51 これはきのこ派の陰謀だ

 ☆


 とりあえず小屋の中でおっかさんの方を休ませて、俺たち一行は外でこれからの方針を話し合う。

「なにか有益な情報は得られたか?」

 期待の眼差しで白エルフに聞かれ胸が多少痛む。

「えーとな。刺繍のうまい人が大陸にいただろう。あのおっかさんは、その人の娘の可能性がある。俺たちの目的に直接関係はしないが、探し人の一人が見つかったかもしれないと考えれば、いい傾向だな」

 まず当たり障りのない情報から伝えることにした。

「その件はスミレも気にしていたからな。伝えれば安心するだろう。他には?」

 再度問われた俺は、黒エルフ親父の方に目くばせする。

 お前に任せる、と言うような態度を取られた。丸投げかよ。

「あ、あー、今は一緒に暮らしていないようだが、旦那さんは俺と同じく日本人だそうでな。こっちに来て苦労したんだって話を少し、な。おっかさんも具合悪そうだったんで、そんなに話し込んではいねえよ」

「そうか……」

 苦しい感じで脚色して伝える。

 白娘の顔からは、欲しい情報が得られていないという明確な失望が感じられた。

 そりゃそうだ。こいつは家を無断で飛び出してまで母親殺しの真相を知りたがっているんだ。

 物騒な連中がたむろしている狭間の里なら、その情報が手に入る可能性が最も高いと思っていたんだろう。

 実際その通りであるが、それを今コイツに伝えていいものかどうかの判断は、俺にはできん。

「それよりだな。俺らがこの小屋に来た時、ガキはどこかに出かけようとしていた途中だったんじゃなかったか?」

 俺は話題をそらすため、とっさの思い付きで聞いてみた。

 確か娘の方は、言ってきますの挨拶をして小屋を出るところだったはずだ。

 そこを黒いオッサンに取り押さえられて足止めされた形になっている。

「んだ! 何日か前に知らねえ子がうちに来てな、もうすぐこの先の丘に珍しいキノコが生えるって教えてくれたっけ、それを採りに行こうと思ってたんだべ!」

 ガキが元気よく答える。

 どこの誰がこんな小屋に住む母子に、キノコ情報を教えてくれるのか、謎と言うか釈然としないものはあるが、珍しいキノコと言うアイテムには興味を引かれるな。

 俺たちはこの島にキノコ狩りに来たわけではないので、それに付き合うかどうかは黒いオッサンたちと意見をすり合わせたうえで決めなければならんが。

「たかがキノコ採るために、こがあな夜か朝かわからん時間に出発するほどのことがあるんかのお」

「親父、早起きしての山菜取りやキノコ狩りは気持ちいいもんっスよ」

 黒いオッサンとその息子が感想を述べ合う。

「そのキノコは未明から朝方に枯葉の中から顔を出すんだけど、昼になると小さくなって引っ込んじまうから見つけにくいって教えてもらったんだべ。他の誰かに見つけられるのもヤだから、ここ何日か早起きして見に行ってるんだべさ」

 ガキが言うには、とても珍しくありがたく薬効のあるキノコなので病気の母親に食べさせてやろうと思っているらしい。

 生えると予告された場所はここからそれほど遠くないという話だ。

「なあオッサン、俺キノコ狩りの方に興味あるんだけど、この子と一緒に採りに行っちゃだめかね」

 一応今回の偵察任務、指揮官は黒エルフのオッサンと言うことになっていると思うのでお伺いを立ててみる。

「ほんじゃあ白い嬢ちゃんとあんさんはここに残っちょれ。うちの息子を用心棒代わりにつけとくでの。白い料理人さんと他のモンは、ワシと一緒に島の他ンところをもっと調べるとするかいのう」

