第14話【第三章】
【第三章】
「これでよし、と……」
その日の夕刻。今日中にも首都に戻るという将軍に同行するため、俺は荷物をまとめていた。そして、そのあまりの少なさに、妙な感慨を覚えていた。
ルイスに『何を持って行くべきか』と問うた時は、彼はそれどころではなかった。馬鹿でかいボストンバッグに、整備資料や手書きのマニュアルなどを詰め込もうとしていたのだ。
それを見た俺は、その内容くらい頭に入っているだろうに、とツッコミを入れたくなったが、止めた。
何が必要なのかは人それぞれだ。ルイスにまで、俺の少年兵時代の考えを押し付けるわけにはいくまい。
その『少年兵時代の考え』を体現しているのが、まさに今俺の前にある自分のリュックサックである。中身は着替えが一組と、高カロリー固形食糧三日分、飲料水が二日分。
食糧よりも飲料水がスペースを取ってしまうので、そのあたりのバランスは勘に頼った部分もある。
その他のものは、全て衣服に直接身につけるつもりだ。護身用の拳銃、コンバットナイフ、水筒などなど。
俺は立ち上がり、最後に、五年前の戦友たちの認識票を外して胸ポケットに入れた。
ふうっ、とため息をつくと、ちょうど夕日が窓から差し込んできた。微かに埃の舞う室内を見渡す。
ルームメイトの三人は、どこかに行っている。俺に余計な気遣いをさせないよう、慮ってくれたのかもしれない。こいつらも、気のいい連中だったな。
俺が腰に手を当てた、まさにその時だった。
《敵襲! 敵襲だ!》
耳をつんざく勢いで、室内のスピーカーが唸りを上げた。
敵襲? 今朝襲ってきたばかりだというのに、そんなに早く態勢を立て直したのか?
スピーカーの向こうの情報管制室も混乱しているようだ。
《敵は航空兵力を本基地へ向け、接近中! 速度から、回転翼機と思われる! 数は……三! 総員、地対空戦闘用意!》
回転翼機ということは、戦闘ヘリか。しかし、よりにもよってこのタイミングで襲ってくるとは。
「畜生!」
俺は荷物をそのままに、悪態をついて部屋を出た。
現在のところ、この宿舎屋上のヘリポートには、人員輸送機が停まっている。将軍とルイス、それに選抜された兵士たちを首都へ運ぶためのヘリだ。これを破壊されたら、次の人員輸送機が来るまで、また時間がかかってしまう。
そして何より、この基地が危険だ。最寄の敵基地に、ジェット戦闘機を運用するための滑走路がないのが幸いだが。
それでもこの基地、厳密には宿舎と整備ドックが無事でいられる保証はない。耐爆仕様の建造物とはいえ、戦闘ヘリに搭載されているであろう空対地ミサイルには耐えられまい。先制し、迎撃するしかないのだ。
理由は分からないが、敵は今朝の時点で、この基地の正確な位置を割り出している。この周囲の空域は、我が軍の防衛識別範囲内だから、空からの位置座標特定は不可能だったはず。
一体どうして――?
俺ははっとした。何をぐだぐだ考えているんだ。動かなければ死ぬというのに。
ぐいぐいと足を前に突き出すようにして、俺は整備ドックに駆け込んだ。すぐさま、整備士長の声がぶつけられる。
《リアン中尉のヴァイオレットは、既に輸送準備を完了している! 迎撃に出すのは不可能だ! 残りのステッパーで、敵航空戦力を迎撃しろ!》
パイロットたちが、最寄のステッパーに向かって一斉に駆けていく。先頭を走るのはロンファだ。愛機・ドラゴンフライに取り付く。
「よし! 武器を寄越せ! 何でもいい!」
ううむ、『何でもいい』というのは、往々にして問うた側を困らせるものである。だが、敵は低空からこちらに侵入してきている、ということは把握済みだ。であれば。
「ロンファ、散弾銃でいいな? リーチが短いのは実力でカバーしてくれ!」
「おうよ!」
キャスター付きの荷台に運ばれてきたのは、ポンプアクション式の大口径散弾銃だ。敵との距離が近いなら、これで一気に穴だらけにできる。ヘリのような繊細な航空兵器が相手なら尚更だ。
こうした火器の取り扱いの汎用性の高さもまた、ステッパーの強みである。
《誰か対空機関砲につけ! ステッパーたちを援護しろ!》
「俺が! 俺が行きます!」
我先にと手を挙げる皆の中で、俺は声を張り上げた。マイクを手にしていた整備士長に迫る。
「整備士長、俺が銃座につきます!」
