11 おめえの店、ねーから!

 ☆


 朝。

 俺はエルフの土地でも特に大きく賑やかな町にとどまり、この地に出稼ぎに来ていたドワーフたちと一晩で打ち解ていた。

 そのドワーフのオッチャンたちがこの町で行きつけにしている食堂で、例によって厨房を借りて朝ラーメンを作り、みんなで食べているところだ。

 味噌ミルク鍋という料理があるが、今朝はそれをラーメンに応用した。

 具はシンプルに鶏肉、芋、ニンジン、ネギ。

 クリーミーで柔らかい味わいに仕上がったが、少し物足りないな。

 やっぱり鍋と言えば昆布で出汁をとりたいもんだ。

 オッチャンたちは、コショウをバンバン振りまくって、特に不満もなく食べているようだが。

 もちろんエルフ娘も同じ場いるが、端っこで小さくなっていた。

「おい娘さん、スープ残しとるじゃろうが」

「たくさん食わんと将来、元気な赤ん坊を産めんぞ」

「その鎧、北東のドワーフたちが作ったじゃろう。ワシの妹がその村に嫁に行ったわ」

 なんか囲まれてる。

「……あ、うう」

 なにか助けを求める目で見られている気がするが、特に助けない。

 普段、エルフとドワーフがそれほど仲良くするのを見る機会はない。

 しかし俺の連れだと認識されたせいか、ドワーフたちも遠慮なく絡んでいるようだ。

 貴重な体験だ。見聞を広めるため、積極的にドワーフと仲良くするといい。


 別のドワーフが食堂にけたたましく入ってきたのは、みんなが朝飯を食い終わったころだった。 

「おおいおおい、大変じゃ。河原になにもんかが打ち上げられとる。すぐ近くの橋のたもとじゃ。手の空いてるもんはちょっと来てくれ」


 ☆


「お前みたいに異界からまた流されて来た『ヒト』かもしれないな!」

 少し興奮気味に、エルフ娘が歩きながら言う。

「そんなことがしょっちゅうあるもんなのか、この世界は」

「父さまは長生きしてるから、今までに外界の『ヒト』と二、三十人は会ったことがあると言っていた。私はお前しか直接は知らないな。しかしこんなに短い間に二人もの『ヒト』に会えるんだから、きっと私の冒険は明るく祝福された道のりになるに違いないな!」

「お前の脳内はどこまで自分に都合のいいことばかり詰まってんだ」

 さっきまで大人しかったくせに、また病気がぶり返してるよ。


 俺たちが来てなにができるというわけではないだろう、とも思うが。

「お前さんのように外から来たもんなら、お前さんを通してこの世界に来てしまった事情を説明するんが一番手っ取り早いじゃろう」

 と言われてしまったので、知らんぷりしているわけにもいかない。

 俺はドワーフのオッチャンらと、もちろんエルフにも世話になりながら、この世界で好き勝手やらせてもらっているわけだしな。


 野次馬の群れをかき分けて、俺たちは身元不明の漂流者の姿をとらえた。

 ……残念ながらと言うべきか。気の毒に、と言うべきか。

 黒系の濃い色をしたデニムパンツ、そして背中の部分に柄の入ったTシャツ。

 どう見ても、俺たちの世界から来た人間だった。

「髪が長いな。女か?」

 道端の芝生の上に寝かされているのは、体のラインから見ても女のようだ。

 胎児スタイルのような横向き寝相でこちらに背中を見せている。

 肋骨が上下しているから、呼吸はあるようだ。

「おおい、どこぞの誰か知らんが、生きてるみたいだぞ。よかったな、ねえちゃん」

 声をかけるが、返事はない。

 ほっぺたでもベチベチぶっ叩いて起こしてやろう。

 そう思い、横向きの体を仰向けにずらして、お顔を拝見する。

「……なにをやってるんだ、こいつは」

 この世界に来る前までは見慣れた顔が。

 池袋ラーメン激戦区の若きラーメン職人、青葉すみれがそこにいた。

「う、うう、」

 かすかな声、意識が戻りつつあるのだろうか。

「おい、気付いたのか? 大丈夫かバカすみれ!」

「こぷこぷこぷこぷごぶっ……」

 そして、力なく寝ゲロした。

 酒くっせえ!

