜真様の写真は、とても30代には見えなかったっけ。絶対、同い年だと思ったのになぁ…。年上なら、稜真さんって呼んだ方が良かった?」

「今更? いいよ、呼び捨てで。それよりも、このアリアのスキルってさ…、もしかして…」

 隠密・遠耳・千里眼とは。隠れて、聞き耳を立てて、覗くのだろうか。


「へへ~。イベント、見つからないように堪能するには、必須のスキルでしょう!!」

「あー、やっぱりそれ用なんだ。そんなどや顔されてもなぁ」

 稜真は予想通りの答えに苦笑する。それよりも気になるのは自分のカードだ。


「俺のギルドカード。女神さんが用意してくれたんだろうし、何かしたんだろうな。──これじゃ俺に何が出来るのか、全く分からないよ」

「でもさ。女神様に貰えてて良かったと思うよ。ギルドで発行してたら、職員に見られたもの。もしもこんな表示見られてたら、大騒ぎになったよ。カードさえあれば、見られたくない情報は隠せるからね。誰かに見せる時は、ギルドランクまでにしとくといいよ」


 稜真はアリアが教えてくれたやり方で、ギルドランク以下を非表示にする。

 意識しただけで表示が変わった。アリアによると、魔力に反応しているのだそうだ。魔力がないとされている者もいるが、そんな人でも微量の魔力は持っているものなので、カードは問題なく発行できるし、反応もするらしい。

 どういう原理なのかは分からないが、個人のデータがカードに登録され、レベルやステータスなどが、その都度自動的に更新されるのだという。やはりここは剣と魔法の世界なのだと、実感がわいた。


 




「昨日の牛をもう1頭倒したら依頼完了なんだけど、その前に稜真の事、ちょっと調べてみようか」

 アリアは外で剣を構えるように言う。


「稜真のスキルだけど、表示がないならともかく、Unknownって事は何かあると思う。スキルに関しては、今すぐには調べられないけどね。剣を振れば体力とか適性とかが分かるわ。取りあえず振り下ろしてみて」

「こんな感じか?」


 稜真は剣の握り方からして分からないのだ。

 取りあえず剣を抜き、振り上げて振り下ろしてみたものの、剣に振り回されている感じがした。

「うまく行かない。俺、剣道の経験もないしな。武道は高校の授業で、柔道やったくらいなんだ」

「大丈夫大丈夫。教えてあげるから~。まず剣の握り方はこうね。振りかぶったら、こう振り下ろす。足の動きはこうだよ」


 アリアはアイテムボックスから取り出した剣を使い、鮮やかな手さばきと足さばきで見本を見せた。ヒュッと風を切る音がした。

「お、すごいな。格好いい」

「えへへ。それじゃやってみてね。う~んと、とりあえず素振り100回」

「いきなり100回ですか……」

 アリアが、自分の事を考えてくれているのは分かっているので、言われた通りに剣を振りかぶる。



「──97、98、99、100! ふぅ、終わったぞ」

「お疲れさまです。そうだね。見せて貰った感じ、稜真の体力と身体能力は結構高いと思うよ。自分で感じなかった?」


(そう言われると、高校時代よりも体力があるように感じるな。あの頃は帰宅部で体力はなかったからなぁ。ここ10年は運動からも遠ざかっていて、特に最近は脇腹の贅肉が…。そうか、単に体が若くなっただけじゃないのか)


 稜真は剣を振っている内に手になじみ、100回の素振りが終わって息も切れていない。アリアから見ると、剣を振るう姿が始めた時よりも様になっていた。

「あとはスキルだけど、それは今度にしましょ。私、牛探しに行って来る。この辺りは滅多に魔物も来ないし、安全だと思うから。稜真はここで待っててね」

「ああ。俺が行っても足手まといだし、大人しくしているよ。行ってらっしゃい」

「うへへへ~。稜真様に行ってらっしゃいって、言って貰えるなんて幸せ~! 行って来ま~す!」


「……あいつ、たまに入る『稜真様』呼びは、なんとかならんものか…」






 稜真は小屋の前の段に腰かけた。


(──こっちに来てから、まだ1日とは、ね)


 終電に乗り、公園によって、ルクレーシアに会って、アリアと出会った。自分がこの世界に呼ばれた原因のアリア。


 自分がこの世界に来た訳を説明した時を思い起こす。話を聞いていなかったように見えたので、思わず突っ込んだけれど、小屋に向かう時の横顔は青ざめていた。そして今朝、まぶたは腫れぼったく目は真っ赤だった。


(……ひと晩泣いたんだろうな)


 ──人ひとりの人生が自分のせいで変わったのだから、責任を感じたのだろう、とまるで人事ひとごとのように思った。元凶はルクレーシアなのだから、アリアがそこまで気にしなくてもいい、そう稜真は思う。

 転生者と言っても、12歳の少女なのだ。だが、いくら稜真が気にしないと言っても、アリアは納得しないだろう。時間に解決して貰うしかない。


 ただ、キラキラした目で自分を見るのは勘弁して貰いたい。なんとも気恥ずかしいのである。



(歪み、か。本当に一体、何をやらかしたんだか。まぁ、一緒に行動してれば、その内分かるだろう。本人も、今1つ分かってないみたいだったし。俺も訳が分からない事ばかりだからな。まずはこの世界に慣れる所から始めるとするか。──いつまでも危ないから留守番、って訳には行かないからなぁ)


 ──それにしても、スキルとはなんだろう? 自分にもあるのだろうか?

 稜真は頭を悩ませる。ルクレーシアは、『戦う力と身を守る力。そして、私の加護を授けます』と言っていた。


 自分に与えられた力とは?


 せめて、何か説明が欲しかった。剣を振り回して戦うのも、がらではない気がする。いざとなれば覚悟を決めるが、物になるまで時間がかかりそうだ。


(乙女ゲーム『白き聖女と五玉のロマンス』の世界…か)


 召喚魔法とかが使えれば、自分でも戦う役に立つかもしれないと思うが、まず存在するのかが分からない。学園パートでは育成ゲームの要素があり、それぞれの授業でパラメーターを上げるゲームだった。魔法の授業もあった筈だが、どんな魔法があったのかは思い出せない。


 召喚魔法と言えば、自分が出演した和風ファンタジーゲームで、魔物を捕らえて式神にするゲームがあったと、不意に思い出した。風の力を使う術者の役だった。


(確か、こう九字を切って…っと)


 呪文と仕草を思い出したついでに、稜真は面白半分にそのキャラクターの声を作る。


『風よ、風精よ、我の元に集え。その形をくちなわと変え、我が敵を我が力とせよ、ばく!』


 稜真を中心に風がおこると、風が何体もの蛇の形になり、前方にいた何かを捕らえた。


「……まじで……?」


 呆然自失な稜真であった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る