27 ラーメン屋殺すべし 慈悲はない
☆
話を整理しよう。
納豆とカレーとラーメンと魚粉を食った、ドワーフのお偉い将軍、のような人物がぶっ倒れた。
彼の使っていた食器から痺れ薬が検出された。
調理の主任者は俺、必然的に最重要容疑者でもある。
俺は今、岳兎(ガクト)と呼ばれる兎人間たちが住む島の政庁のような建物の地下牢に軟禁されている。
長い長い取調べの日々……一年近く取り調べを受けていて外部との連絡が遮断されていたような気もするが、気のせいである。長い夢でも見たのだろう。実際は三日ほどしか経っていない。
「だから俺は知らねえって言ってるでしょうが」
「いつまでしらを切り通すことができるかいのう」
筋モンのような黒エルフのおっさんに尋問され続けるのもいい加減飽きた。
とりあえずまだ五体満足である。肉体的な拷問は受けていない。
しかし、三日とも俺に張りついて見張ったり尋問したり、この親父さんは暇人なのか。
「そもそも俺はこの国、って言っていいのか知らんが、この辺のことは全く知らんし、倒れたドワーフのおっさんとも初対面だ。薬を盛る理由もなければ、そんな痺れ薬とやらを手に入れるツテも調合する知恵も俺にはないんだぜ。あのドワーフのおっさんが会場にいる他の誰かの恨みを買っていたとか、そういうことを考えねえのかよ」
敬語で応対するのも面倒になってきたので、ついいつもの口調に戻る。
「ほう、兄さんは誰かの差し金で一服盛ったっちゅうことか……」
人の話を聞け、このわからずや親父が。
「なんでそうなるんだよっ! ひょっとして俺が犯人だとなにかあんたにとって都合がいいのか?」
「少なくとも娘につく悪い虫は駆除できるっちゅうもんじゃのう、ククク」
そんなこったろうと思ったよ。親バカこじらせて人を犯罪者に仕立てあげないでほしい。
そんな押し問答を繰り広げていると、俺たちがいる地下より上の階層からなにか騒ぎ声が聞こえる。
「父ちゃん父ちゃん父ちゃんとうちゃーーん!!」
けたたましい叫び声とともに黒エルフ娘が走ってきた。胸についたでかいモチをぶるんぶるんと震わせて。
皆さん忘れていないとは思うが念のために説明しておくと、俺を疑ってかかってる黒いエルフ親父と無駄にあちこち育ちまくったけしからん体をしている黒エルフ娘は親子である。
「なんじゃあ、ここには来るなっちゅうてあるじゃろう。血を見るかもしれんのじゃけえのお」
そうなる前に来てくれてナイスタイミングだ。
「倒れたドワーフのおっちゃんが目を覚ましたんだよ! とにかく上に来てよ!」
「なんじゃとぉ? チッ、兄さん、命拾いしたのお。今は、じゃけどな」
二人は目を覚ましたというドワーフのおっさんのところへ行った。俺は取り残された。
☆
「思ったより顔色がいいな。実は快適なところと見える。ずっとここに住まわせてもらったらどうだ」
俺が一人取り残されて静かになった地下牢に、今度は白い方のエルフ娘が来た。
「お前は出歩いてていいのかよ。いいところに見えるんだったら変わってくれ」
俺の方がこいつより日ごろの行いがいい自信があるのに、この差はなんだ。
「私はお前ほど疑いをかけられていないからな。比較的自由の身だ。そのおかげで会食当日、手伝いや案内で詰めていた岳兎の者たちから面白い話を聞いたぞ」
「俺の身の潔白を証明する話なら面白いんだがな」
「どうやら薬を盛ったのは、会の責任者であるメガネをかけた兎役人、あいつだ」
「カタブツの委員長メガネウサギか?」
そう言えば女だったっけ。男も女も同じに見えるけどな。ウサギ顔の性別なんぞ外見ではわからん。
まじめを絵にかいたような、と言ってもウサギ人間が服を着て歩いている時点で俺の常識では真面目とは程遠いが、とにかくあいつが犯人とは意外だな。
