23 白黒エルフ同舟
☆
獣人族、地龍の民の島。
晴れた日の船着き場、昼過ぎ。
俺、佐野二郎。
鎧を着た白い方のエルフ娘。
そして島に渡ってから出会った、褐色肌のむちむちしたエルフ娘。
三人は次の目的地に向かう段取りのため、この港で役人仕事をしているウサギ委員長を待っていた。
白黒混合ラーメンをこいつらに食わせたのち、俺はウサギ委員長と次の仕事について何度か打ち合わせをしながら日々を過ごした。
なんでもウサギたちが本拠地にしている島で、ケモノ人間たちの大事な会議があるようだ。
その席上で供される料理を作るために、一緒にウサギ島に来てくれないか、と言うのが仕事依頼の内容だ。
もちろん断る理由はないので快諾した。
俺は今までのいきさつやこれからの行先を、大陸側にいる知り合いたちに手紙で連絡したり、逆に彼らから送られた荷物や手紙を受け取ったりして過ごした。
ドワーフ工房の親方がもうじき醤油を送ってくれるはずだが、この島で受け取る前に出発することになる。
次の行先に転送してもらうための手続きも、ウサギ委員長の手を借りて済ませてもらうことにした。
「黒い方が来るのはわかるけど、ホントにお前も来るつもりなのかよ」
俺は白い方のエルフ娘が、なにやら張り切って剣の素振りをしている横から聞いた。
「行ったら悪いか」
「あぶねっ! 刃物を振り回したまま急にこっち向くな!」
白エルフいわく、自分も陸側ではそれなりに力のあるエルフの家系なので、その会議を見学するくらいはかまわないだろう、と言うことだった。
ウサギ委員長はあからさまに嫌そうな顔をしていたがな。
もちろん、そのことに面白くない顔をするのは黒エルフ女も同様だった。
「そもそもアンタ、なんでわざわざ陸から島(こっち)に来たワケぇ? なにか目的があるんだったら、とっとと済ませて帰って欲しいって言うか~」
俺も具体的に、なぜ白エルフ娘がここまで頑なな意志で海を渡ったのか、その理由は知らない。
俺に惚れているというならわれながら罪なことだと思うが、少しのデレもないのでその線は薄いだろう。
「……貴様ら島のエルフに、左腕を失った男はいるか」
少し深刻な顔をして、白い方が黒い方に尋ねた。
「ちょっと、質問してんのこっちなんだけどぉ。そりゃあ、海で仕事してて、けがで腕とか足をなくしちゃったおじさんとかはたまにいるけど。だからなんなの? そこまでして働いてくれてることになんか文句でもあんの?」
「ただの質問にいちいち喧嘩腰になるんじゃねえよ」
面倒臭いが、仲裁に割って入る俺。
旅先ではいつもの二倍我慢しろって、こいつらは小さいころに教わらなかったのかね。
「……そうだな。今のうちに話しておくか。貴様ら島のエルフに無関係な話とも限らないのだから」
☆
白い方は考えをめぐらせたあと、先ほどの質問についていつも通り、平淡な口調で話し始めた。
「私の母は、陸側の海岸で暴漢に襲われて死んだ。家族で海辺を旅行中、私を連れて夜の港を散策している時だ。人通りの少ない路地に差し掛かったところを、私の目の前で物盗り目的と思われる二人組に殺された。十年ほど前の話だ」
突如明かされる、衝撃の事実だった。
「……そ、そんな! それが島のモンの、うちらの仕業だっての!?」
黒エルフも大声で反駁したが、内容が内容だけに驚きの表情を隠せない。
「暗がりで覆面をしていたから、相手が島のエルフだったのか、獣人だったのか、幼い私にはよくわからなかった。私はその時、とっさのことで状況が理解できなかったからな。しかし、二人のうち一人は明らかに左腕がなかった。それだけは鮮明に覚えている。背格好からしてドワーフやホビットでないこともわかる。当時の私より、暴漢二人の体はずいぶん大きかったからな。私は恐ろしくてなにもできなかった……」
