50 エルフを狩るジジイたち
☆
「な、なんじゃあ? なんでヒトのガキが、こがなところにおるんじゃいっ」
組み伏せた後になって相手の正体を観察した黒エルフ親父が驚いて言う。
「む、むぐー! ふもふも!」
床に引き倒され口をふさがれ、後ろ手に抑えられたその相手は明らかに年端もいかない子供だった。
俺ら人間の感覚で言えば中学生かそこらに見える女の子だ。
「ど、どこの誰かはしんねっけど、うちの娘に乱暴しないで欲しいべさっ」
部屋の奥から、もう一人の声が響く。
ごほ、ごほ、と咳き込みながらも声の主は、寝具から身を乗り出して黒エルフ親父に取りすがった。
台詞から察するにこの子供の母親なのだろう。
二人とも、布に穴を空けただけのようなボロ布を衣服としてまとい、ひどく痩せていた。
特に母親の方は、なにか病気でもしたのかと言うほど顔色が悪い。やたらと咳き込んでいるし行動もよろよろしていて、具合が悪いのは一目瞭然だ。
「乱暴はよせ。どう見ても危険な連中じゃないだろう……」
おっつけ部屋に入ってきた白エルフ娘が、小屋と住人のあまりの貧しさ、みすぼらしさに悲しい顔をしながら小さな声で言った。
まさかここで暮らしているのか、と言う疑問を持った顔で室内をきょろきょろ見渡している。
板と草で組まれた簡素な小屋。柱も頼りなく、寝具はボロボロ。
およそまともな暮らしぶりとはかけ離れた住居である。
ブルジョワの箱入りお嬢さんにはカルチャーショックが強いのだろう。
「ん、まあそうじゃのお。じゃが念のため、小屋の周りには見張りのモンを立たせとくことにするわい」
黒親父は長男を含めた若い衆に指示を出し、小屋の外に出した。
「えぐ、えぐ、おっかなかったべさ~」
「お、お願いだべ。母一人子一人、なんの贅沢もしねえで暮らしとります。持って行かれるようなもんもねえし、なにとぞお命ばかりは……」
あーあ、怖がらせちゃってまあ。
いきなりニンジャみたいな集団に取り囲まれて乗り込まれて組み伏せられたら誰だって怖いからな。アイエエと叫んで命乞いするしかない。慈悲があることを祈るしかない。
俺、黒親父、料理長くん、白娘、そして極貧の母子が小屋の中に残った。
散らかっていないし、なにより家財道具自体がほとんどないが、狭い……。
☆
改めて、小屋にいた二人を観察する。
一人は母親。病気なのか具合が悪いのか、とにかく痩せていて顔色が悪い。足元もおぼつかない。
無理をせず寝具の上に座ってもらっている。
見た感じ、ドワーフなのか人間なのか、よくわからん。
俺が他人の容姿判別に鈍いということもあるが、痩せた女性ドワーフのようにも見えるし、年配の普通のオバサンのようにも見えた。
耳が長いということもない。
もう一人の子供。
少々痩せてはいるが、病的と言うほどではない。
小学校高学年から中学生とかにたまにいる、脚が木の棒のように痩せた、だがそんなに不健康そうでもない子供。そんな感じだ。
「連れの者が手荒な真似をして済まなかった。私たちはある調べ物をするため、この島に渡ったものだ」
白娘が落ち着いた口調で母子に謝罪、そして自己紹介する。
情報収集のための会話役はコイツに任せることにした。
女同士と言うこともあるし、鎧を着てはいるがどちらかと言うと美術品めいているのでそれほど怖がられないだろう。
なにより俺たち一行の中で一番身なり、容姿が良い。
他のヤツが質問するよりは、多少安心して話してもらえるだろう。
料理長くんでもいいんだが、彼は目つきが少し冷たすぎるからな。
なによりあの慇懃無礼な口調が若干の腹黒さをかもし出しているし。
「一つ質問だが、あなたたちはなぜこの島、狭間の里と呼ばれる区域で暮らしているのだ? 私は大陸の者なので詳しいことは知らないが、やはり物騒なところなのだろう」
みんな気になっていることを率直に聞く。
その質問に母親の方が、うつむき加減でしどろもどろに答えた。
「そ、それは。やんごとなき事情があったんだべ」
「おっかあ、こんな怪しい連中にべらべら喋ることね」
娘の方が口をはさんだ。なかなか気の強い子だ。
よく見ると意志の強そうなくりっとした大きな目をしている。
しかし「やんごとなき事情」という言葉になにか思うところがあったのか、白娘の質問は続いた。
「ひょっとするとあなたたちは、なにかの都合で他の土地からこの島に移り住んだのではないか? わざわざこんなところに移り住むような都合と言うのは、なかなか想像できないが」
「……!」
白娘の言葉に、母子の表情が明らかに硬くなった。小屋の空気がピリピリした気がする。
