12 第一回異世界ラーメン王決定戦(参加者二人)

 ☆


「落ち着いたかよ。すみれに客が来てるぜ」

 場所は変わらずエルフの町、そこにある出稼ぎドワーフ御用達の食堂の片隅。

 この町のおそらく偉いエルフが、少し前からここに来ていた。

 異界からの唐突なお客さんである青葉すみれの待遇を話し合うために。

 すみれは当然のように泣きじゃくっていたので、落ち着くまで待ってもらっていたのだ。

「自分の服が乾くまで、私の着替えを貸そう」

「……あ、ありがと」

 半裸の上に毛布をかぶった状態で偉い人に会わせるのを憚ったのか、エルフ娘が自前の服をすみれに渡した。

 幾何学模様があしらわれたワンピースタイプの服だ。

 黒とか紫とか、色遣いが中二臭い。

 もちろん、この気遣いはありがたいけどな。

「ずいぶん優しいじゃねえか。俺にもその調子で頼む」

「ほざけ。しかし……外界の『ヒト』は、よく泣くのだな」

「お前だってよく凹んでるじゃねえか」

「そういうことはあるが、大声を上げて泣き叫ぶということはめったにない。記憶にあるのは母が死んだときくらいのものだ。お前も初めて会ったとき、ミソだかなんだかを台無しにされて泣いていたな」

「そのことは忘れろ。あと、すみれは特別に泣き虫なだけだ」

 テレビの情報番組で、まだ高校生だったすみれが実家の店で修業している場面が放送されたことがある。

 父親であり師匠でもある厳格な店主に叱り飛ばされて、べそをかきながらも懸命にラーメン作りを学んでいくその姿は、一部の層に大受けだった。

 だから二十歳過ぎの若輩でありながら、自分の店を開く前からのファンや協力者がすみれには多く存在し、独立開業の大きな助けになった。


 町の偉いエルフたちとすみれの話し合いが始まる。

 ドワーフ社会の場合、仲間に入るなら働いてもらわなければ困る、と言う曲げられない約束ごとのようなものがあった。

 しかしエルフたちは少しだけ勝手が違う。

「ここにいて有力者の庇護を受ける限り、あなたに不自由はさせない」

 そんな条件で話が始まるのだ。

 良いのか悪いのか、すみれの問題なので俺はしゃしゃり出ないが。

 彼らの話に対してすみれが出した返答は、ひとまずの保留だった。

「……少しの間、考えさせてもらってもいいですか。あ、あと、元の世界に帰る方法って本当にないんでしょうか」

「もちろん、納得のいくまで考えてもらって結構です。なにかやりたいことがおありでしたら、それなりの支援もさせていただきます。しかし『ヒト』が元の世界に戻る方法と言うのは、永きにわたって叡智を積み重ねてきたわれわれエルフでも、いまだ知り得ていないのです」

