第32話

 すると、敵は唐突に動きを止めた。榴弾砲を構えている。反動に備えてステップを止めたのだろうが、発射までの速度と弾速は自動小銃の方が遥かに早い。いい的だ。


「馬鹿が!」


 俺はバーニーを蜂の巣にすべく、思いっきり銃撃。弾倉が空になるまで撃ち続けた。

 そして、自らの失策を呪うことになる。


「ん?」


 俺は敵機の挙動を止めようと、足元を中心に銃撃した。しかしそこにあったのは、ひび割れ、抉られたアスファルト。敵機の脚部は無傷である。


「まさか……!」


 左側から鋭い殺気。俺は回避を試みる。だが、敵機の突進を食い止めることはできなかった。

 もちろん、敵機が二機に分裂したわけではない。俺が銃撃していたのは、敵機の姿をしたホログラムだったのだ。

 空間に映写されたホログラムを展開しながら、敵機の本体は俺の横に滑り込んでいた。

 

 唐突に響く接近警報。俺は直感的に、敵がサーベルを振るってくるのを察した。無論、弾倉を交換する暇はない。こうなったら――。


「左腕はくれてやる!」


 勢いよく機体の腰から上部を左回りに回転させ、無造作に左腕を突き出す。すると、あまりにも呆気なく、左腕の肩から先が消滅した。恐ろしいまでの斬れ味だ。

 これでは最早、リロードもできない。自動小銃は用済みだ。俺は右腕に握らせた小銃を左側に振るった。敵機の第二撃が、すっぱりと小銃を斬り落とす。

 同時に、思いがけないことが起こった。小銃と一体化していた榴弾砲の爆薬が、斬られた衝撃で起爆したのだ。


「どわあっ!」


 ステッパーが致命傷を被るほどのものではない。だが、この爆発は、互いにとっての目くらましになった。

 俺は慌てて右腕で電磁ランスを握りしめ、背部から引き抜く。


「はあっ!」


 半ばがむしゃらに突き出すと、確かな手応えがあった。が、同時に突き飛ばされる。敵機は爆風に突っ込むようにして、俺に体当たりを喰らわせたのだ。


「止まれッ!」


 俺は全力でペダルを踏みしめ、バックパックを噴かす。しかし勢いを相殺しきれず、そのまま鉄骨の山に突っ込んでしまった。頭上からがらがらと降り注ぐ鉄骨。そのまま、尻餅をつくようにして背中から倒れ込んだ。


 追撃から逃れるためにも、何とか立ち上がり、左右または上方に移動せねば。しかし、半ば生き埋めの状態でそれは無理だ。俺は被弾を覚悟で、右腕で鉄骨群を払い除けた。


 時間の進みが遅くなる。一瞬、死というものに対する意識が、頭の中で浮かび上がった。

 少年兵時代にはよくあることだったし、当時は恐ろしいとも思わなかった。


 だが、今は違う。自分のことはどうあれ、これは『人を殺める』のではなく『人を助ける』任務なのだ。リールの身柄を守り、リアン中尉の遺言に従うための戦いなのだ。

 ここで俺が倒れるわけにはいかない。


「動けよ、ヴァイオレット!」


 そう叫びながら、思いっきりペダルに体重をかける。無理やり取った機動だ。きっと、バックパックの出力は半減してしまうだろう。

 それでも、俺は回避を優先した。そして偶然にも、その行動は吉と出た。


 敵機は、銃撃を仕掛けてこなかったのだ。半ば横転しながら、様子を窺う。するとあろうことか、敵機は右腕を駆使し、左腕を引き千切るところだった。俺と同じように、自動小銃を放棄。


 火花が周囲に散らばるのを見て、敵機はバックステップで後ずさる。同時に、細かい爆炎がぽつぽつと上がった。左腕機関部のオイルが、操縦系統の火花と接触し、発火しているのだ。


 俺は改めて、右腕で電磁ランスを握り直した。敵機もまた、サーベルを右腕に握らせる。逆手持ちにしたサーベルの刃が、爆光を浴びてぎらぎらと輝く。きっと、血肉に飢えた怪物の目というのは、こんな輝きを宿しているのだろう。


