26 踊る大会議場
☆
「肉に、魚に、野菜に、なんだかよくわからないものにとすごい種類ですね」
大きく細長い卓に所狭しと乗せられた具材。
その光景を見て、ウサギ委員長が感嘆の言葉を漏らす。
「お偉いさん方の注文を聞いて俺が見繕うもよし、自由に食べたい具材を乗せるもよし、この規模ならどっちでも対応できると思うぜ。手伝いもいるしな」
手を貸してくれているスタッフのウサギさんたちと最終確認をする。
宴がまさにこれから、始まろうとしていた。
大がかりな準備の甲斐あって、実に豊富な種類、色とりどりの食材が卓上に並び、いかにも楽しげな席が用意できた。
冷やし中華の具材やラーメン屋のトッピングがものすごい量と種類で並んでいる、と表現すればわかりやすいだろうか。
麺やスープは腹に溜まるので嫌だ、と言う客がいるかもしれないから、一品料理としても十分に食べられる料理も用意している。
「これだけの量と種類があれば、どの種族の方にも満足していただけることでしょう。いやあ、あなたに頼んで正解でした。これで私の株もうなぎ上り間違いなしです。報酬も期待しててください」
俺はラーメンの布教が進めば他はどうでもいいんだがな。
立派な衣服に身を包んだ、いかにも偉そうな来賓たちが続々と会場に案内される。
もちろんウサギ人間もいるし、トカゲやオオカミ、馬や牛の頭を持って二足歩行している連中までいるな。
「なあ、あそこにいるの、明らかに半魚人なんだが。海の中にも町があったりするのか?」
「ええ、今ではめっきり少数種族になってしまいましたが、魚竜族の方にもお越しいただいています。海神リヴァイアサンの鱗が命と知恵を持ち、文化を紡いだとされる伝統ある種族ですよ」
俺の質問にウサギ委員長が説明してくれた。
よく見ると鳥の頭をしたやつもいる。
まさに陸海空の大会議だったんだな。
鳥人間たちが空を飛んで暮らしているのかどうかは知らんが。
☆
「いや~すごい料理だね! 見てるだけで楽しくなってきちゃうよ! あ、うちの父ちゃん紹介するね。お~い、父ちゃんこっちこっち~!」
黒エルフ娘が大声で騒ぎ、父親だという男を俺のそばへ呼んだ。
肌の色はもちろん日焼けしまくっているような真っ黒な、俺より少し老けているくらいの、かっこいい父親だった。
黒エルフは白い方に比べて寿命は短いという話だったが、それでも俺らの感覚よりは老化しにくい種族なのかもしれないな。
「ほう、娘が世話ンなったっちゅうあんさんか……よろしゅうな」
怖ェ。
白エルフの親父が、歌舞伎の女形とも見まごうような中性的な優男だとするなら、こっちは時代劇で人斬り役、あるいは任侠映画で武闘派若頭でもやってそうな威厳と眼光だった。
「ど、どうもよろしく。今日は楽しんで行ってください」
俺も上品とは言えない場末の商店街で生まれ育ったから、血のにおいがする人間とそうでない人間をある程度見分けられるつもりだ。
少々いきがっている程度のバカならなに一つ怖いことはないが、この親父は明らかにカタギじゃない迫力を持っている。
「この歳ンなるとどうも脂っこいもんが重うてのう。あんさんに任すけえ、年寄でも腹に重うならんもんをいっちょ頼むわい」
年寄ってほどにも見えないが、エルフは見た目で判断できないんだろう。
「へへへ~、父ちゃん、ジローの料理はすげえ美味しいんだよ! うちもすっかり夢中になっちゃった!」
「ほおう、そいつは、楽しみじゃなあ……」
心臓をえぐられるような圧力で睨まれた。
「あの男なら、母の事件について何か知っているだろうか……」
白い方のエルフ娘が小声で漏らす。
「楽しい席なんだから、あんまり深刻な話はしねえでくれると助かるんだがな。お前の気持ちもわからんではないがよ、あの親父さん、ただもんじゃねえぞ」
「わかっている。この島の者にも、あまり目立つマネはしてくれるなと念を押されたからな。招かれざる客であることは自覚しているさ」
本当にわかってるのか、こいつはいつも怪しいんだよな。
☆
「えー、本日はこのような大役を仰せつかり誠に光栄で(略)。皆様どうぞごゆるりと私どもの世界で国民食とされる、ラーメンという料理を堪能していただきたく(略)。私どもの歴史で大きな変革があった時代には『ラーメン食わねば開けぬやつ』とのそしりを受け、時代に取り残されるほどで(略)」
そんな挨拶の元、ひとまずのところは滞りなく宴会が始まった。
客の相手をしたり、食材の紹介をしたり、頼まれて盛り付けたりと大忙しな俺に、ドワーフ将軍も注文を付けに来る。
「なあなあもっと辛い食いもんはないんか! この料理に足りんもん、情熱、思想、理念、頭脳、気品、優雅さ、勤勉さ! そしてなによりもォォォオオオオッ! 辛さが足りないッ!」
暑苦しいおっさんだな。ここはロストグラウンドだったのか。俺はアルター能力者でもなんでもないぞ。
こんなこともあろうかと、カレーラーメン用のスープと後追い調味料(異世界版ガラムマサラ)も用意しておいたのが正解だった。
実はすみれからの手紙に、カレーになりそうなスパイスと分量の表が添付されていたのでそれをほぼまるまる使わせてもらったんだが。
「うほほ、これはなかなか力が入りそうでいいな! この料理をさらに力強くするためにいろいろな具を乗せてみるか! 他になにか変わった食いもんはないんか!?」
変わった食い物ねえ。
