07 これはパスタですか?

 ☆


 こちらリポーターの佐野二郎、牢内からお伝えします。

 外はもう暗くなっている頃でしょうか。

 なにせ窓がないのでわかりません。

 引き続き、なにか動きがあればお伝えします。


 などと余裕ぶっこいていられる状況ではなく、真面目になんとかここを出て旅を再開する手立てを考えなければならん。

 こういう場合、牢の隅っこを「しらべる」とかすれば、なにかしらの打開策が……なかった。

「くそったれ。変な女のせいで昼飯も中途半端だってえのによ。あれから飯も食わせねえでこんなところに放り込みやがって」

「誰が変な女だッ!」

 独り言に怒鳴り返された。例の女騎士エルフがすぐ近くにいたようだ。

「おお聞こえたのか、それはすまんかった、おかしなお嬢さんよ」

「丁寧に言い直したら許されると思っているのか!」

「しゃべるとき常に大声だなお前。どんだけ広い家で育ったんだ」

「ぐぬぐぐぬぬぐぬぬぬ……!!」

 薄暗くてよく見えんが、俺の皮肉に顔を真っ赤にしているに違いない。

 憤懣やるかたない、といった有様の女騎士だったが、やがてふーっという深呼吸の音が聞こえた。

「……なんで私がこんな役を」

 小声の独り言で何か不平を漏らしている。

 俺の見張りでも言いつけられたのか。

 俺の方こそどうして自分がこんな目に遭っているのか知りたいわ。


 荷物も奪われ、考えてもなんらいい手段は浮かばない。

 そのため、俺は座って調理のイメージトレーニングに励んでいた。

 なにもできないのならラーメンのことを考えるしかない。

 普段からそんな調子だが。

「おおい、ジローとか言ったな。出ろ」

 今度は別のエルフが俺の思考を邪魔してきた。

「なんだ、今度はどんな疑いで、どこに俺を連れていくつもりだ。俺に乱暴でもするつもりか、野蛮なナントカみたいに」

「…………ッ!!」 

 女騎士にスゲー睨まれた。

 あ、なんか涙目になってるっぽい。もうからかうのはやめてやろう。

 そして牢から出された俺に、別エルフが荷物を返してくれた。

「ちゃんと身元を証明するもの、持ってるじゃないか。早く言ってくれよ」

「なにかあったか、そんなの?」

「地の精霊石を持ってただろう。あれだけ澄んだ光を放っていれば、エルフの地でもほぼ自由に旅ができるよ。釈放だ。あまりよそ者がウロウロしてほしくはないんだけどな」

 そんなもの持ってたっけ。と思いをめぐらす。

「ひょっとしておっさんのゲロ石か」

 なにかの役に立つものだったのか、あれ。

「ゲロ石とか言うな。まったく、ドワーフの村は何百年経っても精霊さまに対する崇敬が足りん連中ばかりだ」

 彼の説明では、どうやら精霊石と言うものは持ち主の素行によって輝きが変化するらしい。

 持ち主が罪を働いたら、輝きを失ってただの石ころに変わる。

 あるいは別の人間に盗まれて持ち主が変わった場合も、石ころに変わる。

 持ち主が落とすなり失くすなり、なんらかの理由で手元を離れてしばらく時間が経つと、やっぱり石ころに変わるのだそうだ。

「だからお前がずっと持っているか、お前が信頼する別の者に譲渡するかしないと、基本的に精霊さまの加護は働かないんだ。売り買いしてもゴミ同然の石ころになってしまうからな。せいぜい大事に持ってろよ」

