10 東日本ラーメン選手権で優勝したけれど、ライバルは行方不明中なので勝った気がしない

※まえがき


 今回の話は前半と後半で視点が変わっており、それによって三人称パートと一人称パートとに分かれております。


読者の皆様には混乱等のご不便をおかけするかもしれませんが、なにとぞご容赦いたします。

(☆ ☆ ☆ に続いて書かれる部分が三人称パートであり、 ☆  に続いて書かれる部分が今まで通りの主人公パートであります)


以下、本文


 ☆ ☆ ☆


 青葉すみれは激怒した。

 必ず、かの傲岸不遜な男に復讐すると決意した。

「佐野テメー! アタシに負けんのが怖くて逃げやがったなこのやろーーーっ!! この中継見てたら男らしく出てこいやーーーっ!!」

 テレビカメラと雑誌記者に囲まれた、華々しい優勝発表の壇上に、喉も砕けよと言わんばかりの怒声が鳴り響いた。


 東日本ラーメン選手権、と言うイベントがある。

 自分の店を開いて十年未満の、新進気鋭のラーメン店主が集い、その技とメニューの独創性を競うイベントだ。

 青葉すみれは今年度の最年少参加者であり、史上最年少の優勝者だった。

 彼女の作った「甘辛あっさり醤油豚骨ラーメン・魚介脂増し」が、審査員の圧倒的多数支持を得て大会優勝ラーメンに選ばれたのだ。

 甘さと辛さのバランス、あっさりとこってりの調和、豚骨と魚介の相乗。

 そうした多次元性が高く評価されたのだ。

 その彼女がなぜ、晴れの舞台で悲痛な叫びを上げているのか。

 若き優勝者の行動に、戸惑う周囲の人々。

 青葉すみれと佐野二郎の間には、余人には立ち入りがたい、深い因縁があった。


 旧知の間柄であった二人は、当初の予定では同じ年度にそれぞれが自分の店を開くはずであった。

 すみれ二十二歳、二郎が二十七歳のころである。

 店舗の営業エリアこそ競合してはいなかったが、期待の若手として業界ではそれなりに名の知れた二人だった。

 かたや実家がラーメン屋で、ラーメン将軍と呼ばれる父から英才教育を受けて育ったすみれ。

 一方、場末店のバイトから叩き上げ、その後は様々な店での修行勤めを経験し、店舗黒字化請負人とまで名声を得ていた二郎。

 二人のライバル対決をラーメン情報誌などのメディアも面白おかしく煽った。

 しかしそれとは別に、すみれは心の底から二郎を、いつか正面からぶつかり、そして乗り越えるべき強敵だと想っていたのだ。


「交通事故とか、行方不明とか、ふっざけんなよバカァーーーッ!! 死んじまったなら生き返れ!! どっか行ったなら戻ってこい!! そうじゃなければ地獄の果てまで追っかけて、今度こそ、今度こそテメーに勝ってやるからなぁーーッ!!」

 涙の混じった、心からの咆哮。


 自分の店を出す直前、まだ二郎が行方不明になっていないとき。

 すみれは二郎の試作したラーメンを口にする機会があった。

 その時点ですみれが勝てるラーメンではなかった。

 次元の違いを思い知らされ、思わず悔し涙を浮かべたその時から。

 すみれは、二郎への逆襲を固く心に誓ったのだ。


 しかし、その想いが今大会で果たされることはなかった。


 ☆ ☆ ☆


「うぐっ、ちくしょー、佐野のばかやろー。ぐずっ」

 夜。すみれは泥酔していた。

 ラーメン選手権での優勝を祝うため、すみれのファンであるラーメン好きの集まりや、すみれの出店に際して出資貸付を行ったお偉いさんが祝勝会を開き、その席で飲みすぎたのだ。

 泣くわ怒るわ絡むわ吐くわの、悪い酒であった。

 頭を冷やし酔いをさますため、彼女は自宅から少し離れたコンビニでタクシーを降りた。

 ペットボトルの水を買い、一気飲みをして。

「おえろろろろろろぶぅっ」

 橋の上から吐いた。

 酔っぱらいとはかように迷惑な存在である。

「……なにが、なにが若き女王だ。東日本ラーメン界の星だってのよ。こんなものっ!」

 すみれは優勝記念として渡された、ラーメンどんぶりの刻印が施されているメダルを川に投げ捨て、なかった。

「やっぱもったいない。うぅーぎぼぢわるい……」 

 振りかぶった姿勢のまま、投擲を急に中断して欄干にもたれかかったせいか、すみれは体勢を崩した。

「……う、あれ?」

 そしてそのまま、深夜の濁流にまっさかさまに落ちて行った。

 

