20 若い、おっきい、やわらかい

 ☆


 俺の目の前にある器の中で、白濁スープと漆黒(と言うほど黒くはない、実際は濃いこげ茶色だが)のスープが混じり合う。

 味のバランスを取るために、別で取っておいた出汁も合わせながら。

「別々の料理を無計画に混ぜたところでまともな味にはならないと思うが……」

 エルフ娘が冷めた顔で言う。

 ごく一般的な感想で、そう言われるのも無理はない。

 寿司もカレーも旨い食い物だが、寿司にカレーかけて食いたくはないわけだからな。


「そうだよ~。せっかく黒いのに混ぜて薄めないでよ。黒い方が強そうじゃね?」

 エロフ、もとい黒い方のエルフ娘が意味の分からないことを言っている。

 こいつはそもそも味わって食ってたのかすら不明だが。

 酒のあてになればなんでも食いそうなテンションだったし。


「とりあえず食ってみてくれって。この一杯は俺から二人への奢りだ」

 俺が白黒コンビ(結成するつもりはなさそうだが)の前に並べたのは、灰色のラーメンでも白黒まだらのラーメンでもなく、茶褐色に濁ったラーメンだ。

 王道の、豚骨醤油ラーメンである。

 麺に関しては、小麦色の麺とイカスミの混じった黒い麺がストライプを描いている、少し奇抜なものになったがな。

 満を持してとも言うべきか、今回は煮豚のほかに発酵の進んだメンマを乗せた。

 漬かり具合が若干若い気もするが、コリコリとした歯ごたえが懐かしくもあり楽しくもある。


 醤油ラーメンも豚骨ラーメンも、およびその複合ラーメンも今まで何度か作ってはいた。

 しかし、昆布が手に入ったこと、山の中のドワーフ村から海を越えた道のりを経て、やっとこのラーメンにひとまずたどり着いた。

 そんな自分なりの達成感が押し寄せてきた。


「なんかウンコみたいな色になっちゃったんじゃね?」

「メシに対してウンコとか言うな! つーか若い娘がウンコとか言うな!」

 黒ギャルの不用意な発言に本気で怒る、もうじき二十八歳の独身男性、俺。

 エルフたちの実年齢なんて知ったことではないが、あえておっさん風を吹かせておく。


 ついでに、前もって黒いラーメンや白いラーメンを食べた客のうち、まだ食う腹が残っていそうな何人かにも試食を手伝ってもらった。

「私もですか。まあ、まだ食べられますけれど。それよりここで問題を起こされては困りますよ、本当に。なにごともなく昇給の査定時期を迎えたいんですよ」

 メガネのウサギ人間にも協力を仰ぐ。

 お前の給料事情なんぞ知らん。


 猫舌くんを含めた顔見知りのドワーフたち、白い方のエルフ、黒い方のエルフ、そして島の中であくせく働いている獣人たち。

 彼らに豚骨醤油、昆布や魚介、キノコや野菜の複合スープラーメンを食べてもらっている。

「うっま! これすっごいうまっ! 貧相な汁ものとは一線を画す美味しさ!」

 真っ先に騒いだのは黒い方のエルフだった。

 失礼だなこいつ。

「さっきの真っ黒いのも美味しかったけど、こっちは次元が違う美味しさだよ。なんて言うの? こってりしてるのに、あっさり、みたいな? 食べたことのない美味しさがいっぺんに口の中を襲ってくるよ! まるで美味しさの民族紛争だよ!」

 異世界でもそういう表現をする奴いるんだな。

 意味は微妙にわからんが。


 こっちの世界で暮らしてる連中にうまく説明する自信はないが、俺は噛み砕いて黒エルフにその謎を明かした。

「旨味の相乗効果っつってな。お前が海の雑草ってバカにしてた昆布。あれを使って出汁をとると、肉や魚やキノコの旨味と組み合わさって、旨さが何倍にもなるんだよ」


 科学的な細かいことは、俺たちがもともといた世界の学者さん、あるいは料理研究家たちが一生懸命に解き明かしてくれている。

 抽象的な話ではなく、昆布の旨味成分であるグルタミン酸は、肉や魚介のイノシン酸、キノコ類のグアニル酸とタッグを組むことによって、単純な旨味の足し算以上の効果をもたらすことが分かっているのだ。

 一説によると、イノシン酸の旨味1とグルタミン酸の旨味1を足せば、人間が感じる旨味は7になるらしい。

 1+1は2じゃないぞ、1+1は7だ! 7倍だぞ7倍!