「お嬢さまは、なにか罪を犯して元々住んでいた土地から逃げるように離れたのではないか、と言うことを暗におっしゃっているのです」
小声で料理長くんがそう教えてくれた。
耳元でささやかんでくれよ気持ち悪い。
面と向かって犯罪者呼ばわりしないよう、気を遣った結果の物言いとも考えられるな。
「お、おっかあはなにも悪いことしてねえべ! 悪いのはそもそも……!」
「や、やめれ! それ以上言うんでね!」
今度は子供の方が余計なことを言いそうになって、母親が止めてる。
さっきと立場が逆になってるなこの親子。
主にガキの方が、頭に血がのぼやすい性格のようだ。
「……では話題を変えよう。私ともう一人の優男は見ての通りエルフの里のものだ。連れには黒エルフが数人と、そして異界から来訪した『ヒト』の男がいる。こっちの呆けた顔をしている冴えない男だ」
室内の面子に順繰り目線を送り、一人ずつ紹介していく白娘。
俺の紹介に多少の悪意があったようだが大人な二郎さんは気にしないことにした。
「あなたたち親子は、エルフにもドワーフにも見えない。しかし私の勘だが、異界から来た『ヒト』とも雰囲気が違う気がする。もしよろしければ出自や種族などを教えてはいただけないだろうか」
俺の目から見るとこの母子は人間にしか見えないが、白エルフ娘の感覚では多少の違和感があるようだ。
女の勘なのか、エルフの勘なのか、魔力を持つ者の特殊な性質なのか、それはわからん。
「もちろん、情報をただ教えてくれなどとは言わないつもりだ。私たちにとって有益な情報を提供していただけるなら、それ相応の礼をしたいと思っている。私たちはこの島に、探し物や調べ物をしに来たのだ。ぜひとも力を貸していただけないだろうか」
努めて穏やかな声で、母娘二人に粘り強く語りかける白エルフ娘。
普段は馬鹿なガキだと思っていたが、そう言えばこいつすみれがこっちに飛んできたときも面倒見良かったし、俺が異種族料理パーティーで捕まってた時も冷静だったし、頼りになる局面はあるんだよな。
「お、お礼ってのは一体なにをどうしてくれるのさ? うちのおっかあは見ての通り病気で弱ってるんだけど、お医者さんや薬師さんを紹介でもしてくれるんだべか?」
現金なガキが話に食いついてきた。
「そういうことなら協力できると思う。ここに医者を連れてくるというのは難しいが、私たちが来た船で他の島や大陸側にあなたたち親子を連れて行き、そこで治療の手配をさせてもらうことになるだろう。優秀な医療魔法の使い手を探すなどもさせてもらう」
白娘の提案に対し、ガキの方はにわかに表情を明るくした。
しかし、もう一方の母親は沈んだ顔で呟いた。
「エ、エルフさんがたのお世話になる資格は、うちらにはないんだべさ……」
「なんでさ! おっかあ、もうこんな島にいることね! あ、あいつだってうちら親子を捨てたんだ! もう義理立てなんかすることねえべさ!」
あいつ、と言うのが誰を指して言っているのかはわからないが、なにやら見た目通り不遇な暮らしを送っている親子のようだ。
子供がプリプリ興奮しているのをなだめながら、母親の方は何故か俺の顔を凝視している。
俺はこの小屋に来てから特に変な行動をしていないし、ほとんど喋ってもいない空気扱いだから注目される理由はわからない。
異界から来た人間が珍しいだけだろうか。
そしておっかさんは、以下のようなことを唐突に言った。
「し、白いエルフさんとうちの子には少し聞かれたくねぇ話があるんです。どうかそちらの『ヒト』のお兄さんと、黒いエルフの旦那さんと三人だけでお話させては貰えねえべか……」
「コイツらと三人だけ……?」
母親の要望に対して白エルフ娘はあからさまに怪訝な顔をしたが、 情報が聞き出せないのでは何の進展もないことを理解したのか、ガキを連れて部屋を出て行った。
「乱暴したり脅したりするなよ」
そう言い含められたが、そんなこと少なくとも俺はしない。
「そがあなことするかいや。ワシをなんじゃあ思っちょる」
いや、アンタはヤクザでニンジャだろ。
☆
「で、俺らみたいなむさ苦しい野郎二人にしか話せない、ってことはいったいなんなんだい」
三人残った小屋の中。
俺はとりあえず母親の方に、なぜおれたちにしか聞かせられない話なのかを質問した。
「それは、うちの夫がかなり前に、大陸で一人の白エルフの女性を殺めてしまったことがあるからなんだべ」
いきなり爆弾発言が放り込まれた。
極道の妻ならぬエルフ殺しの妻だったのかよ!
