第19話


         ※


 SPとロンファに挟まれる形で、俺は座席に埋まっていた。一列に四人も腰を下ろしているのに、車内は十分な広さを感じさせる。それほど車体が、ひいては道路が広いのだろう。前線基地周辺の、未舗装の悪路とは大違いだ。


 加えて、俺はビル群のネオンに目を奪われた。ヘリで上空から見下ろした時よりも、ずっと迫力がある。極彩色という印象は変わっていない。だが地上から見ると、上から覆い被さるような、また、夜闇を強引に切り取ったような、傲岸さも感じさせる。


「落ち着いたか、デルタ?」

「ん? ああ。お前に心配されるほどじゃねえよ、ロンファ」

「そうかい」


 ロンファは一瞬、喧嘩っ早いいつもの目をしたが、すぐに顔を逸らしてしまった。

 そんなに俺の暴れっぷりは凄かったのか? 他人に指摘されないと、よく分からない。


 だが、少なくともリアン中尉が土下座してまで許しを請わねばならないほどの暴力を振るったのだとは分かる。

 リアン中尉、俺は……。しかし、俺にはその先に続ける言葉が見つからなかった。疲れからか、長いため息をついて額に手を遣る。

 心身ともにやられているな、という自覚はあった。この街に来てから、まだ戦闘事態には陥っていないというのに。


 いや、こんなことではいけない。少なくとも俺は、ルイスとリアン中尉の二人の信任を得て、ここでこうしているのだ。時間給じゃない。きちんと働かなければ。

 

 そう思った矢先のことだった。鋭い殺気が、俺の脳髄を揺さぶったのは。


「全員伏せろ!」


 直後、俺たちの車両を先導していた黒い車両が吹っ飛んだ。爆発だ。宙を舞った車両は、爆発と反対側にあった高級衣料店のショウウィンドウに突っ込んだ。


「お、おい、何だってんだよ⁉」

「黙ってろ! 運転手、早くこの通りを抜けてくれ! 狭い路地に入るんだ!」


 しかし、運転手は悲鳴に近い声を上げた。


「そんな! このあたりに路地なんてありません!」

「何だって⁉」

「このあたりは再開発地区なんです! ただでさえ人口過密で建物が密集してるのに、余分な路地なんて……」

「ああもう分かった! この道路の一般車両を止めさせろ! それから車線を変えて、一気に走り抜けるんだ!」

「りょ、了解!」


 俺は少年兵時代、市街地戦をこなしたことがある。当時は奇襲を仕掛ける側だったが、それでも地の利のあった敵を迎え撃つのは困難だった。

 その点、今はこちら、というか運転手に地の利がある。広い道路で攻められたのなら、すぐに細い路地に入って建造物を盾にしなければ。

 そう思ったのだが、敵はそうあっさりと俺たちを逃がしてはくれないらしい。


 まさか、敵もこの周辺の地理に詳しいのか? スパイがこの街に紛れ込んでいる、ということだろうか。それも、再開発中だという防衛部隊司令部周辺の建物の立地を把握している。現在進行形の密偵がいるとみて間違いない。


 がしん、がしんと音を立てながら、俺たちの車列は前方車両に衝突を繰り返した。大変な多重事故だが、死者はでていまい。

 しかし、そこで思いがけない事態が発生した。後方の守りについていた護衛車両が停車したのだ。


 俺は身を乗り出し、自車の無線機を引っ張り出して叫んだ。


「おい、何をやってるんだ! 止まったら敵のロケット砲の餌食になるぞ!」


 そう。ロケット砲だ。どうやって調達したのか知らないが、敵は重火器を手にしている。SPの手にした拳銃や自動小銃では相手になるまい。

 案の定、後方の護衛車両が吹っ飛ぶまで、時間はかからなかった。車外に出ていた以上、SPたちも一緒にやられてしまっただろう。


 この期に及んで、ようやくパニックが民間人の間にも広がってきた。遅すぎるくらいだ。まあ、冷静でいてもらった方が、避難誘導もしやすいのだろうけれど。


 防弾・防爆・防音と三拍子揃ったこの車両。それでも、人々が恐慌状態に陥っているのはよく分かった。

 振り返りながら爆発と反対側に駆け出す者。

 幼子を胸に抱いて建物に逃げ込もうとする者。

 挙句、この車に乗せてくれと窓を叩く者。


 だが、これは致命的な事態だった。車道にまで溢れ出してきた人々が邪魔で、進めないのだ。


「運転手、発煙筒!」

「はっ、はい?」

「いいから! 死にたくなければ寄越せ!」


 俺は運転手から、真っ赤な筒状の物体を分捕った。すぐさまネジと同じ要領で先端を捻り、窓を下げて外に放り投げる。目くらましの効果を狙ったのだ。

 敵も無暗に火器を無駄にはしたくないだろうから、次のロケット砲が火を噴くまでに時間稼ぎができたはず。


「全員降りろ! この煙に紛れて逃げるぞ!」


 同席しているSPを突き飛ばし、俺は叫んだ。全員が降車するのを見ながら、最寄の頑丈そうなビルに飛び込む。

 まさにその直前だった。敵のロケット砲の第三弾が着弾したのは。


「ぐあぁああっ!」


 熱波と衝撃波、何かに打ちつけられる感触。それらが順番に襲ってくる。俺は叫び声を上げながらも、何とか歯を食いしばるよう試みた。この熱で臓器を焼かれては、致命傷になりかねない。


 あたりを見回すと、自分が今生きているのが、いかに奇跡的なのかがよく分かった。

 車両は、俺が飛び込もうとしたビルの二階にめり込み、ガラス片を降らせている。

 その車両があったのであろうところにはクレーターができており、周囲には血と肉片、それに骨片が散らばっている。


 今回の攻撃で分かったこと。それは、敵が持っているのがただのロケット砲ではない、ということだ。赤外線誘導システムを装備し、俺の目くらましを無意味にした。用意周到と言うべきか。


 それが分かってしまった以上、早く第四弾に備えなければ。しかし、軽傷とはいえ全身切り傷だらけで、動くのに支障が出ている。どうしたらいい?


 まずは、無事な人間を確認しなければ。申し訳ないが、今はSPについてはノーカウントだ。俺は手でメガホンを作って呼びかけた。


「リアン中尉! ルイス! ロンファ! 誰かいないか!」


 あたりには、ようやく警官隊や消防隊、特殊部隊の兵士が駆けつけ、騒々しくなってきている。


 その時、ふっと見慣れた赤い縮れ毛が目に入った。五メートルほど距離がある。


「ロンファ! お前、大丈夫か?」

「デルタ!」


 意思の疎通は困難だが、互いが無事なのは分かる。しかし、それに安堵したのも一瞬のことだった。

 俺とロンファの間に、凄まじい勢いで砂煙が舞ったのだ。機銃掃射だ。石畳の地面が穿たれ、破片が飛ぶ。俺は咄嗟に身を翻し、ビル内に避難した。

射角からして、敵は道路を挟んだ反対側から銃撃を行っている。


「拳銃じゃ役に立たないか……」


 俺はホルスターに伸ばしかけた手を止め、背負っていたリュックサックから非常通信用の端末を取り出した。


「こちら首都防衛部隊、デルタ伍長。直ちに航空勢力による支援攻撃を要請する!」

《こちら首都防衛部隊航空機小隊、その指示には従えない》

「何故だ⁉」


 俺は一度、咳払いをして自分を落ち着けた。


「どうして航空勢力の協力を支援を受けられないんだ? 地上からの応戦は極めて困難で――」

《人口密集地上空での攻撃は許可できない》

「チッ!」


 俺は通信端末を、捲れたアスファルトに投げつけようとした。しかし直前、何者かに思いっきり肩を引っ掴まれた。


「うあ!」

「デルタくん、隠れて!」

「リ、リアン中尉⁉」


 くるりと半回転し、中尉は俺を庇うような所作を取った。

 彼女に突き飛ばされるようにして、ビルの僅かな隙間に押し込まれる。


 しかし、そんな最中の限られた視界の中でも、俺にははっきりと見えた。向かいのビル――機関銃をぶっ放した敵がいるビルだ――に向かって駆けていく、有人機動兵器。

 だが無茶だ。ステッパーの最高跳躍高度は、せいぜい二十メートル。目標地点と思われるビルは、おおよそ六十メートルはある。


 あのパイロットは何を考えている?

 だが、愚考に走っていたのは俺の方だった。ステッパーは何の前動作もなく、思いっきり跳躍したのだ。ほぼ真上に、ビルの壁面を僅かに擦りながら。


 その跳躍、只事ではなかった。バックパックの噴射も相まって、ぐんぐん高度を上げていく。二十メートルはあっという間に過ぎ去り、三十、四十、五十。そして屋上。

 屋上に着地すると同時に、ステッパーは何かを振るった。橙色に輝く、反りの入ったサーベルだ。

 すると、一瞬でビルの屋上は静まり返った。


 しかしステッパーの勢いは止まらない。いや、これをステッパーと呼んでいいのかどうか分からないほど、機敏で躍動的な挙動だ。

 まさか、と思った。


「中尉、あのステッパーのパイロットって……?」

「そう、リール軍曹よ」


 俺はあんぐりと口を開けた。


「また腕を上げたようね」


 中尉はぽつりとそう呟いた。

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