 だが、こちらとて立場は同じだ。

 リーチのある電磁ランスを握るヴァイオレット。威力のあるサーベルを手にするバーニー。

 まさか、ステッパー同士で格闘戦を行うことになるとは、思いもしなかった。だが所詮、ステッパーとて金属の塊であることに変わりはない。


 俺は脚部が無事なのを確認してから、一気に距離を詰めた。

 そして、雄叫びと共に電磁ランスを突き出した。


「はあああああああっ!」


 敵機はこれを、身をよじって回避。左側からサーベルが俺に迫る。

 これに対し、俺はわざと転んで見せた。右側に横転したのだ。右腕をついて一回転。一瞬、加重超過のランプが灯ったが、腕を振るうのに支障はない。


 足元をさらうような敵のサーベル。これを跳躍で回避しながら、俺もまた、ランスを横薙ぎに振るう。

 ぐっと上半身を下げて回避する敵機の前で、俺は一瞬、バックパックの出力を最大に。突っ込んできた敵機の背中を踏みつけた。


「覚悟ッ!」


 俺は片腕で握ったランスを、思いっきり敵機の背部に突き立てた。が、感覚が甘い。精々、バックパックを破壊したくらいだろう。

 反撃を警戒し、距離を取る。と同時に、こちらも限界が来たらしい。バックパックの機能停止を示す警報音が鳴り響く。


「うるせえ、黙ってろ!」


 俺が立ち上がった、次の瞬間だった。目の前に、何かが迫る。敵機が投擲したのだ。これは――。


「バックパックか⁉」


 敵機は、損傷して役に立たなくなったバックパックを分離し、こちらへ投擲を試みた。


「まずい……」


 再びスローモーションになる視界の中で、俺は呟く。バックパックは、数トンの重量を有するステッパーを動かす心臓部だ。これを、しかも損傷した状態で投げつけられたら、一体何が起こるか分からない。


 電磁パルスが発生し、電装部品が全滅するか。

 暴発したバックパックが、周囲を飛び回って場を滅茶苦茶にするか。

 はたまた、バックパックは目くらましで、敵機はまたホログラムを使ってくるか。


 しかし、答えはそのどれでもなかった。そして、一番分かりやすかった。

 バックパック内部の燃料による、大爆発である。


 突然の事態に、俺は防御態勢を取りそびれた。コクピットの中央、装甲板を挟んで反対側が爆炎に呑まれ、融解する。

 俺は自分が、何某かの叫び声を上げたのを悟った。しかし、それがどんなものだったかは分からない。しばしの間、俺の五感は熱と痛みに苛まれ、機能不全に陥った。


         ※


《……します。本……した。繰り返……本機は撃破さ……た》


 俺はゆっくりと目を開けた。ディスプレイが死んだのか、あたりは真っ暗だ。

 先ほどから俺の鼓膜を震わせていたのは、現在の機体の状態を知らせるアラートだ。


《繰り返します。本機は撃破されました。パイロットは直ちに脱出し、誘爆から逃れてください。繰り返します――》

「そう、か……」


 ヴァイオレットは、負けたのか。

 せめて非常ハッチを開放しようと、俺は右腕を伸ばす。その瞬間、


「がはっ!」


 右脇腹に、激痛が走った。同時に、生温かい液体の流れる感覚が、俺の腰に広がっていく。

 ゆっくり下を向くと、凹んだハッチがひび割れ、その尖った部分が俺の腰部に食い込んでいる。軽傷とは言えまい。


「俺は、ここで死ぬのか?」


 そう言葉にしてみて、俺は自身の胸中が、絶望と諦念に染められていくのを感じた。

 規則的な振動が、俺を震わせる。バーニーだ。敵に下ったバーニーが、俺に止めを刺しに来る。

 

 自嘲的な笑みが浮かぶのを、俺は止められなかった。出血を止められないのと同じように。

 俺の一生は、一体何だったのだろう。


 せめて後続の味方のために、道を空けておかねば。俺の思考が働いたのはそこまで。

 右腕だけでレバーを握り、俺は自機を立ち上がらせて半回転、敵機に背を向けた。

 それから軽く跳躍し、機体の右腕部からワイヤーを射出。建設中のビルの鉄骨に絡ませ、自機をぶら下げた。

 両足を上げてスラスターの位置を調整する。そして、思いっきり前方に向かって噴射した。


 敵機にできたことが、俺にできないはずがない。一気に機体は後方、敵機の方へと、振り子の要領で揺れ動いた。敵に自らのバックパックを叩きつけ、自爆するつもりだ。

 俺は目を瞑り、自分が爆風で粉微塵になる瞬間を待った。


 やがて、凄まじい衝撃が俺を前後に揺さぶった。どうやら、上手く敵機に衝突したらしい。きっと今にも爆炎が二機を包み込み、刺し違えることになる。そう信じて疑わなかった。

 しかし、


「あれ……?」


 爆発は起こらない。代わりに、メリメリという異音が耳朶を打つ。敵機の足音も止まった。

 何が起きている? 俺は身を焼くような右腰部の激痛に耐えつつ、ホルスターから拳銃を抜いた。


 ワイヤーを切り離すと、地面に衝突した勢いでメインハッチが吹っ飛んだ。蹴り開ける手間が省けた格好だ。腰には金属片が刺さったまま。

 仰向けになったヴァイオレットの胴体から、俺は無造作に頭を出した。そして、同じく仰向けのバーニーを見て、目を見開いた。

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