「イインチョウとはなんだ?」
「こっちの話だ。で、なんであいつが」
ワイドショーで言うところの、まさかそんなことをする人だとは思ってませんでした、というやつだな。
「聞くところによると、倒れたドワーフの男と不倫関係にあったらしい。お互いに伴侶がいるにもかかわらず、種族を超え倫理を超えた恋仲になっていたようだ。そしてお互いの仕事にも便宜を図り合っていたらしい。ドワーフたちに仕事を発注する量を増やしたり、この地域で暮らしたり働いたりするドワーフたちに税控除を与えたり、まあいろいろだ」
まさにワイドショー展開なドロドロだった。この世界にもそう言うのあるんだな。まあどこにでもあるか……。
「しかし、ただれた関係とは言え二人三脚で上手くやってきた相棒にどうして痺れ薬なんて盛るんだ?」
俺は素直に思ったことを聞く。
「あのドワーフ男、女とみれば種族も年齢もお構いなしに手を出していたらしい。会食当日も雑用を勤めていた岳兎の女性に色目を使って、それをウサギ役人に見られたんだな。真っ赤な目で食器に何か細工をして、ドワーフ男にその食器を手渡した彼女の姿を何人かが目撃したそうだ」
真っ赤な目なのはいつもの話だと思うが。
しかしそんなアホな話で俺は無限にも思えるこんなくだらない時間を過ごしたのか。人生厳しいねえ。
「じゃあ俺の釈放も時間の問題だな。というより、そんな話が陰で広まってるのにどうして俺はここに三日も閉じ込められてるんだ」
「事実を大っぴらにすると、ウサギ役人が自殺するかもしれないからな」
「どんだけ衝動的なんだよ。メンタルに問題ある人か」
近しい付き合いにそういう人がいると周りがとても迷惑する、らしいぜ。
別に俺の体験談じゃない。人から聞いた話だ。
自殺する自殺するとわめいている人間を説得するために始発電車に乗ってそいつの家に行って、仲間全員で一日中面白トークを頑張ったりとか、そういう話が世の中にはあるらしいぜ。あくまで聞いた話。
「私もよくわからないが、他の女に色目を使われたということは、自分が繋ぎ止めていた恋を失った、と岳兎の女性は考えるらしい。恋を失う寂しさは彼女らにとって死にも等しい苦しみなんだそうだ」
ウサギは寂しいと死んじゃうのよっ、ってやかましいわ。
そもそも、そんな恋愛倫理観持ってるなら最初から不倫するなと俺は思った。
「要するにカタブツメガネがショックから立ち直って、強く明るく生きられる見通しが立つまで、暫定的容疑者は俺ってことかよ」
「そのようだな。この事実を知らないのは、この地下でずっとお前の相手をしていたあの黒エルフ男くらいのものだ」
あのおっさんは事実を知っても難癖をつけて俺を亡き者にしたがりそうだが。
☆
それからさらに数日が経って、晴れて俺は無罪放免となった。
振り返ってみればくだらない話で幽閉の身になったものだ。
ちなみに犯人であるウサギ役人は別の島の役所に左遷された。
こんな大事をしでかしておいて左遷で済んだのは、ウサギの仲間たちや薬を盛られたドワーフの将軍(俺が勝手に将軍と呼んでいるだけで、別に軍人ではないらしい)が、なんだかんだと彼女をかばったから、らしい。
ウサギ人間たちはあまりメンタル的に追い詰めると自殺するというのは本当のようだ。
無実の罪で俺を亡き者にしようとする黒いおっさん以外は、なんだか牧歌的な島だった。優しい世界というのだろうか。
「このたびは私どもの仲間のせいでとんだ疑いをかけてしまいまして……」
後任の責任者であるウサギ役人が恐縮して俺に謝罪を述べる。
やっぱりメガネだった。
正直、何がどう違うのかわからない。