母親が死んだときには大泣きした、と以前こいつが話していたが、こんな事件に巻き込まれていたのか。
そして、こいつが境界自警団と言う組織に入ってチャンバラもどきを始めたのも、このことが理由だ、と語った。
森の中、エルフたちの本拠地である村はおおむね平和だが、各異種族が仕事に行楽にと入り混じる境界地域は、どうしても治安が悪いらしい。
その境遇には同情を禁じ得ない。
治安を正し、住民の安全に寄与するという大義も立派なものだ。
しかし俺はどうしても突っ込まざるを得ないことに思い当たり、余計なこととは承知しながらも、言った。
「その割にお前、弱いよな。俺にも簡単に組み伏せられたくらいだし」
「プ、弱いんだ」
俺の暴露に反応し、黒エルフも笑って茶化した。
「……あれはお前がマヌケな顔をしていたせいで、油断しただけだ」
強がりなのか、本当はもっと腕に覚えがあるのか知らないが、そんな油断で実力を出せないという時点で結局は未熟だと思う。
「この島に来て、お前しょっちゅうフラフラといなくなってたのは、事件の手掛かりでも探してたのか」
「それもあるが、地龍の民は武芸に秀でているとも聞いていたからな。高名な兵法家がいれば縁をつなごうと思って探していた。父の知り合いもこの島にいるから、挨拶回りもあったしな、いろいろ忙しかったんだ」
高貴なご令嬢もいろいろな社交行事があって大変だな。
その話の中、黒エルフ娘がなにかに思い当たったように表情を変えた。
「そもそもうちらの島のモンは、そっちの陸に上がんないし! 商売だって、獣人たちやドワーフを介して間接的にやってるだけで、あんたら陸のエルフと直接取引なんてしてないじゃん! だからうちらの島のモンが犯人ってことはありえないよ!」
その言葉に対し、白エルフ娘は呆れたように反論した。
「相互不干渉はあくまでも古来からの建前で、有名無実と化しているのを知らんのか。数は少ないながら、島のエルフが陸側で不逞を働いて海岸境界自警団の手を煩わせているんだぞ」
「う、うぅ……」
黒エルフの人口がどれほどのものなのかは知らないが、中には陸側まで乗り込んできて悪さを働く連中がいるらしい。
その現実を突き付けられ、黒エルフ側の実力者の娘は、虫を噛んだような複雑な表情を浮かべた。
☆
「やあやあ皆さんお待たせしました。出港やその他もろもろ手続などに時間がかかってしまいまして」
白い方と黒い方が微妙な雰囲気になってしまっているちょうどそのとき、出発の段取りを任せていたウサギ委員長が待ち合わせ場所に姿を現した。
実にいいタイミングで来てくれた。
この世界にとっては異邦人である俺からエルフ間の確執に口出しできる筋合いはないので、この空気をどうにかしてくれる第三者を待ち望んでいたんだ。
「準備は整っているようですね? ではこちらの船になります。お話した通り、われわれ岳兎(ガクト)の民が本拠としている島に向かいますので。片道で一日と少しの船旅になります」
全く空気を読むようなこともなく、あくまで事務的に物事を進めてくれるだけだった。
喧嘩してなければ、それ以上は知ったことではないらしい。
ウサギ委員長も、自分の島に帰っての仕事があるから俺たちと同乗するようだ。
港をうろついていたドワーフの一人に、猫舌くんへの別れの挨拶を言伝して、俺たち一行は船に乗り込んだ。
☆
「またあんたかよ! 勘弁してくれよ!」
船中、そんな言葉で俺を歓迎したのは、前に俺が乗った船の船長であるトカゲ男だった。
よく見ると同じ船だわ。
この船の内部はすでに知っているから覚える手間が省けたな。
「まあまあ。次はかっとなって飛び込んだりしないよう気を付けるってばよ」
「かっとならなくても飛び込むなよ。あと甲板で物を燃やすな」
「燃やしてねえ。いぶしただけだ」
