第31話


         ※


 俺がまず向かったのは、バーニーがアスファルトに開けた大穴だった。躊躇いなく飛び降りる。

 ガシュン、と膝の衝撃吸収部が軽く鳴り、静寂が訪れる。それから数歩、すたすたと俺はヴァイオレットを前進させた。


「ルイス、聞こえるか?」

《こちらルイス、感度良好だ》


 地下に潜っても、通信に支障はないらしい。


「俺はお前が爆破したところから水道管に降下する」

《真上からの奇襲、というわけかい?》

「ああ。一旦外に出るから、市街地を誘導してくれ。それと、民間人の避難を」

《その心配はないよ》

「何?」

《敵が足止めを食ってるのは、廃棄区画の真下なんだ。あそこに住んでるのは専らホームレスだけど、彼らは危機意識が強いから、とっくに逃げ出してるよ》


 なるほど。十数時間前の水道管上部の爆発が、音や地鳴りとなって彼らを逃がしたのか。

 

「状況は分かった。一旦地上に出る。廃棄区画までの道のりを確保してくれ」

《了解》


 俺はワイヤーを右腕から射出し、自機を引っ張り上げた。脚部スラスターを噴かせて一回転し、再びアスファルトに降り立つ。


「走行モード、正常作動を確認。目標地点までの直線距離、約一・二キロ」

《でもデルタ、道路に沿って行けばもっと距離が――》

「面倒だ。建物の天井を跳ぶ」

《跳ぶって?》

「ここから廃棄区画までの間に、高層ビルはない。以前目視で確認済みだ。ヴァイオレットの機動性能なら、連続跳躍で行ける」

《わ、分かった! 建物の天井を踏み抜かないでね!》


『了解』と告げる頃には、俺は首都防衛部隊本部の鉄柵を乗り越えていた。それからバックパックをフル稼働させ、機体を浮かせる。右腕だけで姿勢を調節するのは困難だったが、すぐさま左腕以外の全身に感覚を叩き込んだ。

 これができなければ、俺は少年兵時代にとっくにくたばっていただろう。


 俺がその感覚、コツを手にした時には、既に三つ目の低層ビルから次へと跳躍するところだった。機械仕掛けの薄汚れた街の宙に、ヴァイオレットの白い機体が薄ぼんやりと浮かび上がる。


 それから数分後。

 

《十時方向、三百メートル地点!》


 俺は一旦バックパックの噴射を止め、そちらの方向に頭部を巡らせた。

 確かに廃棄区画だ。よく見ると、アスファルトの一部が陥没している。あれが、ルイスの仕掛けた爆破の痕跡か。


 問題はここから。どうやって敵からリールを引き離すか。今までは、姿勢制御に集中していて考えていなかった。自分の浅はかさに辟易する。が、自己嫌悪に陥っている暇はない。


「ルイス、知恵を貸してくれ」

《ああ、そう言えば装備一式について説明していなかったね》

「そんなことは――」

《いいから聞いてくれ》


 ルイスは有無を言わさぬ調子で、俺の言葉を遮った。


《ヴァイオレットの右腕部に、小型の焼夷弾を装備した。小型と言っても、最大効果域での威力は半端じゃない。狭い範囲に超高温の熱波を生み出し、溶解させて穴を空ける。ステッパー一機がすり抜けるには十分な穴が空くはずだ》

「そいつを少し離れたところに仕掛けて、ヴァイオレットで水道管に潜り込む、ってことか?」

《そうだ》


 しかしここで、疑問が一つ。


「ルイス、そんなもの一体どこで手に入れたんだ?」

《この基地は今、完全に混乱しているからね。君が気を失ってる間に、試作兵器開発部から拝借してきた》

「お前がそんなことをするとはな……」


 そうぼやきながらも、俺は右腰部からその焼夷弾とやらを取り外した。直径四十センチほどの、のっぺりした円盤だ。

 俺はゆっくりと歩を進め、円盤を指定された場所に設置した。


《十分距離を取ってくれ。起爆はこちらから遠隔で行う》

「了解」


 俺はヴァイオレットの胸部に右腕を翳し、自らを守りながら脚部スラスターを噴射。その場から距離を取る。


「いつでもいいぞ、やってくれ」

《……》

「ルイス。ルイス?」


 何だ? 急に黙り込んで、一体どうしたんだ?

