13 包丁アート・オフライン

 ☆


 勝負服に着替える。

 以前に老婦人からいただいた、龍と鳳凰の中華風刺繍が入った前掛け。

 正直、これを身に着けるのにふさわしいほど、俺自身がこの世界でどれだけ成長したか、それには自信がないが。

「うわ、気合入ってんじゃん。つーか凄いねそのエプロン。どこで買ったの? 横浜中華街?」

「ちげえよ」

 高級店の既製品とすみれが思うのも無理はないクオリティだがな。 

「……よこせ。私の剣と交換してもいい」

「やらん。つーかおもちゃの剣なぞいらん」 

 エルフ娘は引っ張るな。 

 せっかくの大勝負だから一張羅でビシっと決めようと思ったのに、どうも調子が狂う。

「お、すみれのTシャツ、店のロゴ入りだったんか」

 洗い終わって乾いた自前のTシャツに着替えたすみれ。

 背中のプリントをよく見ると、炎マークの中央に「姫」の文字がある。

 その下に英語で「Fire Princess」と書かれていた。

「あ、うん。炎の姫で、エンキって店なんだ。これだけだと、ラーメン屋だかなんだか、わかりにくいかなーって思ったけど、スポンサーとの兼ね合いでさ……」

 恥ずかしそうな、それでも誇らしげな表情ですみれが笑う。

 店を持ち、大きなイベントでも勝ったという喜びや責任、そしてプライドを感じる、いい表情だ。

 気を引き締めなきゃマジで負けるな。


 お互いが勝負服に身を包み、いよいよ開始のときが来た。

 異世界に突然流されて、いきなり初戦敗退するすみれの心情を思うと心苦しくて笑いが止まらねえぜ。

 せいぜい完膚なきまでに叩きのめしてやるとしよう。


 ☆


「はやっ! アンタこっちの世界に来てマジでラーメンばっか作ってたでしょ!?」

 開始直後、麺の茹でや具の調理に取り掛かった俺の挙動を見て、まずすみれが驚嘆の声を上げた。

「……おおお、まるで野菜が糸のように細く美しく」

「よう手を切らんもんじゃ」

 続いて、俺がマッハで白髪ネギを大量に作る様子に、厨房近くまで身を乗り出して見ているエルフやドワーフたちが感心している。

 先に作っておいても良かったんだが、白髪ネギは見た目が美しいからな。

 リアルタイムでできていく様子を見てもらいたかったのだ。

 ラーメンに乗せる炒め野菜のニンジン、これはあらかじめ飾り切りの準備をしておいた。

 周囲に溝を掘れば、輪切りにしたときに星や歯車のような型になる。

 鶏ガラ主体、及び貝の旨味を活かした透明塩スープに、葉物やニンジンなど、色のいい炒め野菜。

 そして市場で発見した食材の中で、俺を最も喜ばせたエビの一種。

 なんと、生きたままの状態で売っていたのだ。

「エビは美しく、食べても美味だ。エルフたちにとっても海からもたらされる食材の中では非常に人気がある。未明のうちに海で獲れたエビが昼前に馬車でここまで運ばれるのは、この町の名物になっているんだ」