 ……正確には2分の7倍か? まあ、どうでもいい。


「へぇ~うちらの海からそんなにすごい草が採れるんだ!? やっぱ美味しいものでも大陸の連中よりうちらの勝ちってことで!」

 黒い方が勝ち誇ったように胸を張り、二つの大きなふくらみが、ぶるりん、と上下に揺れた。

 これ見よがしに弾力を主張するその双丘を睨みつけて、白い方のエルフ娘がつまらなそうな顔で吐き捨てる。

「ふん、海はそもそも大陸にも面しているんだ。貴様ら独自のものと言うわけでもあるまい。その証拠に、貴様ら黒の連中はそのコンブとか言う草が美味の素だということを知らなかっただろう。そもそも大陸の方が旨い野菜や果物の種類は豊富だ。色とりどりで見栄えも良い果物がわれわれの住む森に行けば腐るほど自生している」

「あー言えばこう言う~ッ! 素直に負けを認めろっての! ねえお兄さん?」


 白黒の諍いに巻き込まれて、意見を求められた。

 そこで俺の出した解答は、こうだ。

「黒いねえちゃんが言ってることは正解じゃあねえな。海が誰のものかってのは置いとくとして、実は昆布の旨味ってのは陸の野菜でも代用できるんだ。熟したトマトを乾燥させることで、旨味が増加していい出汁が取れる素材になるんだよ」

 そう、トマトの中にも昆布と同じく豊富なグルタミン酸が含まれている。

 白と黒のラーメンを合わせるとき、俺は塩分調整のためにトマトから抽出した旨味出汁を使った。


「はっはっは、やはりわれわれの住む広大な土地の力が勝ったようだな」

「いや、それも違う」

 勝ち誇った白エルフに対し、俺がすかさずツッコミを入れる。

「白いエルフたちは料理の見栄えを重視するから、乾燥野菜や乾燥したキノコをあんまり市場に並べてないことに気づいたんだ。俺が旅の間に調達してた乾燥食材は、出稼ぎで各地に点在してるドワーフが加工して売ってるものだ。エルフの店に並んでるのは、お菓子の飾りとして使う乾燥した果物くらいだったからな」


 ドワーフたちは岩場の多く、作物が実りにくい痩せた土地に多く住んでいる。

 だから乾燥食品や、塩漬けにして保存性を高めた食品の扱いに関してはかなり高度な技術、ノウハウを持っていた。

 そうした働き者のドワーフたちが、あちこちで商売をしてくれているおかげで、俺はある程度不自由なく欲しい食材を入手することができているのだ。


 客の整理や呼び込みを手伝ってくれている猫舌くんを呼び寄せて、完成系の混合スープラーメンを食べてもらう。

 もちろん、少し冷まして。

「へえ、海と陸の素材、そしてドワーフの技も合わさった一杯ねえ。いやいや、そう聞いちゃうと余計に旨く感じるよ。そもそも、この小麦粉だって大半はドワーフが作った機材で挽いてるんだけどね」

 誇らしげに、そして美味しそうにラーメンをすすってくれる猫舌くん。

 小娘二人は自分たちの了見の狭さ、自分たちが意地になっていることのつまらなさにやっと気づいたらしく、ばつの悪そうな顔になっている。


 食べ終えた猫舌くんがしみじみと、次のように言ってくれた。

「ああ旨かった。いや、俺なんかもさ、正直メシなんてある程度ガツガツ食える味付けで、腹が埋まればそれでいいやて思ってたけど、ジローが色々やってるのを見て、それを食べて、メシ食うのって楽しいんだなって改めて思ったんだ。ジローの作る料理は楽しいし美味しいよ。だから白いお嬢さんも黒いお嬢さんも、ジローが見てる前くらい、つまんない意地の張り合いはやめてもいいんじゃねえの」