 疑念を抱いたのは一瞬。今度はすぐさまルイスの声が返ってきた。


《あ、ああ、そうだ。カウント五秒前。五、四、三、二、一》


 響いたのは、通常の焼夷弾の起爆時に非ざる、粘着質な音だった。べちゃり、とでも言おうか。同時に、真っ赤に溶解した金属片やアスファルトが飛び散り、周囲に飛び火した。

 焼夷弾を仕掛けたところを中心に、周辺が煌々と照らされる。

 俺はあたりを見回したが、確かに人影はない。ほっと胸を撫で下ろす。


《気温で冷却されるまで、十秒ほど待ってくれ》

「了解。しかしルイス、何かあったのか? 突然黙り込んで」

《え? 何か、って?》

「通信の途中にいきなり……いや、何でもない」


 俺は任務に頭を戻し、穴に跳び込もうと屈伸。バックパックを噴かせようとした、まさにその時だった。敵機、バーニーが穴から跳び出してきたのは。


「くっ!」


 地下から跳んだバーニー。しかし、ぐんぐんその高度を上げていく。五メートル、十メートル、十五メートル――。

 目測二十メートルに至った時点で、バーニーはふっと脱力し、落下体勢に入った。こちらに向かって一直線に降ってくる。その腕には、件のサーベルが握られていた。


 俺はバックステップして刃先を回避。着地時の隙を狙おうと、背負った電磁ランスに手を伸ばす。が、相手の隙があまりにも少ない。着地と同時に、今度は水平にサーベルを振るってきた。


「野郎ッ!」


 さらに後退を余儀なくされる。しかし、背後には鉄骨だけのビルが迫ってきていた。

 どうする? 判断は一瞬。退けないなら、前に出る。

 俺は自機の上半身をギリギリまで下げた。腰を折り、さらに前傾姿勢を取って、敵機にタックル。

 しかしもつれ合うようなことはせず、すぐさま離脱。


 一筋縄ではいかないな――。俺は接近戦を避け、銃撃戦へ移行することを選んだ。右腕だけで、今度は自動小銃を背後から引き抜く。

 ステッパー用とて、普通の火器と変わらない。初弾を装填し、セーフティを解除。俺自身の左腕は動かないので、ここはオート機能で行った。


 無駄弾を控え、短く速射する。ズタタッ、ズタタッ、と繰り返すも、敵機は転がりながら姿勢を正す。バーニーの性能もさることながら、パイロットの技量もかなりのものだ。

 敵機はコンクリート壁の陰に転がり込み、しばし沈黙。きっと自分の遠距離武器を準備しているのだろう。


 榴弾砲をぶち込むか? いや、敵はそれを予期している。否、誘っている。

 互いに残弾を気にする身だ。今は向こうの出方を見てやろう。


 俺が視界を赤外線センサーに切り替え、熱源、すなわち敵機の現在位置を探ろうとした、その時。


《……戦闘中……軍機、聞こえ……。繰りか……戦闘中の敵軍機、聞こえるか……》


 初めはノイズ混じりだった声が、だんだん明瞭になってくる。それに合わせ、俺は自分の目が見開かれていくのを感じた。敵機から通信だと? どういうことだ?


「こちらコードネーム・ヴァイオレット。用件は何だ」


 ぶっきら棒に尋ねると、敵もまた単刀直入に返答した。


《我々の目的は、貴国の最新鋭ステッパー、通称バーニーと、そのパイロット、リール・ガーベラ軍曹の身柄の奪取だ。その目的は想像に任せる》

「お生憎様、それは容認できない。両方共だ。すぐにバーニーを武装解除し、降りろ。それからリール軍曹の身柄をこちらに引き渡せ」

《なるほど、早々にして交渉決裂というわけか》


 俺がコンクリート壁に回り込もうとした時、しかし、そこに敵の姿はなかった。


「ん?」


 赤外線センサーの緑色の視野は、明瞭にこの場所を捉えていたはずだが。


《了解した。貴公を撃墜する》


 何とも仰々しい言葉遣いだが、これも敵のスタイルなのだろう。その言葉尻から、俺ははっと上を見た。と同時に、真上から弾丸が雨あられと降ってきた。


「チイッ!」


 脚部スラスターで滑るようにしながら、俺はこれを回避。同時に、自分の浅はかさを呪った。

 敵は、俺が赤外線センサーを使ってくることを予期し、排熱作業を行ったのだ。もちろん、それは高温で人型をしているから、俺はそこに敵がいると思い込んでしまう。事実、そうなった。


 俺は映像を赤外線から光学に戻し、細かくステップを踏むように移動。俺の機体が数秒前にあったところに、情け容赦なく銃弾が叩き込まれる。


 ふと、俺は思った。今からルイスに連絡して、支援部隊を要請できないか?

 だが、すぐさま却下。

 俺が単機でやって来たのは、狭かったり、複雑だったりする空間で、上手く立ち回るためだった。むやみに味方に来られては、それこそ同士討ちになりかねない。


 俺はバックステップを繰り返しながら、短く銃撃を再開する。さて、敵はどう出るつもりだ?

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