 なんだこいつ、二日酔いのまま異世界に飛ばされて来たのか!? 

「お前の知り合いか? なら当然、汚れの始末はお前がしろよ」

 エルフ娘が数歩後ずさりしながら、そう言った。


 ☆


 場所を移して、再びドワーフたちのたまり場食堂。

「連れてきちまったが、こういう場合どっかに知らせたりしなくていいのか。この町の偉いエルフとかに」

 俺たちは寝ゲロ女、もとい青葉すみれを連れてきて、とりあえず安静な状態で寝かせてある。

 しかしここはあくまでもエルフの町なのだから、こういうおかしなことの始末を俺たちだけでしていいものなのか、俺にはわからない。 

「先ほど、この周辺の自警団の責任者と、町の顔役を呼ぶように頼んだ。じきに彼らが来て、この『ヒト』の処遇を決めるだろう」

 エルフ娘が説明してくれた。

 初めてこいつがまともなことをしたように思える。

 俺がこっちの世界に流れ着いたときも、見つけた土地の責任者、ドワーフの村で言えば長老たちの合議で俺への扱いは決まった。

 エルフの土地であってもそれは基本的に変わらないようだな。

「俺のときはなんとかなったが、こいつラーメン以外は本当に世間知らずのお子ちゃまだからなあ。上手くやっていけるもんかね」

 他人のことを言えた義理ではないが、俺以上にすみれはラーメン人として純粋培養で育った。

 俺のようにいくつかの店を渡り歩いて働いた経験もないはずだ。

 こいつの修行場所はずっと実家の店だったからな。

「……私の父も含めて、エルフの有力者たちは基本的に外界の『ヒト』を歓迎している。長く生きていても絶対に経験できない、彼らの持つ情報に飢えているからな。だからこの女に関しても、悪いように扱うことはないはずだ。安心しろ」

 エルフ娘はそう言ったが、横で聞いていたドワーフのオッチャンがそれに口を挟んだ。

「そうは言っても、外から来た『ヒト』がエルフの町に長く滞在し、そこで天寿を全うしたという話は聞いたことがないがの」

「エルフは他の種族より圧倒的に寿命が長いでな。よそ者が一人でその社会に入り込むと、周りはみな若く、自分だけ年老いて衰えて行くことになる。それに耐えられず、たいていの者はドワーフやホビットの社会に移ってしまうんじゃよ」

「この娘っ子も、わしらの村に流れ着いておればのう……」

 オッチャンたちの意見にエルフ娘は何も反論せず、暗い表情で沈黙するだけだった。

 なるほど。

 ここにいるドワーフや獣人とか言う種族も、あくまでも一時的に稼ぎに来ているだけであって、エルフの社会に溶け込むつもりでこの町に来ているわけではないんだな。

 年月が経てば、そこに住むエルフはあまり変わらないのに、稼ぎに来る他種族の労働者は世代が変わっている、ということもあるわけか。

 ひょっとして、エルフがあまりベタベタと他種族に干渉しないのも、その辺のズレが理由なのかもしれない。

 真面目な話をしてしまって、空気がどんよりしている。

「う、ぅいぃ~」

 それを打ち破ったのは、すみれのうわごとだった。

「お、意識が戻ったか!?」

「……あ~、佐野だあ~。アンタ行方不明だったろ~。戻ってきたんだ~。ほらぁ、これから勝負するよぉ~。アタシの店の厨房でさ~。いい道具、ばっちりそろってるんだぞお~~」

