52 クッキングファイター二郎

 ☆


「さあどこからでもかかってこいブサイクども! 白いのと黒いのの若者が相手になるぜ!」

 俺が威勢よく啖呵を切るとほぼ同時に、ヒャッハーと高笑いをしながらゴブリンやオークともが襲いかかってきた。

 前衛を長男くんが担当し、小屋近くでの後衛を俺と白エルフ娘が担当している形だ。

「私が風の魔法で相手の体勢を崩す! その隙に攻撃しろ!」

 白エルフ娘はそう言って、自分たちの周りに小型竜巻を発生させる。

 こちらの防御壁としつつ、そこに触れた敵の体勢を崩し、相手の動きを混乱させる効果があった。

 地味だが堅実で有用な魔法の使い方だと感心した。

「了解っス! おらおら~! 刃物のサビになりたくないやつから逃げた方が賢明っスよぉ~~~!!」

 敵の動きに乱れが発生したところ、敏捷性に優れた長男くんが敵の四肢にナイフで切り傷をつける。

 ゴブリンやオークたちは小さな悲鳴を上げながら、手に持った武器を落としたり、その場でこけたりして攻撃の勢いが緩む。

 相手の戦意を喪失させて追い払うのが目的なので、深手を負わせる必要はないのだろう。

 もちろん長男くんの武器がナイフなので、相手に密着して刺し込むと体ごと相手にしがみつかれ、制圧されてしまう危険がある。

 そのためにヒット&アウェイ戦術を採用しているのだろう。

 相手の方が数が多いのだからこの戦い方は合理的に思えた。

「な、なんだべ!? 外はなにが起こってるんだべか!?」

 半ば寝ている状態でいきなり外が騒がしくなったせいで、小屋の中で休んでいたおっかさんが混乱しているようだ。

「ちょっとした祭りで浮かれてる酔っ払いが通りがかってるだけだ。すぐにご退散願うから心配するな」

 適当なことを室内に向けて言っておく。

 と、バカなことを言っていたら俺の近くにまで敵が迫ってきた。

「ぶひゅぶひゅ! 大人しくお前のキノコを差し出すぶひゅ!」

「断固お断りだ!」

 反射的に俺は迫りくるオークの股間に前蹴りを放ち、相手を悶絶させた。

 とりあえず男性的な急所の場所は人間と似通っているようだな。

「一応お前も戦えるんだな」

「たまたまうまく行っただけだ。急所攻撃だけに」

 白娘が珍しく感心してくれたが、セクハラ気味な返しをしてしまった。

「……どういう意味だ?」

 気付いていないようなので特に細かく説明しないでおこう。


「残りは4匹っスか。黙って逃げるなら後は追わないっスよ。さっさと巣に帰って、アンタらの首領に首を洗って待ってろって伝えておくっス」

 半数以上を蹴散らしたタイミングで、改めて長男くんが敵勢力に語りかける。

 しかもハッタリだ。俺たちは調査を適当なところで切り上げたら、この島から一時撤退する予定になっている。

 こいつら悪の集団の首領だか首魁だかがどんな奴だろうと、別にわざわざ乗り込んだりする予定はないのだ。

 とっさにそんなハッタリをかませるなんて、修羅場慣れしているのか堂々としたもんだよ。

 親父さんの跡をついでもいいリーダーになるんだろう。

「ぐ、ぐぬぬぬ、覚えてるブヒよ!」

「いつまでも月夜の晩だと思わないことゴブ!!」

 三文芝居のような捨て台詞を言い放ち、ならず者たちは逃げて行った。

「おい、転がって泣いてるお仲間をちゃんと引き取って帰るっスよ。この辺に放置されても迷惑っス」

「アッハイ」

 最後の詰めまできっちりしていた。


 ☆


 賊を追い払ったはいいものの、小屋の周りで騒ぎを起こしてしまった。

 ならず者たちが報復に来る可能性が高いので、この場所を離れた方がいい気もするのだが。

「親父たちと合流するまではここを離れたくないっスね。仮にもう一度奴らが来たとしても、なんとか俺が食い止めるんでやはり一度ここで休憩を取りつつ、親父たちを待ちましょうっス」

