09 悔しい! ……でも食べちゃう(チュルンチュルン)
☆
エルフ屋敷の厨房。
俺は親父が帰って来るまでの間に、あれこれと料理の準備に取り掛かっていた。
「お前ごとき異界の蛮族がどれほどの小細工を弄したところで、父を唸らせるようなものは作れんだろうな」
自宅警備員、ならぬ騎士かぶれの自警団エルフ娘がなにか言っている。
当然のように無視する。相手をする理由がない。
「せっかく乗り込んできてご苦労なことだが、吠え面かいてみじめに帰ることになるだろう。その時のお前の顔が見ものだ、はっはっは」
「ほい、っと」
小娘(何年生きてるのかは知らん)がピーチクさえずっているのをBGMに、俺は中華鍋を振って炒め物に取り掛かる。
竈がでかいおかげで、鍋をガンガン振っても炎と鍋の距離があまり開かない。
短時間の強火でバババッと仕上げることができる。ここはいい厨房だ。
中華料理専用の五徳が備え付けてあればもっと楽だがな。
さすがにそれは贅沢ってもんだ。
ボボウッ、と鍋から景気よく炎が上がった。
「あ、危ないだろう! なんの魔術を使った!?」
さっきまでデカい態度で偉そうなことを言っていたエルフ娘が、炎におびえて端っこで小さくなってしまった。
「いや、危なくねえから。台所に火の気があるのは普通のことだ」
基本的に木造建築の多いエルフの町だが、この屋敷の厨房は十分な広さがある土間だった。
飛び火の心配はまずないだろう。
「さて、火を通す野菜はこれくらいか」
スープの煮出しを管理しながら具を調理していく。
そうこうしているとエルフ親父が帰宅し、厨房をのぞきに来た。
そして、自分の娘が鎧姿で恐る恐る俺の調理を睨みつけている様子を見て、言った。
「おいおい、警邏の仕事もないのに家の中で鎧なんて着ているんじゃない。これから食事だというのに、落ち着いて食べられないだろう」
「こ、これはその男が野蛮なことをするかもしれないので……!」
警戒対象は俺かよ。
「バカなことを言ってないで、早く着替なさい。厨房に鎧など、無粋も甚だしい。ジローどの、申し訳ない。娘がお邪魔をしませんでしたかな」
けけ、怒られてやんの。
「別に。家の中でいったいこいつはなにと戦ってるんだろうと思っただけです」
「……ぐぬぬ。異界の凡俗風情に、私の内なる戦いが理解できるものか」
こいつやっぱりガチだな。お大事に。中二病につける薬は知らんが。
☆
「ほほう、これはまたなんとも……」
食卓に座ったエルフ親父とその娘の前に、俺は完成したラーメンを並べた。
「……」
親父の方は鷹揚に笑いながら、娘のほうは卓上の皿を無言で見つめている。
普通のワンピースに着替えたようだが、背丈はともかくあちこち細いな。
「とにかくいただくとしよう。しかし、食べるのがもったいないな、いやいや……」
親父は困り顔でそう言いつつ、最初の一口目に手を付けた。
どうやって食べればいいのか決めかねていたらしい娘の方も、親父の真似をして後に続いた。
今回のラーメン、俺は徹底的に見た目にもこだわった。
花柄の大皿に、冷やした麺を小分けにして乗せていく。
そしてその一つ一つに色とりどりの加熱した野菜や、ジュレ状の煮凝りスープ、煮豚や蒸し鶏、錦糸卵などを乗せて飾る。
皿の余白にはサラダ菜のように生野菜をふんだんに刻んで乗せた。
その麺に、手元の小鉢で二種類用意した、かすかな酸味の塩だれ、もしくは濃厚なゴマだれをかけるなり、つけるなりして食べてもらう形式だ。
塩だれの酸味に使ったのは、エルフ娘に教えてもらった果物である。
俺の中でエルフレモンと名付けた。
正式な名前はその後知ったんだが、発音が難しくてややこしいからエルフレモンと呼び続けることにする。
「名付けて、冷やしつけ麺エルフの森風、ってところだな」
葉物野菜、そしてパプリカのような色鮮やかな野菜が市場でいくつか手に入ったので、見た目鮮やかで食べる前から楽しくなりそうなラーメンを、この町にいる間に一回は作ってみたいと思ったのだ。
エルフという種族は華やかな装飾が大好きらしい。
金持ちですることがなくて暇だというのなら、見た目の驚きや楽しみに飢えているんじゃないかと俺は思ったのだ。
今回のラーメンでは、そういった面にも力を入れた。
もちろん、味を落としたつもりはないぜ。
「そうか、この細く刻まれた野菜はエルフの森の豊かさを表現してくれたのだな」
親父が感慨深げにラーメンを口に運ぶ。
「味が濃いと思ったら、果物の皮で淹れたお茶もあるぜ」
この森は果物が不自由なく手に入り、住民も当たり前のように果物をかじりながら道を歩いていた。
エルフたちにとって果物はソウルフードなのだろう。
だから俺はラーメンの味とお茶の味が喧嘩しないバランスを考え、食事中のドリンクとして淡く爽やかな風味の冷茶も作っておいたのだ。
「……んむっ、んむっ」
娘のほうはすっかり食うのに夢中で、茶をすすり、麺を頬張りを繰り返し、あっという間に皿の上がカラになった。
「デザートもあるぞ」
そう言って俺は、甘味料を練り込んだ甘い麺をミルクで浸し、イチゴのジャムペーストと香りの良い葉っぱを添えたラーメンスイーツをガラスの器に盛って、エルフ娘の前に差し出した。
デザートパスタの応用だな。
「わぁ……」
いかにも女子女子した一品を見て、娘の顔色が花のように明るくなり。
「……ッ!!」
一瞬でいつものへの字口に戻った。顔を真っ赤にさせながら。でも食ってる。