 以上は東日本で若きラーメン女王が誕生し、そして姿を消した日の顛末。

 

 時を同じくして、別の世界に生きるわれらが主人公、佐野二郎はどのような日々を送っているのだろうか。

 視点を戻し、追いかけてみるとしよう。


 ☆


「このぶっといやつのな、皮を丁寧にむいてだな、中から顔を出したつやっつやの……」

「黙れ変態。叩き斬るぞ」

 俺、佐野二郎は森の中で完全武装した女騎士エルフに恫喝されていた。

 収穫したタケノコの下処理をしているだけだってのに、なにが気に障ったんだか。

「つーかお嬢さ、じゃなかった騎士さんよ。お前なんでついて来てるんだよ」

 そう、もうお互いに用はないはずなのに、なぜか俺はエルフの嬢ちゃんに付きまとわれているのだ。

「ふ、ふん。ここはまだエルフ族の居住区域内だ。お前がなにか狼藉を働かないか見張るのも、自警団の責務として不自然なことはないだろう」

「お前の仕事って、ドワーフとエルフの境界地域の警邏じゃなかっ……いやなんでもない」

 突っ込みを入れようとすると、すごい形相で睨んでくるので、もう諦めよう。

 よほど暇なんだろうな、と思い、無理に追い返すようなことはしていない。

 そもそもここはエルフの土地だから、こいつがどこを歩こうとよそ者の俺が指図する筋合はないからな。

「……そんな中途半端に育った竹、まさか食べるわけじゃないだろうな」

 俺の作業を見ながらエルフ娘が苦々しい顔をしている。

 さてはこいつ、育ち過ぎたタケノコを食おうとして失敗したことあるだろ。

 まあ俺もあるんだが。

「湯がいた後に長い間塩漬けして、さらに天日で乾燥させるんだよ。で、食う前にまた水にさらすか、煮るかして戻すんだ。時間と手間はかかるが、やっぱラーメンにはメンマがないとさみしいからな」

 メンマはキムチやザワークラウトと同様に、乳酸菌の力で食材の味を変えて保存性を高めた食べ物だ。

 長期保存に適しているから、今のような旅の合間にでもまとめて作っておけば、その後持ち歩けるのが利点だな。

 基本的な調理に、特殊な器具や材料をほとんど必要としないのもいい。

 ドワーフたちも乳酸発酵による漬物はたくさん作っていた。

 試作したメンマやそのレシピを送っておけば喜ばれるだろう。

「……ふっ、父上から世界三大美味の情報を聞き及んでいながら、竹藪あさりの果てに粗末な食い物を作っている。その調子ではお前の旅にろくな収穫はないだろうな」

 なんでこいつこんな偉そうなんだ。いい加減ムカついてきたぞ。

「あのな、料理ってのは細かく小さな手間を惜しまないから旨くなるんだぜ。普段からこういうありふれたものを地道に手間かけて旨いもんに仕上げるからこそ、いざ、とびっきりいい食材を使えるときも平常心で間違いのない仕事ができるんじゃねえか」

「む……」

 正論をぶつけてやったせいで、なにも言い返せなくなったエルフ娘相手に俺はさらに追い打ちをかける。

「お前はそんな派手な武器や鎧で強くなったつもりなのかもしれんが、それに見合うだけの修練をしてんのか? いい武器パパに買ってもらったから、それでもうドラゴンでもなんでも倒せる気になってるだけじゃねえのか? そんなヌルい世界だったら俺は来年にでもこの世界の王様になってるだろうよ。味にうるさい客やクレーマーを相手に飲食店やってる方が、よっぽど大変だっての」