「万が一のときはあの母子を連れて岸まで戻り、船の連中と合流しよう。私の魔法は闘うよりも防御や退避に向いていると思うので、岸まで問題なく逃げることができるだろう」

 黒い兄さんと白い娘っ子がそう言うので、その案を採用し俺は食事の準備を再開することにした。

 なんかこの二人、相性いい気がするな。

 若者同士が仲良くなるのは大いに結構なことだ。


 さて、となると俺は俺で自分の仕事をきっちり果たさねばならん。

 手持ちの材料を広げ、なにをどう作るのか算段を立てる。

 その並べられた材料の中からひときわ大きく光を放ち輝くものがあった。

 小麦粉と、ヨウセイモドキと言うキノコだ。

「食材が光って見えるのも久しぶりだな……」

 ヨウセイモドキは、けったいな顔の模様が見える以外は、でかくて丸いキノコである。巨大なマッシュルームと言っていい。

 触った感覚も、キノコらしいお馴染みの弾力に満ちていて、おそらく普通に料理して普通に美味いし食感もいいんだろう。

 一方、小麦粉が一緒になって光っている理由はなんだろうか。

「キノコと小麦粉……天ぷらにでもしろってのか」

 無理にラーメンに結び付ける理由はないが、てんぷら自体は素材の味をそのまま生かし、引き出す調理法である。

 ラーメンの味を邪魔することはないので、トッピングとしてはナシではない。

 実際、そばやうどんなどの他の麺料理とラーメンの垣根も今や曖昧になっており、てんぷらそばやてんぷらうどんが美味いなら天ぷらラーメンが美味くないわけはないのだ。

 そばつゆうどんつゆの方が醤油やみりんの主張が強く、天つゆの代用になる味の構成をしているので天ぷらとの相性がいいだろう、という慣習があるに過ぎない。

 ベトナムの麺料理であるフォーなんかは、ラーメンとうどんの中間的な食べ物であり、具の中に揚げかまぼこが入っているという場合もざらにある。

 スープは鶏ガラを使っていたりとラーメンに近く、アジアにお馴染みの食材なら幅広く合わせやすい。


 ☆


「ま、とりあえずやってみっか。キノコはたくさんあるんだし」

 調理に取り掛かろうと考えをまとめた俺。

 その様子を、ここの小屋の住人であるガキんちょが興味深く見ている。

「あ、あのう。なんか手伝えることあるべか……?」

「料理できるんかお前」

「おっかあが倒れてからは炊事はうちの仕事だべ。でも簡単なことしかできねっけど……」

 こいつもこいつで苦労してるんだな。

「じゃあ揚げ物したいんだがよ。油は用意してあるから、鍋で温められるか? あとは茹で鍋も水張って沸かしておいてくれ」

「うん!」

 いい返事だ。素直な子供は将来出世するという。

 俺の指示のもと、ガキはてきぱきと炊事の準備をこなす。

 毎日やっているだけのことはあり手際がいい。

 俺も負けていられねえな。

「あ、テンプラ作るんだべか?」

 俺の作業を横で見ていたガキが、驚くようなことを言った。

「お前、天ぷらを知ってるのか」

「うん。おっかあが教えてくれた。おっかあは、おっとうに教わったって言ってた……」

 そう言えばこいつの父親はすみれの祖父でもある青葉一風だったな。

 青葉一風も腕のいい料理人だったらしいが、今はどこで何をしているのやら。

 こいつは出て行った父親が、エルフ殺しの大罪人だってことを詳しく知っていないようだが、俺たちと一緒に行動していると、いつか何かのタイミングで知ってしまうかもしれないな。