 寝ぼけているのか、まだ酔っているのか。

 とろんとした眼で俺の手を引くように握り、そしてまた寝てしまった。

 そうか、こいつ無事に独立して自分の店をオープンしたのか。

 そりゃそうだよな。

 しかも、俺を握っている手に一緒になって握られているメダル。

「ははっ、すみれお前、選手権で優勝したのかよ。スゲーな」

 なんか、自分のことのように嬉しかった。


 ☆


「寝過ごした! 今何時!?」

 しばらくうんうん唸りながら寝ていたすみれが、急に大声を上げて覚醒した。

「……あ、選手権後は臨時休業にしてたんだっけ、お店。ふう」

 そして一人で勝手に納得した。

「おっす。目が覚めたか。ラーメンでも食うか?」

「うー、水ちょうだい水」

 俺はカップに水を汲んで、すみれに手渡した。

「ありがと。ふー美味しい。でも飲んだことない味。ほんのり潮っぽい。どこのミネラルウォーター?」

 スゲエなこいつの舌。寝ゲロ明けでも、水の味がこんなに的確にわかるのかよ。

「その辺の井戸で汲んだ水だぞ。ま、それだけ舌も頭もハッキリしてりゃ、大丈夫そうだな」

「井戸なんて近所にないじゃ……」

 すみれが俺の顔を見て。

 周囲をきょろきょろ見て。

 また俺を見た。

 二度見の教科書があれば採用したいくらいの、華麗な二度見だった。 

「さ、佐野!? 佐野二郎!? え? なに一体どうなってるの!? 夢? 夢だよねーアハハハこんな天井知らないし! って、痛い痛いほっぺたつねらないで痛い!!」

 ガンッ!

 すみれのほっぺたをつねり続けていたら、反撃で殴られた。

「メダル握り込んだまま殴ってんじゃねーよ! 殺す気か!?」

「なななななんで佐野が、ってここどこ!? って言うかアタシの服は!! なんでアタシ、毛布の下素っ裸なの!!」

 周りの状況よりTシャツとGパンが大事なのかよ。

「ゲロ臭えから脱がせた。ドワーフのオッチャンたちが今、洗ってくれてるよ」

 ちなみに素っ裸じゃない。腰と胸にはエルフ娘がちゃんと布を巻いてくれている。

「どどどどこのオッチャンだって!? マジありえないんだけど!! 見た? 見たでしょ!? 見たよね!? 死ぬ!? 殺す!?」

 そんなことでなんでいちいち死ななきゃなんねえんだ。

「脱がせたのは私だ。男どもは見ていない、心配するな」

 エルフ娘が助け舟を出してくれた。今日のお前光ってるな。

「……お前ら『ヒト』の女は、その、若い身でもそのように胸が膨らむのだな」

 お前も未来があるから希望を持て。諦めんな。

「な、なんかコスプレ美少女キター! ってか佐野、あんたロリコンだったの!? こんな金髪ロリっ子コスプレイヤーとリア友とか、マジありえない! 爆ぜろ! ってかお嬢さんアタシとLINEしない!? お店に飾る写真とか、ツーショットで撮ってもらっていい!?」

「わ、わかる言葉で話せ……」

 怒涛の勢いでまくしたてられて、エルフ娘もドン引き。

「いいから落ちつけ、すみれ」

 毛布ごしにすみれの肩を抑え、正面から向き合って俺は言った。

「ここは俺たちが住んでいた世界じゃ、日本じゃない。お前はもう帰れない。お前の店は、この世界にはないんだ」

「さ、佐野。久しぶりに会えたのに、ドッキリとか、アハハ、性格悪いよー。ね、ほ、ほらタクシー拾ってさ、アタシの店行こ? アタシが看板メニューに決めたラーメン、すごいんだよ? 東日本選手権でも、優勝したんだから、だから……」

 言いながら、周囲の状況がドッキリでもコスプレでもなくリアルだということを、すみれは認識していく。

 背の小さいオッチャンらが心配そうに見守り、店の外にはトカゲ人間や犬人間が慌ただしく動き回っているその光景を見て。

「……マジ?」

 泣きそうな面で、その事実を受け入れようとした。

「マジ」

 俺がそう言うと、もともと泣き虫だったすみれは、俺の記憶にないくらいの号泣を見せた。 

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