 すみれの肩が目に見えて落ちた。 


 ☆


「すみれ、起きてからなんも食ってねえだろ。腹が減ってちゃ考えもまとまらんぞ。とにかく食え」

 エルフの偉い連中が去ったあと、魂の抜けたような有様でへたり込んでいたすみれの前に、俺はラーメンを作って出した。

 作ったのは野菜たっぷりの透明スープ塩ラーメン。

 溶いた卵、豚の細切れ炒め、そしてキクラゲに似たキノコも入っており、日本式のラーメンと言うよりは中華の五目麺のような料理になった。

 弱ってるときには、あっさりして食べやすい滋養に富んだラーメンが一番だ。

「……微妙」

 俺さまが作ったありがたいラーメンを、すみれは実も蓋もない一言で評価した。

 どんなに弱ってても、自分の舌に嘘はつけない女、それが青葉すみれなのだ。

「なんだとコラ、俺のラーメンのどこに文句があんだコラ、散々さっきまで泣いてやがった小娘が偉そうにいえる義理かタコ、コラァ」

「タコでもイカでもエビでもいいけど、魚介入れるべきでしょこれは。つーかこのラーメンに一番必要なのは貝で出したスープ。アサリかハマグリ。つーか昆布も使え」

「んなこた分かってんだよコラ。まだ市場に行ってねえから手に入らねえんだっつうのコラ」

 そんな俺たちのやり取りを見ていたドワーフたちやエルフ娘が、呆れたように言う。

「元気になったようじゃな。心配して損したわい」

「まったく、感情の起伏が激しい種族だ」

 なんのかんの言いつつ、ラーメンをきっちり平らげて表情にいくらか力が戻ったすみれが、言った。

「市場があるなら行こうよ。アタシもラーメン作りたい。ってか、そこで集めた食材で、勝負だからね」

「ああ? 上等だっつーんだコラ。この世界の先輩として完膚なきまでに叩きのめしてやるよコラァ」 


 ☆


 おかしな勢いで、すみれと勝負することになった。

 日時は明日の昼、ドワーフ食堂を借り切って行う。

 都合のいいことに、外から「ヒト」が来たという噂が広まって、食堂付近は野次馬がちらちら現れるようになっていた。

 彼らを煽って、もとい彼らに告知宣伝して「異世界料理勝負、審査員参加費激安」とかブチ上げておけば、食堂のいいアピールになるのではないか。

 そんなことをドワーフたちと話し合って、俺とすみれのラーメン対決が開催される段取りになった。

「丸一日スープを煮込む時間を取ったってことは、すみれのやつ、ガチだな……」

 勝負を明日にしようと提案したのはすみれだ。

 俺は今日でも良かったが、この世界に慣れていないであろうすみれのハンデを考えると、すみれの提案した通りにする方が公平だと思い、その意見を受け入れた。

 エルフ娘はすみれと同行して市場探索の手伝いをしてくれている。

 あいつらなんか相性いいよな。どうでもいいが。

 俺は奴らと別行動で、市場で食材をあさっていた。

 案の定、海と森をつなぐ中継地点だけあって、海の食材も並んでいる。

 海モノに飢えていた俺にとってはテンションの上がる陳列だった。

 しかし昆布は……残念ながら、なさそうだ。

 皿の飾りになりそうな色とりどりの海藻ならある。

 ここはなんだかんだ言ってエルフの居住区であり、飾りっ気があって美しい食材が好まれるようだ。

 武骨で扁平な昆布は、この辺りでは親しまれていない食材らしい。

 実際、昆布を好んで食うのは俺たちの世界でも日本人を含めた一部地域だ。

 旨味と言えばコンブ、昆布と言えば旨味、と言うほどの食材なのにな。

 見栄えと旨さ。

 そしてラーメンとしての調和。

 俺が市場を歩きながら食材を探し求めている時のテーマはそれだった。

 明日の勝負では、エルフもドワーフも、そうでない種族も来客の中にいるだろう。

 彼らの多くにラーメンと言う料理をぶつけていくためには、旨いことはもちろん、それ以外のアピールも必要になる。

 この市場で人気、あるいは親しまれている食材の中にその道しるべがきっとあるはずだ。

「あ、親鳥と若鳥、両方並んでる。いいなあこういうの」

 あれこれ探索していると、すみれ及びエルフ娘と鉢合わせた。

 羽をむしった鶏が丸ごとぶら下がっている店舗の前だ。

「商品の字が読めるのか?」

 すみれが物色している様子を見て、エルフ娘が疑問を投げかけた。

「匂いでわかるよ」

 注視するまでもなくさらっと言いやがった。

 ま、まあ俺も、ちょっと見ればわかったが! それくらいは!

 この調子ならすみれの方も食材探しに不便はなさそうだ。

「スミレも料理人で、知り合い同士だったんだな。前の世界では、こいつとどっちが腕が立つ料理人だったんだ?」

 本当になんの気なしに、エルフ娘が素朴な疑問を口にする。

 つーか、すみれのことは名前で呼ぶくせに、俺のことはこいつとかお前呼ばわりなのか。クソガキめ。いつか〆る。

「……さあ? 佐野に聞いてよ。アタシから言える立場じゃないし」

「なんだそりゃ。つーかお前と勝負したことなんかねえだろ」

 俺が働いている店にこいつが客としてくることは時折あったが、別にはっきりと勝負をつけたわけではなかったな。

 そう言えばこいつの実家が祭のイベントで屋台を出してたとき、応援に行ったことがあったっけ。

 もっともあの時のすみれはまだガキで、厨房に立たずに接客の手伝いをしていたと思うが。

 とにかく、こいつとまともにラーメンで勝負するのはこれが初めてだった。

 泣き虫のクソガキだと思っていたすみれが、今じゃ東日本の若手チャンプ。

 せいぜい腰を据えて王者に挑ませてもらうとしますかね。


 ☆


「さ、先に言っておくけどさ」

 食堂に戻り、俺もすみれも翌日の仕込みをしているとき。

 作業中にすみれが俺に話しかけてきた。暇じゃないんだが。

「なんだよ。金なら貸さんぞ。俺も大して持ってない」

「ちげーっての。も、もし万が一、佐野が勝ったらさ。あ、あげるから」

 なにを?

「くれるって、処女?」

 ドゴッ!

 内臓が持ち上がるような膝蹴りを喰らった。

 これが、チャランボ……!

「殺す気か!」

「うっせー! 死ね! あげるってのは、選手権のメダルだよ。アタシ、佐野と勝負できるって思って、頑張ったんだから。行方不明って聞いてからも、選手権の頃には帰って来るって思って……」

 ああ、それか。なにかと思ったわ。思わせぶりなツラして、紛らわしい。

「スゲーよな、優勝って。頑張ったんだし、お前が持ってろよ。俺も出るつもりだったが、いまさら言っても仕方ねえことだしな」

「佐野に勝たないと、このメダルが重いんだもん。捨てちゃおうかって思ったこともあった。でも、持ってて良かった。これで本当の持ち主を決められる」

 面倒臭え女だよ、ホント。

「なら俺に勝って、堂々と持ってればいいじゃねえか」

「そのつもり。でも手ェ抜いたりしたら、殺すからね。本気の佐野に勝たないと」

 そう言ったすみれは、実に楽しそうないい表情をしていた。

 泣き虫だがガッツはあるし、なぜか周りの人を惹き付ける。

 そして経験か天性かは知らないが、類まれな感覚を持った舌と鼻。

 大丈夫そうだな、この世界でも。


 ☆


 ドワーフのオッチャンたちやエルフ娘の協力のもと、俺とすみれは対決の準備を済ませて当日の昼を迎えた。

 寝たり起きたり、下ごしらえをしたり調理したり試食したり、その場にいる全員が満身創痍だ。

 これからラーメンを数十、下手すりゃ数百杯も作る羽目になるんだが。

「ずいぶん集まったなあ……」

 オッチャンたちの宣伝や町中での口コミが功を奏して、異世界ラーメン対決は開催前から多くの人を集めていた。

「みんなの協力に報いるためにも、せいぜい盛り上げねえとな」

 俺がそう言うと、すみれは不敵に笑った。

「当たり前でしょ。池袋では毎日こうだったっての」


 開始の合図が告げられ、俺とすみれのガチンコ勝負が幕を開けた。

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