 おっかさんの体調を考慮して脂っこいものがダメだった場合に備える。

 ヨウセイモドキを含めたキノコ類は湯通しして和え物にしたり、素揚げにしたり天ぷらにしたり炒めたりと、さまざまなバリエーションを用意した。

 小動物の肉と骨、そして手持ちの乾燥出汁材料も組み合わせて麺のスープを作る。もちろんヨウセイモドキを含むキノコ類もスープの出汁素材として活躍してもらった。

 材料不足は仕方ないこととは言え、今この場に鶏の卵はない。

 だから俺が打っている麺は、卵もかん水も入らない小麦粉を塩と水で練っているという意味で、ラーメンではなくうどんや冷麦の亜種である。

「この世界に来てうどんを打つのは二度目か……」

 俺は以前あったことを思い出していた。


 ドワーフの村で拾われてしばらくのち、少し離れたところにある刺繍のご婦人宅へお邪魔したとき。

 そこで猫舌くんや現地のドワーフをまじえ、ご婦人特性味噌を使ったうどんパーティーをした。

 自分で打っておいてなんだが、あの時のうどんは美味かったなあ……。

 そして今俺がうどん風ラーメン風フォー風のなにかをふるまおうとしている相手は、刺繍のご婦人の娘さんと孫娘かもしれないのだ。

 確証はまだないが、きっとそうなんだろうな。


「天ぷら少し味見してくれ」

 ほくほく、ぷりっと揚がったヨウセイモドキの天ぷらをガキの前に差し出す。

 卵はないので衣はあっさり気味だが、その分軽快で食べやすそうな見た目をしている。

「う、うちが最初に食べていいんだべか!?」

「キノコ狩りの言いだしっぺはおまえだろ。いいからはよ食え」

 おそるおそる、ガキが天ぷらを口に運ぶ。

「はっふ、ほっふ……」

 全身でその圧倒的滋味を味わうかのように恍惚の表情を浮かべ、口の中で踊る絶妙な食感を楽しみながらガキが天ぷらを咀嚼する。

「……う、うちこんなに美味いもん、生まれて初めて食ったべ」

 とうとう泣き出した。

 そんなに美味いなら俺も味見させていただきますかね。

「あ、兄ちゃんちょっと待つべ。このままでも美味しいけど、なにか薬味持ってるべか?」

「まあ塩とか辛子を含めて何種類かあるが」

 香辛料はかさばらないので、行く先々で手に入った美味しいものを何種類も持ち歩くようにしている。

 特に俺が勝手に「エルフレモン」と呼んでいる果実は、実ももちろんのこと皮が持つ爽やかな香りが絶品なので、乾燥させた皮を茶にしたり粉末にして柚子胡椒のように薬味として用いたり、応用の幅が広いのだ。

 俺の手からエルフレモン塩を受け取ったガキは、それを本当にわずか、一つまみあるかないかのさじ加減でヨウセイモドキの天ぷらに振りかけた。

「これできっと、もっと美味しく食べられるべさ」

 天ぷらに香味のある塩を振りかけること自体はポピュラーだが……。


「なんじゃ、こりゃあ……」

 一口食べて、俺は異世界にいながらさらに別の世界にトリップした。

 たった一かけらのキノコの天ぷらが口に放り込まれたことによって広がる圧倒的美味の小宇宙……!

 あまりに美味すぎて、心臓がバクバク言うほどの体験だった。

「な? 美味しいべ? な?」

 同意を求めるガキの声が耳元で響くが、それを騒がしいとも思えないくらい俺は放心し続けた。

「おい兄ちゃん! しっかり! 戻ってくるべさ!」

 ばちんばちんと頬を往復ビンタされる。

 はっ、と正気を取り戻し、俺は改めてエルフレモン塩の添加されていない方の天ぷらを口に入れた。

 もちろん美味い。

 しかし別の世界にワープするほどではない。

 ためしに自分の目見当で、天ぷらにエルフレモン塩を振りかけてもう一度食ってみる。

 美味いことは美味い。それは間違いない。

 しかしガキが微調整して振りかけたときの味のバランス、素材と薬味の相乗効果には遠く及ばない……。

「お、お前、ここまでモノの味がわかるのか……!?」

「ん? これくらい振ったら美味しいべなー、って思っただけなんだけど……うち、なんか悪いことしたべか?」

 あっけらかんと言ってのけた。

 間違いない、このガキはおそらくすみれと同レベルか、それ以上の「絶対味覚」を持っている。

 この食材にどのような味を足せばさらに美味しくなるか、この食材からどのように雑味を除けばさらに旨味を引き出せるかと言う、超能力にも似た鋭敏な味覚センス。

 こ、これが青葉一風と言う男の血を引く者たちの異能なのか。

 料理の基本をかじったくらいの子供が、ここまでの天才性を早くから持ってしまうものなのか……!

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