 母子の小屋を集合場所とし、しばらく俺たちは二班体制の別行動をとることになった。

 このあたりはどうやらそれほど危険でないと判断したため、戦闘要員でないものをこの場にとどめておこうと考えたのだろう。

 料理長くんは喧嘩も強いし氷の魔法も使えるので、偵察実行部隊に加わるのが妥当だろうな。

 そもそも情報収集の依頼は料理長くんの雇い主である白エルフの大将だし。


 ☆


 と言うわけで俺たちはキノコ狩り班として、ガキと一緒に近場の丘へ向かうことになった。

「途中でなんかめぼしい小動物がいたら狩ってくれるか。いい加減メシにしたいし」

「わかったっス。ウサギとか大ネズミとかいるといいっスね」

 道すがら、黒長男くんに食材の確保を依頼。

 俺と白娘も、食べられる野草や山菜、果物類などの確保に目を光らせる。

 ガキは手持ちの収集籠に、木の実やコオロギのような虫をちまちま拾いながら歩いている。どうやら食える虫のようだ。

 ゴキブリラーメンという少し嫌な記憶がよみがえる。


「珍しいキノコが生えるって教えてもらったのはあの辺だべさ」

 目的地に着いたようで、ガキが少し開けた場所に木の葉が堆積して腐りかけている土地を指した。

 注意深く見ると、大小さまざまな多様なキノコが顔をのぞかせている。

「このキノコのうちのどれかなのか? どれが食用に適しているか、私にはわからないな……」

 自分の生まれ育った森ではないので、白エルフ娘の知らないキノコがたくさん生えているようだ。どれが可食キノコなのか判別出来ずに戸惑っていた。

「それも食えるけど、お目当てのやつはもっとでっかいはずだべ。うちも見たことないんだけども……」

 ガキの指示のもと、腐葉土や落ち葉、枯れ枝をガサガサとかき分けながら、みんなで目当ての巨大キノコとやらを探す。

 そうしていると、地面をかき分けていた俺の手になにか弾力のあるものが触れた。

 ちょうど地面から盛り上がっている箇所で、なにか怪しいなと思って調べてみたのだ。


「ぷるぷる。ぼくはたべられるきのこじゃないよ」

 なんか聞こえた。


「おい、誰かなんか言ったか?」

 周りに確認してみる。

「別に何も言ってないっスよ」

「とうとう幻聴でも聞こえ出したか」

「お兄ちゃん、ツラいことがあっても強く生きて行かなきゃだめだべ」

 散々な言われようだが、声の主がこいつらでないことは確かだ。


 手元をさらにかき分ける。

 黄金色の丸いキノコの頭が地面から顔を出した。

 マッシュルームを巨大にしたような姿かたちで……俺の目がおかしくなったのでなければ、ニコちゃんマークのような顔が表面にある……。

「ぷるぷる。ぼくはもりをまもるありがたいようせいだよ。ぷるぷる。ぼくをたべてもおいしくないよ」

 なんか喋ってるんだけどこのキノコ!!

「お、おーいみんな集まれ。なにかおかしいものが地面から生えてるぞ」

「なんスか一体……うっわなんだこれ!! キモッ!!」

 一番近くにいた長男くんが俺の足元に顔を出しているお化けキノコの顔を見て腰を抜かした。

「み、見つかったんだべか!? これでおっかあの病気も……!!」

 喜び勇んで駆けつけるガキ。

 そして警戒しながら最後に来た白エルフ娘が、驚きとも感動とも畏怖ともとれる声で、絞り出すように言った。

「で、伝説の珍味、ヨウセイモドキダケじゃないか……」

「ぷるぷる。ぼくはたべられるきのこじゃないよ。ぷるぷる。ぼくはもりをまもるありがたいようせいだよ」

 この世界に存在するという三大美味の一つが、俺の足元で何かしゃべり続けていた。

 台詞のパターンは三つしかないらしい。


 ☆


「じゃ、じゃあとりあえず収穫するっスか……」

 しゃべるキノコをもいでしまうなんて、おそらく初めての体験であろう長男くんが、多少尻込みしながらも確かな手つきで、キノコの根元にナイフを当てる。

「ぷるぷる! ぼくをたべてもおいしくないよ!」

 同じパターンの助命嘆願を多少大きくなった声(?)で叫ぶヨウセイモドキとやら。

「父が昔一度食べたことがあると言っていたが、私は実物を見るのははじめてだ。まさか自生している状態を生きているうちにこの目で見られるとは……」

 冒険の果てに伝説のアイテムを目の当たりにして、厨二の本懐ここに極まれりと言うありさまの白娘。

「こ、このキノコは美味しいうえに体にものすごくイイらしいんだべ。これでおっかあも……」

「な、なあ、こいつしゃべってるけど、食うの?」

 みんな狩る気満々である。俺だけ気にしすぎなのだろうか。

「ヨウセイモドキがしゃべっているように聞こえるのは、キノコの表面や内部にある気泡、そしてキノコのヒダが空気で振動して音を発しているだけの現象だ。キノコ自体に我々のような知性があるわけではない。目や口に見えるくぼんだ部分がそう言う働きを持っているようだな」

 知識だけはあるらしく、白娘がそう解説する。

 それで言葉を発しているように聞こえるとかどんだけファンタジーキノコだよ。


 長男くんのナイフが刺さり、キノコが地面とおさらばする。

「ぷるぷるぷるぷるゥ……」

 断末魔のような情けない音を発し、ヨウセイモドキは収穫された。

 南無阿弥陀仏。成仏しろよ。

 まあキノコなんで地面からもいでも、すぐに死ぬってわけではないんだろうが。

「で、これをお前は母ちゃんに食べさせたいわけか。料理法はどうするんだ?」

 無事に収穫の目的を果たし、戻り道で俺はガキに聞いた。

「普通のキノコと同じ料理法でじゅうぶん美味しいし問題ない、って教えてもらったんだけど……せっかくだからおっかあにはとびっきり美味しい料理にして食べさせてあげたいべさ。でもうち貧乏だし、どうすんべ……」

「俺これでも料理人なんで、手伝わせてくれるなら何とか考えるが」

「ホントだべか!? ぜひ、ぜひ頼むべさ!」

 自分で持って来た材料や調味料がいくらかあるし、道すがら長男くんが小動物の肉を狩って手早く分解してくれた。

 ヨウセイモドキ以外にもみんなで集めたキノコや山菜もあるし、食事としてはなかなか贅沢なものができると思う。


 ☆


 小屋の裏に、母子が使っていると思われる簡素なかまどがあったのでそれを流用させてもらう。

 水は近くの沢から桶に入れて長男くんにせっせと運んでもらった。

 白娘は食事ができるまでの間、ガキの遊び相手をしてもらう。

 おっかさんは出来上がるまでの間、寝て休んでもらおう。

「なんか久々にまともな飯の準備ができる気がするな。やっぱりこうでなくちゃ俺は精神の均衡が保てん」

 自分と言う人間のありようを見つめ直し、気合を入れて調理に取り掛かる。


 しかし運命とは残酷なもので、そういう時でも容赦なく邪魔が入るものだ。

「ゴブゴブゴブ。お前たちが手に入れた珍しい食材を差し出してもらうゴブ」

 耳と目と鼻がやたら大きく背の低い、ぶっちゃけブサイクな連中が現れて俺たちに凄んだ。

「……ゴブリンの野盗崩れかなにかか。命が惜しくなければ失せろ」

 魔法を扱えるようになり、ずいぶんと自信を得た白娘がまさに騎士のように闖入者を睨みつける。

 しかしならずものはそのゴブリンと言う連中だけではなく、あとから見覚えのある豚野郎たちも加わった。

「ぶひゅひゅ、その珍しいキノコは俺たちが首領のところへお届けするんだぶひゅ。先を越されて収穫されてしまったけど、お前から取り返せば首領に怒られないで済むぶひゅ」

 デカい図体してずいぶん小さいこと言ってやがんなコイツ。

 

 しかしこれで分かったことが一つ二つある。

 一つは、あの丘にヨウセイモドキが生えるということを他に知っているものがいたということ。

 そしてこの狭間の里にはやはり物騒な連中がうようよしていて、それを取りまとめる首領と言う人物がいるらしいということだ。

「ジローさんは下がっててくださいっス。鉄火場は俺の担当っスよ」

 頼もしく俺たちを守ってくれるつもりの長男くんが、二本のナイフを逆手で構える。

 構えが堂に入ってて、スゲー強そう。

「俺も自衛くらいはするよ。メシの準備を邪魔されて気が立ってるんだ。こんなことが一度や二度じゃなかった気がするからな、いい加減運命の神さまにもムカついてるところだ。本気のブーメラン空手が火を噴くぜ」


 敵はゴブリン、オーク合わせて十人足らず。

 ガキとキノコを小屋の中に避難させ、俺たちがその本陣を死守する形で戦闘が始まった。

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