その告白を受けて黒親父が呻くように言った。
「そりゃあ、十年くらい前に大陸の港町であった事件の話かいのう。下手人は黒エルフの誰かじゃあ言われてエラい難儀した記憶があるわい」
「お、おいオッサン、ちょっと待て、それってあいつの母親のことじゃねえのか!?」
前に白エルフ娘は自分のことを話した。母親が港町で何者かに殺されたと。
白娘が大陸の外に冒険したがるそもそもの動機は、母親殺しの事件の手掛かりを得たいがためなのだ。
そしてここにその回答があるとは……。
「おそらくその事件に間違いないべ。うちの夫はその当時、どうしてもエルフの心臓を手に入れたがっていたんだべさ。でも、殺した相手が大陸エルフの大物の奥さんだったということで、私と夫、まだ幼かった娘は大陸から逃げるようにこの狭間の里に越してきたんさ。娘はまだ小さかったから、その辺の事情を詳しくは知らないべ」
「そりゃあ、確かにあの嬢ちゃんには聞かせられん話じゃのお」
どうしようもない話を聞かされて、黒親父もかぶりを振るばかり。
「な、なんだってそんな、エルフの心臓なんかが必要なんだよ。なにも殺してまで手に入れたいと思うほどのことなのか?」
当然の疑問を口にする。
エルフもドワーフもコミュニティとして結束が強く社会が成熟しているから、殺したりと言うのはリスクが高すぎる。
社会の和を乱さない限りにおいては、あの大陸は楽園のように居心地のいいところなのだ。
それを捨てるリスクを冒してまで背負う罪に意味があるとは、到底俺には思えなかった。
「う、うちの夫、あの子の父親は、そちらのお兄さんと同じように異界から流れてきた『ヒト』なんだべ。元の世界に帰るためには、生きたエルフの心臓を龍神さまに捧げればいいという話を信じ込んでしまって、そんな罪を犯してしまったんだべ……」
「なん……だと」
異界から来た『人間』の先輩。
エルフ殺しの犯人。
まさか、まさかとは思うが。
「お、おっかさんよ。あんたの旦那の名前を教えてくれるか。その、エルフを殺して、ここに逃げる羽目になってしまった張本人は、なんて名前なんだ」
「お、夫の名は、アオバ・イップウというべさ……」
オーマイガッ。
エルフ娘の母親を殺した犯人が、すみれの爺さんだったとは……!!
ん? となると、あのガキはすみれの「年下のおば」ということになるのか?
ややこしいなおい!
さらにおっかさんの話は続いた。
なにを聞かされてもこれ以上の驚きはない、と思うが……。
「夫は完全に向こうの世界の『人間』なんだけども、うちも半分は『人間』の血を引いてて、もう半分はドワーフの血を引いてるんだべ。向こうの世界はもっといいところだ、いつか連れて行ってやる、美味いメシも腹いっぱい食わせてやる、そんな夫の言葉にほだされて一緒になったんだけんども、まさかあんな恐ろしいことをする男だとは思って無かったべ……」
人間とドワーフの混血の女性って。
まさかこの人、刺繍のご婦人の娘さんじゃないだろうな……。
それを確認するためには、すみれの鋭敏な観察眼と、すみれに持たせている「ご婦人を加護していた精霊石」の力を借りなければいけないので、すみれが同行していない今は無理だが。
☆
「あんさん、ここで聞いた話をどうやってあの白い嬢ちゃんに伝える気じゃ」
黒いオッサンがげんなりした顔で言う。
「いっそのことあいつにはもう帰ってもらおうか。ろくな情報はなかった、危ないからもうお前は先に戻れ、とか言って」
問題の先送りでしかないが、日本人である俺はそれでいいじゃないかと思い始めている。
すみれとあのエルフ親子は仲いいからな。
さすがにすみれの縁者が、エルフ家のご母堂を殺した犯人だと伝えるのは俺には無理だ……。
「すっげえ! お姉ちゃん魔法がつかえるんだべか!?」
外に出ると、白エルフ娘がガキに風の魔法を見せびらかしていた。
手のひらの上に作った小型の竜巻で木の葉や枝をくるくると舞い浮かせて遊んでいる。
一気に打ち解けたようで何よりだが、これからの展開を考えると俺の胃は重くしかならなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます