第15話

 それは些末なことだ。そう思って、俺は自分の考えを切断した。今は敵とこちらと、どちらの方が射程が長いか、という勝負だ。操作レバーを握りしめ、ロケットランチャーを握らせた右腕を掲げる。

 リボルバー拳銃を数十倍の大きさにしたような、シリンダー付きのランチャー。弾数は六発。誘導性はない。これでも何とかなるだろうと、俺は判断した。


 再び正面ディスプレイに見入る。その時だった。奇妙な幻覚が見え始めたのは。


(ん……?)


 ヘリの機影に被さるようにして、丸いものが浮かび上がってくる。それは徐々に形を成して、俺の心臓を鷲掴みにした。


「アルファ、ブラボー、チャーリー……」

《おい、どうしたんだ、デルタ?》

「あいつら……あいつらが、いるんだ」

《はあ? 何を言ってんだ、ふざけてる場合じゃ――》

「ふざけてなんかいない!」


 俺は大声を上げ、サイドディスプレイに拳を叩きつけた。と同時に、そのディスプレイの破片の刺さった右手が震えだした。


「あいつらは……俺の戦友たちは、このステッパーに殺されたんだ!」

《馬鹿言え! お前はリアン中尉たちに救出されたんだろ? だったらこの機体は味方じゃねえか!》


 ロンファの言葉は最もだ。俺自身、敵のヘリと戦友の顔が被ってしまうというのが、幻視であることも承知はしている。

 それでも。それでもだ。この手で敵を殺めるとなれば、それは、アルファたちを殺したステッパーのパイロットと自分が、同格の存在になってしまうように思われた。

 自分自身が、非情な殺人マシンとなってしまうような気がしてならなかったのだ。


 俺の脳内はぐちゃぐちゃで、収拾のつかない状態だ。

 この機体に乗り込んだ時は、何の考えもなかった。戦えればいいという気持ちしかなかった。

 だが、実際に俺が『パイロットとして』戦場に出るには、あまりにも覚悟がなさ過ぎた。


《デルタ伍長、ロンファ伍長! 間もなく敵機が対空機銃の射程に入ります!》

《銃撃を許可する! ほらデルタ! てめえも戦いに出てきたんだろうが! 仕事する気はあんのか!》

「……」

《あーったく! これだから少年兵上がりは! どいてろ、俺のドラゴンフライと対空機銃でどうにかする!》


 俺は無言を貫くしかなかった。ドラゴンフライに軽く突き飛ばされても、対空機銃の発砲音が聞こえてきても、敵のヘリ部隊が銃撃を開始して時でさえ、俺はその場で動けなかった。


《おっと!》


 ロンファは、敵の機銃弾の威力が低いのを見切ったらしい。サイドステップを繰り返し、後方の人員輸送ヘリを、自らを盾にして守っている。

 だが、ドラゴンフライが機動性を得る代わりに耐久性を犠牲にしたことは、俺も承知している。これで敵機が基地上空を旋回するようなことをすれば、輸送ヘリもドラゴンフライも危ない。


《この野郎!》


 ロンファが散弾銃を連射する。敵機のうち先頭の機体がバランスを崩したが、致命傷ではない。見たところ、ミサイルの類を装備していないのは不幸中の幸いだ。

 しかし、対空機銃についているのは生身の兵士だし、ドラゴンフライも装甲は薄い。長期戦になればなるほど、こちらが不利だ。もし俺が戦わなければ、の話だが。


 俺は狭いコクピット内で、必死に息を吐いていた。過呼吸になりかけたのを自覚したのだ。

 しかしながら、右手の震えが止まらない。腕部駆動用のレバーすら握れない。


 そんな俺の耳に、ザザッ、とノイズが入った。無線通信だ。


《無事か、デルタ伍長!》

「あ……」


 スランバーグ将軍だった。


《トラウマにでも囚われているのだろう? 気持ちは分かる。だが、かといって自ら戦線に立ちながら、味方を援護できないのでは話にならん。しっかりせんか!》


 将軍の声は、落ち着きつつも巧みに抑揚がつけられていた。

 その言葉に、俺はようやく自分の視界で焦点が合ったように思われた。


《ステッパーはこれ以上出撃できん! 私も地対空ロケット砲で援護に出るから、君は君の任務を果たすのだ。いいな、デルタ伍長!》

「は、はッ!」


 俺は慌てて返答する。橙色に染まった空を切るように飛んでくる三機の戦闘ヘリ。

 俺は先頭――と見せかけて左翼、すなわちこちらから見て右後方についているヘリに狙いを定めた。


「許せよ……!」


 ばすん、と空気が抜けるような音がして、初弾が右のヘリに着弾した。しかし、敵もさるもので、着弾直前に急上昇をかけていた。致命傷とは言い難い。ランチャーの残弾は、残り五発。