「実は左遷なんてされてなくて、本人じゃないだろうな」
「ははは、外の方には私どもの個体差が見分けにくいのでしょうか」
「佐野、失礼なこと言うんじゃないよ。みんなあんなに違うじゃない」
急に後ろから、聞き覚えのある声が聞こえた。
東日本ラーメン選手権の若き覇者にして、俺と同じくこの異世界にトリップしてきた青葉すみれだった。
「なんでこんなところにお前がいるんだ」
「全然連絡よこさないんだもん、ドワーフさんたちに聞いたらなんか大変なことになってるみたいだって知って、とりあえず様子見に来たのよ」
そう言えば手紙と荷物貰ったっきり、ろくに返事を返してなかったな。
すみれは色々と差し入れも持ってきてくれた。
醤油はないが、メイラード反応というフライパンの上でできる科学的なアレコレを駆使して作られた、代用即席醤油もその中にあった。
「味も香りも軽めだけど、悪くないな」
「でしょ? お刺身とかに使うには物足りないけどね。ラーメンだったら他のスープ素材と合わせてまだまだ美味しくなる余地があるし、いいかなって思って」
お勉強熱心なことだ。
「醤油も手に入ったし、久々にラーメン作るか。地下牢では硬いパンみたいなもんと豆のスープしか食えんかったからな」
腹いっぱい食わせてもらえたわけじゃないし、なによりラーメン食ってないのでオラちからが出ねえぞ。
「あんた足元ふらついてるよ。アタシが作るから座ってな。どんなのがいい?」
「あっさりしたやつ。横浜のアレみたいな、中華そばって感じのが食いてえ」
某超有名店のラーメンのようなもの、を無茶振りでリクエストする意地悪な同業者の俺。
弱っているところに刺激の強いラーメンをいきなりかっ込んだらそのままショックで昇天してしまいそうだったからな。
ラーメン食って死ねるなら本望と言えば本望だが。
「アタシ、あの店主嫌いなのよね……雑誌のコラムでさ、うちの父さんの店、けちょんけちょんに書いてたし」
「知ってて言った」
「そのままもうしばらく閉じ込めておいてくれれば、この性格も治ったかもしれないのに……」
うんざりした顔を見せつつも、その日にすみれが作ってくれた昔ながらの中華そばは中々のものだった。
嫌いとか言いながらも、例の店の味をしっかり研究しているところがラーメンおたくのすみれらしいな。
「スミレ、こっちに来ていたんだな。そしてやはりスミレの作る料理は美味しい。とても食べやすくて私好みだ。毎日でも食べたい」
白いエルフ娘が、まるで口説いているような話しぶりですみれとの再会を喜んでいる。もうお前らくっついちゃえよ。仲いいみたいだし。
ちなみにこのラーメンはすみれが本来作る味ではなく、いつも不機嫌な顔をした目つきの鋭い横浜のラーメン屋が作っている味を真似たものだ。
「へー。ジローとおんなじ世界から来た人? うちは初対面だね。よろしく。ところで、ジローの恋人だったりする?」
黒い方も話に割り込んできた。白い方があからさまに嫌な顔をしている。
「なわけねーだろ、こんなやつ」
「あはは、違うよこんなやつ」
「そのとおりだ、こんなやつ」
俺とすみれと何故か白いエルフまで一斉に否定の回答。
「しかし、恋人か。岳兎の民は特殊かもしれんが、それでも恋があそこまで心を狂わせるというのはやはり私には理解できんな。おそらく長い生涯、一度も理解せずに終わるのだろう。もちろんそれでもかまわないが」
白い方のエルフ娘が今回起こった事件の総括を呟いた。
なにやら余計なフラグに聞こえないこともないが、そんなフラグいらないので俺は無視した。
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