 エルフ娘とすみれが市場の中でそう話していたのをこっそり盗み聞きした。

 それを使わない手はないぜ。

 エビは殻ごと熱すると見事に赤くなり、器の中を一層華やかにしてくれた。

 麺とスープの黄金色、野菜の緑黄色、エビの赤、そして白髪ネギ。

 見てるだけで気分も華やかになるラーメンじゃねえかこれは、と自画自賛。

 なおかつ、このラーメンにはそれなりのメッセージもある。

 それは、海と陸の融合だ。この町にふさわしいラーメンだ。

 さらにさらにダメ押しがあるぞ。

「なんじゃ、そんな煮えた油をどうするつもりじゃ。誰かを拷問にでもかけるのか」

 俺がやろうとしていることに、近くにいたドワーフが恐ろしげな疑問を口にする。

 俺は鉄鍋で熱したエビの香り付き油をごく少量、器の上にまわしがけた。

 ジュワワワワァ……と、野菜や油が音を立てる。

 その熱で、どっさり乗せられた白髪ネギが反り返った。

「すでに調理の終わった料理が器の中で動くとは……」

 日頃、暇な思いばかりしているエルフたちもこれにはたまげただろう。

 これは見た目の効果も抜群な上に、音と香りでも人の食欲を刺激する演出だからな。

「地面から生えているだけの草に、これほどの変化があるとは……」

 そんなコメントが聞こえる。そうそう、そこなんだよなあ、伝わってほしかったのは。嬉しいねえ。

 ラーメンに限った話じゃねえが、料理ってのは技であり叡智だ。

 相手を置き去りにして技術自慢に陥っては本末転倒だが、食べてくれる人を喜ばせるために振るえる腕があるのなら、惜しまずにどんどん振るうべきだ。

 まあ、このネギもただ生えてきただけの草ってわけじゃなく、丹精込めて育てた誰かさんがまず第一の功労者だから、俺らがあまり偉そうにしてもいけないんだがな。

「相変わらず小手先の技がお上手なことで」

 すみれにイヤミを言われた。

「すみれも少しは上達したんか。俺はお前と話している今この間でも、ホレこの通り」

 会話しながら俺はトマトの皮を林檎の皮を剥くように薄く剥き、剥いた皮を丸めてバラの花に模した飾りトマトを作った。

 果実の部分は俺が食う。腹減ってたし。

「ま、また魔術を使ったか。なぜナイフから花が生まれる……!?」

「ほれ、やるよ」

 花の部分はエルフ娘にくれてやった。

 ただのトマトの皮なんだが。

 エルフ娘は、なにがどうしてどうなっていきなりバラの花が生まれたのか、不可解な様子でおっかなびっくり観察している。

 ラーメン自体の味、出来栄えもそうだが、今日の俺は冴えてる。負ける気がしねえ!