「待てデルタ、お前はルイスに選ばれて首都防衛に回る人間だ。死傷されたら困るんだ!」
「だからって、戦わなくていいってことにはなりません!」
「お前は首都で戦え! より多くの人々を救うためだ、そのくらい分かるだろう!」
「そ、それは……」
確かに、大を救うために小の犠牲を容認しなければならないことは、俺も知っている。だが、目の前の味方を手助けすべきだという信念もまた、俺の胸中で渦巻いている。
俺はぐっと、唇を噛みしめた。
そうこうするうちに、ドラゴンフライは散弾銃を抱えて立ち上がった。他のステッパーの間を抜けて、ドックの鉄扉から外へ踏み出す。
《屋上に出る! 機関砲につく奴は、俺に踏まれねえように気をつけろよ!》
ドラゴンフライの外部スピーカーから、ロンファの声が響く。一旦外に出たドラゴンフライは、キィン、と短い音と共に背部のスラスターを吹かした。脚部の屈伸音を立てて、ドックの屋上へと降り立つ。
異常事態が発生したのは、まさにその時である。バチン、という響きがして、ドック内の照明が消えた。
今は夕刻。視界は十分確保されている。しかし、切れたのは照明だけではなかった。
「整備士長! 大変です!」
「どうした?」
「ステッパーに供給するための電源が落ちました!」
「なっ!」
俺は、整備士長が言葉を失うのを初めて見た。
「何があった? 管制室から報告は?」
「それが、敵のヘリが電波妨害を仕掛けたようです。復旧まで、あと一時間!」
「そんな馬鹿な!」
そう叫んだのは俺である。敵の技術力はどうでもいいが、仲間の危機は見過ごせない。
「一時間もロンファを一人で戦わせるのか? 見殺しにするようなもんじゃねえか!」
「し、しかし……」
視線の定まらない整備士の胸倉を掴み、俺は唾を飛ばしながら叫んだ。
「一機だけでいい、電力の供給が完了したステッパーはないのか?」
「え、えっと……あ、あります! 一般機ですが」
「それでいい! で、何番機だ?」
手持ちの小型ディスプレイから目を上げ、『十二番機です!』と叫ぶ整備士。俺は礼を述べるのも忘れて、そちらへ駆け寄った。
背中をシートに押しつけ、コクピットハッチを閉鎖する。視界が真っ暗になったのも一瞬、眼前に外部カメラの映像が映し出される。
電力が完全に供給されていることを確認し、両腕でレバーを握り込み、フットペダルに両足を載せる。
武器は、ドック入り口に立てかけられていたロケットランチャー、及び電磁ランスを装備した。
これでは、ロンファ同様に中・近距離戦闘に特化した格好だ。まあ、敵が低空飛行中のヘリであることを考えれば、どうにか戦えるだろう。
「十二番機、出るぞ! ドラゴンフライを援護する!」
俺の四肢は、シミュレーター通りの動きで機体を動かした。むしろ、レスポンスはシミュレーターよりいいくらいだ。
通信回線は生きていたので、俺はロンファに語りかけた。
「ロンファ、一旦銃を下ろしてくれ。正面扉から出て、お前の援護に回る」
《おっ、お前! 乗って大丈夫なのか、ステッパーに?》
「何も言うな。いいから、俺のためにスペースを空けてくれ。一緒に輸送ヘリを防衛するぞ」
ディスプレイを、後方のカメラ映像に切り替える。人員輸送用の横長のヘリが映っていた。敵の部隊には、あのヘリに指一本触れさせるものか。いや、弾丸一発といったところか。
《デルタ伍長、ロンファ伍長、お供します!》
突然響いた、若者の声。いや、俺たちも十分若者だと思うのだが、それに比べても若い。
「おい、無茶するなよ?」
《平気です! 先輩方だけを戦わせるわけにはいきません!》
『先輩』と来たか。こうなったら、情けない姿は見せられないな。
「了解、対空機関砲での援護を頼む。ステッパーより小回りが利くからな」
《了解です、デルタ伍長!》
すると、その若者はバシッと敬礼してみせた。夕日の逆光で真っ黒に見える。その影はくるりと踵を返し、機関砲に取り付いた。慣れた手つきで箱型の弾倉を確認し、肘を大きく動かして発射体勢に入る。
それから間もなくだった。三つの黒い影が、視界に入ってきたのは。
さあ、もう少し。もう少しだ。一気に全滅させてやる。俺は少年兵時代のような高揚感と、胃袋がひっくり返るような緊張感の板挟みになっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます