08 いいえ、ラーメンです(震え声)

 ☆


「これはラーメンではないね」

 穏やかな笑みを崩さずにそう言ってのけるエルフ親父。

 澄ました顔がいちいち神経に触る。

「いや、ラーメンにもいろいろあるんスよ。無カン水のラーメンだって今じゃ珍しくないし……」

 歯切れの悪い言い訳を返すしか、俺にできることがないのが悔やまれる。

 実際にカン水を使わずにラーメンらしい黄色を出すことはできる。

 卵を練り込めば当然のように麺に色がつくからだ。今回は俺もそうした。 

 しかし、それはパスタでも行われていること。

 また、ラーメンらしい麺のコシを求めるために、塩のほかにでんぷんや大豆たんぱく質を添加する手法もある。

 俺は芋から取ったでんぷん(小学生の理科の授業でおなじみだろうか)、それと緑豆でんぷんを麺に添加することで麺の食感を調整している。

 こうすることで、小麦粉オンリーの麺よりも喉ごしや麺の歯触り、口触りといった物理的な感覚が強化されるのだ。

 ただ、これはうどんでも普通に行われていること。

 タピオカでんぷん入りの冷凍うどんなどが有名だな。


「しかし、ラーメンに独特の個性を与えているのは、紛れもなくカン水がもたらす独特の味と匂いではないのかね? ときに『重曹臭い』とまで評される強烈な特徴があるからこそ、ラーメンは食べた者の意識に強く働き掛ける料理として存在感を放っているのではないかな」

 俺の懊悩を見透かすように、エルフ親父がダメ押しの一言を放った。

 つか、この親父は本当に異世界の異種族なのかよ。

 実は日本でラーメンの食べ歩きブログとか書いてたりしねえだろうな。

「ふふ、お前ごときの浅はかな見識では、父を納得させられる答えを出せないようだな」

「お前がなんで偉そうなんだよ」

 娘の女騎士エルフが余計な口を挟んできた。外野は黙ってろ。


「……も、もう少しここのエルフの町で、勉強させてもらってもイイですかね」

 決めた。

 この親父をぎゃふんと言わせるまで、この町に滞在してこいつらが納得するだけのラーメンを作ってやる。俺なりのやり方でな。

「ふざけるな、さっさと出て行」

「まあ、好きにするといい。外からのお客さんは稀少だからね」

 娘がなにか言おうとしていたのを、親父が制して了承してくれた。


「あ、そうそうもう少しだけ」

 その場を退出しようとした俺の背中に、エルフ親父が声をかける。

「きみは料理を作る際、わたしの好みや食べられないものを聞くこともしなかったね。珍しい外界の料理だからありがたくいただいたが」

「あ……」

 なんてことだ。

 俺は自分のラーメンを押し付けることばかり頭がいっぱいで、この親父さんがどういうものを食べたいのか聞くことさえしなかったことに気付かされた。

「私たちエルフにとって、さっきの料理は塩気も脂も少し強すぎるな。私自身は異文化、異種族の味に昔から親しんでいるのでそれも楽しめるが。大多数のエルフにとって、頻繁に食べたいと思える味ではないだろう」


 ぎゃふん!!

 先に言わされてしまったぜ。


 ☆


 森林の木々の間を縫うようにエルフの町は広がっている。

 入り組んでいて見通しも悪いし、町の構成が分かりにくい作りになっていた。

 俺はここの市場を覗き、彼らが普段どのようなものを好んで食べているかのリサーチから始めることにした。

「これが俺のラーメンだ。気に入らなければ食うな」

 そんな態度をとることは簡単だし、気が楽だ。

 しかしこの世界でラーメンを作り続け、この世界の住人に受け入れられるラーメンを作るためには、それは安易な逃げでしかない、最悪の道だからな。


 市場や商店をひたすら覗きながら歩いていると、ふかした芋やパンなどの穀物製品、そしてお菓子が人気らしい。

 どの店も花などで美しい装飾が施されている。

 色の綺麗な石を敷き詰めて看板を作っている店もあるな。

 やたら派手な鎧もそうだったが、視覚で楽しむことを重視しているようだ。

 果物はその辺にあふれているからあまり売り買いされている様子はない。

 しかし道行くエルフが果物片手に立ち話している光景は頻繁に見かける。

 また、ドワーフの村と違い、よそ者の俺がウロウロしていても、横目でチラリと一瞥されるのみで、俺に興味を持って干渉してくるエルフはいなかった。

 

