第20話

 あの小生意気で、自分の欲求以外には無感情なガキが、あれを操縦している、だと?

 俄かには信じ難い。だが、今リアン中尉が俺に嘘をつく必要性もない。一体、何が起こっている?


 リール機は、一通りビルの屋上を眺め渡すと、振り返って隣のビルへ向き直り、再び跳躍した。今度は上方ではなく水平方向に。そちらには、ロケット砲を撃ち込んできた連中がいるはずだ。


 だが、リールは何が待ち構えていようが、お構いなしといった様子だった。夜闇と角度の関係でよく見えないが、リールは正確に目標を捕捉し、サーベルを振るっている。

 それはバレエやタンゴといった、優雅な舞を連想させた。極東地域に伝わるという歌舞伎や能楽に通ずるものもあるかもしれない。


 踊るように立ち回り、時折ふっと湧き出した殺気が、空間ごと敵を斬り裂く。

 戦闘事態下においてあるまじきことだが、俺はその姿に見入っていた。


 すると唐突に、リール機はサーベルを隣のビルに向かって放り投げた。直後、ビルの屋上で爆発。残った敵の兵士――ロケット砲の砲手だったのだろう――がぶった斬られ、足元に砲弾を撃ち込んでしまったらしい。


 ここまでの時間経過は、俺がリール機を目視確認してから約十五秒。あっという間の出来事だった。


「終わったようね」


 リアン中尉が呟く。

 待てよ? 終わった? であれば、俺たちは負傷者の救助に向かうべきであるまいか?


「あっ、デルタ伍長!」

「すみません、中尉!」


 俺は中尉のわきをすり抜けるようにして、大通りへと顔を出した。

 一言で言えば、惨憺たる有り様だった。

 凹んだ地面、飛散したアスファルト、破損した水道管、落下した看板。


 だが何より酷いのは、そこにいる人々の様子だった。先ほど同様、亡くなった人々の遺体はほぼ原形を留めておらず、散らばっている。黒煙が立ち込め、強烈な火薬臭が鼻を突く中で、生存者を探す方が困難だ。


 だが俺には、確実に場所を特定できる人物に心当たりがあった。


「ロンファ……ロンファ!」


 俺は先ほど遭遇したロンファの姿を探した。横転した救急車や、片側が吹っ飛んだ消防車の合間を縫って、来た道を引き返していく。

 遠くからリアン中尉に、戻るようにと声をかけられたような気がするが、今はそれどころではない。


 しかし俺は、思わぬところで足を取られることになった。地面がぐいっと持ち上がり、人影が這い出てきたのだ。


「うわっ!」

「あ、デルタ!」


 ルイスだった。


「お、お前何やってんだ、こんなところで?」

「車から投げ出されて、慌ててマンホールに入ったんだ」


 マンホール? ああ、市街地の地下を流れる水道設備の入り口のことか。


「怪我はないのか?」

「ああ、大丈夫だよ。デルタは?」

「なあに、掠り傷だ。それよりロンファは? 見かけなかったか?」

「ぼ、僕も慌ててたから……」

「そうか」


 俺は安堵感に肩を落としたものの、すぐに腕を上げて口の周りに手を当て、呼びかけを再開した。

 何者かに腕を掴まれたのは、まさにその直後のことである。


「ロンファ、無事で……!」


 しかし、そこに立っていたのはロンファではなかった。現場に駆けつけてきた特殊部隊の中の衛生兵だ。


「デルタ伍長でいらっしゃいますか?」

「は、はい」


 今度は逆に、俺が彼の両肩を掴み込んだ。


「ロンファ伍長の身に何かあったんですか?」

「そ、それは」

「会えるんでしょう? 連れていってください!」


 衛生兵はかくんと項垂れ、小さなため息をついてから『こちらへ』と一言。

 ロンファ自身がいないということは、負傷して動けないからに違いない。程度は酷いのだろうか?

 それを問うのももどかしく、俺は半ば衛生兵の小突くようにして案内を求めた。


 何台もの救急車の横を通り抜けていく。その度に中を覗き込むが、ロンファの姿はない。

 やがて救急車の列が、黒くて長い車両のそれへと変わってきた。

 どうしたんだ? どこまで行ったらロンファに会える?


 すると、唐突に衛生兵が足を止めた。


「最善は尽くしたのですが……」

「ありがとうございます。ロンファ、だいじょ――」


 そこにいたのは、確かにロンファだった。四肢は無事だし、出血も多くはない。横たわり、目を閉じている。

 しかし、妙だ。医療行為を受けているのなら、人工呼吸器か点滴か、何かしらの器具が取り付けられているはずだ。


「ロンファ……?」

「肺と肝臓が破裂していました。肋骨もほぼ全てが折れていて、内出血を止められませんでした。大変、残念です」


 俺がいつもの俺だったら、ロンファが死んでいることは一目で分かったはずだ。右脇腹がひどく凹んでいる。臓器がやられていることは、どう見ても明らかだ。その顔が真っ青であることも。


 しかし、今の俺は敵の急襲を受け、動揺していた。

 事ここに至るまで、俺は生死不明のロンファに対し、『彼なら生きている』と盲信することで、理性を保っていた。その理性のタガが、一瞬で弾け飛んだのだ。


「冗談だろう、ロンファ……」


 俺は喉が張り裂けんばかりの勢いで叫び声を上げた。何と言っていたのかは、自分でも判然としない。

 ただ一つ分かるのは、自分の心ががらがらと、音を立てて崩落していく音が聞こえたような気がした。それだけだ。

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