このオッサンが味わって食っているのかどうかはわからないが、珍しいものと言えば心当たりがないわけではない。
俺は糸を引いた豆の入った小鉢を将軍の前に差し出した。
「な、なんじゃあこりゃあ!?」
殉職した刑事みたいな叫び声で驚かれる。
「ラーメンと同じく、俺のいた世界では食卓に必須の料理だ。もっとも西側地域の住人はこれを虫のように嫌っている奴も多いがな」
先日、すみれから送られ少量だけ入手した納豆。
それから着想を得て新しく調理し直した、ちゃんと賞味に耐えられる納豆の作成に俺は成功していたのだ。
少量の米が島の交易品の中にあったので、そのつてから稲わらを確保できるように話を付けたのである。
稲わらを納豆菌の苗床として使い、大豆を蒸して納豆を作ることができたのだ。
今回、ラーメンの具材として出すつもりはなかったが、変わったものを食いたい、それで酒を飲みたいというリクエストがあるかもしれないので、そのときにはイカ納豆でも作ってやろうと思って用意しておいたのだ。
「ど、どう見ても腐ってやがるじゃねえか」
さっきまでの勢いが消えうせ、将軍の腰が引ける。
「ま、怖いなら食わなくてもいいぜ。こんなに旨くて体にいいモンを食えねえなんて、可哀想な限りだがな」
そう言って俺は将軍の目の前で手早くイカ納豆を作り、ぢゅるっと音を立ててかきこむ。
「くう、うめえ。仕事中だから酒が飲めないのが悔やまれる味だ。こっちの世界のイカもコリコリとイイ歯ごたえで、最高のコンビだな」
「ぬぬぬ、若造の分際でこの俺様を試しやがるか……! おい、その豆全部よこしやがれ!」
将軍が、イカと混ぜていない残った納豆を俺の手からふんだくった。
そして、カレーラーメンの中にぶっこんだ。
「やりやがった……」
こいつ、やりやがった。
カレーに納豆をかけて食うやつは確かにいる。
カレー味のラーメンを楽しむのも、十分あり得る。
A+Bは美味しい。A+Cも美味しい。
ならばA+B+Cも美味しい理屈……。
そう思っていた時期が、俺にもありました。
「も、もが、むぐぐぅ……!」
案の定、ドワーフ将軍は目を充血させて脂汗を流し、それでも目の前のクリーチャーを必死で食べ続けた。
どんだけ負けず嫌いなんだよ。
そこに、とどめを刺す者が現れた。
つけ麺にいろいろトッピングして楽しんでいた黒エルフ娘だ。
「ジロ~、この、つゆにつけて食べるやつスゲエ美味しい。特にこの、乾いた魚の粉? これが入るとグッと味わい深くなるね! はい、ドワーフのおじさんも魚の粉、どうぞ」
将軍が必死で闘っている納豆カレーラーメンの中に、黒エルフが魚粉を振りかけたのだ。
納豆のネバネバ。カレーのこってり。ラーメンのちゅるちゅる。
そして魚粉の強烈な風味と粉っぽさが加わり、およそ未知の、異世界ならではのラーメンが出来上がってしまった。
そして、比喩でもなんでもなく、将軍が泡を吹いて倒れた。
「……もう少し、菓子や果物の類はないのか? って、おい、このドワーフ、白目をむいているぞ!」
ちょうど現れた白い方のエルフ娘が、将軍の胃を圧迫して食べたものを吐き出させた。
和やかな宴会が一転して、不安と怒号の騒乱状態になった。
☆
佐野二郎、異世界に来て二度目の豚箱送り。
そう、俺は華々しい宴の料理長というポジションから、一気に囚人と言う立場に堕ち、牢屋のようなところに放り込まれてしまったのである。
納豆と言う凶器的食物を要人に食べさせて昏倒させた罪、ではない。
いや、納豆を食べた直後に将軍が倒れたのは事実だが、倒れた直接の原因は納豆ではない。
納豆は日本の食文化が生んだ味も香りも食感も独自の個性を放ち、栄養にも優れた素晴らしい料理だ。
納豆に罪があるわけではないのだ。
なら、なぜ俺はこんなカビ臭い陰気な部屋に閉じ込められているのか。
それは、倒れた将軍の使っていた器や匙から、しびれ薬が検出されたからである。
誰かが、将軍の食器、あるいは料理に毒を盛ったのだ。
その容疑が、食料、食材を監督している俺に真っ先にかかった。
だから俺は閉じ込められているという話だな。
牢の外には黒エルフの親父がいる。
「旨いメシじゃあと思ってすっかり油断しとったが、とんだ食わせ者じゃったちゅうことかのう」
この人が俺の尋問でもするつもりなんだろうか。
チェンジでお願いしたいんだが。
「料理人だけに食わせ者とか、上手いこと言いますね」
「……あんさん、今自分がどういう立場か、わかっとらんようじゃのぉ」
暗がりで光る両眼がマジ怖い。
別の部屋では、俺の同行人であるエルフ娘も尋問を受けている。
もっともあいつはいいところのお嬢さんなので、俺より待遇はずいぶんマシなようだが。
「幸いにも、あのドワーフは一命を取り留めたようじゃ。まだしびれが残ってるけえ、上手く体が動かんようじゃがのお」
白エルフ娘の応急救護が功を奏したようだな。ひとまず安心した。
なんでこんなことになっちまったんだかな。
自分に疑いがかけられていることよりも、楽しい食事の席で一服盛るようなクソ野郎に俺は腹を立てていた。
ラーメンをみんなで食う。
たくさんのラーメンを楽しく和気あいあいと食べ比べる。
それは地上の楽園と言ってもいい空間だ。
楽園を汚すような真似をした真犯人を、俺は決して許さない……!
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