第27話

《敵襲……催涙ガス……、少なく……五名負傷……至急応援……》


 どうやらテロリストは、二班に分かれて攻め込んだらしい。一班はパーティー会場を、もう一班はステッパーの整備ドックを。


 ここが軍事基地であることを考えれば、待機中のステッパーは三十機程度はいるのだろう。

 しかし、そのうち数機は警備任務に就いている。まさか、ステッパーを複数相手にできるだけの大部隊が、整備ドックに攻め込んだのか?


 きっとそこには、今は亡きロンファのドラゴンフライ、リアン中尉のヴァイオレット、それにリールのバーニーが格納されている。どの機体も、個人用にカスタマイズされてはいても、一般機よりは高い戦闘力を秘めているはず。

 それが敵に強奪され、分析・解析され、模倣されるようなことがあれば、両国の軍事バランスは大きく傾いてしまうかもしれない。


「ステッパーの強奪だけは避けねえと……!」


 かと言って、今この場で起こっている銃撃戦から人員を割くことはできまい。整備ドックが危機に晒されていることを、警備班全体に伝えるのも不可能だ。


「畜生!」


 俺は通信兵に、ヘッドセットを投げ返した。俺だけでも、ドックの警備の応援に向かわねばなるまい。

 拳銃の残弾を確認した俺は、身を屈めたまま大講堂をあとにし、整備ドックへと向かった。


         ※


 俺は雑草も生えないような無機質なアスファルトを蹴って、整備ドックへ向かった。

 首都防衛部隊本拠地の整備ドックは、流石に広大だ。前線基地の数倍の規模はあるか。


 二方向にステッパー搬出口があるから、敵もそれ相応の作戦を練ってきているだろう。両方から挟み撃ちにする、とか。やはり敵は大勢なのか。

 しかし、俺は駆けながらも、妙な空気を感じ取っていた。


「ん?」


 整備ドックが、妙に静かだ。散発的な銃声は聞こえるが、大講堂の比ではない。それに、聞こえてくるのは専ら敵軍の自動小銃の音。

 何故だ? 何故応戦しない? ドックの警備にあたっている連中は、ステッパーが強奪されることの重大さを分かっていないのか?


 俺は整備ドックの外壁に背中を着けた。全力疾走でここまで来たが、息切れするほどの距離はない。

 しかし、突入が困難なのは明らかだった。


「催涙ガス……。そう言う意味か」


 鼻をひくつかせると、ツンとした刺激臭がした。こんなものを使ったということは、やはり敵の目的は殺戮ではない。ステッパーの奪取だ。道理で銃声が少ないわけである。


 俺は唇を湿らせ、深呼吸。再び拳銃の残弾と弾倉を確認し、セーフティを解除。

 決して健康的とは言えないであろう街の空気を吸って、それでも、自分の心が落ち着くのを確認した。


 俺はさっと身を翻し、ステッパー搬入口の端から突入した。右手に拳銃を握り、左腕で自分の鼻と口を覆う。素早く視線を巡らせ、状況査定。


 まず目に入ったのは、整然と居並ぶステッパーの白い輝きだ。照明を反射し、それ自体が発光しているようにすら見える。

 次に捉えたのは、催涙ガス。薄く黄色味がかっていて、しかし既に床に沈殿している。効果は高いのだろうが、短時間しか効かないようだ。

 周囲を見回すと、ところどころに味方の警備兵が倒れている。だが、被弾した者よりは、催涙ガスで意識が曖昧になった者の方が多い。


 状況をより詳細に確認しなければならない。俺はステッパーたちを盾にして、大股で数歩踏み込んだ。

 また視線をあちこちに遣ると、無傷の兵士が目に留まった。ガスで咳き込んでいるが、上半身を抱え上げてやれば話せるだろう。

 俺は彼を、最寄のステッパーの陰に背中を預けられるよう、ぺたりと座らせた。


「俺はデルタ伍長、味方だ。何があった?」

「てき……ケホッ、敵襲だ。奴ら……リール軍曹の専用機を狙って……」

「バーニーを?」


 数回頷く兵士。


「なら何故応戦しないんだ? いや、専用機を奪われる前に、ここの兵力なら敵の殲滅を――」

「人質……人質がいる」

「何だって?」

「ついさっき、れ、連行されていった……。ルイス伍長と、リール軍曹が……」


 俺は側頭部をガツンと打ちつけられたような錯覚に陥った。


「二人は負傷した様子だったか?」

「い、いや……。大人しく抵抗もせずに……」


 抵抗せず? おかしい。

 リールはともかく、ルイスはステッパーオタクと言ってもいいほどの、ずば抜けた整備技術の持ち主。隙を見てバーニーを壊すなり、せめてリールだけでも逃がしてやるなり、何かできることはあったはずだ。