 ありがたい言葉だ。料理人冥利に尽きるね。

「上手くまとめてくれるじゃねえか。ちょっとウルっと来たぞ」

「ジローに泣かれても、気持ち悪いだけで嬉しくないなあ」

 台無しだよちくしょう。 


 ☆


 猫舌くんは自分の仕事、この島で行われている製鉄の手伝いに戻って行った。

 しおらしくなった黒エルフが俺の傍に寄って来て、元気のない声で言う。

「ちょ、ちょっと酔っ払ってみっともないことで腹立てたりしたけど、ごめんネ」

 胸を腕に押し付けられて、上目づかいで謝られた。

「別に気にしちゃいねえよ」

 許すしかない。


 白い方はそっぽを向いて偉そうにしたまま。

「わ、私は最初から腹など立ててはいないがな。まあ、今まで知らぬ街並みを見たり、珍しいものを食べたり、海を渡った甲斐はあったという程度だ」

 などと相変わらずツンケンした物言いだ。

「お前はいつになったらデレるフラグが立つんだよ」

「デレ……フラグ……なんだそれは?」

「なんでもねえよ。そして別にデレてくれなくてもいい」


 ☆


 特に白黒女が流血沙汰を起こすこともなく、今回のラーメン披露は終わった。

 その片付けをしている最中、メガネのウサギ役人が俺に話しかけてきた。

「一時はどうなることかと思いましたが、なにごともなく済んで良かったです」

「そうかい。俺にとっちゃあ作ったラーメンが客を満足させられたかどうかくらいしか興味がないんだが」

 若者二人が喧嘩しようが乳繰り合おうが、正直どうでもいい。

「異界の料理と言うものを初めて食べさせていただきましたけど、なかなかどうして美味しいものですね。感服いたしました。そこで折り入ってお願いがあるのですが」

「なんだよ。尻の穴なら貸さんぞ。ウサギに掘られる心の準備はない」

 ウサギでなくてももちろんそんな準備は未来永劫ないが。

「そんなものこっちもいりませんよ! そもそも私は女です。掘りたくても掘れませんからご安心を」

 二足歩行しているデカいウサギにしか見えないせいで、男も女もわかったもんじゃねえな。


 しかし、メガネで女か。

 ウサギ委員長と心の中で呼ぼう。

 ずいぶん小役人根性が前面に出た委員長で、残念なことこの上ないが。

「頼みと言うのはですね、近々われわれ岳兎(ガクト)が住む本島で、島々に住む種族の代表者同士、ちょっとした話し合いの場を用意することになったんですが」

「トカゲや狼やウサギのお偉いさんたちがあんたらの島で会議を開くってことか」

 異世界獣人サミット。なのか?

「ええそうです。その幹事役が岳兎の民に回ってきたわけでして。その場で皆さんに供する料理を作る職人を探していたところなのですよ。ぜひ、そのお役目をお願いしたいなと思いまして。もちろんしっかり謝礼も出させていただきますよ。異界の料理とあれば、参加した方々もきっと興味を持っていただけることでしょう」

 ほほう。

 その後、ウサギ委員長が提示した条件を聞く限り、悪い話ではなかった。

 腕を請われて行く場所がある以上、それは喜ばしいことだしな。


「うぃ~? お兄さん、島の大会議に行くの~? ひっく」

 どこかへ行ったと思っていた黒エルフが、さっきよりもべろんべろんに酔っぱらって戻ってきた。

 こいつ本当に酒癖悪いな。

 さっき反省したんじゃなかったのかよ。

「まあ悪い話じゃねえし、行くかもな」

「だったら一緒に行こうよ~。旅は賑やかな方が、たぁのしいよ~♪」

「いやいや、お前関係ないだろ。部外者だろ。獣人でもなければ偉くもないだろ」

「その会議、島エルフの代表も出るから~。うちのお父ちゃん、その代表なんだ~」

 酔っぱらいのたわごとかと思って、目の前のウサギ委員長に確認してみる。

「あ、はい。黒の一族からも、出席いただく予定です。こちらの方のお父さまに間違いありません」

 こいつ、VIPだったのかよ。

 そのVIPでセレブなはずの黒エルフ女は、俺の背中にまとわりついたまま、酔っ払って眠ってしまった。

 二つの大きくて柔らかいものが俺の背中に押し付けられて、とても気持ちがよかったです。

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