 というわけで、ゲロ石のおかげで俺の潔白は証明され、旅を続けられることになった。

「ほら、元はと言えばお前の短気が招いたことなんだ。ちゃんとこの『ヒト』に謝罪しろ」

 女騎士が同僚から叱られている。

「こ、このたびは、まことに、申し訳ありませんでしたッ……!!」

 刺すような目で俺を見ながら、女騎士エルフが丁重にに謝罪した。

 これ以上からかうと本当に刺されそうなので、俺は黙ってうなずいた。


 ☆


「おおい、メシできたぞ」

「いらん」

 エルフ自警団の詰所から厄介払いのような形で解放され、俺は旅を続けている。

 以前と違うことが一つある。

 それは、一人旅ではなく女騎士エルフを道連れにしていることだ。

 どうしてそうなったのか理由を述べる前に、まずは腹ごしらえだ。

「そっかい。じゃあ失礼して、いただきます」

 そうめんを梅肉で食う要領で、今回はつけめんの汁にエルフの森で適当に入手した木の実、果物をあれこれ試しながら加えてみる。

 改良の余地ばかり残る味になった。

 ものごと、なんでもホイホイ上手くいくわけではないな。

 不味いものを口に入れて頭が冷静になったので、なぜ女騎士が一緒にいるのかを説明して、失敗から頭を切り替える。


 女騎士は仕事のへま、要するに俺に早とちりで襲いかかったことを、同僚に怒られた。

 その埋め合わせとして、年配の物知りなエルフのもとへ、俺を送り届けるように上司らしきエルフに命じられたようだ。

 都合のいいことに女騎士の父親は結構な年配の物知りエルフで、過去に何人か「外から来た『ヒト』」と会ったことがあるようだ。

 俺のように、異世界に紛れ込んだ人間と。

 だから俺を案内してやれと同僚から言いつけられてしまったのだ。

 その場の雰囲気としては、

「さっさと目的を果たしてエルフの土地から出て行ってもらおう」

という言外の総意があった気がしないでもない。

 どうやらこの女騎士は自警団の中でも若手らしく、周りがそういう空気になってしまった以上、逆らうことができないようだった。

 

 説明終わり。

 俺は木の実フレーバーのつけ汁試作を一時断念して、無難に塩味のつけ汁を作り直した。

 女騎士がメシに手を付けない以上、念のために大量に茹でておいた麺を俺一人でなんとか完食しなくてはいかん。

 このあたりは見たこともねえ木の実が多いから、なんかイケそうなインスピレーションあったんだけどな。

「なあお嬢さんよ。多少の苦みと酸味があってそれでいて柔らかい甘味のある都合のいい木の実とか、知らんかい」

 仏頂面で馬に乗って待機している女騎士に聞いてみる。

「知らん。そもそもどうしてこんなところで道草を食っているんだ。こんなこと、さっさと終わらせてしまいたいのに……」

「腹が減れば飯は食うだろう。ただでさえ俺は取り調べと不当拘束で長い時間空腹と戦ってたんだ」

 女騎士が叱られて面倒を押し付けられたのは、俺のせいじゃなく自業自得だしな。

 怒らせるとこいつはヒカリモン抜くから指摘しないが。

 特に建設的な意見も出てこないようだし、つけ麺はこのまま食うか。

 ぐぅぅ。

 なんか鳴った。

「腹の音か?」

「ううううるさいうるさいうるさい! そんなわけないだろう!」

 ぐぅぅぅぅ。

 もう一回鳴った。

「違う!」

 勝手に否定している。

「なにも言ってねえよ。でもまあ、作りすぎちまったから、誰か食うの手伝ってくれると嬉しいな。誰か通りがからねえかな」

「……どうしてもと言うなら、処理を手伝ってやる」

 めんどくせえタイプの女だこいつ。

「なるべく食材を無駄にしたくねえんで、よろしければお手伝い願えますでしょうかね、お嬢さん」

「少し、待ってろ。あと、お嬢さんと呼ぶのをやめろ」

 そう言って人間でいうなら十代にしか見えない女騎士は、森に生えている樹木から拳大の果物を採ってきて、俺に投げてよこした。

「酸味が欲しいと言っていたな」

 見ると、どうやら柑橘類の果実だ。

 外見はユズやレモンに近いが、皮はもう少し薄く、香りの酸味もそこまで強くはない。

 実を割って中の果肉を一つ食う。鼻に抜けるようなすがすがしい酸味。舌の上で踊るかすかな甘味。後味を引き締める苦味。素直に旨い。

「ラーメンサラダのドレッシングとして酢の代わりにこれ使うの、結構いけるな。夏の暑い日に、冷やし麺で、色のいい野菜やハムを細く刻んで。いや、激辛ラーメンのセットでこれをジュースとして出すのも……」