 そうやって散策していると、軒先に肉の燻製を並べている店を発見。

 周囲と少し浮いた無骨なその店内から、ワイワイと野太い声が聞こえてくる。

「あれ、ドワーフがいる」

 店の中には数人、ドワーフのオッチャンたちがたむろしていた。

「ん、なんじゃお前、エルフではないのう」

「ドワーフでもホビットでも獣人族でもなさそうじゃ」

「見慣れんモンがなんでエルフの町をほっつき歩いておる」

「こんなところ、ぶらぶら歩いてても楽しいことなんぞありゃせんぞ」

 あっという間に取り囲まれて質問攻めに遭った。

 この空気、懐かしいなあ。なんか涙が出そうだ。

 俺は自分の素性と、もともといたドワーフの村を出て旅をしていることを告げた。

「で、オッチャンたちはどうしてエルフの村にいるんだ」

「出稼ぎみたいなもんじゃ。ドワーフは他の種族の町に出向いて、金属製品を売ったり修繕したりするのも大事な稼ぎになるんじゃよ」

「たまに鎧を着てるエルフがいるだろう。あれも全部ドワーフが作って売っとるんだわ」

「エルフどもは修理も保守点検もろくに自分らでせんでなあ」

「そのおかげでワシらの稼ぎになるんじゃがな」

 どこにいてもよく働くオッチャンたちだこと。

「そうやって稼ぎに出ているドワーフたちのための店、ってわけか」

 店内にはいかにも味が濃くて力が出そうな乾燥保存食、発酵食品なんかが色々並んでいた。

 いくつか買い足しておこう。

 エルフ用のラーメン素材と言うよりは、主に俺が食べるために。


 結局オッチャンたちの強引な善意で、エルフの町に滞在している間、この店を拠点にしていいということになった。

 せめてものお礼に、オッチャンたちにラーメンを振る舞う。

 エルフの屋敷で作ったものとほぼ同じレシピのものである。

「こりゃあ、熱々で旨いわい」

「肉の脂がたまらんのう」

「コショウやニンニクの粉を振ると相性抜群じゃぞ!」

「エルフの町に出稼ぎに来ると、こう、ガツンとした食い物が恋しくなるでなあ」

 いい食いっぷりだ。やっぱりドワーフの村に帰ろうかな。

 などと俺らしからぬ弱気が出てしまうのも、仕方のないことだった。

 なんか俺、エルフと相性悪いっぽいし。

 そもそも出会いがしらの時点で殺されかけてるし。


 ☆


 エルフの町に来ているのに、なぜかドワーフのオッチャンたちと盛り上がって夜を過ごした翌日。

 久しぶりに酒を飲んで、エルフの愚痴大会になってしまった気がする。 

 思い切りぶちまけた分、頭も気持ちもすっきりしたぞ。

「さて、エルフ親父にリベンジする算段を考えねえとな」


 大きなテーマは二つだ。

 一つはカン水の扱いから突きつけられた、ラーメンとはなにか、について。

 もう一つはエルフと言う種族の嗜好だ。


 ドワーフのオッチャンたちは、俺がラーメンと思うものを真っ直ぐに作っておけば、多少の微調整をするだけで喜んでガツガツ食ってくれる。

 しかしエルフの町ではそうはならなかった。

 この文化や種族の違いを乗り越えつつ、ラーメンであることにも答えを出さなければいけないのだ。

「くくく、上等じゃねえか。腕が鳴るぜ」

「なんじゃ気合入っとるのう。魔物や盗賊の群れでも倒しに行くのか」

 一人で意気込んでいる俺に、ドワーフのオッチャンが突っ込む。

「いやそういう戦いじゃねえけど。って、魔物なんているのか、この世界?」

 旅をしていてもそんな物騒な連中には結局一度もお目にかからなかった。

「そりゃあ、おるわ。町や街道から外れればな。この辺は安全じゃが」

「その割には、自警団連中の装備は物々しかったな」

「エルフは総じて暇なんじゃよ。騎士さまごっこも、半分以上は若い連中の遊びじゃろ。ちゅうても、若く見えてワシらより長く生きとるはずなんじゃがな」

 中二病は異世界でも存在するらしかった。

「その暇なエルフさまたちは、ろくに働いていないように見えるのに、どうしてこんなに豊かな生活が成り立ってるんだ?」

 素朴な疑問を投げかけてみる。

「そりゃあ、エルフは古い種族じゃからな。この世界の大部分の土地、平野も山も、もともとはエルフの持ち物って場合が多い。ドワーフやホビットはエルフの所有する土地を借りる、あるいは買って開拓して行った種族なんじゃよ」

 ホビットと言うのはドワーフのオッチャンたちよりさらに小さい種族で、農作業や牧畜に秀でた能力を持っているらしい。

 要するにエルフってのは不動産持ちのブルジョワが多いわけね。

 寿命が長ければ相続税の発生も少ないだろうからな。

 この世界に相続税があるのかどうかは知らんが……。


 ☆


「さて、また来たぜっと。そんなに怖い顔で睨むなよ」

 エルフの町で幾日か過ごし、再び俺はエルフ親父の屋敷を訪れた。

 女騎士エルフが虫を見るような目つきで俺を歓迎してくれる。

「父なら留守だぞ」

「ああ知ってる。さっき町で会ったよ。偉いエルフ同士の会合だってな。厨房を使わせてもらう許可は取り付けてあるんで、ちょっくら借りて準備させてもらうぜ」

 言葉の通り、俺はもう一度ラーメンを作って食べてもらう約束を、こいつの親父に取り付けていた。

 夜には親父も戻るらしいので、それに合わせて夕食用のラーメンを用意させてもらう運びになったのだ。

「……チッ」

「聞こえるように舌打ちするのやめろや」

 そしてこいつ、なんで家にいる時まで鎧を着てるんだ。

 自分の家の衛兵でも気取ってるつもりか。自宅警備員か。

 中二病の考えることはわからん。


 厨房を借り、下準備をする。

 思えば、刺繍の上手な老婦人宅での味噌鍋、そして今回のエルフ親父と負けっぱなしだ。

 俺にとってのラーメンを一から見つめなおす、いい時間を与えてもらったよ。

 そうした経験、出会いのすべてに感謝し、虚心の一杯を完成させよう。

 エルフ親父のスカした笑顔が本当に心からの笑顔になる一杯を。

 もちろん、いっつも仏頂面をしている娘の方もな。

 ラーメンは食べた人を笑顔に、幸せにするものでなければならない。

 その俺のラーメンを、エルフたちにぶつけてやろうじゃねえか!

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