第33話

「え……?」


 バーニーは、というよりバーニーだけが、撃破されていた。

 もちろん、やったのは俺だ。しかし、自爆攻撃を仕掛けておいて、どうして俺が無事なのか。


「ああ、そうか」


 理由は単純。バーニーの装甲板が薄かったから。

 銃弾や爆風を防ぐのは、他のステッパー並みに出来るのだろう。しかし、圧力には弱かったらしい。


 証拠に、ヴァイオレットのバックパックは少し凹んだだけなのに対し、バーニーのコクピットはぐしゃりと潰されている。その隙間からは、オイルと共に真っ赤な液体が細々と流れ落ちていた。

 既に夕日も沈んだ薄暗さの中、俺が咥えた懐中電灯の向こうで、薄茶色と赤色が混ざって滴っている。


 バーニーは飽くまでもリールの専用機だ。そして、このパイロットの腕前がリールより劣っていた。それだけの話、と言ってしまえばそれまでだ。


「ぐっ……」


 俺は右脇腹を右手で強く圧迫しながら、どうにかヴァイオレットのコクピットから這い出た。既に相当量の血液が流出している。パイロットはもう助かるまい。


「リール……」


 俺は両足が無傷であることを確認し、焼夷弾で開けた穴に向かった。強烈な錆びの臭い。僅かな流水。それに、ステッパーが悠々と通れる太さがある。生身で飛び降りるには無理があるな。


 俺は右脇腹の激痛と左腕の無感覚に苦労しながら、どうにかワイヤーをヴァイオレットから引っ張り出し、固定した。先端の方は、適当な長さだけ伸ばし、無造作に穴の中へ。

 今の俺には、任務の達成しか考えられなかった。ワイヤーを右手と左腕の肘の内側で挟み、降下する。その先で、すぐさま蜂の巣にされるかもしれない。


 だが、それでもいい。

 リールの救出は、いずれ来るであろう後続の味方に任せよう。俺は敵を一人でも殺害、いや、負傷させるだけでも構わない。


 そこまで脳内を整理してから、俺は全思考を放棄した。するり、とやや不器用にワイヤーを滑り降りる。そして水道管の下側に、両足を同時に着地させる。


「ぐがっ!」


 右脇腹に、稲妻が走るような激痛。真っ暗な水道管の中で、俺は懐中電灯を咥え直し、拳銃を構えてさっと振り返った。首と一緒に、銃口と懐中電灯をぐいっと上げる。


「ひ、ひあっ!」


 悲鳴を上げたのは俺ではない。向こうも怖かっただろうが、俺の方が驚愕の度合いは強かったはず。何故なら、電灯の先にいたのは、年端も行かぬ少年たちだったからだ。

 歳の頃は、十二、三歳。否応なしに、俺は自分の過去と彼らの境遇を重ね合わせていた。

 自動小銃を手離し、両手を掲げている少年たち。その数、六人。


 全員で撃ちまくれば、狙いが滅茶苦茶でも俺一人を殺すくらい造作もなかったはず。どうしてそうしなかったのだろう? そんなに鬼気迫る雰囲気を、俺が醸し出していたということか。


 無言の睨み合いが続くかと思われたその時、少年たちの後ろから、より小柄な人影が姿を現した。


「あっ」

「助けに来たぞ、リール軍曹」


 それ以外、言うべき言葉が見つからない。しかしそれで十分だった。

 リールが、こちらに向かって駆け出してくる。少年たちも、誰も彼女の背中を撃とうとはしない。

 そんなことよりも、驚くべきはリールの言動だった。


「デルタ! デルタ伍長! 助けに来てくれたのね! 怖い、怖かった、本当に怖かったよ!」


 そう言って、リールは俺に抱き着いてきた。あれほど無感情で空気の読めなかったリールが、だ。

 俺はそっと、彼女の頭を撫でてやった。感触がどことなくリアン中尉と似ている。姉妹だからか。


 どのくらいの間、そうしていただろうか。気づいた時には、味方のステッパーが二機、アスファルトに空いた穴から跳び下りてくるところだった。

 きっとドローンか何かで経過を見ていたのだろう。敵の下にステッパーがなければ、こちらは全勢力を投入できる。きっとそう判断されてのことだ。

 ステッパーの照明が、薄暗い水道管内部を丸い光で切り取る。


「もう安心だぞ、リール。帰ろう」


 そう口にする頃には、俺たちは救助隊員に引っ張り上げられるところだった。

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