前回、デッキで鰹節の燻蒸を行ったことをまだ覚えてやがったか。
船が出港し、甲板からトビウオらしき魚(俺が知っているトビウオより二倍近く大きかったが)の跳ねる姿を眺めていたら、さっきのトカゲ船長が話しかけてきた。
「そう言えばあんた、何日か前に港の端っこでメシ屋を開いてただろう。俺も食ったぞ」
白と黒のラーメンを島のみんなに食べてもらったときのことだな。
「おお、来てくれてたのか。忙しくてはっきり覚えてなかった、すまねえな。で、どうだった?」
「変わったもんが食えてよかったよ。俺が捨てようとした黒い油だか水だか、あれがあんなに旨い料理になるのか?」
「そうだよ。俺にとっちゃ大事な商売道具で命綱だ。それをゴミのように捨てようとしやがって」
捨てられたら死活問題なんだぞ、こっちは。
「そのことは別に謝らねえがな。共同の炊事場に得体のしれないもんを置きっぱなしにする方が悪い。許可もなく甲板で火を起こそうとするし、こっちも仕事なんだから指示には従ってくれんと困るぜ。船の上で何かあったら、大変な目に遭うのは俺やあんただけの問題じゃねえ。船に乗ってる船員も客も、みんなが危険な目に遭うんだ」
ごもっとも。正直スマンカッタ。
海に飛び込んだ俺を船の上まで引っ張り上げてくれたのは、猫舌くんと船長だった気もするしな。
なんだかんだ迷惑かけたのは事実だ。
「わかってるよ。ところで、甲板の上で剣の素振りをしているバカは注意しなくていいのか」
俺が指を差した方を船長も見た。
白エルフが、剣を抜いて自己鍛錬に励んでいた。
「ちょっとお嬢さん! 甲板に出てもいいが、そんな長い刃物は困るってばよ!」
「ぬ……」
怒られて小さくなってやんの。
航海の続く夜。
気苦労が絶えない船長に、お近づきのしるしとして俺はラーメンを作って振る舞った。
豊富な貝類をふんだんに使った塩ラーメンで、ついでに貝の酒蒸しも大量に作った。酒のアテとして。
船上での作業が制限されている以上、開き直って久しぶりに酒を飲んでいたら、黒エルフ娘も一緒になって飲みだす。
「あ~、この貝あれば一日中飲んでられる~。って言うかずっとこうして飲んで美味しいおつまみ食べていたい~」
こいつはもう少し人生について深く考え直したほうがいいと思った。
静かにちびちびと渋く(自己評価)酒を飲む俺。
酔っぱらっていろいろ絡んできたり、柔らかい肢体を押し付けてくる黒エルフ娘。
そんな様子を、まるで汚物を見るような冷たい目で白エルフ娘が見ている。
「お前は酒、飲まないんだな」
そのことに気づいて俺は聞いてみた。
「母が死んでから、父は好きだった酒を断った。私はおそらく一生飲むことはないだろう」
唐突に重くなる空気。
酒の味もろくにわからんようになってしまった。
「あ、そうだ。喧嘩が強くなりたいなら、教えてやらんでもないぞ」
飲みなおす気分でもないので、俺は眠くなるまでの世間話として、そんな話をエルフ娘に振ってみた。
「喧嘩と武芸を一緒にするな。なにか心得があるのか」
「俺のいた世界には手足を武器にする空手って武道があってな。俺もガキの頃に町道場に通ってたんだが、俺はその頃、木製のブーメランで遊ぶのにも夢中だったんだ。そうして俺は思いついた。近距離打撃の空手、遠距離攻撃のブーメラン、この二つが組み合わさった全く新しい格闘技、その名も」
「興味がない、寝る」
せめて最後まで聞いてくれよ……。
「すごいねそれ~。きっと今まで誰も編み出したことのない、新しい武術だよ~。むにゃむにゃ」
泥酔して俺の膝に頭を乗せた黒エルフ娘が適当に相槌を打ってくれて、余計に悲しくなったので、俺も大人しく寝ることにした……。
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