親父の方はそのデザートが出たのを見るなり、目をぱちくりさせて言う。
「どんどん、ラーメンから離れている気がするんだが」
まあ、そう言うだろうと思ったよ。
☆
「ふう、美味しかった。そして楽しい食事だった。だからこそ私は混乱しているよ。いったいきみの言うラーメンとはなんなのか、これはラーメンなのか、とね」
「これが、今ここであんたたちに作れる、俺の精一杯のラーメンかな」
親父の言葉に対して、俺は胸を張って言った。
「うーむ、わからん。そもそもきみは、今回もカン水を使わなかったね。手に入れられなかったのか? それこそ、私に聞いてくれればいくらでも」
「ああ、今回はカン水を使う理由がないからな。カン水の味と癖は、こういうさっぱりした味付けとケンカするんだ。ラーメンをスイーツにするときなんかは、もってのほかと言っていい」
カン水を使わなかったのはその通りだ。
しかし、それはカン水が入手できないからではない。
事実、ドワーフの村がある土地は内陸の山深い環境であり、カン水を入手することはドワーフたちのツテを当たれば十分可能なのだ。
カン水は塩水湖や塩湿地で入手できるアルカリ塩物質であり、塩水湖はドワーフの土地にもいくつかあった。
彼らドワーフの肉体労働を支えていたのは、豊富な内陸の塩と、それによってもたらされる塩気の濃い食事。
汗をかけばかくほど塩分は消費され、体がそれを求めるからな。
「相手の嗜好や調理の幅に合わせて、カン水を使う使わないの選択をした、と言うことか。しかし、それできみにとってのラーメンは完成したのかな? 私たちに今夜振る舞ってくれたあの料理が、ラーメンであると断言できるのかい?」
「ああ、できる。カン水のことに限らねえ話だが、ラーメンってのは、自由で懐の深い食いもんなんスよ」
「自由……?」
「ああ。ラーメンは中国生まれの食いもんには違いないが、日本のラーメンはその土地に住む人、作る人に合わせて千差万別の発展を遂げた。白いスープもあれば黒いスープもあるし赤いスープもある。透き通ったスープもあるし、スープのない料理でもラーメンの亜種を名乗れる。肉を使っても魚を使っても野菜を使ってもいい」
「それでは、ラーメンと言う料理は存在しない、と言っているのと同じではないかな。なにをしてもいいという制約のなさは、それはなにものでもないという立地点の喪失と同じだよ」
小難しいこと言ってやがんな、この親父は。
「ラーメンはある。それは、俺がラーメンを作っているという信念と矜持がここにあるからだ。そして、それを食べた人が幸せに腹いっぱいになっているという目の前の事実があれば、それが俺のラーメン道だぜ」
「父様、こいつなに言ってるの?」
熱く語っている最中に、エルフ娘が余計な茶々を入れた。
「なあエルフの娘さんよ。今回の俺のラーメンはどうだった?」
「し、知らんッ! お前ごときが作る料理なんぞ興味もない!」
もりもり食ってたように見えたんだがな。お気に召さなかったのなら仕方ない。
「そっか。じゃあ旅の途中でまた近くに寄ることがあっても、わざわざラーメンごときでお邪魔するのは迷惑だな。騎士さまのお仕事がんばれや」
「……え、あ、うぅ」
なんのかんの言って、やっぱりガキだな。
☆
「なんだか精神論と言葉遊びでうやむやにされてしまった気もするが、今日は満足のいく食事をありがとう。きみの旅路に希望があることを祈っているよ」
夕食を終え、俺は旅を続けるためにエルフ親父の屋敷を後にすることにした。
その別れ際である。
やっぱこのおっさんの物言い、好きになれんな。
「ども。そう言えばカン水についての答えを言ってなかったっスね。俺が若いころに働いていた店が粗悪品のカン水を使っている、ってデマをまき散らされたことがあって。その心労で店長が弱っちゃって、店をたたんだことがあるんスよ」
確かネットでラーメンブログとかがもてはやされ始めたころの話だ。
場末の小さな店をデマでいじめていい気になってるマニアどもに、当時は心底腹が立ったよ。
「ほお、そんなことが」
「それからカン水嫌いになったとかそういうわけじゃないんスけど。なくても美味しい麺は打てるし、とりあえずはカン水なしでやれるだけやってみようってのが流儀っスね」
実はそれだけではないのだが、この親父にいちいち説明することでもない。
「で、これからどうするつもりだい。行く当てがないなら、そうだな。この世界の三大美味を知っているかい?」
「一応、海に向かうつもりなんスけどね。三大美味なんてもんがあるんすか。イクラとアンキモとマツタケ……じゃあないだろうな」
俺のいた世界ではそれが三大美味だった。異論は認めない。
「ドラゴンの骨髄、フェニックスの卵、そしてヨウセイモドキと言うキノコだ。料理の旅を続けるなら、耳に入ることもあるだろう。覚えておきたまえ」
「ふぅん。旨いんだったら一度は食っておかねえとな」
「ははは、そうそう手に入るものではないぞ。私も長く生きているが、ヨウセイモドキを一度、しかも一口ほどしか食べたことはない。天にも昇る美味とはまさにあれのことさ」
そいつはいい出汁が取れそうだ。
食感のいいキノコなら具にしても旨そうだな。
☆
いろいろ世話になった礼を言って、俺はエルフの屋敷を後にした。
しばらく歩いていると、後ろから鎧の金属音と馬の足音が聞こえてきたが、考えないことにした。
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