 それが、抵抗もせずにというのは、俺の心に引っかかった。


「救援部隊が来る。持ちこたえてくれ」

「デ、デルタ伍長は……?」

「敵を攪乱する。自動小銃、借りるぞ」


 俺は有無を言わさずに、兵士の身体から自動小銃を強引に引っ張り込んだ。ナイフで素早くベルトを切り、取り外す。それから相変わらずの残弾確認。


「弾倉、貰うからな」


 そう言って、俺は銃撃が行われているであろうドックの前方搬入口へと向かった。

 敵の狙いは、バーニー一機とパイロットのリール、それに敏腕整備士であるルイスの身柄。既に撤退行動に入っているようだが、こちらの戦力も僅かなものだ。追撃は難しい。


『人質を取った』ことが『自分たちは攻撃されない』ことだと思ったら大間違いだ。俺は壁とステッパーの間を駆け抜け、接敵した。


「通信兵は……あいつか」


 ルイスとリールの姿は、既に見当たらない。ということは、通信さえ阻害してしまえば、敵軍も人質を殺傷する機を見失うはずだ。

 

 俺はフルオートに設定した自動小銃を素早く掲げ、通信兵に狙いを定めた。まるでこの小銃が、身体の一部になったような感覚になる。

 僅かに照準をずらし、彼が背負っている大型無線機に銃撃。破壊。

 続いて、よろめいた通信兵の身体の傾きを考慮し、速射。狙い通り、ヘルメット諸共頭部を破砕した。


 別な兵士がこちらに気づいたのを察し、素早く工具類のカートの陰に滑り込んだ。キンキンキン、と甲高い音がする。

 俺は反対側から銃口を突き出し、銃撃。二人目をダウンさせたが、今度はいっぺんに気取られた。仕方ない。


「整備士の皆、悪い!」


 俺は手榴弾のピンを抜き、後ろ手に投擲。狙い通りのタイミングで、鈍い爆音が響く。ステッパーが二、三機転倒する音がした。

 他に何かないかと探してみると、赤い発煙筒が目に入った。これで敵の目を潰せば、テロリストにかなりの打撃を与えられる。


 そう思って発煙筒を手に取ろうとした、その時だった。謎の人影が飛び込んできたのは。

 何故その人物の察知が遅れたのか? 理由は単純で、俺に対する殺気を放っていなかったからだ。

 逆に言えば、その人物はテロリスト共に対して、尋常ならざる怒りを抱いていた。


「リアン中尉⁉」


 思わず声が出た。飛び込んできた人物を見て、俺は仰天していたのだ。どうして、リアン中尉がここに?


 しかも中尉は、何の警戒もせずに俺を追い越し、敵の射程内に突っ込んでいく。腕には自動小銃。フルオートで弾丸をばら撒き、敵を牽制するつもりらしい。

 だがそれは、あまりにも無茶だ。俺は何とか中尉を援護すべく、物陰から銃口を突き出す。しかし、こちらからの安全な援護射撃は困難を極めた。敵は全員がキャットウォークから降りて、散開しながら搬出口から出ていく。

 それがちょうど、こちらからはステッパー同士の隙間になって狙えないのだ。


「中尉、戻って!」


 あれではいい的だ。


「中尉!」


 彼女のそばで、火花が飛び散る。そして、


「リアン中尉‼」


 中尉が、倒れた。

 次に飛び散ったのは火花ではなく、真っ赤な飛沫。


「あの馬鹿!」


 瞬間、俺の思考は少年兵時代のそれへと戻っていた。階級を無視して悪態をつく。何とか助けなければ。

 俺は先ほどの発煙筒を放り投げ、煙幕を展開した。敵にとっては、逃走するにあたりいい隠れ蓑になるだろう。

 だが、それは俺たちにとっても同じことだ。これ以上、中尉が被弾するのは避けなければならない。


 俺は匍匐前進で、中尉の下へと近づいた。引きずってでもここから退避させなければ。


「リアン中尉! 大丈夫か!」


 中尉の目は閉じられ、呼吸は荒く、自ら脇腹を押さえていた。右腹部だ。肝臓を被弾しているのだろうか。だとしたら、すぐにでも処置しなければなるまい。


「中尉……!」


 俺は中尉の手に自らの手を重ね、傷口を圧迫した。だが、鮮血は止めどなく溢れてくる。


「デルタ……くん……」

「喋らないで! 今衛生兵が来ますから!」


 口から出まかせである。だが、そうでも言っておかなければ、中尉を絶望させてしまう。そう思った。

 しかし、次に中尉の口から出たのは、予想外の言葉だった。


「ヴァイオレットを、使って」

「何だって?」

「あの機体の癖、私よりも、詳しい、でしょう?」


 俺にステッパーで戦え、と言いたいのか。


「人質、の、二人を……」

「分かった! 了解だ! 人命最優先で行動するから、まずは生身で偵察する! ヴァイオレットの機動性なら、それから出撃しても間に合う! だから今は喋るな!」


 背後から、どやどやと人の群れがやって来る。どうやら、大講堂での事態は落ち着いたらしい。


「衛生兵! リアン中尉を頼む!」


 そう叫び声を上げてから、俺は自動小銃を構え直し、テロリストの追跡を開始した。

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