25 とある会議の豪華献立(ゴージャスメニュー)

 ☆


 広い空を、黒く大きなドラゴンが飛び去って行き、俺たちが乗っていた船も目的地であるウサギ人間たちの島に着いた。


 しかし、ウサギ島の港について真っ先に俺を出迎えたのは、やたらとごつい鎧兜に身を包んだドワーフのおっさんだった。

「おうおう、テメーが外の世界から流れてきて俺たちの仲間になったっつーヤローかい! しまりのねえツラをしてやがるなこんちくしょう! まあなんにしてもここいらで旅や仕事をしようってんなら俺様を通してもらうぜこのヤロー! ほれ、精霊の石持ってるんだろ、ちょっと見せてみろ!」

 やたらとデカく野太い声で迫られ、勢いに負けた俺は素直に(すっかりその存在を忘れてた)黄色く光る精霊のゲロ石を提示した。

「ほうほう、目立った悪さはしてねえみてえだな! おまけに良く働くみたいじゃねえか! 気に入ったぜ! なにか困ったことがあれば俺様が面倒見てやるからよ! なんでも言ってこいや!」

 石を少し見たくらいで、その持ち主がどのような時間を過ごしてきたかということまでわかってしまうのだろうか。

 異邦人である俺にはよくわかないが、この石が身分証明になるというのは本当にありがたいシステムだ。


「しかしうるさいオッサンだったな。台詞の全部にエクスクラメーションがついてたんじゃないか」


 面通しだけを済ませ、ドワーフのオッサンはどこかへ行ってしまった。

 あくまでも俺は「ドワーフの村で拾われた異邦人」と言う扱いなので、どこに行ってもドワーフたちとの縁は切れないらしい。

 もちろん嫌でもなんでもなく、素直に心強いことだ。


「あの方は島や海に出稼ぎをしに来るドワーフの方々を取りまとめている立場の人なんです。われわれ島の者の経済もドワーフの方々に大きく力を借りておりますので、今日の会議にもお越しいただいたのですよ。うるさいオッサンだなんて失礼なことを本人の前で口にしませんよう」

 ウサギ委員長が説明してくれた。

 ごつい鎧に身を包んで、性格も豪快だし一応偉い人のようだから、心の中で「将軍」と呼ぶことにした。

「まだ、その会議までは日にちがあるんだよな」

「そうです。必要な道具や食材等があれば、こちらで用意いたしますので今のうちに気軽におっしゃってください」

 言い残して、ウサギ委員長も自分の仕事に向かった。


 俺がここに来たのは、とある大事な会議での料理を作るためだ。

 準備、段取りがあるので俺たちはウサギ委員長の手引きの元、早めの現地入りをしている。

 材料の予算は向こう持ち。

 様々な種族の要人がたくさん集まる会議なので、味はもちろんのこと、見た目の美しさや目新しさ、健康への配慮、地域の特産物を有効に使うなど、色々なことに気を使わなければいけないだろう。


「どの種族でもない異邦人のお前が料理人に選ばれるというのは、あの役人なりの計算があったのかもしれんな」

 白エルフ娘がぼそりと言った。

 確かに俺が料理を担当すれば、政治的な駆け引きに料理を持ち込まなくても済むという、ある種の打算のようなものがあったのかもしれない。

 失敗しても成功しても、どっちにしろ特定の種族の功罪にあまり影響はないからな。

 もちろんそんな裏事情は俺には関係なく、ただ全力を尽くすだけだが。


 ☆

 

 準備を進めている俺に、荷物や手紙が届いた。

 大陸側にいる知り合いからの届け物だ。

 醤油や味噌の補給という、いわば俺の生命線に関わることなので、この島に来る前に念入りに手続しておいてよかったぜ。

 しかしそこには、ドワーフ工房の親方からもたらされた、よくないニュースも含まれていた。

「あちゃあ、醤油が少ししか完成しなかったのか。ん、すみれからの手紙もあるな?」

 どうやら、醤油工房の大豆が仕込みの途中で納豆に変質したらしいことが、親方とすみれからの手紙で知ることができた。

 そして、ご丁寧にすみれはその時にできた納豆を少量、わざわざ俺に送ってよこした。

「発酵進みすぎて臭すぎるな。さすがにこれ食ったら病気になりそうだ……」

 しかし、ここに納豆が存在しているということは、この豆に付着している納豆菌を繁殖させることができれば、新たな納豆を作れるということではなかろうか。

 幸いなことに、ここはいろいろな種族、いろいろな島々から交易を通じて多種多様な物品が行きかう中継地点だ。

 納豆菌を繁殖させるために都合のいい稲わらが、探せば手に入るかもしれない。

 納豆が東洋、と言うか日本でこれほど発達したのも、米の副産物である稲わらに納豆菌が付着しやすいという環境的な要因があったからだ。

 稲わらが見つかれば、米を手ごろな値段で入手する道も見えてくる。

 俺たちのいた世界の料理をこの世界の人に紹介するためにも、米の入手に本格的に取り組むいい機会だと俺は思った。


「ちょ、なにそれ!? 豆!? どう見ても腐ってんじゃん! あまりにも臭すぎてありえないんだけど!!」

 黒エルフ娘が俺の手に乗った古びた納豆を見て、その全存在を否定した。

 納豆食えないとか、人生の何割か損してるってのになあ。


 ☆


 岳兎(ガクト)と呼ばれるウサギ人間たち。

 彼らが本拠地としている島に着いて準備をして過ごすうちに、いよいよお偉いさんたちが集まる会食の日時が迫ってきた。

 もちろん、この場においても俺はラーメンを全力で押していくつもりだ。

 同時に、そのトッピングや具のバリエーションとして、卓の上に数多くの料理を並べることにした。

 俺たちのいた世界の料理を幅広く紹介しつつ、島の中で育てている農作物と、近海でとれる海産物をまんべんなく使ってくれ、というウサギ委員長からのリクエストがあったからな。