 ☆


 食堂に入ってきた客に、どんどんと俺たちが作ったラーメンが行き渡りはじめる。

 そこで今回の勝負方法を簡単に説明しよう。

 俺とすみれの作ったラーメン、どっちが数多く出たか、勝敗はそれだけだ。

 客は俺かすみれの食べたいと思う方に注文をし、もう片方も食べたいなら食べてくれればいい。

 この一杯で十分だと思えば店を出てもいいし、同じものをもう一杯食べたい、と思えばもう一度注文してくれればいい、そういうシステムだ。

 そのため、一杯の分量は普通のラーメンに比べてかなり少なめだ。

 俺もすみれも「だいたい普通盛りのカップ麺サイズかそれ以下」という分量で合意している。

 出回った数字についてはエルフ娘やドワーフたちの協力の下、ほぼ正確に管理されている。もちろん自分たちでも数えてるしな。

 ラーメン一杯につき、値段は抑えているが一応料金は取っている。

 儲けの大部分は場所を提供してくれたドワーフたちに渡すことになっているから、タダと言うわけにはいかないのだ。それでも安いが。

 で、そのルール下においてすみれのやつがどういうラーメンを作ったか。

「……思い切ったなあオイ」

 ほんのり醤油の茶色が混じってはいるが、ほぼ白濁色に近い豚骨ラーメンだった。

 具は分厚いチャーシューが一枚と細かく刻んだ少量の青ネギ。

 そして俺の白髪ネギと対照的な、トウガラシ類の極細切り。これも少量。

 本当にそれだけ。

 ここの市場に並んでいたのはいわゆる唐辛子よりも全然甘く、おそらくはパプリカに近い種だろう。

 味の効果と言うよりは、白濁した器の中にワンポイントの赤と緑、という趣だった。

 ただ、出来上がってからのラーメンがシンプルなのに反して、調理中のすみれの姿は客に大きなインパクトを与えた。

 小柄で華奢な女が、大きな炭火のかまどで、やたらとでかい豚肉をジリジリとあぶっているのだから。

 俺はラーメンには主に醤油系の煮豚を使うことが多いが、すみれの実家は下味をガッツリつけた豚バラを豪快に焼く流儀だった。

 焼いた後に煮るのでも蒸すのでもなく、ただ焼くのだ。

 炭で焼いた豚が旨いのはわかる。

 しかしラーメンの具として使うとき、スープに負けないよう濃いめに味付けされた煮豚の方が相性がいいのでは、という空気がどうしてもあるのだ。

 しかし。

「こりゃあ、たまらん……」

「かじりつきてえ」

 ドワーフのオッチャンたちや、おそらく犬系やトカゲらしき獣人という連中が、豪快に焼かれる豚の肉塊の前にヘブン状態になっていた。

「よいしょっと」

 大振りの豚肉を、やたらデカい包丁でざくっとすみれが切り分ける。

 断面から現れた、きらきらっと光る肉汁。

 器からはみ出しそうなその焼き豚を乗せて、すみれのラーメンもどんどん完成して、客の手元に渡って行く。

 勝負の行方は、全くわからなくなってしまった。


 ☆


 俺もすみれも順調に注文にこたえ、杯の数を重ねていく。

「あ、汗だくだぞ。大丈夫なのか?」

 Tシャツ全面がすでに汗で透けてしまっているすみれを、エルフ娘が気遣った。

「へーきへーき。向こうでは毎日こんな感じだったもん」

「し、しかしだな、その。胸が……」

「大丈夫だよ、ブラしてるから。まあ、エプロンはあったほうがよかったかな」

 ブラは透けてもいい派らしい。

「と言うわけだから、やはりお前の前掛けをよこせ」

 エルフ娘がまた引っ張ってくる。

「やらんっつーの。脱ぐなり透けるなり好きにさせとけ。つーかお前が欲しいだけだろ」

「チッ」

 舌打ちやめろっつーのに。


 作業の合間に俺たちがくだらない問答をしていると、客席でもなにか騒ぎが起きていた。

「見たまえこの色彩を、あなた方にこの洗練された美が理解できるかな?」

 俺のラーメンを喜んで食っていたエルフの一人だな。

「なにをしゃらくせえことを言ってやがる。飯は口に入ってナンボだろうが」

 すみれのラーメンをお代わりした狼男がそれに反駁していた。

「異界の女の『ヒト』ってエルフと変わらないくらい華奢なのに、すごく懸命に働くのね。なんだか下手なエルフの男よりかっこいいわ」

 今度はエルフの女性客。なにやらすみれのファン化しているらしい。

「仕事が終わったあとは肉が多い方、休みの日は若い兄ちゃんが作った見た目がきれいな方がええのう」

 そう言っている年配のドワーフは両方食べてくれたみたいだな。

 食堂全体を見渡すと、客席のあちらこちらで多種族をまたいだラーメン談義が喧々諤々と行われていた。

「ねーねー、ナイフでお花作るの、もう一回やってよー」

「危ないから厨房に入って来るな……」

 エルフの子供(性別不詳)がまとわりついてくる。

「……なんだか混乱してきたが、収拾はつくのか?」

 エルフ娘が飽きれた口調で言った。

 俺にもわからなかった。

「ああもう! この忙しいのに喧嘩しないで! アンタらの盛り付け少なくするよ!」

「そ、それは勘弁してくれよねえちゃん!」

「こちとらなにか面白そうなことやるってんで、朝飯抜いて来たんだぜ~」

 すみれの喝が響き渡り、叱られている方はなぜか嬉しそうだ。


 ☆


 深夜近く。

「あー、疲れた……」

 まともな服に着替えたエルフ娘に膝枕をしてもらって、すみれはぐったりしている。

 疲労度合いは俺も同様だが、膝を貸してくれる相手はもちろんいない。

 前日の昼から買出しに仕込みにと、まともに休んでないままの戦場だったからな。こんなに働いたのは久しぶりだ。


 材料が尽き、俺たちのラーメン勝負は一応の終幕を迎え、客もあらかた帰った。

 俺が申告した数、すみれが申告した数、そしてドワーフのオッチャンたちが会計を管理していた数字を照らし合わせて、もうじき結果が出る。

「ねえ、アタシのラーメン、どうだった?」 

「……旨かったよ。親父さんの味に近いが、もっと柔らかくて優しい味だった」

 ラーメンに嘘はつけないので、思った通りの感想を言った。

 すみれの作った豚骨ラーメン、見た目こそ実直で豪快だが、口に入れたときの雑味のなさ、焼豚の香ばしさと甘味、ラーメン自体の濃さ加減、すべてが心地よいバランスで調和されていた。

 味の濃いもの、脂っこいものが苦手なエルフたちでも、まろやかでクリーミー、ピュアな旨味をふんだんに抽出した豚骨ラーメンは、別次元の食べ物として驚きの元に受け入れられたようだ。

「佐野のラーメンも良かったよ。味もそうなんだけど、なんて言うか、外にご飯食べに行く、って言う、原体験みたいなワクワクを思い出した」

「難しいこと言ってんな」

「ほら、あるじゃん。子供の時に親に連れられてデパートとか遊園地とかに行ってさ、そこで食べるものって日常とは離れたワクワクがあるでしょ?」

「なるほど。俺にとって小さいころからワクワクする外食ってのはラーメンだったから、それが伝わったってことでヨシとするかな。まあ、勝負は勝負できっちりつけるが」


 満足のいく勝負だったが、結果はまた別の話だ。


 その結果を知らせるために、ドワーフのオッチャンたちが集計を終えて戻って来た。

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