 中二病のガキ相手に、われながら大人げなく言いすぎてしまったかもしれん。

 たかがメンマ、されどメンマ。

 それをバカにされたのがよっぽどトサカに来てしまったらしい。

「……う、うぇ」

 案の定、泣きそうだ。

 ああもう、すぐ泣く女って本当、面倒臭え……。


 エルフ娘はその後も、つかず離れずの距離で俺の足取りについて来た。

 そう言えば、意地っ張りでよく泣く女が向こうにもいたなあ、と言うことを俺は少し思い出した。

 あいつは今頃、どこでなにをしているんだろうな。

 普通に考えれば、新人ラーメン屋店主として忙しく店を切り盛りしている頃だろうか。

 異世界に来てからそれなりに長いせいか、俺は元の世界の暦を気にしなくなっていた。

 今日この日、日本でなにがどうなっているのか、なんてことも。


 ☆


「ここが海岸地域とエルフの森の中間地点か」

 俺はエルフの土地の中でもおそらく屈指の大きさを誇る町に来ていた。

 商店の数も多く、物流の規模がでかい。

 いろんな荷車、馬車がたくさんの物品を乗せて往来していた。

 エルフも、そうでない種族もこの町ではみんなせわしなく歩いている気がした。

「なあ、あそこで荷物担いでるやつ、どう見てもトカゲなんだが」

 目についた珍しい光景を、エルフ娘に聞いてみる。

 エルフともドワーフとも違う、明らかにでかいトカゲが服を着て、俺らと同じく二足歩行で仕事をしていた。

「獣人族、地龍の民だな。島から海を越えて商売に来たのだろう」

 なんの感動もなく説明された。

 ドワーフやエルフの場合「小さくてエネルギッシュなオッチャン」とか「退屈そうにしてる耳の長い若者」とか、脳みその中である程度の割り切りがついたんだが。

 トカゲが服着て歩いて、なにやら仕事の指示を飛ばし合ってる。シュールだ。

「……港はまだ少し遠いが、お前は、海を渡るつもりなのか?」

 あたりの喧噪をきょろきょろ観察している俺に、エルフ娘が聞いた。

 前に説教してからと言うものの、なんだかこいつの態度が小さくしぼんでしまった気がする。

「とりあえず食材の確保に海辺は行きてえが、そこから先は状況次第だな。渡ったほうがいいなと思えば渡るし」

 この世界を理解して、この世界にふさわしい俺のラーメンを探し求める旅路だ。どこが終点でどれだけ行くかは、正直まだわからない。 

「ド、ドラゴンやフェニックスには、会わないのか? 海を渡らなければ、彼らの住む土地には行けないぞ」

 こいつ、まさかひょっとして。

「お前、ドラゴンとかに会いたくてついて来ただけか?」

「そ、それは、その。やっぱ騎士だから、冒険とか、してみたかったし。遠くからちらっとでも、ドラゴン見れたら、町のみんなに自慢できるし……」

「田舎の中坊か! 動物園にパンダでも見に行け!」

 余談だが、エルフの森にはパンダらしき生き物がうろついていたと思う。

 竹藪でそれっぽいシルエットをちらっと見たからな。

 しかし、どんだけ中二病こじらせてるんだよこいつ。

「私の町で一人で冒険に出るの、若いエルフの間で流行ってるけど、私だけまだ行ったことなかったし……」

「だからなんかお前、仲間から少し舐められてるっぽいのか」

「う、うるさい!」

「その剣も実は飾りだろ。刃の部分が砥がれてないの知ってるぞ」

 実はこいつが目を離した隙に、こっそり確認しておいた。

 素材はわからないが軽い金属で、刃には切れ味もなにもなかった。 

「こ、この世界の神話や昔話にあるんだ。ものすごく昔、外から来た『ヒト』が年老いたドラゴンと仲良くなって、そのまま一緒に暮らしてたって。その『ヒト』はドラゴンが寿命で死ぬ時に立ち会って、その血と骨髄を食べて永遠の命を手に入れたって」

「なにそのどっかで聞いたことありそうななさそうなスペクタクルなエピソード」

 神話とかってのはだいたいそんなものかもしれないけどな。

 それで、異世界から来た俺の後をうろちょろすれば、ドラゴンに会えるかも、という夢を見ちゃったわけなのか。

「ドラゴン、会えないのかな……」

「いや、そういうデカい話はとりあえず後だっての。まずこの町と、そんで港町の様子を見てからだ。食い物や料理の情報もいろいろ仕入れたいしな」

 加えて、路銀が少々減ってきたので、旅を続けるにしても少し稼がなければいかん。

 大きな町の飯屋ででも働ければ、それに越したことはないな。


 と言った経緯もあり、俺はこの大きな町で情報収集や稼ぎの拠点を探し始めた。

 幸いなことに、この町にも出稼ぎに来ているドワーフたちが寄り集まる商店や飯屋があった。

 当然のように俺は歓迎された。

 エルフ娘は店の端っこで小さくなっていた。 


 町の真ん中を流れる川のへりに一人の女が流れ着いたのは、俺がこの町に来た翌日のことだった。

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