「ぶつぶつとなにをわけのわからんことを……」

 怪訝そうな顔をしながらも、特に文句も言わず女騎士は俺の作ったつけ麺を平らげてくれた。

 俺が少しドヤ顔をして食べる様子を見ていたら、頬を赤らめて睨まれた。


 ☆


「……子供のころ、父上に聞いた話を思い出した。外の世界、お前ら『ヒト』の作る食事のことを」

 森の中を先導されしばらく進んだ頃、女騎士がふと語り始めた。

 満腹になったからか、心なしか態度や表情から険しさが抜けている。

 こいつの親父さんがなにやらこの世界では生き字引の一人とされていて、俺たちの世界のこともある程度知っているらしい。

「そうか、あれがパスタと言うものだったのか」

「ちげえよ!」

 反射的に激昂してしまった。

 広い意味でパスタというのはイタリア語で麺料理の総称だから、ラーメンもそうめんも蕎麦もうどんもやせうまもイタリア人に言わせりゃパスタなんだが。

「原料は小麦粉で、練って整形して茹でたり蒸したのち、様々な味付けで食す料理がパスタなんだろう?」

「そ、そうなんだけど、そうじゃねーんだよ。違うんだよ」

 ラーメンはパスタでもありラーメンはパスタではないんだ。

 自分でも今更どう説明していいかわからんが、俺はラーメンを作っているわけであってパスタを作っているわけじゃねえ。

 これが相手に伝わらないというのは、ラーメン族にとってプライドとアイデンティティが音を立てて崩壊するレベルの大問題なんだよ。

「ふ、私にとってはどうでもいいことだ。どのみち、父上はなんでも知っている。その時に答えがわかるだろう」

 俺が歯噛みしているのを見て気分がいいのか、初めて女騎士が笑顔を見せた。

 可愛げのない、不敵な笑みだったが。


 ☆


「うん、これはパスタだな。いやあ、外の『ヒト』が直々にこんな美味しいパスタを振る舞ってくれるとは、長生きはするものだ」 

 女騎士の実家らしい、でかい木造の屋敷。庭もでかく花が大量に植わっている。

 そこでこのあたりのエルフでは年長者とされている女騎士の父親に、俺は今の材料と腕で作れる限りの王道系醤油ラーメンを作って振る舞った。

 娘と違い泰然としていて、見た目は若いがさすがに年長者の余裕がある。

 この種族は全然、老化をしないらしいな。

 若者まで老けて見えるドワーフとはなにからなにまで違う。

 煮豚、彩りの野菜、鶏ガラと豚骨主体のスープ、豚の脂アクセントにした醤油だれ、加水率やや低めの卵入り中太縮れ麺。

 惜しむらくはメンマがないことだが、エルフの森を通っている間、竹林を見つけた。今度タケノコを採集しておこう。

 そこで親父さんの発言に戻るが、これは誰が何と言おうとラーメンなんだっつうの!!

「これは、ラーメンなんですよ!」

 大事なことなので声に出して言った。

「まあ落ち着きなさい。きみの言わんとしていることはわかる。外の世界で『東洋』と言われる地域や、そこで食べられているラーメンという料理のことも、私は聞き及んでいる」

 本当になんでも知ってるな、この親父さん。

「その上で言おう。これはパスタだな。と言うより、ラーメンではない。なぜ私がそう結論付けるか、きみも薄々わかっているのではないかね?」

 くそっ、娘に比べたらマシだと第一印象で思ったが、この親父さんも面倒くせえ性格をしてやがった。


 この親父がどうしてこんなことを自信満々に言ってのけるか。


 それは、俺の作るラーメンの麺には、カン水が使われていないからだった。


 ラーメン独特の発色と個性的な匂い、あるいはキュッと締まったような麺のコシ。

 それをもたらすものがカン水と呼ばれる添加物だ。

 しかし俺は元の世界、日本にいたときから、この異世界に飛ばされてからもずっと、個人的に自分なりに作るラーメンには、カン水を用いていないのだ。

 勤めていた店の仕事で指定された調理の場合は別としてな。

 

 そのラーメンが

「ラーメンではない」

と、遠く離れた異界の地で、真っ向から否定されたのであった。

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