 なおかつ種族によって食べられるものと食べられないもの、好き嫌いの差が激しいので、全員に同じものを食べさせようとしても無理だろう、と言う話もあった。

 それならば、塩、味噌、醤油といったスープ、そして基本となる麺を用意し、そこに乗せるトッピングとサイドメニューで幅広い料理観を表現しようと思ったのだ。


 事前の話だと、その場に訪れるゲストは二十人に満たないらしい。

 客の入れ替わりがない上でその人数なら、準備さえしっかりやっておけばメニューが多種であってもなんとかなるだろう。

 手伝いでウサギ役人の何人かも、手を貸してくれていることだしな。


 基本はラーメンだが、会食中に余裕があれば、客のリクエストに合わせて他に何か作ってもいい。

 なんにしても時間がたっぷりあり、予算も人員も確保されているので準備は順調だった。


 サラダ風に冷やして食べるラーメン。

 麺と汁が別々の、つけ麺方式。

 濃いめの味付けで酒のあてにもいい油そば。

 もちろん、どんぶり状の器に盛ってたっぷりと温かい汁に浸ったオーソドックスなラーメンも。

 山海の幸を惜しみなく使った多種多様なトッピングで、客も楽しみながら食べるラーメンパーティー、それが今回俺が想定していることだ。

 スープのバリエーション、トッピングのバリエーション、すべて掛け算したら膨大な種類のラーメンが実現することになる。

 異世界の人々と食材、そして俺の腕がどのような化学反応を起こすか楽しみだ。


「首尾はどうですか? ずいぶん張り切ってくれているようですけど、無理をなさらず」

 ウサギ委員長が陣中見舞いに来た。

「おかげさんで、伸び伸びやらせてもらってるよ。ほれ、あんたも忙しくて腹減ってるだろ。つまみ食いして行け」

 俺は生のまま細く切ったニンジンを差し出した。

「コリコリコリコリコリコリ……いやあ美味しい、異世界の料理は一味違いますな。ってこれ誰でも作れますよね!?」

「なんかあんたの顔を見てるとニンジン食わせたくなって。ほれ、大根の葉っぱも食うか?」

「わあい大根の葉っぱ。私大根の葉っぱ大好き。シャクシャクシャクシャク……ってバカにしてんですか!」

 堅物だと思ったが、ノリツッコミを会得しているんだな。

 意外と話せるやつかもしれない。

「本番当日は野菜切って並べて終わりってことはねえからよ、心配すんな」

「頼みますよ本当に。あと、あなたが同行していた島のエルフのお嬢さん。あの方の父上も会議に参加するのですけれど、気難しい御仁なのでお気をつけて。あなたが娘についた悪い虫だと勘違いされたら、指の一本や二本は持って行かれるかもしれませんよ」

 島のエルフってのは黒くてむちむちしてる方のことか。

 娘は娘で喧嘩っ早いが、親父譲りなのかよ。

「どこの極道だよその親父は。任侠と書いてエルフと読むのか」

「他に気性の荒い方も何人かいますからね。くれぐれも失礼のないようにしてくださいよ」

 いい身分の連中がそんなんじゃ、幹事役の気苦労も大変なものだろうな。


 ☆


 そんなこんなで、会食の当日。

 夜に始まる晩餐会に備えて朝から準備や段取りにとあくせく働いている俺に、先日会ったドワーフ将軍が会いに来た。

「おうおう! テメーが今日の夜メシを作るんだってな! 辛気臭ェ会議さえなければ、今からでもテメーにつまみを作らせて酒を飲んで過ごしたいところだがよ! あいにくこっちも仕事なんでそうも言ってられねえんだ! わりいな!」

「はあ」

 なにが悪いのか、さっぱりわからんが俺は適当に相槌を打っておいた。

 黒エルフのおやっさんがどんな人物なのか知らないが、このおっさんも十分極道っぽいけどな。

「これは大きな声じゃ言えねえんだがよ!」

 豪快にそう言いながら、声の調子を全く落とすことなく将軍は続けて言った。

「今、この海域はちょっとキナくせえことが渦巻いてやがんだ! みんな表面上は仲良しこよしやってやがるが、腹の中じゃなに抱えてるかわかったもんじゃねえ! テメーもよっぽどの用事がねえ限り、旅に見切りをつけて大陸に戻ったほうが身のためだぜ!」

「そう言えば俺の友達も、海を渡ったのは武器を作る仕事が増えたからだって言ってたな」

 俺は将軍に猫舌くんたちのことを伝えた。

「ああん? あいつは俺の甥っ子だよ! ヤロー、まだ猫舌が治ってやがらねえのか、情けねえ奴だ! 俺んとこにも挨拶に来いって言ってあるのによお、ちっとも来やしねえ! とんだ叔父不孝モンだよ!」

 怖いから会いたくねえんじゃねえかな。

 

 よく見ると、鎧の下に筋骨隆々の体躯を将軍は誇っていた。

 背はドワーフらしく低いものの、鍛え抜かれたごつい体つきをしていて、その肌に刃物らしき傷跡がたくさんある。

 こういうコワモテのオッサンが外に稼ぎに来ているドワーフの取りまとめをしているとなると、島々が点在するこの海域に不穏な空気が流れているというのも、割と深刻な話なのかもしれないな。

 

 料理を作っているだけの俺がそうそう厄介ごとに巻き込まれるとは、この時はみじんも思っていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る