 

 再び攻撃態勢に入った敵機に向かい、俺はまた同様の構えでロケットランチャーを掲げた。一発目の経験があったからか、やや上昇姿勢を取ろうとするヘリ。


「そこだ!」


 夕日の逆光を遮光シールドで防ぎながら、俺は放物線を狙って急角度で発砲。敵機は狼狽えたが時既に遅く、下降軌道に入った弾頭部は、まさに真上から着弾した。

 爆風で主回転翼が吹き飛び、ぐるぐると回転しながら呆気なく墜落する。森林部に、思いの外小さな爆炎と黒煙が上がった。


 この事態に、残る二機は慌てて散開した。だが、散弾銃や対空機銃から逃れるには、あまりにも接近しすぎている。


《くたばりやがれ!》


 ドラゴンフライが飛翔し、残る敵機の尾翼に散弾を見舞った。呆気なく、尻をもがれた蜻蛉のように安定性を欠いていく敵機。

 しかし、ロンファは追撃の手を緩めなかった。散弾銃を捨て、右手からワイヤーを射出したのだ。その先端には銛がついていて、ちょうど敵機の横っ腹に食い込んだ。


 ドラゴンフライは勢いよく引っ張られ、宙を舞う。だが、すぐにバランスを取り戻した。

 敵機にとどめを刺すのは容易。手元からワイヤーを切り離し、左手で背後から電磁ランスを取り出した。

 直後にランスを敵機のコクピットに突き刺し、そのまま手を離して空中で離脱。雷光を帯びたように点滅し、呆気なく落下していく敵機に対し、ドラゴンフライはバックパックと脚部のスラスターを併用し、綺麗な着地を決めた。


 しかし、俺の方は苦戦していた。先頭の隊長機を狙っていたのだが、対空機銃が通用しないのだ。

 となれば、俺の手にあるグレネードランチャーが迎撃の要となる。だが、敵機は巧みに左右に揺れながら高度を取り、グレネードを全弾回避した。


「チイッ!」


 しかし、俺は気づいていなかった。先ほどロンファが撃墜した敵機が、こちらに迫ってきていることに。


《デルタ、避けろ!》

「なっ! 特攻か!」


 俺は両腕を胸の前に翳し、コクピットを守って後退。


「機銃手! お前も早く逃げろ!」

《まだ撃てます!》

「馬鹿野郎! お前が死んだら誰も撃てねえだろうが!」


 駄目だ。無理やり後退させようとしたが、間に合わない。


「全員伏せろ!」


 そう叫んだ直後、ズガァン、という石材質な音と爆音が入り混じり、ドックの屋上が欠けた。爆炎と砂塵に視界を塞がれ、思うように動けない。


「機銃手、無事か?」

《……》

「おい、機銃手! 何をやっている? 早く逃げろ!」

《死んだよ》

「な、何を言ってるんだ、ロンファ?」

《だから、あいつは死んだんだよ!》


 俺は、自分がみっともない人間であることを自覚していた。死んだと分かっている味方に固執するのは、自分で自分の足を引っ張ることになる。もちろん、生きている味方の足も。


 そして、今の状況を鑑み、俺はぞっとした。

 俺にグレネードランチャーの残弾はなく、ロンファも散弾銃を放り投げてしまった。俺たち二機の間で言えば、武器は俺が装備している電磁ランスのみだ。

 ランスを投擲するという手もあるが、敵機の高度は先ほどよりずっと高い。届くだろうか?


 俺がぐっと歯を食いしばった、その時だった。


《三十秒間、私を援護しろ》


 今の声は――。


「スランバーグ将軍でありますか?」

《そうだ、私だ。屋上に出て、打ち上げ花火の要領で煙幕弾を上げる。デルタ伍長、ロンファ伍長、二人は赤外線モードで敵機を捕捉し、撃墜せよ》

「しかし、こちらには遠距離武器がありません!」

《頼んだぞ》


 俺の弱音を無視して、将軍は一方的に無線を切った。


《どうするんだ、デルタ?》

「命令に従うまでだ。カメラを光学から赤外線に変更、俺がランスを振り回してヘリを守るから、ロンファは将軍を三十秒間援護しろ!」


 ロンファが次の言葉を口にする前に、後方の貨物用エレベーターがせり上がってきた。そこにいたのは、案の定スランバーグ将軍である。背中に大きな筒状の物体を括りつけ、義足とは思えない勢いで駆けてくる。俺のわきを通り抜け、屋上前方のロンファ機の下へと向かった。


 敵機はと言えば、高高度からの銃撃に備えてバルカン砲の確度を調整している。

 三十秒で間に合うだろうか。

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