第3話 出会い

 ピチュ、ピチュ、ピピピッ…。


 ──鳥の声が聞こえて来る


 稜真りょうまが気が付いた時、森の中で木にもたれて座っていた。

 ここまで来て、ようやく夢ではないのだと実感が湧いた。


(問答無用で異世界転移、か。あの女神様…、もう女神さんでいいや。自分の失敗話はしてくれたけど、どんな世界かの説明、全くしてくれなかったな。次の仕事の台本、そろそろ届くのに。あー、いや、向こうの俺がやるのか。──っていうか、俺に何をどうしろって? 歪み娘の事も、年齢しか聞いてないんだけど。大体、ここどこ? なんで森の中?)


 稜真は呆然として座ったまま、つらつらと考え続けていた。


(ん? 地震か?)


 座り込んでいた地面から、振動が伝わって来た。次いで何か音が聞こえ、徐々に振動と音が大きくなる。


 バキバキッ、ドドドドド!!


 だんだんと大きな音が近づいて来るのだ。

「なんだ!?」

 不穏な気配に、慌てて立ち上がろうとした稜真の目の前に、小柄な少女が飛び込んで来た。


「きゃっ! な、なんでこんな所に座ってんのっ!?」

 稜真は危うく蹴り飛ばされそうになった。少女は稜真の手を掴んで体を引き起こすと、そのまま走り出す。


「なんなんだよ!?」

「えっ!? …そ、その声。あ、ともかく! 死にたくなかったら、走って!!」

 森の中をしばらく走ると開けた場所に出た。

「ここでいっか。あんた、離れてて」

 稜真は少女の雰囲気にのまれ、言われた通りに下がる。


 木をなぎ倒しながら現れたのは、真っ黒く巨大な牛だった。通常の成牛の2倍はあるだろうか。頭に生える2本の角は、人間など軽く突き刺すであろう鋭さを感じさせる。

 牛はガッガッと地面をかき、血走った眼で獲物を探している。


 そして目的の少女を見つけると、頭を低くし、少女に向かってものすごい勢いで突進した。

「ふふん」

 鼻で笑った少女は軽々と身をかわし、背負っていた大剣を抜き放ち、牛の首をスパン、と切り落とした。

「よっし、お肉ゲット!」

 少女が触れると、巨大牛は姿を消す。


 現実逃避からの怒涛の展開に、未だついていけない稜真は、ただ茫然と少女を見守るばかりだった。




 少女の年の頃は、10代前半だろう。赤みがかった金の髪を無造作に束ねている。木の枝にでも引っ掛けたのだろうか、所々もつれているのが残念だった。身の丈に合わない大剣を軽々と扱っている少女は、刀身を布で拭うと背中の鞘に入れた。

 ふぅ、と息をついて振り返った瞳の色は、まるで木々が萌え出ずる季節を象徴するような、鮮烈な緑。稜真は、生き生きとしたその輝きに、思わず魅きつけられた。

 なんともワイルドな少女だが、凛とした美しさを持っている。


「で、あんた誰? 冒険者みたいだけどさ。こんな所で何してるの?」

「冒険者?」

 稜真はそう言われて自分の服装を見ると、いかにもファンタジーっぽい茶の軽鎧を着ていた。腰には剣もいている。

「何してると言われても、ね。なんと言えばいいのやら…」

 思わず遠くを見つめてしまった稜真である。少女は答えた稜真をじっと見つめて、いぶかしげな表情で首をかしげ、何やらぶつぶつとつぶやいている。


 初対面の少女に、どこまで話すべきなのか、とりあえず人里まで連れて行って貰わないとどうしようもない。稜真は判断に迷った。


「ね、ねぇ、あんた…。えっと、そうだ! 自己紹介すれば…。──名前教えてよ? 私アリア」

「あ、ああ。俺は、如月きさらぎ稜真」

「もう1回」

「? 如月、稜真…」

「もう1回言って」

 何度も聞き返す少女の目が徐々に熱を帯び、両手を組んでうっとりと稜真を見つめるのだ。

「だから、如月…、ってなんだよ、何回も!」


 さすがにイラついた稜真が強い口調で言うと、何故か少女、アリアは真っ赤になった。

「はうぅ! やっぱりそうなんだ。そうだよね! いくら久しぶりとはいえ、この私が聞き間違える筈ないもん。あれ? でも稜真様って、30越えてなかった? 本人? 本物なの? でもでも、声と名前が一致したら、もう間違いないよね! うわぁ、これって、頑張ってる私に、神様がくれたご褒美なのかなぁ」

 身悶みもだえながら言うアリアには、先ほどの凛々しさの欠片もなかった。

「俺の事を知っている? ……って事は、お前が歪み娘か!?」

「へ? 歪み娘って、どういう意味?」


 きょとんとするアリアに、稜真はルクレーシアの話を説明した。


 ──したのだが。


 両手を握りしめ、真っ赤な顔でこちらを見つめているアリアの表情を見ると、内容を聞いていたのか不安になって来る。

「おい、ちゃんと聞いていたのか?」

「はっ!? い、いや~、長ゼリフ堪能しちゃったよ~。うへへへ」

 稜真はアリアのこめかみを、握ったこぶしでぐりぐりとえぐった。

「長、ゼリフ、じゃ、ないだろっ!?」


「痛たたたっ! ちゃんと聞いてました! 大丈夫だよ!! ──えっと、そうそう。乙女ゲームで盛り上がった外人さん、女神様だったのね。びっくりです。ん~? でも、私、歪みって言われても、大した事してない、と、思うけどなぁ……多分」


 わきゃわきゃとアリアは弁解する。一応話の内容は理解しているようなので、手は放してやった。

「その多分、って言いながら目をそらす所がな? 残念女神と一緒で、とても信じられないんだが?」

 そう言った稜真の頭に、こつんと木の実が落ちる。稜真はなんの気なしに木の実をポケットにしまった。


「う~んと。これ以上ここで話するのもね~。取りあえず、休める場所に移動しようよ。今の話からすると、稜真様ってこの世界に来たばっかりなんでしょ? そろそろ日も暮れるしさ」

「それはありがたいんだが、稜真様はやめてくれ…」

「それじゃ同い年くらいだし、稜真君でいいのかな?」

「……同い年?」

「うん。稜真君、私と同い年に見えるよ?」


「はぁ!?」


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